50話、ジジイ、あやされる
何があるか分からない。魔術を使う者はマナ・アーツを使う武芸者に比べて圧倒的な少数。俺も全ての魔術を網羅しているわけではなく、実力は未知数。戦闘も考えてグロリアに質問をしておこう。
「そのニンジン食べないの? もらっていい?」
「これは食べ残すつもりなのではなくて、後で食べようと残しているんだ」
「それなら俺のもあげる。今お前さんが切り分けたステーキと交換しようそうしよう」
「こら。勝手に決めるな」
また甘々なコラをもらう。乗り出した額を指で軽く突かれてしまった。お姉さんグロリアの可愛さで、胸糞野郎に沸騰していた精神が癒える。
肉が焼ける香ばしい匂いが立ち込めるステーキハウスでも、グロリアの介護力は衰えるところをしらない。
「でさ、グロリアはどのくらい強いの?」
「どのくらいと言われても……具体的には難しい。腕に覚えはあるがな」
「マナ強度は【幻炎】?」
「ああ、本部騎士だからな。それは達成している。安定して保てると思ってくれていい」
「雷霆技はどんなのが使える? 六式・翔雷龍は?」
「使える。だが翔雷龍が私の最高火力だ」
「想定より遥かに強いんだから困っちゃう」
使えないと答えられるつもりで訊ねていた。馬鹿にして笑い飛ばしてやろうと思ったからだ。すると予想を超えて使えるときた。文句なく戦わせられる。
「よぉあんた、そんな餓鬼じゃなくて俺たちと遊ぼうぜ」
「マカカフスカタ?」
「え、なんだ? なんて?」
「マカカフスカタっ?」
猿の学名を用いてグロリアをナンパする不良男を威嚇する。
「マカカフスカタ!? マカカフスカタぁ!?」
「な、なんだっ? いきなり興奮しはじめたぞ!? なにを言ってるんだよ!」
「マカカフスカタ……?」
ナイフの肉汁を舐めて更に男を威嚇する。目を見開いて舌先でペロリ。
「こ、こいつ危ねぇ、間違いねぇ……」
猿の学名だけで勝利する。男達は恐れをなして自分達の席へ蜻蛉返り。
「おいち」
「ジェイクはやはり出鱈目だな……無茶はするなよ」
人類王ともなれば触れることすらせずにナンパも撃退可能。代わりに、覗き込むグロリアから口元を拭かれる介護サービスを受ける。
「……雷霆技と見抜いていたな。どうやって見抜いたんだ?」
「出発する前の荷物確認してる時に、鋼器が見えた。ほんの少しだけ」
「本当に一瞬の隙も見逃さないのだな……。その洞察力を見習おう」
「それはもうご自由にどうぞ。人類が手本にしてるみたいだから、グロリアだけ駄目なんて言えねぇよ」
「ふふっ。なんだ、それは」
可憐に笑うグロリア。誰かは知らない。だがグロリアを送り出してくれて感謝する。お陰で有意義な時間が過ごせる。
「……ジェイクは騎士国に行ったと聞く。あちらはどうだった?」
「ウィンター家はそれはもう良かったな。飯は美味いし、なんでも用意してくれるし。でも襲撃事件は起こるわ武器を買いに寄った都市では悪党に会うわで、散々だった」
「騎士学校襲撃事件は話題になっているな。実行犯がどうやって倒されたのかが未だに解明されていないらしい。気がかりな点は残されていたみたいだが……」
どうせ誰にも言う予定がないのでここで自慢しようか。わざとらしく左右を確認後、向かい合うグロリアへ身を乗り出す。
「それ……俺がやったの」
囁いて、テロリスト爆散の真相を話す。
「……私を揶揄おうとしていると疑いたくもなるが、本当か?」
「内緒な。指輪みたいな鋼器ごと始末してやったわ」
「隕石が落ちたような現場だったと聞くぞ?」
「そうだったっけ。なら違うかも」
本来のヨルはあんなものではない。戦争に関係ないヨルは死線へと自ら足を踏み入れた。名だたる将軍を標的に一騎討ちを挑んで回り、何人もの命を奪った。どの軍かなど無関係。ヨルは強者を殺すことのみが目的で、生き甲斐だったのだ。
そしてその殆どが、一撃。その威力は計り知れない。
「本当のようだな……やはりジェイクは底が知れない。だが危険に首を突っ込み続けて、いつか足元を掬われるんじゃないかとも思えて恐ろしくもある」
「何回転んだか分からねぇよ。転び方も上手くなったから心配には及ばねぇよ」
「そういう慢心が危険なんだ」
夕食は豪華だ。二回目のコラを贈られる。
「お前、やっぱり普通に話してるだろ……?」
「パンテラレオ?」
再び現れた男達に、俺はライオンの学名で受けて立つ。
「……パンツくれよ?」
「パンテラレオ!」
成長して帰ってきた男に苦戦する。鳩の学名にしておけばまた違った模様だ。参考までにどちらかを選ばせる実験を試みる。
「パンテラレオっ? マカカフスカタっ?」
「……どっちか選べって言うのか?」
「パンテラレオ!? マカカフスカタ!?」
「……ぱ、パンテラレオ」
「パンテラレオぉぉ!?」
「マカカプスタカっ! マカカプスタカぁ!」
類人猿の癖にライオン側に立とうとするので正気を疑った。だが安心する。男は猿を裏切らなかったわけではなかったのだ。
「マカカフスカタぁ……」
「あ、許された」
怖がっている男に微笑みかけて握手を求める。固く握手してから男を送り出す。
「……でさぁ、その数日後なんだよ」
「ジェイクは面白い子だな」
頭がおかしいとばかり言われてきたこの人生。初めて肯定者が現れる。椅子に座りながら会話を続ける俺に微笑まれてしまう。
「言葉を強くしたり手を出して追い払おうとする者もいる。しかしジェイクはお互いが気を悪くしない方法で穏便に事を収めた。これは素晴らしいことだと私は思う」
「あいつで遊んだだけなのに凄い解釈」
「お前がどう言おうと私は確信している。ジェイクは人として、とても尊敬できる人間だとな」
「真面目ポイントを失って巫山戯始めた俺を受け止める、だと……」
シズカ以来の逸材発見。誰もが度肝を抜かれる俺を抱擁する者あり。
「……」
「こら。止めないか」
怯えながらグロリアのステーキを切り分けるも、三度目のコラ。フォークを持つ手を優しく叩かれてステーキが落ちる。
「足りなかったのなら追加で頼めばいいだろう。どうして他人の物を欲しがる」
「違うんだなこれが。お前が嫌な思いをするだろ?」
「本当に嫌がることはしないのに変なやつだな」
「……」
保育士レベル百を発見。人類王があやされている。
「グロリアはいつ帰るつもりなんだ?」
「……決められてはいない。ジェイクを聖国騎士に誘導するよう命じられている。帰還命令が下されるとすれば、成果が望まれないか任務を達成した時だろう」
「成果か。成果ならこうして一緒に旅行してるんだから目に見えて出てるな」
「ひとまずは。ユントに戻ってからは武力派遣組合で依頼を受けながらジェイクに働きかける素振りをさせてもらう。迷惑にならないよう配慮するが……目障りなら言ってくれ」
「気が合うから一緒にいるんだ。そんなこと思わねぇよ」
我が家とは違う、ニンニクを使ったステーキ。名店は量を惜しまないサイズで出す。分厚い肉をナイフで捌いて口に運ぶ。
「……ジェイクは優しいから疑ってしまう私がいる」
「むぐ!? 俺を疑うつもりかぁ!」
「だからそう言っている」
「あ、そう言ってんのね。悲しいじゃねぇか――料理人さん! 半分の量のステーキを追加でお願い!」
悲しみより食欲を優先する。店主から「あいよ!」という威勢のいい返事が返ってきたところで、グロリアに向き直る。丸テーブルを挟んでジッと目を合わせる。
「……」
恥ずかしいようだ。すぐに目を逸らして髪や服を触り始める。食べているところを見られたくないのかステーキには手をつけない。
「……目障りなやつをこんなに見ていられると思うか?」
「そうだな……疑って悪かった」
「おう」
人類王の色香から解放してやる。次の肉が焼ける前に今あるステーキを食べ終えよう。
「……ジェイクの恋人は幸せ者だな」
「本当だよな。あいつはそれが分かってないんだよ」
寂しげに笑うグロリアがいいことを言う。人妻に手を出したくらいでボコボコにして来るシズカにも聞かせてやりたい。
「お前やっぱり普通に喋ってるよな!」
「喋れるよ。喋れないなんて言ってないだろ?」
「……確かに」
愉快なナンパ客とも交流するのが人類王流。話してみれば熱心なナンパ野郎でも楽しめるかもしれない。マインドひとつで旅の楽しみは増えるもの。
食事後。深夜になったので行動を開始する。廃墟のキャメルを母親の墓へと埋葬してやった。
「……大好きな母ちゃんとゆっくり話でもしてな」
母娘の時間を過ごしている間に、俺が終わらせよう。墓前に手を合わせ、強い意志を乗せて墓へと言葉を残した。




