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49話、キャメルの選択

 室内からの返答に……いや、その声色の持つ絶望感に、グロリアは身を引き裂かれるほどの心痛を覚える。言葉を失う。()き起こる悲しみが足を(すく)ませ、自然と涙が流れて落ちていた。


「大丈夫だ、俺はあんたの敵じゃない。おおよその事情は察してるから来たんだ。だから、話をさせてもらえないか?」

『……』

「二人でいるけど俺だけが入る。あんたが見るなって言うなら姿も見ない。とにかく話を聞かせてくれ。あんたの今後も考えなきゃだろ?」


 ()き上がる怒りはグロリアの比ではないだろう。あれだけの知識量を持つまでに、キメラ作製の魔術を嫌悪しているのだから。

 だがジェイクは優しい声音で呼びかける。相手への配慮のみを態度に表している。尊敬の連続だったが、今また心からの敬意を抱く。


『……分かったわ。でも私を見ないで』

「ありがとな、凄い勇気だ。その勇気に応えて必ず言う通りにする」


 言葉を選びながら説得すること十分。冷静に諭していたジェイクが対話の扉を開く。


「行ってくる。俺は心配いらないから、騎士達が入らないようにだけ気をつけてくれ」

「……無事を祈っている」

「おう」


 驚異的な落ち着きを見せるジェイクが室内へ。小声で話しているのか物音は聞こえない。

 すぐに自らの役目を果たすべく、グロリアは一度外へ出る。現地の騎士達に忠告するためだ。


「すまない、時間がかかりそうだ。魔物は私が倒しておくので撤退してもらった方がいいかもしれない」

「そうですか。……念のために騎士団の名前をお教えもらえませんか?」


 今になって疑い始めたようだ。後から内輪で話し合い、懐疑(かいぎ)的な見方を始めたのだろう。時間はあるため、所属騎士団について詳しく話しておく。

 正式な団員証を翳して名乗った。


「ホリット騎士団のグロリアだ。ライラ・ホリットが団長を務めている。確認してもらっていい。彼女は私がこの近辺の特別任務に従事していることも知っている」

「か、確認だなどと! 失礼をしました!」

「では撤退してくれ」

「ただちに取り組みます!」


 特別任務の話を出したが問題はないだろう。むしろ騎士達が確認の書状を送れば団長が胸を撫で下ろす。


「……」


 後ろ髪を引かれる事なく去っていく騎士達を見送る。姿が見えなくなってから中へ。

 空はまだ日が高い。昼食はなし。だが、あってはならない事件の調査に気を引き締める。


「……悪い、遅くなった」


 ジェイクが出てきたのは、日が落ちて暫くした頃。長い時間をかけて対話をしていた。


「構わない。それよりも彼女は……」

「死を選んだ」

「……!?」


 絶句する。ジェイクから出た言葉は優しくも残酷な結末。姿も見ていない人間に、悲痛な感情は止まらなかった。


「キメラのことを話して、今後取れる行動を一緒に模索(もさく)した。それから死を選んだ彼女と色々な話をした。彼女自身のことや家族のこととかな。考え直してくれるかもしれないと思ったが、そうはならなかった」


 彼女はキャメル・ナッセン。夫も娘もいる主婦だった。


「もうすぐ孫が産まれる予定だったんだと。旦那の方が料理上手だから練習するんだって。その材料を買って帰る際に連れ去られたらしい……今の自分が知られれば、孫や娘がどう見られるか分からない。それが何より恐ろしいと言っていた」


 平坦な物言いで語るジェイクは、深く激しく怒っていた。キャメルと話した最後の人として、途方もない怒りを秘めていた。


「無責任に生きろと言えるほど俺は偉くもない。かと言って餓死(がし)を待つキャメルを放っておく事はできない。どうにか生きる道を話し合ってみたんだけどな……」

「そうか……」

「孫って言ったってキャメルもまだ若い。キメラ魔術を使用したクズ野郎を見つけないと」

「……」

「望みも聞いてあるから、俺が深夜にでも他界した母親と同じ墓にキャメルを埋葬しておく。今はベッドに寝かせてある。……騎士達は帰らせたんだよな」

「……ああ、問題なく」


 ただ酪農家の少年がキメラとなった女性を手にかけたのか。(たず)ねられるはずがない。ジェイクは強過ぎる。人として。

 だが人間味もあれば感情もある。問えるはずはなかった。


「俺はキャメルから聞いた犯人の特徴を元に調べてみる。悪いけど付き合ってもらえないか? 立場がある奴がいるとやり易い」

「当たり前だろう。いちいち確認しないでくれ」

「助かるな。本部の騎士様がいると動きやすい」


 肩に手を乗せて飄々(ひょうひょう)と言うと、廃墟の外へと向かった。月光を降らさる三日月を(にら)み付け、ジェイクはまだ見ぬ犯人へ宣告する。


「――てめえ、逃がさねぇからな?」


 ジェイクの体から血の色合いが揺らめいた気がした。激情を表して炎のように燃え上がる血色の何か。犯人は後悔するだろう。ジェイクを怒らせたことを。


 ♤


 気に病んだままでいるつもりはない。切り替えは大切だ。明日の捜査に向けて栄養を取る。英気を養う。肉体的にも精神的にも。


「夕食はそれはもういいものを食べるぞ」

「ああそうだな。何が食べたい? ジェイクの食べたいものを食べに行こう」

「今日は肉だな。ステーキが食べたい」


 昨日食べたばかりのステーキをあえて食べる。味を覚えている間に、店で食べて違いを確認。次回のステーキに備える。


「確か宿屋から戻る途中に、それらしい店があったと記憶している。人通りの少ない道で、長く続いている店のようだったし、良ければそこへ行ってみるか?」

「決まったな。そこに行こう。そういう店は間違いない。テーブルとかがボロい方が美味い店なんだ」


 隠れた名店目指して行く。途中でサーカスの天幕を横目に通過する。


「……残念だったな。楽しみにしていたのに」

「いいや? サーカスには行く」

「やはり観たいのか?」

「確かに観たい。ただ今回はもしかしたら犯人がサーカスの関係者かもしれないから調べに行く」


 キャメルは少年らしき人物が犯人だったと言っていた。見慣れない服装をした少年。街で棒か何かで殴られて気絶する際に、視界の端で捉えたらしい。起きた時はもうあの屋敷で、姿形も化け物に変えられていたのだという。


「サーカスの団員は一週間前からこの街にいて時期も重なってる。服装もここら辺で見かけない服だって有り得る。下っ端なら歳の頃は少年くらいでもおかしくない」


 神足通を通した演劇も多いだろうから、少年でも成人女性は運べる。むしろ騎士学校よりも身体能力は高いかも。


「……単独じゃなくて集団かもな。サーカス関係者は全員疑ってかかるつもりだ」

「ジェイク、怖い笑みをしているぞ」

「おっと」


 久しぶりにキメラを目にしたのもある。かなり頭に来ている。たとえ少年でも確実に突き止めてみせる。


「へっ、もう閉園しそうだな。明日までの自由だ。せいぜい楽しめよ」

「憤りは治らないが殺すわけにはいかない。捕縛して知識の出所を突き止めなければ。任せてばかりだが、どうか自制してくれ」

「分かってるよ。心配すんな」


 俺を憂うグロリア。けれど同様の局面を何度も乗り越えてきた。心配には及ばない。殺しはしない。決して逃しもしない。


「折角の旅だ。キメラ云々(うんぬん)は明日に全力を傾けるとして、今日知り合ったとは思えないけど、肉を食いながらお喋りでも楽しもうぜ」

「ああ、そうしよう」


 おそらくキャメルは実験体として利用されていた。キメラ魔術が正常に機能するかどうかを確かめる為に。

 なので犯人がキメラが亡くなったことを知る事はない……と予想している。今日明日で逃げられる事はないだろうが、どうなるか……。


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