45話、鑑定家の一族、その名は……
しかもその悪霊は使い勝手がいい。何よりも、素体自体は常人の域を出ないので燃費がいい。ヨルやオルディアスなどの強力な悪霊とは違って、破壊的な能力はない。
けれど今の俺に必要なのは、こいつのような悪霊だろう。
「ジェイク、そろそろ行かなければならない。後から来る観覧者が詰まりそうだ」
「お、そうだった」
一定の速度で見て回るのもルールの一つ。後ろから来る入場者に追い抜かされないように観て回る。
しかし、もう目当ての品は確認した。他には興味がない。何故なら俺のお古しかないんだもん。
「どうだった。楽しめたか?」
「入場する価値はあった。何事も試してみなきゃ分からないもんだな」
「いい経験ができたようでなによりだ。それで……次はどうしようか。昼食とするにはまだかなり早いだろう」
すぐにでも悪霊を取り出したい。夜に忍び込めるかを考えてみるが……警備員は夜間も常駐しているだろう。満足と胸を張れるまで鍛えられてもいない以上、見られる恐れもあって騒ぎにはしたくない。
だが最終手段としては、強硬手段も考慮しなければならない。
「……よく考えたらさ、サーカスを観るなら宿を取っておいた方がいいよな」
「そう、だな。夜に出る馬車があっても、深夜の移動は危険だろう。宿は取っておく方がいい」
「だったら手分けして終わらせておこうか。アンナは宿を取る。その間に俺は蒐集家を訪ねる」
「そうしよう。では集合時刻と場所を決めよう」
提案に乗ってくれたアンナに心から感謝。なにをしても凛々しいアンナに道行く人々は思わず振り返り、自ずと視線を集めている。注目されるアンナは一度、野に放つことにした。
「一時間後に、サーカスを見ようって決めた場所でどうだ?」
「了解した。知らない人には付いていくんじゃないぞ」
「知らない人を連れてくるのはいいか?」
「……駄目だ。本当に連れて来てしまいそうだから禁止しておく」
「分かった」
決めた。悪霊はこの隙に取り出しておく。
「あ、望遠鏡だけ貸してもらっていい?」
♤
館長であるグレッグ・スワンは、多大な誇りを胸に記念館を歩む。ここに展示された品は、あの人類王ユーガのもの。つまりこの場は世界最高の展示館であるということ。
「どうだ、客の入りは」
「本日も長蛇の列が常に並んでいます」
「その報告が聞きたかった……昨日も今日も明日も老後もその報告が聞きたいのだっ!」
整えられた髭や顎を撫でるグレッグ。警備兵は昨日も今日もおそらく明日も、退職するその日まで同じ報告をする。する度にグレッグは叫ぶ。誇り高い仕事の中で、唯一のストレスだった。
「彼は時代を創り上げた。彼は大陸を創り上げた。彼は人類を創り上げた。根底を覆して、世界を創り上げた」
並ぶ至極の品々。決められたルートを通ることしかできない入館者。屈強な警備兵。これら全てがグレッグの自尊心を満たす。
「ユーガ様はまさに神。もしくは死後に神となった。ここにあるのは神の品々だ」
「仰る通りです」
「私は彼等と違って品に触れることができる。君達もだ。これ以上の仕事があるかね?」
グレッグは鬱陶しいが、問われた警備兵もこれには同感だった。間近でこれらを目にすることができる。それも毎日。細部まで。緊張感と責任は絶大だが、これに勝る職務はない。
「心震える毎日に感謝だろう……うん? あれは……」
何かに気付いた様子のグレッグ。警備兵も遅れてその人に気付く。
「ふん、やはりなにも分かっていない。このように遠くからでは、格別の宝物も泣いているわ。ここの館長は相変わらず無能のようだな」
「……」
グレッグはカチンときた。
「ユーガ様の宝物へ真に誇りを持つ者ならば、よく見せるもの。自信の無さの表れなのだろう。偽物なのかな、憐れ憐れ」
入館者の一人が、大きな声で記念館の在り方を非難していた。
彼の名前はカーター・マグワイア。人類王の宝物を集める蒐集家だ。個人で記念館の半分もの品を有する実業家だった。
「またあなたですか……。週に一度の嫌がらせを律儀にどうも」
「館長かね。君も毎日の生き恥をご苦労」
「なんですとっ!?」
「なにかねっ!」
額をぶつからせ、今週も言い合う。互いに主張があり、指針が交わることがない。
グレッグは防犯や品々を護ることを第一に公開する。だがカーターは、細部まで存分に観覧できなければ宝物を飾る意味がないという。宝物が泣いているのだと言って聞かない。
「この形式は前代未聞で最低最悪だ! その頭でも多少は理解できるだろう! あ、無理か。馬鹿だからっ!」
「私は記念館館長として、ユーガ様の品を護らなければならない! もう生まれないものなのです! 減ることはあっても増えることはないのですよ! バ〜カ!」
「だからこそ両立させなくてはならないという話だ! 今を生きる我らはユーガ様の生き様を知らなければならない! 誠実に! 確実に! 正しくだ!」
「これが最適解です! 最善なのです! あなたのように自慢だけして満足というわけにはいかないのです! 私は館の責任者なのだからっ!」
「偽物と判明するのが怖いだけだっ! それは恐れ! 臆病者が偽物と判明するのを恐れて逃げているというだけだ!」
「僻みだと気付いていますかぁ!? あなたはユーガ様の品数で負けていることを僻んでいるっ!」
「この低脳がぁぁ!! 会話ができないのかぁー!!」
罵り合う二人は記念館の名物となっていた。入場者も騒ぐこともせず、珍しいものを見たと通過している。
「君はいい加減に思考を始めないか!」
「だから私は初めから終わりまで、徹頭徹尾一貫しています!」
言い争いは激化する。警備兵がそろそろ止めるかと動き出す。
変化は、その頃合いに訪れた。
「ほほう。この記念館は本物が多いですな」
少年の声だった。大人の口論が反響していただけに、少年の声はよく耳に届く。
「良きかな良きかな。しかしここからではユーガ様の印がよく見えない。何点か本物か疑わしいものもある」
伸縮可能な望遠鏡で人類王の品を眺めていた。奇妙な帽子に丸い色付き眼鏡で、民族衣装を着た少年。怪しげで警戒すべきなのだが、気掛かりな物言いをしている。
「き、君……今の“印”とはどういう意味なのかね」
グレッグを押し退けて歩み寄ったカーターが、先立って問い詰める。謎の少年へと訊ねずにはいられなかった。
「……あなたは?」
「失礼した。私はカーター・マグワイア。ユーガ様の宝物を保存する活動をしている蒐集家だ」
「ほう、それは素晴らしい。私はジェ・イと申します。よろしく」
互いに握手を交わすジェとカーター。興奮冷めやらぬカーターは再度問いかける。
「君は確かに言ったね。ユーガ様の印と」
「言いました。我が部族は知っています。ユーガ様は、ご自身が亡き後に偽物が出回ることを嫌い、一部の者しか知らない印を自分の持ち物に残しました」
「なにっ!? そうなのかね!」
ジェは人類王に熱狂するカーターですら知らない事実を知っていた。
「父がユーガ様の付き人をしていたのです。これにより、我が部族はその印の存在を知り得たのです。もちろんこの印については命よりも重いのでお教えはできません」
「そ、そこをなんとか教えてもらえないかね……」
「ユーガ様の意志に反します。これは我らマッスグ族が受け継いでいくもの」
「マッスグ族っ!?」
次から次へと明らかになるユーガの隠れた情報。人類王の秘密を受け継ぐ部族の存在など、知ろうと思って知れるものではない。
「……秘密の印などと、疑わしいものですがね」
「マッスグ族の族長を疑うと……? それは印の知識を授けられたユーガ様を疑うに同じっ!」
「……!?」
疑惑を発したグレッグへ、取り巻く人々から殺気と怒気が送られる。軽蔑しているのは警備兵やカーターも同様だ。
「しかし私が詐欺師と疑う気持ちは分かります。だから私は本物に拘る方に対してのみ、鑑定をすることにしている。偽物を暴く活動はしていません」
「うちの品を確かめてくれ。金は出す。私は君を疑わないし、本物に拘っている」
「金額は納得していただけた際に、仕事に見合った額をあなたに決めてもらいます」
「おお! 自信に満ち溢れている! 流石はマッスグ族っ!」
歓喜するカーターはマッスグ族の存在を確信する。怯えるグレッグへと勝ち誇った笑みを浮かべ、ジェを連れ帰る事に決めた。
「ぬぬぬっ……待ってもらいましょう!」
「……何か?」
カーターに連れられるジェを引き留める声が上がる。当然ながら、面目を潰されたグレッグだ。
「まずは当館の品を確認してもらえませんか? 無論すべてが本物です」
「鑑定を望まれるならば、私はマッスグ族としての責務を果たすのみです」
ジェがニヤニヤとした笑みを殺して振り返った。




