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43話、グロリアの特別任務

 カィニー騎士学校卒業後、グロリア・ワトソンはローリー聖国に戻ってすぐに騎士として士官した。


「君達は今日から正式な聖国騎士として従事する事になります。私事よりもローリー聖国を優先し、守護する盾となる意味を、しかと心に刻んでください」


 同僚や先輩騎士と整列して、上司の教訓を耳にする。その時に初めて、国軍としての騎士団で使命を果たす矛となり、国家を護る盾となったのだと実感した。

 長年の夢へと第一歩を踏み出したのだ。やっと騎士としての人生が始まるのだと、強い高揚感を味わう。


「グロリアは騎士学校を主席で卒業しています。将来は星座騎士団も夢ではない。一つ一つの任務を確実に遂行するように」

「はいっ!」


 配属された騎士団の女性団長ライラからも期待される。それだけの努力をしていた自覚はあり、目に見える成果に心から喜んでいた。


「グロリア、団長が呼んでいたよ」

「分かった。感謝する」

「団長に浮気しちゃ駄目だからね?」

「浮気もなにも、私とお前はただの同僚だ。団長も尊敬できるただの上司だ。いい加減に色恋に興味はないと分かってくれ」


 ある日のことだった。しつこく同衾(どうきん)を求めてくる同僚に教えられ、逃げるように団長室へと向かった。


「グロリアです!」

『……入りなさい』


 ノックして名乗ると室内から返答があるも、団長が返した声の低さに胸騒ぎがし始める。


「入ります!」


 扉を開けて入ると、そこには団長の他にあと一人の男性がいた。身なりからも騎士ではない権力者であると一目で分かる。

 問題は、その喜色ばんだ表情と粘りつく目付きだ。


「おおっ、申し分ない。彼女以上の適任はいない。私が相手をしてほしいくらいだ」

「……」


 口調と内容からも、この男が軽蔑されるべき人物とすぐに察する。

 男の背後では、ライラも表情に嫌悪を露わにしている。いつ何時も凛としている彼女のその顔は、これまで見たことのないものだった。


「いやいや、本当に可憐だとも。胸や尻も程良い……」


 男の舐め回すような視線に、ついに嫌悪感は極まって鳥肌が全身を覆う。気色が悪い。この場から一秒でも早く立ち去りたい。

 団長は同じ女だから察したのか、すぐに声を発した。


「申し訳ない。私の力不足よ」

「……と言いますと」

「グロリアに特別任務が下されました。聖母候補者に関係する任務よ」


 奮い立つとはまさにこのことだ。謝罪された理由が分からない。聖母に次ぐ要人である候補者に関する任務は、最重要と言える。選ばれたなら、その騎士は一流の証とされるだろう。


「バッハ・ウィンターを知っているわよね」

「あえて言うまでもなく」


 騎士国での常識は、聖国でも知れ渡っている。騎士国の四大貴族の一つ。人類王の軍勢での実戦経験もあり、堅固な守護者として有名だ。厳格かつ規律を重んじる性格で、グロリアも羨望の念を送っている。


「彼が一人の子供に目を付けたという情報が届いたのだ。聖国から戻る旅でたまたま一緒になった子供らしい」

「子供、ですか……?」


 下卑(げび)た目で見る男とは会話すら苦痛だが、話には関心がある。ウィンター家当主が聖国で子供に興味を持ったらしい。騎士学校内でもそのような例は聞いたことがない。


「特例を次々と設けてまで、その子を騎士国に取り込もうとする執心振りだ。婚約済みだった娘を結婚させてでもウィンター家に招こうという噂まである……只事ではない」


 取れる手段をすべて駆使してでもというバッハの強い意志が透けている。その子供に最高の価値を見出していると、話を聞くだけでも明らかだ。


「その少年はジェイク・レイン。あのバッハ・ウィンターが天才と断定した酪農家の息子だ」

「……クリス・レインの兄弟ですか?」

「騎士学校に兄がいるらしいな。彼の弟だ」


 予想は当たる。卒業する前に頭角を表していたので記憶していた。


「彼を聖国で起用する。ウィンターが言うなら間違いない。騎士国には渡せない」

「私の任務とどう繋がるのでしょう」

籠絡(ろうらく)してくるのだ」


 なにを言われているのか分からなかった。

 いや、入室後に男から受ける扱いで、無意識下では悟っていたのかもしれない。(くすぶ)っていた激しい動揺が表面化し、胸を酷く騒がせる。


「君なら成功間違いない。その顔と体で骨抜きにしてやれ」


 自分は騎士で聖国の守護者で、その目標だけを見据えて努力してきたはずだ。いずれは聖母や候補者の親衛隊をと目指してきた。


「彼はやがて聖母、もしくは候補者を守る盾となるだろう。しっかりと喜ばせてやるのだぞ」


 血の気が顔から引いていく。頭が真っ白になると、人はこうも動かなくなるのかと漠然に思う。


「……ごめんなさい。聖母候補者を支援する者達から言われてしまったら、私の力ではどうすることもできないわ」

「なんの不満がある。結婚すれば将来は安泰だ。家で掃除や料理を作って、夜は身を任せて慰めるだけだ」

「あなたは黙っていてくださいっ!」


 団長が代わりに激昂している。代わりにと言っても、その時は怒りすら湧いてこなかったのだが。


「……」


 すぐに旅立てとの命令を受ける。

 騎士国へ向かう際によく通っていたユントの街へ。形式は監視。だが自然な流れで聖国へ士官させるよう導くことこそが、任務の肝とされる。


「あれが……ジェイク・レイン」


 資料を読んだだけでは分からない。ジェイクを初めて目にしたのは街中だった。たまたまその名前が耳に届いたのだ。


「どら! ほっ!」


 安価で住民達に代わって薪を割っていた。それも何日も継続して行っているような会話も聞こえる。


「すまない。あの子を知っているか?」

「あら、ジェイクのこと? もちろん知っているわ。レインさんのところの子供だし」


 薪を持っていこうとしていた女性に話を聞いてみた。

 ジェイクは酪農家の息子として朝早くから父の仕事を手伝い、まだ小さい弟の世話をして薪割りも代行。その金で食材を購入して家族に持ち帰っているようだ。

 加えて、朝の走り込みと夕方の鍛錬も始めていて、あの若さで忙しくしているのだという。


「……素晴らしい子なのだな」

「いい子でしょう? しっかりしてるし、レインさんが(うらや)ましいわ」


 非常に好ましい少年に思える。ユントを訪れる前までの悪い印象は既になくなっていた。


「……!?」


 次の日の朝。ジェイクの早朝ルーティンを盗み見ようと高原への坂道を登っていた時だ。

 暗い中で降りてきていたのは、まさかの本人だった。小さな鞄を肩からかけて出かけるところに見える。


「おはようございます」

「お、おはようございます……」

「二つ離れたタリナって街へ行ってきます」

「な、なぜ私に言うんだ?」

「世間話ですよ。なんなら一緒に行きますか?」


 思いもよらない提案をされる。僅かに悩むも不審に思われないかと我に返り、賭けに出る。


「……観光者だから自由が利く。物は試しに同行してみよう」

「いいですね。日帰りを考えてるんで気楽に行きましょ」


 タリナへの馬車に乗り込む手前で気がつく。坂道は一本道で上がってもレイン家しかない。観光にも早過ぎる。同行に誘うのも不可解だ。

 以上から、ジェイクは監視されていることを知っていたのではないだろうかと察し始める。


「タリナに着いたら朝飯食べましょうね」

「……そうだな。良さそうな店に入ろう」


 その証拠に、馬車内でもジェイクは気を遣っていた。


「タリナで何かしたいことあります?」

「ジェイクは何を目的に向かうんだ? それを優先しよう」

「人類王様の遺品を集める蒐集家とか訪ねたり、記念館とか見させてもらおうと思ってます」


 馬車の荷台は幸いにも新しい。両端に並ぶように座り、到着を待つ。

 人数は少ない。だが男ばかりで、不躾(ぶしつけ)な視線を向けられる。ジェイクは端を譲って自分は男達との間に座っていた。視線避けだろう。


「敬語ではなくてもいいんだぞ?」

「だったら喋り易いようにしよう。アンナって呼んでいい?」

「もちろんだ。私もジェイクと呼んでいるしな」


 すぐに返答した。偽名であることを恥じながら。


「なんか俺に聞きたいこととかある?」

「……レインと言っていたが、あのクリス・レインと関係が? 武力派遣組合での活躍は有名だが、彼の親類なのか?」

「兄貴だな。知ってるなら、今は実家にいるから会えるぞ」

「知人でもないのだからその必要はない。だがその口振りだと、ジェイクは騎士学校に通っていないようだ。どうしてなんだ?」

「どうしてって、弟もまだ小さいし、家も手伝わなきゃいけないし。前提として騎士学校に興味もないからな。……ああでも時々、気が乗った時だけは顔を出すことになったぞ」

「……そのような特例が通るものなのだな」


 ウィンター家がジェイクのためだけに取り計らったというのは、真実であるようだ。


「これが特例って分かるのは……アンナは騎士学校出身なんだな」

「……!」

「俺が言うことではないけど、距離を縮めて情報を引き出そうってのは初歩の初歩だ。発言すべてを疑われているくらいに思ってないと、これから危ないぞ」


 やはり気付いていたようだ。大凡(おおよそ)を悟っていて誘われたらしい。


「あんたも大変だろうけどな。大方、俺を(たぶら)かしてこいってところだろ? ガキの色恋に外が口出しすんなよな」

「……すまなかった。私の名前は――」

「いいよ。名前は大切だけど、アンナの任務に支障をきたすなら言わなくていい。(しばら)く一緒に過ごしてから、上手く口説けましたよって報告しな」

「……」

「熱烈な手紙でも送ってやるよ。本当はこんなのじゃなくて、真っ当な騎士をやりたいんだろ?」


 鞄から木の人形を取り出しながら何気なく、気遣いの言葉をかけられる。年下にも関わらず包容力すら感じる。


「これ、ザーマ族の人形な。これだけは壊されちゃ駄目なの。サマー家の小娘に踏み砕かれてから作り直したやつ」

「……可愛い人形だな」

「だろうぜ。制作期間は約一月。前の三十倍かけて彫ったからな」


 人形を自慢するジェイクは先程と一転して少年らしく、益々(ますます)好ましく思える。もう既に彼の魅力に惹き込まれているのは自覚していた。


「ジェイクは……恋人がいるのか?」

「いるよ。アンナも美人だけどアイツは凄いよ」


 胸が痛む。初めての経験だとしてもハッキリと分かる。自分はジェイクに、初めての恋をしつつあるのだ。


「アンナは好きな食べ物はなに?」

「特にないのだが、あえて言うなら私はホットケーキだ。月に一度だけ食事制限を止めて食べられることにしている。ジェイクは何が好きなんだ?」

「よく聞いてくれた」


 人形をしまってから、居住まいを正すジェイク。


「俺が好きなのは――蕎麦(そば)だ」

「ああ、ユーガ様がお好きだったことで有名になった麺類だな。ジェイクも好きなら美味しいのだろう。私も食べてみたいものだ」


 今までとは違う。好物を語るジェイクは可愛く思えてならない。

 まだ少しの間であるのに、様々な表情を目にして、その(ことごと)くに好感を覚える。


「でもなぁ、聖国と騎士国には全然ないんだよ。蕎麦を食べられる場所がまるでなし。どうしろって言うんだよ」

「……? じゃあジェイクはどこで蕎麦を食べるんだ?」

「だから食べたことはない」

「……ふふっ、うふふふ!」


 笑ってしまう。堅物と言われてきた人生で、最後に笑った日も思い出せない。しかし堪らず笑ってしまう。


「これは大問題だぞ。今度外国に探しに行こうと思ってるくらいだ」

「今は止めた方がいい。大陸の情勢は不安定だからな」

「……なんで頭撫でてんの?」

「可愛いものは()でるものだからだ。口惜しい。材料と作り方が揃えば、私にもやれる事があっただろう」

「そうか。ならそんな可愛いお前も撫でてやるよ」

「……撫でられるのもいいものだな。胸が満たされるのを感じる」


 互いが頭を撫でる奇妙なやり取り。周りからは舌打ちや嫌味が聞こえる。だがジェイクと過ごす時間が楽しいあまり、気にもならなかった。


「着いた!」

「まずはどうする。やはり朝食か?」


 タリナに到着する。合計で二時間だったが、感覚的には二十分あまりで着いたようだった。


「そうだな……蒐集家の人も記念館も開いてなさそうだし、まずは飯を食おう」

「その店も開いているかだがな。露店はどうだ?」

「あ、いいね。このまえモルツのおっさんのところに遊びに行った時は、お嬢様が一緒で食べられなかったの。だから露店で食べよ」

「そうしようか。この街は来たことがあるから案内できる。こちらだ」


 空腹なのか腹を撫でるジェイクを伴い、朝日に照らされるタリナの街へと踏み出す。


「あれ? こんな時間なのに人が集まってやがる。体操かな?」

「こんな街中で集団が体操をするのか?」

「そういう風習もあるらしいぞ」


 よく辺りを見渡せば、広場に何か設営されているのが分かる。

 大きな大きな半円状の天幕だ。鮮やかな色合いのもので、見かけからもその正体は一目瞭然だった。


「サーカスだったか」

「うわあっ、うわあ! さっさと終わらせて午後にはあれを観に行こう。いいだろ?」


 期待に胸を膨らませるジェイク。どうやら大道芸などを観たことはないらしい。

 彼の喜ぶ様を目にして、同調するように自分まで胸が踊るのを感じる。このような純粋で淡い感情を持つことになるとは、出立前には考えもしなかった。


「ああ、もちろんだ。今から楽しみだな」


 この時には想像もしなかった。もうすぐにここで、タリナ史上最悪の悲劇が生まれることになるとは……。


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