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42話、あまりに素人な監視者

 監視(受け身)初日。家までは付いて来ないみたいなので、それとは無関係に豪勢な高い牛肉を買って帰る。兄貴の帰省祝いと両親への日頃の労いだ。

 下味だけは自分で付けてから母に預けておいた。これで満足ステーキが夕食となるだろう。


「……本当に鍛え始めたんだな」


 逆立ちして鍛錬場を周る。ただし拳で。体幹を鍛えながら拳も鍛える。

 今は二周が限界らしいので、次の鍛錬に移行。見ているだけの兄には構わない。


「っ……これ!」

「ありがとよ。危ないから離れてるんだぞ」


 段取りの分かる三歳なので、察したリュートが鉄の棒を引き()ろうとする。受け取ってから距離を空けて、鉄棒の中央を持つ。回して手首関節の可動域限界が来たら逆回転、また戻して逆に回転。手首を鍛える。


 拳打において、どこを入念に鍛えますか?

 こう聞かれたなら、他の人達はどう答えるのだろう。脚とか答える奴は信用してはいけない。脚を疎かにしていい競技の方が珍しいわ。

 ちなみに俺は、全部鍛えるに決まってるだろと答える。


「……俺もやるか」

「帰ったばっかりで無理すんなよ。大人しくリュートを見てな」

「なめんじゃねぇよ。リュートもお前の真似をしてるから大丈夫だ」


 大斧の鋼器を復元させて素振りを始めた。体ができて来たからか、以前よりも振る速度が上がっている。相変わらず、天眼通と神足通ばかりを鍛えているらしい。


「やれやれ……」


 いずれ基本四種の基本と呼ばれるわけに気付くだろう。それからでも遅くない。


「忘れてたけど【紅蓮技三式・爀点(かくてん)】はできるようになったか?」

「ドラっ……おらっ! 実戦でも成功してるっ! 狙いもほぼ外れない!」

「いいね。今のうちは“ほぼ”でも問題なし」


 最も有用性と汎用(はんよう)性の高いと思う紅蓮技なので、習得して決して損はない。素振りを続ける兄も図に乗っていたわりには言い付けを守り、熱心に取り組んでいるようだ。


「リュートはどんな属性にしたいんだ? 兄ちゃんがどれでも教えてやるぞ」

「にいちゃは?」

「俺は基本的に基本四種だけだね。つまりは属性はなし」

「じゃあリューもそれにする」

「そっかそっか。まあやっていく内に見つけるもんだからな。後から決めていこう」


 俺は属性技が必須だとは思っていない。リュートも同じがいいと言うのなら、教えることは可能だ。若者らしく派手な属性技に流れても、それだって個性。ジジイは否定しないよ。オススメはしないけど。


「騎士学校では選択必須だぞ。どうすんだよ」

「使うつもりはないな。けどそれでも選べって言われたら、その日の気分で選ぶ。どれも大して変わらない」

「武芸者は自分の属性技が一番って輩が多いから、それ、言わない方がいいぞ」

「目の前で言って高笑いしてやるよ」

「……駄目だこいつ」


 噂の問題児に呆れられる。変な(こだわ)りを見せると注目されるだろうが、悪霊を見られなければ問題はない。度が過ぎると良くないだろうが、このくらいの拘りなら心配ないはず。


「ほっ、はっ、ほっ」

「はいっ、はい!」


 軽めの筋トレも終わらせて、リュートと縄跳びを跳ぶ。日課となって一ヶ月が過ぎる。マナを鍛えるならコレとランニングが一番。


「ふう、今日もいい汗をかいたぜ。ハレルゥヤ」

「ハレルぅヤ」


 リュートから縄跳びを預かり、腕立て伏せを終わらせたらしい兄へ向く。


「器具を片付けるから先にリュートと井戸に行っててくれ」

「おう。行くぞ、リュート」


 兄弟二人を見送る。暴れるリュートを(かつ)いで体を(ぬぐ)いに向かう背を見送る。


「……いいぞ。降りてこいよ」


 一羽の(からす)が、手作りのベンチに降り立った。シズカの(つか)いだろう。足首には(ふみ)(くく)り付けられている。(ほど)いて内容を確認する。


「達筆なのはいいけど読みにくいんだよな」


 読み解いた内容は俺に最も必要なもの。

 俺の遺産がある可能性のあるポイントが三つ。近場のものを中心に三箇所も書かれていた。気分でとか言っていたのに、遣いを使って熱心に探させたらしい。俺の取るであろう行動を先読みした点からも、愛を感じる。


「……人類王の品を集める蒐集(しゅうしゅう)家」


 まずは二つ離れた街にいる蒐集家。集めた品を客人に自慢するのが趣味の男性らしい。田舎の少年が受け入れられるかは分からないが、なんとか見せてもらえるよう頭を使おう。


「で、次は記念館」


 同じ街に記念館があるみたいだ。覚えていないが、南部平定戦争で俺が拠点にしていた地域だったので作られたとされている。

 使用した武器や鎧が展示されていると……。


「最後は一つ手前の街にある領主の宝物庫」


 侵入が難しいので最後に書いたみたいだ。確かに立ち入る策は思い付かない。なにかチャンスがなければ。


「……」


 あと書かれているのは、モトイと接触したこと。すぐに行動すると関連が疑われるため、各地を巡ってから痕跡を誤魔化して戻るとのこと。モトイが動くのもその後にすると。


「……感謝してたって伝えてくれ。それと浮気もしてないぞってな」


 烏が飛び立つ。大陸のどこかにいるシズカの元へと飛び去った。


「さ、飯だ飯だ。肉を食らって精を付けるかな」


 悪霊がいることを願って、明日にでも行動を開始する。思い立ったらその日に行動する主義だが、今から肉を食わなければならない。

 夕食の席で早速、家族に旅立つ報告をしてみよう。


「兄貴がいる間に近くの街を見物に行ってくるわ。日帰りだからいいだろ?」

「イヤ!」

「両親より先に判決が出てしまったな」


 息を吹きかけて小さく切った肉を冷ます。久しぶりに家族全員での夕食。それも高級な肉を食べる席で言ってみた。


「ほら口を開けな」

「あぁん」


 ミディアムレアの肉を食う弟に合わせて俺も自分の大きめの肉を食らう。それなりに良い物を買ったので、噛み締める毎に肉の風味が口内へ広がる。


「そう言わずに。いいんじゃないか? もう魔物に()っても勝てるだろうし、日帰りでなくても一泊くらい楽しんで来るといい」

「そうね。クリスに見ててもらうから楽しんできたら?」


 肉で機嫌の良い両親は双方が賛成。黙々と肉を食べる兄も異論はなさそうに見える。

 おそらくは普段から家の仕事をしている弟の為に、人肌脱ごうってところだろう。


「……」


 三歳児は(にら)んでいるが……。

 という事でリュートが目を覚ますよりも早く、朝日が昇るよりも早く起床した俺は、仕事を父と兄に任せて出発する。


「気をつけてな」

「いってくるわ。もしかしたら帰りは明日とか明後日になるかも」

「ああ、好きに楽しんできなさい」


 リビングでコーヒーを飲んでいた父のみに見送られ、馬車乗り場へ。


「……!?」

「おはようございます」

「お、おはようございます……」


 監視の人もまさか朝早くから旅に出るとは思っていなかったのだろう。俺の家へ向かう道中にすれ違う。


「二つ離れたタリナって街へ行ってきます」

「な、なぜ私に言うんだ?」

「世間話ですよ。なんなら一緒に行きますか?」

「……観光者だから自由が利く。物は試しに同行してみよう」


 考えた末に誰も聞いていない素生(すじょう)まで明かして、まさかなのだが付いてくるみたいだ。(たず)ねてみるものだ。


「いいですね。ではあなたの荷物を取りに行きましょう。宿はどこですか?」

「こちらだ」


 朝一から時間に余裕があるので、監視者の宿を特定しておく。俺の家に一番近いホテルに泊まっていた。美人なのに安宿に泊まっていて、荷物も少ない。


「洗濯とかどうしてるんですか?」

「宿の裏手にある井戸を使わせてもらっている」

「風呂は?」

「水で濡らした手拭いで……どうして私の生活を知ろうとするんだ」

「話題がないからっす。他の話でもいいですよ?」


 鋼器(アート)は弓。属性は弓によくある雷霆技。他心通のレベルから考えると、マナ強度は【幻炎】に到達しているかも。


「では君の名前を聞こう」


 知ってる癖に。


「ジェイク・レインです。酪農家の次男坊。彼女はいます。あなたは?」

「アンナだ。よろしく頼む」


 偽名を使ってはいるが、このアンナさん。青髪ショートカットで女性らしくもすらりとしたモデル体型。年齢は十八くらいで改めて美人。つまり目を引く。注目される。


「アンナさんは騎士さん?」

「……どうしてそう思う」

「騎士の(かがみ)みたいな人だから。俺達みたいな民からしたら、アンナさんみたいにしっかりした人に騎士になってほしいよな」

「……考えておこう。今はただの武芸者だ」


 嘘を吐けない性格だ。騎士で間違いない。褒められて喜んでしまい、思わず笑顔を(こぼ)している。


「……」


 こんな派手なネェちゃんが監視として送られるとは思えない。監視任務としても、今回が初の可能性すらある。バッハに気をかけられる俺を聖国が監視しているのだと思っていたが、少しだけ思惑があるようだ。


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