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41話、人類王、監視される

 特異な種に天与の才覚、あろう事か加えて《人類王》の教えを受けた《金羊の船団(アルゴノート)》という奇跡が在る。

 只人に生まれながら、彼等(アルゴノート)に比肩するという不条理の権化、《ノアの方舟(ノアズアーク)》がいる。

 この世には、想像も付かない化け物が存在する。


「あんたさ、他国のスパイだろ」


 全身に電撃が走る。雷に打たれたようだ。本当にそう感じた。

 しかし魂は凍り付き、強烈な寒気が身体を取り巻いた。


(なま)りに気を付けな。聖国と大陸西部じゃ、rの発音に違いがある」


 ジェイクという人物は、想像を絶していた。クリスから聞かされた絵空事が頭にあったにも関わらず。


「……口調かい? 癖なんだよ」

「あんたは兄貴より(はる)かに強いよな。成績が中の上だって?」


 上手く取り繕えたかは不明だが、それ以前に彼は確信している。

 薄ら笑うジェイクは、思い違いの余地もなく気付いている。


「家に入ってから雑魚を装ったって遅いんだよ。騎士学校の練武場で会った時もそうだ。兄貴とアイクってのが稽古してる時、客席にいたよな? 気配を消して入った俺に、唯一あんただけが気付いた。一瞬だけ身構えたのがハッキリ分かったぞ。気を抜いてたな」

「……人類王様は君みたいな人だったのかもね」

「かもな。で、どこの国? 共和国か魔導国辺りか?」


 正直に言うべきだろうか。

 突然に任務の行方を左右する選択を強いられる。目的や手段を含めて、渡す情報を選別しなければならない。

 足を止めて振り返ったジェイクと、心して対峙する。


「……」


 間合いは互いにとって、戦闘を想定した距離。

 倒せる……はずだ。重要な任務を果たすべく、過酷な修行を収めた。完全戦士を作製するべく選び抜かれた子供達の中でさえ、自分に並ぶ者はいなかった。

 だが、嫌な予感が止まらない。ジェイクとの戦闘を回避すべきと、(つちか)ってきた直感が騒いでいる。それもかなり(やかま)しく。


「……ファーナルズ魔導国から来ました」

「ああ、魔導国からわざわざ。ご苦労さん」

「僕をどうするつもりなのかな?」

「目的次第に決まってんだろ。さっさと教えな」


 腰の斧に手をやることはない。ただ戦闘も辞さないつもりであることはわかる。

 だがジェイクは軽々しく顎先で促すのみで、身構えるのも緊張するのも自分だけだ。

 妙に馬鹿馬鹿しく思え、半ばヤケになって答えた。


「……聖母候補者に近寄るためだよ。お願いだから君の胸に留めておいてくれ」


 そもそも任務は達成困難となっていた。ジェイクに敵対者と認知されるくらいならば、話しても構わないと判断する。


「魔導国以外には治療技法を使わないようにって?」

「大筋はそうだね。魔導国とご贔屓(ひいき)にしましょうって話さ。聖母候補者の方針はそれぞれだ。各国も動向に注視している」

「小娘を(だま)してやることかね」

「聖母という存在は世界でも唯一だ。政治利用されない方がおかしい」


 当初の予定では、聖母候補者の一人が騎士学校へ入校することになっていた。

 だが聡いマリアはその危険性を憂慮しており、諭された候補者は断念。

 以降、任務の着手は怪しく、待機状態が続いている。


「魔導国って言うけど、《賢者総括》の指示ではないよな。国のトップを無視して勝手にやってることじゃないのか?」

「そこまで分かるんだね……」


 最後に任命された《金毛の船団(アルゴノート)》が率いる魔導国。賢者達が集まり魔術による繁栄と防衛を行う魔術国家だ。

 当然だが、賢者達も様々な者がいる。総括を務める彼女と意見が合わない者もいる。


「誰かは言えないけど僕に指示をした人は、《賢者総括》に隠して行っている。露見すれば賢者の席を失うだろうね」

「お前もただでは済まないぞ?」

「これが厄介なことに、僕はその人の意見に賛成なんだ。聖母は自国を除き、魔導国と騎士国のみで共有されるべきだとね」

「聖母を物扱いとは、吹っ切ったな。マリア様だってカチンと来ることくらいありそうだろ?」

「人格や人権を否定したわけじゃない。その能力のみに焦点を当てての主張だよ。あまり怖いことを言わないでもらいたいな」


 聖国を利用するのではなく、協力関係を望んでいると知ってもらわなければならない。

 たとえ薬物の使用も辞さずに、洗脳してでも達成せよと命じられていたとしても。


「好きにしな。俺の視界で悪さしないならな」

「……」

「兄貴にも悪さすんなよ。そのときは魔導国ごと覚悟しろ」


 無防備に背を向けて歩み出した。結果的にジェイクが残したのは、簡単な忠告のみ。国家へと放つには、やけに簡単で恐れを知らない警告だった。


「……」


 握り締めていた手を開けば、多量の汗が(にじ)んでいる。


「おぉ〜い! 早く来いよ! 知り合いの宿屋を紹介してやる!」

「……ごめん、今行くよ」


 クリスを魔導国へ勧誘する前にこの弟を知れた幸運。先ほどまで乗っていた馬車で、それとなく(ほの)めかす予定を取り止めた英断。密偵としてこれ以上ない人材なのではと自賛する。


「仲良くしよう。魔導国は他国と違って侵略国家じゃない。聖国や騎士国と同じだ」

「酪農家の俺に言うなよ。マリア様に言え」


 駆け寄って隣に並ぶ。味方にすればジェイク以上に頼りになる者はいない。急務として、彼との協力関係を構築すべく動くべきだ。


「お近づきの印に、ちょっとした情報を提供するよ」

「近づいてくんな。でも聞きたいから情報は言っていいよ」


 つい一時間前に兄と登った坂を、弟と降りる。緊迫した山場を越え、再び純粋に大自然の気配を感じ取る。

 爽やかな風は好きだ。人の手が入っていない自然も。動物も好きなのは本当だ。密偵ではあるが、必要以上に嘘は吐きたくない。


「で?」

「うん、聖母候補者には関わらない方がいい。彼女達を狙う連中が、危険な組織を(やと)ったらしい」

「言われなくても関わることなんてないけどな。その組織ってのは気になる」

「エリゴール……知ってるかい?」


 知っているはずだ。


「誰? オルゴールの親戚?」

「……」


 何が原因で知能が低下したのかは分からない。


「……エリゴールは魔物の名前だね。とても賢くて強い魔物だ」

「種類は?」

「キングオーク。王国と手を結んでいるオークの組織……あれはもう国だね。共和国や騎士国の軍隊を殲滅したこともある。エリゴールが強いだけじゃない。生息する森には罠まで仕掛けてあって討伐困難とされている」

「それが今度は聖母候補者を狙ってんのか」

「予想されるのは、王国か何処かの勢力に取り込まれた聖母候補者がいて、自分以外の候補者を(さら)うか殺すかして排除したいんだろう。攫えば役に立つぞとでもエリゴールに吹き込んでね」


 気になるのは、ここローリー聖国にはマリアの他に《金毛の船団(アルゴノート)》と《ノアの方舟(ノアズアーク)》が一名ずつ加わっている。

 そして、聖国に所属するどちらもが最高に強い。彼等を相手にすれば、強大なエリゴールと言えど一溜(ひとたま)りもない。

 聖国の主力である星座騎士団達も常に候補者へと目を配っているわけだが、どう動くつもりなのだろう。


「関わることはないけどな」

「どうだろうね。君の可能性に気づく人達は、一気に多くなっていくと思うよ。騎士国もだけど、聖国が君を放置するとは思えない。もちろん魔導国もね」

「俺は一人が気が楽なんでな。悪いがどこの国にも付く気はない」

「……それが通るとは思えないな」


 世の中には、手段を選ばない者が大勢いる。(さと)いジェイクなら分かっているだろうにと、嘆息(たんそく)する。


 ♤


 小遣い欲しさに、知り合いの宿屋へショーンを連れて行く。


「客を連れて来ましたよぉ!」

「ここ? 一般的なホテルに見えるね」

「いいだろ? ただ問題なのは、色んな面で一般を下回ってるってことだな」


 問題点は一つだけだった。大まかに見れば、一つだけ。


「ジェイクは余計なことを言うな、この野郎……」

「小遣い寄越(よこ)せや」

「ほらよ……お客様一名様でよろしかったですかぁ?」


 コインを放り投げた店主が、接客用の仮面を被った。受け付けで金の勘定(かんじょう)をするくらいしか仕事をしていない。なのに接客はできる不思議な男。


「え、ええ、今日から三泊……とりあえず一泊だけお願いします」

「偉い! 頭がいい!」


 もう一枚のコインを額にぶつけられ、去るように目線で指図される。ショーンは騙せないだろうが、あとは好きに営業してもらう。


「薪割りぃ、薪割りぃ、俺は薪割りキィィングぅ」


 鼻歌を歌い、スキップの足取りで薪割りアルバイトへ。近くまで歩むと人だかりを発見。蜜に群がる虫達だ。なので先頭の薪から順に割っていく。


「どら! よっ!」

「……無言で始め出したな」


 遅れた分も取り戻さなければ。兄の分も買って帰る食材費を稼がなければ。


「早いな、もう終わったのか……ありがとな、ほら駄賃だ。明日はどうする?」

「明日は……明日はまだ分からないな。この時間にいなかったら諦めてくれ」

「おう。お前もたまには休まないとな」


 男から小銭を受け取り、次の薪へ。オーフォンで購入した腕毛付き斧が手に馴染(なじ)む。

 ユーガの際には剣や槍しか使っていなかったが、斧は斧で便利と分かって来たところだ。難しいテクニックもいらない。長く使えるのもいい。


「……よっ!」


 それよりも……左前の曲がり角。気配を消してこちらを覗く人影がある。

 青い髪をした美人な女だが、武術の練度が少しだけ高い。おそらくは正規聖国軍である聖国騎士団から派遣された人材だろう。バッハが目を付けたという話を聞き付けて送り込まれたに違いない。


「ほい、次の人!」


 関わらない関わらない。差し迫った事態でも無ければ、目立っていいことなし。今は静かに悪霊を回収するのみ。


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