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40話、友達は選ぼう

 帰省の道中で、ジェイクという人物の話を掻い摘んで聞いた。


「……」


 クリスの話を聞いたショーンは、我が耳を疑っていた。

 事実だとするなら、確かに異質。そして、異才。天才という表現すら適当でない、世界の不純物だ。


「俺はシーザー王と戦えてもジェイクとは戦えない。ジェイクならガスコインに勝っても驚かない」

「……」

「バッハ・ウィンターに気に入られても驚かない。あのテロリストを殺したのがジェイクだったとしてもだ」


 麒麟児クリスは誰よりもジェイクを評価していた。この世で唯一クリスが勝てない相手と確信している。いやジェイクに勝てる存在などいないとすら思っていそうだ。


「……会ってみたいな。そのジェイクくんに」

「鍛えていなかった時ですら、武芸者三人を殺しかける弟だぞ?」

「理性的なのは話を聞いていたから分かっているさ」


 馬車は二日でユントの街へ到着する。天候にも恵まれて事故もなく、日程より半日早く辿り着く。


「一ヶ月半も何をすりゃいいんだか……」

「仕事を手伝うとか武力派遣組合に通うとか、単純に自主鍛錬をして過ごすとかだろう。君の場合、結局は騎士学校と変わらないよ」


 旅の疲れはある。腰も痛むし肩も凝る。けれど目指す実家はもう近い。

 駅に着くなり馬車から降り、早速帰宅の路に就く。


「先に宿を決めなくていいのかよ。我が家は部屋なんか空いてないぞ」

「挨拶だけしたら街へ戻るつもりだ。三日はいようと思うから明日は案内してよ」

「いいけどな。なんもない街だぞ」


 クリスにとっては家族に同級生を紹介する気恥ずかしさの方が問題だ。帰省の途中で寄り道をする友人に、思わず嘆息混じりになっていた。


「あの小高い場所にある一軒家? いいところに住んでるじゃないか。羨ましいよ、本当に」

「金持ちの坊ちゃんにはそう見えるのかもな」

「金があるかどうかではなくて、一般的に考えても恵まれているよ。緑豊かで景色は最高。動物もいるし仕事に困らない。クリスはどれだけ恵まれているか分からなくなっているだけだよ」


 珍しく説教口調だ。心底(うらや)ましいのだと感じられる。クリスにしてみれば何も変わらない風景。居心地は良いが退屈な日常だ。高原を目にして改めて思う。


「明日は観光じゃなくて、ここにお邪魔しようかな」

「お前も牛の世話をしたら気が変わる。朝早くから糞やら退かして同じことの繰り返しだ。やってみろ」

「いいんだったら是非やらせてもらいたいね。動物は大好きなんだ」

「気持ち悪い……」

「なんでだよ……」


 (ゆる)傾斜(けいしゃ)の坂道を登る。朝と夕方の出荷時以外には、滅多に馬車が通らない道。

 普段から鍛えているだけあり、雑談も程々に失速する事なく目的地へ至る。


「……? おお、帰ったか」

「帰ったぞ。みんな元気か?」

「ああ、牛達もな」


 玄関先で農具を直していた父へ挨拶する。父はショーンに気がつくと、手を挙げて我先に声をかけた。


「やあ、クリスの友人かい?」

「ショーンと申します。彼とは仲良くさせてもらっていますので、一度はご挨拶に伺わないとと思いまして。立ち寄る時間があったので、この機会にお邪魔させてもらいました」

「うちは大歓迎だとも」


 変人の癖をして良識人の皮を被るショーンを横目に見る。そこで実に愉快な名案を思い付く。弟が考えつきそうな嫌がらせだ。


「ジェイクに会ってみたいんだとよ」

「ああ、そういうことか……」

「挨拶なんて言って格好つけちゃあいるが、あいつを見たいだけなんだぜ?」

「クリス、意地が悪いぞ」

「へいへい」


 前後に挟まれて視線で(とが)められる。ジェイクを真似てみたが、やはりセンスが違う。弟はもっと上手くやる。


「入れよ。少しは休んでいけ」

「ショーン君、疲れもあるだろう。中へ入りなさい」


 父の援護もあり、ショーンは目当てのジェイクと対面する。中にいるのは既に分かっていた。奇妙な歌声が聴こえるからだ。


「らららぁー! アイアムファァァラオオオオオオッ!」


 家の中は想定外だった。キッチンは母の独壇場のはずだが、今は代わりにジェイクが占領している。大声で自作であろう歌を歌い、鍋のスープをかき混ぜて料理をしていた。


「うんちゃ! ぬっちゃ!」


 足元ではリュートが思いのままに踊っている。久しぶりの我が家は混沌としていた。


「おかえりなさい。そちらはクリスのお友達?」

「あ、ああ、ただいま……」


 手持ち無沙汰なのか、愛想笑いを張り付けた母がテーブルから歩み寄る。母が不在だから料理をしているわけでもないようだ。


「……なんでジェイクが料理なんかしてるんだよ」

「なんかとは何? その料理で今のあんたがある事を忘れたの?」

「細かいところに噛み付くなよ……面倒な奴に思われるぞ。それで、なんでジェイクが料理してるんだ?」

「お母さんの味付けが不満なら自分で作りなさいって言ったら、食べたい物があるときは本当に自分で作るようになってしまったの……」

「ああ、それはジェイクらしいな」


 我が家は本日も愉快だ。なにも変わっていないらしい。自分の荷物は後で二階の自室へ運ぶとして、ジェイクの手料理の行方を見届ける事に。

 が、その前に。


「ジェイク、こいつはショーンだ」

「いらっしゃい。おい、ザーマ様にただいまは言ったか?」

「……ただいま」


 背後の壁に飾られる五体のザーマ人形に挨拶。満足したのか、頷いたジェイクは網焼きにしている貝を皿へ移す。


「あんたら友達なの?」

「そうだよ。よろしくね、ジェイクくん」

「あらら、友達は選ばなくちゃ」


 帰省直後から失礼な物言いをされる。料理を作る手を止める事なく、いつも通りの毒舌を披露していた。


 ♤


 急に兄貴が帰ってきた。しかも人を連れて。食卓は二人も増えて、夕飯分のスープも食べ切る勢いを見せる。


「……母ちゃんのより美味いかもな」

「その感想が一番聞きたくないのよ」


 兄貴が母の傷に塩を塗り込んでしまった。敗因は塩や香辛料を渋るからだろう。リュート以外は気付いている。父は母の機嫌を悪くしたくない。だから言わないだけ。


「ショーンさんはどこの国出身?」

「え、聖国だけど……」

「成績は?」

「……真ん中から少し上かな」

「ご家族は?」

「両親と三人だね。祖父母はどちらも他界しているよ」

「寂しいだろうに。早く帰ってやんな」

「そ、そうだね……」


 俺特製のスープを飲む、中肉中背平凡な風貌の少年。しかし俺はショーンに関心を持っていた。


「スープは美味しいかい」

「とてもね。まるでレストランで食べているみたいだ」

「俺のスープがそこらのレストランレベルだと……?」

「プロの味ってことだね」

「あ、そう」


 今世ではまだ(ほとん)どレストランに行ったことはない。いきなりウィンター家のご馳走で、そのあとに殺人鬼二人とローストポークだ。

 聖国のレストランはあまり評判が良くないので、同格と言われて頭が沸騰(ふっとう)するところだった。


「兄ちゃんは改心したのか? 俺が行ったときは調子付いてたけど、どうなんだ?」

「……普通だ、普通」

「そんなことだからテロリスト如きに負けんの。帰ってきたのを機に心身を叩き直すんだな」

「……」


 苦虫を噛み潰したような顔をしている。カティアみたいな成長が望ましい。オーフォンの彼女を見る限り、追い抜かれるのは時間の問題だ。

 その差は俺の教えに忠実か否かだなと、フォークでホタテを口に放りながら思う。


 昼飯を終えれば、俺は小遣い稼ぎの時間である。


「じゃあ俺は薪割りのアルバイトしてくるから、兄ちゃんはリュートの世話を頼むぞ」

「いや!」

「あんなに踊ったのになんで昼寝してくれないの……。俺はあんたのこの先が心配だよ」


 体力の上昇率が(いちじる)しい三歳児。俺が街へ行ってから昼寝してくれることを祈る。


「じゃあショーンさん、街まで一緒に行こうぜ」

「そうだね」


 暴れるリュートに兄貴が悪戦苦闘しているが、俺は慈悲もなくショーンと街へ。


「ジェイクくんは騎士学校に来ないのかい?」

「美味い飯を食いたくなったらウィンター家のついでに寄ろうかなって。校長から許可もらったらしいからな」

「そんな特例がよく通ったね……」


 地下に俺の遺品がいくつかあると聞く。学校自体に関心は薄いが、そちらは機会を伺って拝見したいところだ。


「クリスが君のことを自慢げに話していたよ」

「俺だからな。そりゃそうだろう」

「凄い自信だね。学校に来たら僕もどれだけ驚かされることになるんだろうね。クリスやウチの小隊員も凄い方なんだけど……」

「驚きたいの? なら今驚かしてやるよ」

「本当に出来そうで怖いね……」


 ショーンと高原を降りながら談笑を交わす。何気なく兄の友人として。


「あんたさ、他国のスパイだろ」


 多分、間違いない。


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