37話、新たな日常、最強を取り戻す為に
現在の鍛錬を確認しよう。
大切なのは、前世で発見して学んだ知識を活かして、如何に『効率的』に鍛えるかだ。
「せっかく早起きしてるんだから、やっぱり走らなきゃな」
朝は牛の世話を終わらせてから長距離を走る。【練歩】を駆使して走る。騎士国から継続する基礎的なトレーニングだ。
天候とリュートの機嫌次第で走れない日はあるが、それはいい休息日。
室内で筋トレなど、他のメニューへ臨機応変に切り替える。
「おいリュート、昼寝前だから遊ぶぞ」
「はぁい」
次の鍛錬は街で行う。
なのでその前にリュートを昼寝に導かなければならない。追いかけっこや木で作ってやった玩具で疲れさせる。昼飯を食えばグッスリだ。
問題はリュートも成長して体力が付いてきたこと。将来的に昼寝が無くなるだろうが、その際に兄離れをしている事を願う。
「よいしょ! ジェイク、こっちもまた頼む」
「順番待ちね。すぐに終わらせるから」
午後の暇な時間。仕事までの空き時間は街へ降りて、薪割り代行のアルバイトに励む。父の知人宅前を借りて小遣い稼ぎに勤しむ。
主な理由は筋トレ。つまり、これも体作りだ。手首や背筋を主に、太腿や腰まで幅広く鍛えられる。
「よっ! どら!」
スコンスコンと薪を割る。噂を聞き付け、年配や女性などの薪割りが億劫な層が次々にやってくる。
「あんたぁ、こんなにやるのに値段が安過ぎだよ。もっと高くていい」
「疲れて帰るのに、金が重いとまた疲れるだろ? 家の仕事もあるからこれくらいでいいんだよ」
「上手いことを返したねぇ。まだ若いのに大したものだよ……」
薪に腰掛けて順番を待つ老婆と談笑もする。
格安で薪を割り続ける俺を毎日心配している。心配はしてくれるけど毎日来る。一番多く持ってくる。
ちなみに金額は一律。アハハハと笑いながら『強欲ババアが!』と心の中で吐き捨てる。
「よし、今日はここまで」
「お疲れさん。明日も来るんだろ?」
「雨とかじゃなければな。寒い季節も近いし、困ってる人も多いだろうから」
「いい心掛けだ。また明日ね」
このババア、明日も来るつもりらしい。毎日キャンプファイヤーでもやってんのか……?
「よお、来たぜ」
稼いだ金はすぐに使う。
よくあることだが、俺はそのまま肉屋か魚屋へ向かい、夕飯か朝食の食材を購入して帰る。
フランスか何処かにマルシェとかいう、店が密集した市場があったと思うが、あれに似ている。東に家があるので、南にある市場が少し遠いのが唯一の難点。
「なあジェイク、知ってるか?」
「当たり前だろ」
「まだ何も言ってねぇよ、この野郎」
魚屋の親父と喋りながら買い物を楽しむ。午後に買うとなると、ここが新鮮だと有名だ。海鮮において鮮度はとても重要。
「なんでも聖母候補者の方が、この街近くを訪問するってよ」
「……催しなんてあったか?」
聖国は富裕層への【歌】による治療には、大金を求める。代わりに孤児や貧困層への支援は手厚い。もちろん理由が認められた場合はだ。
【歌】い手である彼女らの誰かが、マリアを意味する《聖母》の称号を受け継ぐ事になる。これは世界的に注目されており、世の情勢にも大きく影響するだろう。
なのでマリアや民へアピールする意味でも精力的に活動している事は知っていた。選挙活動みたいなものだが、完全に本質を間違えている。
「……聖母候補者が地方を訪問って、治療以外ではあまり聞かないな」
「マリア様が騎士国での人類王降誕祭の帰りに寄ったばかりだからな。ただの噂で終わるかもしらん」
訪問するとしても個人的な興味は惹かれない。
次の聖母は民意ではなく、マリアが決める。金持ちや権力者の甘い誘いの他、男に惑わされる者は不適格。
かと言って弱者救済に偏り過ぎるのも国の調和を崩す。
だが……マリアも大変だ。どの候補者も少なからず問題があり、後継者選びにさぞ頭を悩ませている事だろう。
「……今日は海老をもらう。十尾もらおうかな」
「まいど!」
持って来た籠に氷ごと入れてもらう。活きのいい海老を塩焼きにして食べよう。
料金を支払い、帰宅。
「母ちゃん、海老を買ったから焼いておいてくれ。塩とかも買ったからそれでな」
調理は丸投げして仕事を手伝う。干草を配ったりと牛達の世話を終わらせて、父とパートさんはミルクを絞って瓶詰めし、午後の分を街へ出荷。レストランにも卸している濃厚な牛乳が運ばれていく。
「終わりだな。俺は稽古にするわ」
「夕飯までには帰ってこいよ」
「おう。わかってるよ」
自分が担当する牛舎での仕事を終える。
父に後を任せ、夕飯までの二時間は本格的な武術の稽古。縄跳びや型を確認したり、樹にぶら下げた土入りの皮袋を殴る蹴る。
「うしっ、オラっ! ふっ!」
人類王時代以来、サボり続けてきた稽古。しっかりと基礎から鍛え直す。
「ちゃあ! えいっ!」
隣で俺の真似事をするリュートが最大の試練だ。
気の抜ける声で綿を詰めた布袋を殴っている。すぐに飽きるので、玩具やオヤツで機嫌を取りながら鍛錬に取り組まなければならない。
「これは真似しちゃダメな?」
「はい」
岩に拳や脛を打って固い武器を作る。こればかりはリュートにさせられない。
「……っ! フン! フンっ!」
家の隣に作った鍛錬場に大岩があって良かった。痛みに耐えながら骨に負荷をかけ、骨折に気を付けて拳を作っていく。
これに関しては長期的に成長を見守るべきだ。皮がめくれて血も出るし、生半可な努力では凶器とはならない。
「ふう……今日はこれくらいだな」
弟と汗が染み込んだ半袖を脱ぎ、戦国大名顔をして井戸へ。井戸から汲んだ水にタオルを浸す。水気を絞ったら、まずはリュートを拭く。それから自分も。
終わったら、やっと夕食となる。
「やっぱりエビは美味いな。あとさ、塩を渋り過ぎてかけてないのと同じになってんだよ。何回言わすつもりだぁ!」
「文句があるなら自分で作りなさい」
「そうだな。明日からはそうする」
「え……するの?」
母に改善するつもりがないようなので諦める。明日からは塩気に不満を抱くことはない。エビが海を思い出すくらいにかけてあげよう。
俺に料理ができないと思っていた母には悪いが、人生も三度目ともなったら料理くらいはできる。
「にいちゃ」
「はいはい、食べような」
焼きエビと母のピラフを食べ終わる。
すると待ちに待っていたリュートがスプーンを渡してくる。ここから長い長い、いつもの世話をする。毎食がこの繰り返しだ。
「ああ疲れた。おやすみ」
「もう寝るのか。あの怠惰だったジェイクが稽古を始めてからというもの、健康的になったものだな」
風呂から出たら多くの睡眠をかけて体を休める。厳しい修行の身。連日続けるには、朝には疲れをリセットさせないと。
前世じゃ考えられないくらい理論的に休みを取れる。有り難い限りだ。農民、天晴れ。
よく働き、よく鍛え、よく食べ、よく寝る。これこそ武芸者のあるべき姿である。
「そろそろクリスも帰ってくる。あいつにもいい練習相手ができてよかったかもな」
二階に上がる間際。父がそんなことを呟いた。忘れていたが、兄貴が長期休暇で帰ってくるようだ。一日の終わりを兄貴で締める。調子付いていただけに、気分が悪い。
あ……兄貴が帰って来たらリュートを任せられるな。そうしたら日帰りでも悪霊を探しに回れるかもしれない。




