36話、昔の弟分と今の弟
世界の頂点。人類史上、歴史上でも最高戦力である《金毛の船団》同士がぶつかる。
彼等はユーガが育て上げた生命の極地。完成された極限の武芸者。双方の衝突は、何時如何なる場合も、想像を絶する大災害を巻き起こす。
「――《傲慢》様、奴等が現れました」
黒衣装の美女から声をかけられたのは、頭から足の先まで黒の衣装に身を包む男だった。
呼びかけを受けて閉じていた目を開けば、呪人の証である金色の瞳が覗き、絶壁から広大な大地を捉えた。
今、そこを行軍する王国軍を視界に収める。
「恩を仇で返す罪人共……」
黒髪に不健康な白い肌をした青年は、忌々しげに吐き捨てる。
かの王に見出され、救いを受けた当人達が、救世主の残した秩序を壊し続けている。築いた平和を破壊し続けている。
「世話になった分は返すさ」
彼の死後、その時から。シリウス帝国が割れてしまったあの時から、《傲慢》は《黒麒麟》の名を捨て、同胞達へ完全な決別を表した後に狩りを決意した。
「……シリウス帝国の叛逆者を駆除する」
苛立ちを殺して背後へと体を向け、《傲慢》は仲間達へ命じた。
付き従う者達は、美男美女ばかりである。決して偶然ではなく《傲慢》を含めて、そのように造られた存在だ。
「頭である《金羊の船団》を俺が殺す。兵士も逃さず殺せ。《金羊の船団》でなくとも人類王の意志に叛く者達だ」
「……数が多いようですが」
「一人当たりの駆除数が増えるだけだ」
誰かがこの場を見れば、指導者として無理難題を飲み込ませているとしか思えないだろう。
「お前達に教えたのは、人類王から教わった技だ」
美男美女が歓喜に震える。身に余る光栄が技となって自身の体に宿っている。その事実で絶頂する者までいる。
「俺やお前達の身に宿るのは、人類王の技だ。敗北は有り得ない」
そうだ。有り得ない。呪い人を救済せし人類王の弟子が負ける筈はない。彼が導く集団が敗北するなどあるわけがない。
やがて陶酔していた美男美女の表情に、殺意が宿る。
「見てみろ」
共和国との国境へ行軍する軍を、横目に続ける。
「俺達が殺さなければ、あれらは民を殺す」
最高位の精霊を従える《傲慢》レギンは、紫色の業火を身から噴き出させる。足元から紫炎が猛々しく燃え上がり、翳した手の上には渦巻き膨れ上がる火球が生まれる。火球は急速に太陽と見紛うものとなり、大地を焼き焦がす。
「己れが護って来た民を害す者ならば、あの人類王も否とは言わないだろう。だから――殺せ」
命じられた配下が飛び出す。見送ったレギンは空高く跳び上がり、空から太陽を落とした。
「な、なんだアレはっ!」
「まさか、アルゴノート狩りか!? 《傲慢》なのか!?」
狼狽を強いられる王国軍から、紫の太陽へと跳躍する者あり。炎神が生み出した太陽に挑めるのは、やはり《金羊の船団》のみ。
「久方ぶりだなっ! 《黒麒麟》……いや、《傲慢》ぉぉ!」
「……」
《鬼蜘蛛》が太陽を突き破る。妖の山賊として暴れ回っていたところをユーガとの喧嘩に破れ、舎弟として傘下に加わった戦闘狂だ。
二対四つの目と四対八本の腕が生えた肉弾戦に優れる《金羊の船団》の一人だ。
「主とはやり合ってみるべきだった! オレのところに参ったことに謝意を示すッ!」
神足通系第七等技である【古代式・飛雷爪】を四本の左腕から振り下ろす。岩壁を十六分に割り、身構えもせずに見切るレギンへと殴りかかった。
「そうか。では死んでもらおう」
幻想的な紫炎を灯した右手を振り、空を焼く炎の暴風を送る。龍の炎を彷彿とさせるレギン。マグマにすら湯のように浸かっている《鬼蜘蛛》の肌をも容赦なく焼く。
「ここまで強くなったか、《傲慢》っ!」
「気になるなら試してみろ」
炎を体に残しながらも殴り付ける妖の拳を躱してみせる。
拳の風圧のみで森が揺れ、両者そろって肉弾戦へと身を投じた。あくまでも喧嘩の様式を崩さない《鬼蜘蛛》へ、真っ向から受けて立つ。
レギンもまた紫炎を拳に燃え上がらせ、得手とは言えなかった近接戦闘へ挑んだ。
だが戦いは――予想外に早期決着を見る。
「ぐぬぅっ!?」
蹴りを腹に突き出され、《鬼蜘蛛》が崖から飛び出した。
一帯は吐き出した毒液と紫炎が燃え広がり、過去の仲間が本当に死を届けに来たのだと痛感する。腕が五本も折られ、足の甲も踏み砕かれ、得意としている格闘戦でもまるで太刀打ちできない。
「……っ!」
「――」
四つの目でレギンを探すも、既に背後を取られていた。振り返りに合わせて殴り飛ばされる。
「ぐううっ――!?」
「拍子抜けだな。それでよく俺に挑めたものだ」
レギンは未だに強くなっていた。以前は同格であった筈なのに、得意分野でさえ太刀打ちできない。
今では数分で戦意をへし折られるまでの差が付いている。歩み寄る無傷のレギンは、《金羊の船団》下位から大きく飛躍していた。
「あの男によろしくな」
「待つのだ! まっ――!」
レギンの【爀点】。翳した指先から紫炎が収束した極太の光線が撃たれる。《鬼蜘蛛》の胸を穿ち、慈悲などなく生命を刈り取る。
「……」
「《傲慢》様、掃討完了です。被害は二人ですが、治療で完治するでしょう」
紫に燃える大地に肌を焼かれながらも、配下は忠実に報告する。
レギンは無情な瞳で昔馴染みを見下ろし、すぐに歩みを再開した。
「鍛錬よりも完治を優先しろ。まだまだ裁かれるべき《金羊の船団》や《ノアの方舟》は多い」
「御意に」
《金羊の船団》の死神が、また一人の《金羊の船団》を粛清した。
♤
レギン坊やが暴れているらしい。《金羊の船団》を殺して回っていると聞いた。今では最強格に次ぐ実力になったとも聞く。
『おい、暇だろ? 貝殻拾いに行くから付いて来い』
『断る』
『断ってもいいけど、もう技は教えないよ? 綺麗な貝殻も拾えない奴が強くなるわけがない。そんな奴、カスだもん』
『……』
よくコレクション集めに使っていた小僧だった。
あの生意気なレギンがかと、懐古的な気分に浸る。
「にいちゃ」
「おう? ……ああ、パンね」
片や人類王はというと、今では弟へとスープに浸したパンを与える作業中。馬車馬の如く言われるがままに弟の昼食を助ける。
「ジェイク、マックがまた一緒に依頼でもどうかと言っていたぞ」
「正直に言っていい?」
「……予想できるにもほどがあるが、素直に言っていいぞ」
「父ちゃんの友達、弱過ぎて足手まとい。それなのに報告だけは大きい声で、ぶんぶんぶんぶん虫みたい」
「お前が強くなったんだよ……言ってやるな」
武力派遣組合を利用してみた。だが成果はなし。鍛錬にはならないと判断した。
ガスコインを相手にしていなかったら感触は変わっていただろう。
だが依頼で倒す魔物が弱過ぎて相手にならない。
「母ちゃん、これ美味い。あのよく分からんザーマ族の民族料理とこれだけでいいわ」
兄貴が送ってくれたハムを食いながら、母が祖母から習ったという芋の煮物を食べる。リュートの世話をしながら、自分の皿からフォークで刺した甘辛な芋を口へ放り込んだ。
「そう? そう言ってくれると嬉しいわ。ジェイクはなんでも食べてくれるから……」
「二歳のジェイクは、舌先の痺れる辛味が欲しいと言っていたしな……」
食べの良さを両親に嘆かれながらも、三度目の人生を楽しむ俺だ。
「ハチミツ食べたぁい」
「まだあと三回は食べないと。兄貴みたいな貧弱になるぞ?」
「やだぁ……」
「じゃあ食べよう。ゆっくりでいいから三回は食べよう」
毎日のことだ。子育ては根気強く。怒鳴ったりしたくなる時もあるだろうが、感情の制御が利かない子供に罪はない。未熟なのは当然。何度でも言い聞かせるものだと、子育て経験に乏しい身ながら心得て接する。
「また旅行する時はどうなるかな」
「イヤ!」
旅行という言葉に反応して、リュートが激怒し始める。旅から戻って約一ヶ月が経つが、この様だ。以前よりリュートに懐かれてしまい、次に離れる時が心配でならない。
「……」
旅行に行ったら承知しないぞと睨まれている。三歳児に睨まれている。こんなところも可愛い弟ではあるが困ったものだ。
「なぁ……恋人なんて本当にいるのか? 来るならいつになるのか教えなさい」
「急に来る。美人だから驚くなよ」
「……お前からの一方的なもので終わる悲しい思い違いだと思うがな」
シズカ早く来い。家族から悲しい男だと思われている。




