35話、謎の組織をなんとなく潰していく少年
盛大な襲撃劇は組織の門出を祝う祝砲となるはずだった。
しかし、正体不明の予期せぬ介入により、彼等は辛酸を舐める結果となる。
「カイワンに続き、ガスコインまでやられました」
「あの爺さんが簡単に死ぬとは思えない……ガスコインは捕まったのか?」
「そうみたいです」
片腕と片足を《烏天狗》に斬り飛ばされた男が、ベッドから身を起こして看病されている。消化の良い粥料理を食べさせている優男ソル・ハルは、悪い知らせばかりを持ってくる疫病神となっていた。
「なんでもウィンター家の息女ともう一人の子供が倒したのだとか」
「……信じられないな。娘を出世させたくて出まかせを言っているだけだろう」
「どちらでも構いません。ガスコインは組織の内情を喋るほど愚かではないでしょうし、戦力としてあなたくらいに大切ということもない」
「だったら義手と義足を急いでくれ。生活に困っている」
どこかの地下室で交わされる頭目同士の会話を聞く者は、他にいない。八人の頭目達が今や六人となっても、組織の意義、目的が変わるわけではない。方針も変わりなく、目指すところは明らかだ。
組織は何も変わらない。
「あなたの残っている腕と同じように動かせる義手と義足です。見合った時間とお金はかかりますよ」
「……いいがな。休めるなら越した事はないが、仕事を溜めて待つのは止めろよ」
「今は《濁》さんが代わりに動いてくれています」
「例の年寄りか……。そいつは使えるのか?」
「あの人は組織で最も強いですから。あなたより効率は悪いですけど、着々と仕事を終わらせてくれています」
《濁》の強さを知るのは頭目を取りまとめるボスとこの男のみ。
だが誰もこの発言だけは信じていない。一度だけ顔を合わせたが、あの老人が自分やカイワンより強いなどとは信じられない。
「……っ! ちぃ……!」
「痛みますか。薬湯を用意します」
「そうしてくれ……」
怪しげな男の作る悪臭放つ薬湯は、見た目や匂いに反してこの男の救いとなっていた。
♤
「精が出るな、あんたら」
「にいちゃ!」
「おう、帰ったぞぉ」
薪割りをしていた親父とリュートへ、軽く手を挙げて呼びかける。
すると、俺の姿を見つけるなり跳び上がった我が弟が、予想通りに飛び付いて来た。
「向こうはどうだった。大事件だったそうじゃないか……」
「そんな事より彼女ができちゃった。今度ここに挨拶に来るから。ていうか聞いてくれよ。バッハさんとこで、あんた等が想像もできないようないい生活をさせてもらったわ。あっ、騎士学校も通わせてくれるみたいだから、暇な時に行くからよろしくぅ」
言うべき報告や土産話を一息に言い終え、リュートと荷物を置きに家の中へ。
「どういう事どういう事!? 何を言っているのだ!? 待ちなさいっ、ジェイク!」
やれやれ、やっと我が家に帰って来たか。だが以前のように自堕落な生活はできない。
何やら妙な組織の気配もあるし、社会には悪党がわんさか潜んでいる。
鍛えねば。若者の介護なしに戦えるよう、一刻も早く一端の腕前を身に付けなければ。
マナ強度は筋トレと同じで、強くしようと鍛えればある程度まではすぐに鍛えられる。前世の感覚があるから当然だ。
ただマナ量はすぐには増えない。生まれからマナ量に恵まれていた前世でさえ、戦に次ぐ戦でマナを枯渇する日々を送っても、満足に悪霊を使えるようになるまで何年もかかった。
まぁ、暫くは【練歩】を駆使したランニングで強度と共に鍛える他ないだろう。
「いや……」
実戦の方がいいだろうか。
戦闘の勘も鈍っていた。それなりの相手とは言え、下手をすればカイワンの裏拳を食らって昏倒していた可能性もある。ガスコインにも薄皮とは言え、さっくり切られたしな。
この街にも武力派遣組合とかあったよな。魔物や警護などの依頼を受け、登録された武芸者に回す組合があった筈。
「悪霊も本格的に探さないと」
組合に通えば他の悪霊を隠した場所や物の情報が手に入るかも……新聞でいいか、いいな。
今はまだ二体。ヨルはマナ自体を強力に扱える特性を持つが、今のところ一撃が限度だ。
オルディアスは大剣を自在に扱える上に、オルディアス自身も剣術に優れている。ただ本格的な運用をするとヨル以上にマナを使うし、長くは現界できない。
という事で暫くは実家で鍛えながら悪霊を探し、ほのぼの暮らしていこう。両親をあっと言わせたいし、早くシズカ来ないかなぁ。
「……贅沢なんてするもんじゃねぇな」
「あら、どうして?」
夕飯の席でパンにチーズ、シチューといういつもの献立を見下ろして、口から本音が漏れ出る。
慣れている母ちゃんの手料理とは言え、ウィンター家の豪勢な食事と比べてしまうと、どうしても……。
「……このチーズも久しぶりに思う。出会いたかったような、あのまま別れたかったような、旅を経て気付く思い……演歌やん」
「何を言っているのか知らないが、早く食べてリュートの食事を手伝ってくれ。お前がいない間、どれだけ大変だったことか……」
「あんたらの子供だかんな? 正しい在り方を否定すんじゃねぇよ」
身体作りの為に、鍋からシチューを山盛りによそい、次々と口へ放り込んでいく。
仕方ない。リュートの世話をしながら、俺は明日の早朝から行う鍛錬を想定していく。
翌朝、旅疲れか就寝はスムーズで、快調に目覚めてすぐに家の手伝いを終わらせる。
「父ちゃん、朝練いって来るわ」
「はぁ? ど、何処へだ……」
「バッハさんからお小遣いもらったし、ランニングがてら街で肉とか買ってくる」
「どうしてそこまでウィンター様はお前に良くしてくださるんだ……?」
「俺が凄いからだよ」
フードを被り、玄関から飛び出す。
リュートが起きて騒ぎ始めるのは間もなく。日課になれば二、三日で慣れるだろう。
「っ……っ……」
走る。とにかく走る。ガスコインに苦戦しているようでは、あいつらには歯が立たない。
かつて育て上げた《金羊の船団》や《ノアの方舟》を倒すべく、今はただ走る。ついでに邪魔する組織なんてのもぶっ潰しながら、来る未来へと突っ走る。




