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33話、ウィリアム・ガスコイン

 あの日。初めてガスコインと知り合った日。不良達との交渉を成立させた俺は、帰宅後すぐにモルツへと疑惑について話した。

 屋敷の者らにも漏れぬよう、執務室でも声を抑えて慎重を(きっ)する。


「なに!? ガスコインが関わっているだとっ?」

「おそらくな。スピードの原材料を知ってると思う」


 ドニヨロス。思い出したスピードの原料と思われる植物だ。

 この単語を口にしようとした時、ガスコイン方面から発せられる天耳通のマナが大きく乱れた。俺だけが奴が盲目であるのかを、興味本位から確認する為に注意していたのですぐに分かった。


「今さっき、ガスコインに俺が売人を確認したところを見せておいた。用心深い奴なら口封じするだろ。これからその現場を見物して、更に次の手がかりを得る」

「……重度の中毒者が生まれている以上、死者が出るのは止むを得んか。だが仮にその売人が殺されたなら(ほとん)ど確定だな。ガスコインが黒だと」


 俺はモルツも関わっていると考えていた。これで様子見、もし襲われる展開となれば第四の悪霊・ヨルを使ってでも殺すつもりでこれを話した。

 結果は予想が外れて白っぽい。


「俺は確信してるけどな」

「どうしてだ」

「あいつの住んでるホテルも確認したけど、教官職で何日も住み続けられるランクじゃない。持ち物もそうだ。副業もしてないんだろ?」

「俺の知っている限りではしていないな」


 ホテルの料金も確認しておいた。驚くことに騎士国の平均月収が、一日で失われるほどの金額だ。


「それにしてもガスコインが……」

「どのくらいの知人? 長い付き合いみたいに感じたけど」

「……兄貴も知っている。元は俺が帝国兵として戦っていた時の上官だ。今とは違って目が見えていたから、天耳通の他にも色々と教わったな」

「あれは生まれつきじゃないのか」

「……事故だ。戦場での不幸な事故だった」


 輪廻龍オードーンを倒した人類王ユーガ。最高位龍は神。神殺しを達成したユーガは大陸を完全支配した。

 だが小さな反抗勢力はぽつぽつと芽を出し、それらは後を絶たなかった。


「龍を信奉する集団を皮切りに、革命を掲げて各地で暴れる賊軍が出没していた。俺達が鎮圧するよう命じられたのも、その一つだ」


 反乱勢力は現カィニー騎士国の北部に現れた。併呑(へいどん)した小国の元貴族達が、ユーガへと帝国の爵位を授けるようにと求めて起こした反乱だ。


「ユーガ様ご本人に弓引くわけではないという主張により、力を貸す者が増えていったのが厄介でな。自分も帝国の貴族になれるのではと、ありもしない希望を抱いた者達が日に日に集結した」


 ガスコインやモルツの部隊が到着した時、反乱軍は報告の倍以上の人数となっていた。

 当時は人類王ユーガが大戦を治めた直後で、世界中の武芸者が歴史上最高水準にあった。数の有利が顕著(けんちょ)に表れ、常にモルツ達は劣勢に立たされる。


「ガスコインは最前線で武勇を奮った。俺も奴に続き、一人でも多く殺して死のうと躍起(やっき)になっていた」

「こうして生きてるってことは、何か逆転するきっかけがあったんだな」

「そうだ。応援が到着した。最強の応援がな」


 《金毛の船団(アルゴノート)》の一人が駆け付ける。

 そうなれば、有利不利など無関係。地形や環境、増援も劣勢も問答無用。


「壊滅的と言える惨状を目にして、すぐに決着を付けようと思われたのだろう。即時撤退を命じられた《輝元天(きげんてん)》様は直後にマナ・アーツを行使された」

「そこでガスコインは目を焼かれたのか」

「そうだ。最前線にいたガスコインは、引くのにも敵を相手にしながらになり、手間取るのは仕様がなかった」


 死にはしなかったものの、目を焼かれたガスコインは視力を失う。後日には前線を退くことを決意。教官として次代の武芸者を指導する道を選ぶ。


「シーザー陛下が騎士国を立ち上げるとなった際に、俺と兄貴が誘ったのだ。騎士国で教鞭(きょうべん)をと頼み、ガスコインはあの調子で承諾してくれた」

「今の話だと《輝元天》様を恨んでんじゃねぇか?」

「そうは思えない。《輝元天》様は気難しいところもあるが、ガスコインを気に病んでいた。ガスコイン自身も避けられない事故であったと言っているしな」


 所詮はモルツの私見であり、聞いたという上っ面の言葉だけでは判断できない。胸中で恨んでいることも考えられる。


「何が奴を心変わりさせたのかは分からない。だが道を違えた友を放ってはおけない」

「……」


 ジェイクとは異なる見解を述べ、モルツは決意を鋭い視線に表明して続ける。


「――俺も俺でその武芸者を調査する。ガスコインが勘付いていない内に、尻尾を掴まねばならん」

「ならそっちは任せるな」

「今夜だけだ。お前の腕を信じて今夜は任せるが、それでも子供には違いないのだ。今後は俺が単独で動く」

「その方が確実だし、好きにしな」


 ガスコインの天耳通を潜り抜けて監視や調査活動が行えるのは、オーフォンではモルツのみ。今夜を除き、モルツに任せるのが合理的かつ適当と言える。


「他に手を貸して欲しい時は言いな」

「……俺達しか知り得ない疑惑だからな。気は進まないが頼むかもしれん」

「くれぐれも他言無用にだぞ」

「それは俺の台詞(せりふ)だ……」


 執務室を去る。最後にモルツは一段と声色を低くして忠告した。


「ジェイク、ガスコインは強い。大戦を潜り抜けた“強さ”を持っている。決して油断はするなよ」


 ♤


 ジェイクを敵として前にする。ガスコインを悪党として前にする。立ち位置は本来の形へ。


「ガスコインさんがスピードを持ち込んだ犯人……?」

「そうだ。さっき確定した」


 二日目の朝に、モルツはガスコインへ(えさ)を吊るした。ジェイクを習ってガスコインに情報を与えた。

 あるいはガスコインの関与を否定したいモルツが与えた、最後のチャンスであったのかもしれない。


「お前は俺がスピードの原料を知っているのかもしれないと思った。だから監視をする目的で、保護者を買って出たんだろ?」

「その通り。そしてあなたの異常性に気付きました」

「だから俺の能力を探ってたのか。あの武芸者四人を使ったり、カティアとの稽古を見ようと朝から押しかけたり」

「なかなか上手くいかないのは、あなたが気分屋だからなのだとばかり。すべてはあなたに計算されていたのですね」


 ジェイクとガスコイン。斧とステッキ。鋼と冰麗。心だけを先んじて構える二人。

 決して埋められない実力差があるにも関わらず、ガスコインは気の緩みを一切排除して構える。大戦生存者の勘が(やかま)しく(わめ)き、そうさせている。


「……」


 動揺の波を引きずるカティアは、今になって真実を思い知る。

 稽古を避けていた時間はすべてガスコインと共にいた。ジェイクはバッハ達と同枠であるガスコインを敵と知っていて、平然と振る舞っていたことを今知る。その胆力を思うだけで、胃が痛くなる。


「今頃はさっきの骨董屋(こっとうや)にモルツが踏み込んでる。倉庫として使ってたんだろうが、スピードは押収される」

「……この襲撃は計画にないのでは?」

「そうだ。用心深いお前は俺が骨董屋を訪れた時に察したと思ったから、逃がさない為に俺が独断でやってる。逃げるつもりだっただろ?」

「えぇ、この城を利用して姿を隠すつもりでした」

「させねぇよ」

「でしょうね」


 斧で肩を叩き、ステッキで手を打つ。まるで武器の調子を確かめ、改めて手に馴染(なじ)ませるように。

 急展開に焦るカティアは無意識に肌で感じ取っていた。命を賭けた熾烈な戦闘が、刻一刻と迫りつつある。


「……ガスコインさん、何故ですか?」


 意外にも覚悟は早々に決まる。自然と鋼器(アート)を復元させてガスコインへ問いかけていた。


「何故? 何故とは何ですか?」

「どうしてガスコインさんともあろう武人が悪事に手を染めたのかを知りたいんです」

「……いいでしょう。理由は単純明快。私が目を失って気が付いたからです。この世界は平等ではないと」


 湖の上に建つスティク城を背にして、盲目の武人は語る。


「ウィンター家に生まれたあなたには分からないでしょうね。私達の時代は皆が揃って鍛え始めた。人類王陛下の新基本四種を始め、一新したマナ・アーツを鍛えた」

「今だってそうです」

「違います。バッハ君に鍛えられたという理由だけで、あなたは優れている。けれど他の子達は才能があっても、特に必要でもない騎士学校の規則や規律によって潰れるのが現状です。最たるものが、マナ量」

「……だからスピードを?」


 冷めた目で成り行きを見つめるジェイクと違い、カティアには一定の理解があった。


「そうですね。確かに今は副作用が強い。実験しているのも否定しません。けれども実際に実用的な効果は表れ、副作用を解決したなら若手のみならず、騎士国全体を増強できる――違いますか?」

「……!? それは……」


 否定はできない。仮に副作用なくスピードを使えたなら、《金毛の船団(アルゴノート)》や《ノアの方舟(ノアズアーク)》のいない騎士国に、多大な戦力強化が見込める。

 他国との戦争を想定したならば、正式に研究するに値するのではとカティアは思う。

 危うく納得しかける。


「そこの小娘、すぐに騙されないの」

「っ……しかし言っていることは正しいです」

「正しくねぇよ。まったくな。そもそも、そんなことを考える奴があんなホテルには泊まらない。贅沢(ぜいたく)三昧(ざんまい)せずに貯金して、私立の学校でも立ててるだろ。こいつの動機はたった一つ――金だ」


 揺れるカティアの背中を軽く叩き、(まど)わしの話術から連れ戻す。


「モルツもお前も、こいつが善人だったみたいに言うよな。俺は違う。こいつは根っからの悪人だ」

「酷いことを仰る」


 歯に絹着せぬ物言いが琴線に触れ、ガスコインも笑い混じりとなる。


「何がおかしい」

「……」

「子供が八人、大人が三人。スピードによって死んだ」


 冷笑するジェイクは微笑するガスコインの本質を暴き出す。


「スピードによる死亡とどうして断言できるのですか?」

「だよな。お前には初めから罪悪感なんてものはなかった。スピードを使ってる子供を目の前にしても平気な顔をしていた。こういう悪事を何度も繰り返して来たんだろ?」


 失明など無関係だった。ガスコインは今回のスピード事件に関する数日だけで、二度の殺人を犯している。罪の意識など、とうの昔に消え失せている。大戦時から続く隠蔽(いんぺい)作業に、罪悪感が生まれる事はない。


「若さがあった時分なら、ついでにこのままカティアさんを(けが)してしまえるのですがね」

「っ……」

「少年少女を好きなように染め上げていた帝国時代が懐かしい……」


 気質が一変した。殺人鬼の本性を表したガスコインに、紳士的な一面はまるでない。

 殺人に強姦に強盗に人身売買に薬物売買……彼は表の温和な自分と裏の犯罪者としての自分の差に酔っていた。善い人であればあるほど、罪を重ねるごとに蜜の如き快感は増していく。

 時代も彼に味方した。戦争に紛れ、新たな国家に紛れ、老いるまで誰にも気付かれずに時が過ぎ、今に至る。


(もてあそ)んだカティアを置き土産に?」

「ええ、あの兄弟が穢された彼女の死体を目にしてどう反応するのか、とても楽しみではありませんか?」

「確かにな」


 黒々とした欲望を秘める紳士と爽やかな笑みを交わし、顔を青くするカティアを背に(かば)い、ジェイクは歩み出す。


「――この世には、まだまだ殺人鬼(クズ)が溢れてやがる」


 その瞳は、未だ枯れない静かな決意を宿していた。


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