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32話、根っこから釣り上げる

 遅めの朝食の席で、モルツは連日の疲れも感じさせずに言う。


「ジェイク、もう帰るつもりだろう?」

「そうだな、そろそろ帰らないと。弟もまだ小さいし仕事を手伝わないとな」

「長居すれば良いものを……忙しい時期でなければ俺が案内してやったのだが。例の薬物の件、また手がかりを失ってそれどころではないのだ」

「目星を付けた奴が死んだり姿を消したり、おっさんも大変だな」


 徒労つづきの捜査で、モルツにも鬱積しているものがあるのだろう。

 更にはモルゾワース領に流れるタムテ川下流の護岸工事もあって、気を揉んだ分も蓄積しているようだった。


「要らぬ事件にも巻き込まれたのだ。今日くらいは純粋に観光でもして来い。ガスコインが今日も来てくれているからな」

「そうすっか」

「カティアも付き添ってやれ。ケイス達は学校だ」


 ここ一週間と同じメンバーでドーフォンを観光することになる。カティアもそのつもりであったのは、モルツへすぐに頷いてみせたことから明白だ。


「何処に行こうかな。三ヶ所くらい回って、帰ったらカティアに鍛錬法とか教えないとだから……おススメとかある?」

「限られた時間で勧めるとしたら、レルゴー広場のオブジェと……少し歩くだろうが街外れにあるスティク城だな。人もいないし静かに古城を楽しめる」

「何処に行ってやろうかなぁ。迷うなぁ。見当もつかん」

「俺のおススメは……?」


 今日は忙しい一日になるだろう。スクランブルエッグやカリカリベーコンを食べて栄養補給。


「……ふむ、何処に行ってしまったのか」

「父上はまだやっているのか……」

「失くしたままにはしておけないだろう……。きちんと管理させていたんだが、どうしても一本足りないらしい」


 シパンさんは来る日も来る日も、時間があったら紛失した食器を探している。徘徊(はいかい)するように昼夜を問わず探し回っている。

 余程に大切な物だったのだろう。少し痩せてしまったのは、俺の目にも分かる。


「ジェイク君達の観光もいいけれど、今夜は雨になるみたいだから日が落ち始めたら早めに帰ることを考えなさいね」

「雨が降るのか。だったら夕方には帰るっすね?」

「それがいいわ」


 メリーさんは夫のコレクション癖に呆れていて、シパンに構うことはしない。それどころか俺の観光に注意を促している。


「よし、なら行ってみようか」


 俺は食事を終えて立ち上がり、外で待つガスコインの元へ。


鋼器(アート)、よし。財布、よし」

「ハンカチは持ちましたか?」

「無くていいよ、そんなもん」

「いけません。持ちたくないなら代わりに持っていくので、必要な時に言ってください」


 保護者気取りの小さいシズカも付いてくる。予定通り。


「よしよし、まずは街でそのオブジェとやらを見ようか」


 街中へ向かう。レルゴー広場という芸術的な作品の並ぶ場所を目指して。

 その中の一つに、なんと《ノアの方舟(ノアズアーク)》が残した作品があるらしい。


「……なんで俺があいつの作品を見にわざわざ出向かないといかんのか」

「何か言いましたか?」

「お前のスカートめくりたいなって」

「お家でお願いします」


 犬みたいに付いてくるカティアは愛嬌もあるが、まだ子供なのでスカートはめくる気にはならない。

 雑談も交わして移動する俺達だったが、程なく経過した際に問題が起こる。


「……おや、これは困りましたね」

「あいつらか」


 俺を見付けて走り出した不良少年達を眺める。彼等はどうしてなのか怒っているらしい。おそらく、おそらくだがお前がどうしてまだドーフォンにいるのだと言いたいのだろうと予想する。


「おいどうしてお前がまだドーフォンにいるんだ!」

「よく聞いてくれた」

「えっ!?」


 俺は冷静に務める。予想外な対応をされた素行不良な少年達はやはり虚を突かれている。

 そこへ鎮痛な面持ちで涙ぐみ、やるせない想いをぶつけた。


「……実は我が領内でクーデターが起きたんだ」

「く、クーデター……?」

「分かりやすく言うと、俺の家族や親族が民衆によって攻撃されている」

「なん、だと……」

「きっかけは些細なものだった。父上は学校を設立した。(まず)かったのが、その学費を全額免除にしようとしたのだ。誰もが通え、誰もが平等にと考えてな」


 神妙な顔付きで話を聞く少年少女だが、大嘘と知るカティアは怪物を見る目で俺を見ている。


「受け入れ難かったんだと思う。一部の権力者に反発されて、これを弱みと考えた領地を狙う貴族が加担し、民衆を扇動してクーデターを起こさせたんだ。民の味方である父上に……民自身がだっ!」


 身を切るような思いから声を荒らげる。

 だが俺は場違いな怒りにハッと気付いて、即座に冷静さを取り戻した。


「……すまない」

「いや無理もねぇよ……」

「お前は絶対に戻ってくるなと父上に命じられてな。俺は家族を信じてただ待つのみ、ということだ」

「そうだったのか。その、なんだ、話くらいならいつでも聞くぜ。いつもの場所にいるから、いつでも来てくれ」

「……ありがとう」


 握手を交わして心遣いを受け取る。少年少女一人一人と軽いハグや肩を叩き合い、不幸な境遇は抜け出せるはずと励まし合う。


「……じゃあな」

「ああ、また会おう」


 悲しみを表情に滲ませる不良達を見送る。その背中が曲がり角に消えるまで、俺はカティアから奪ったハンカチで目元を押さえる。


「はい、お待たせ。早く行こうぜ」

「……あなたといると娯楽に困りませんな」


 あのガスコインであっても驚いた風に目を剥かせる人類王。早速つかう事になったハンカチをカティアへ返し、誇りを胸にオブジェを目指して改めて歩み出した。

 そうして程なく、噂のオブジェがあるレルゴー広場に到着。多様な芸術作品を眺めながら目当てを目指す。


「ぐにょぐにょしていたり、針金みたいなものもあったり、芸術も難しいんだな」

「私も芸術方面は不勉強です……」


 これらを見せられたからと何を思えばいいのか分からないので、おそらくは芸術家には向いていない模様だ。俺もカティアも。ただし点在する芸術作品のある広場は単純に面白いと感じる。


「私などはこのマイクさんが作った椅子が気に入っています」

「……座ったら駄目なんだよな。椅子としても使えない椅子を気に入ってんの?」

「損傷、破壊、盗難をすれば重罪、触れても軽犯罪となります。眺めるだけだとしても形がとても心地良いと感じるのです」


 ただの銀製椅子としか見えない。けれど周りの観光客を見ると、確かに椅子周りにいる人数が多い。人気作と思われる。


「……」

「……」


 俺達は《ノアの方舟(ノアズアーク)》の製作したオブジェの前に立って言葉を失っていた。


「作品名は『人類王の歩み』となっています」

「歩みっていうか……足、だな」


 今は亡き《ノアの方舟(ノアズアーク)》のデコルタ・ピッカ。二つ名は《万死》。陽気な性格なのは戦場で出会った当初から。時間があれば絵や彫刻に打ち込み、実力は確かだが独特な波長を持つ男だった。


「スパイだったけど」


 あいつが残した大きな鉄の足を眺める。あいつもまさか死後に本人から作品を観られるとは思っていないだろう。


「……これよりこのおじさんの禿頭(はげあたま)の方が見ていて楽しいけどな」

「そ、そうか?」

「嘘に決まってるだろ。不毛な土地になんの価値がある」

「酷いっ!」


 となりのおじさんを無意味に傷付け、鉄の足に背を向ける。無駄な時間を過ごしてしまった。


「そういう奇天烈(きてれつ)な行いは止めてください……」

「昼飯を食ってからスティク城ってのに行きたいけど、まだ飯には早いよな。そっち方面を目指しながら歩いてさ、気になるものがあったら寄ろうか」

「都合が悪いと聞こえなくなる耳とは羨ましい限りです」

「いいから案内しろよ。今日は接待されるつもりなんだから」

「……旦那様は何処でも我が物顔ですが、いつまでお客様扱いをされるおつもりなんですか?」

「……」


 ドングリも持っていない小娘に常識を説かれるとは。呆れた半目で接待を期待する心が砕かれた。


「私がご案内しましょう。もう間もなくお別れとなるのが寂しい今日この頃です。接待をと言うならば是非とも私に」

「任命」

「では、こちらです」


 差し出した手が進路方向を示している。歩みを始めたガスコインを先頭に再度オーフォンを歩く。


「カティアはどこか寄りたいところはないのか?」

「あっ、でしたら赤矛邸に寄りたいです。あの時は旦那様の斧だけしか見れなかったので」

「ふぅん」

「……」


 沈黙。黙って歩みを進める。


「……まさか寄ってくれないのですか?」

「寄らない。俺が一回行ったところだから。興味がなければ用もない。絶対に寄らない」

「ならなぜ聞いて来たんですか」

「お前が嫌な思いをするから――ダァ!!」


 脇腹を(つね)られてしまう。痛い。


「意地悪されて喜ぶのは二人の時だけです」

「恋人気取りでそんな風に言ってないで。カティアだって人間、俺だって人間。過ちもするし嘘だって吐く。屁だってこくしゲップが出ちゃうこともあるだろ?」

「しません。変なことを言わないでください」

「どんな腸をしてんの?」


 カティアが人間か疑わしくなってきたところで、俺は一件の骨董品屋(こっとうや)に目が留まる。


「こことか何か掘り出し物がありそうだな」

「はて、そうでしょうか。特に変わったところは見られません。営業中にも見えませんよ?」

「……まあ閉まってたら諦めようか」


 消極的なガスコインには悪いが、俺はその店へ入る事にした。

 古びた木製の扉を開くと、建て付けの悪さから不快な音が鳴る。すると中にいた店主は不可思議な反応を見せた。


「はい、いらっしゃッ!?」

「は? 何?」

「い、いやなんでもありません。何かをお探しで?」

「そうじゃなくて、掘り出し物がないかなって。中を見て回ってもいい?」

「……いいですが、帰りに盗品がないか調べさせてくださいね」

「ああ……じゃあ二人は外で待ってて」


 店内を二人で回る。あるとは思えないけど、悪霊を閉じ込めた逸品がある可能性はゼロではない。薄暗い店内で二人きり。無粋な会話を挟まず、怪しげな物品を見て回って品定めする。


「ほう、これは」

「分かりますか!」

「ここへ液体を注いで、ここを持って使うものと見た」

「カップだからねっ? ティーカップだから当然だよねっ?」


 やはり簡単には見つからない。そう何度も恵まれるわけではない。確信するや否や店を出る。


「……そのご様子だと成果は得られなかったのですね」

「え、もしかして自分の勝ちって言いたいの?」

「どちらかと言えば、ですが」

「この話はあとでケリを付けよう」

「……」


 困った様子のガスコインに先頭され、改めてスティク城へ。


「……心なしか武芸者のような若者が増えた気がしますね。スピードの影響でしょうか」


 真剣に語るカティアだが、俺の見たところ先入観から増えているように感じられているだけに思える。実際にはスピード自体は、むしろ減少しているだろう。


「販売元はかなり用心深い。そろそろ逃げるつもりなんじゃないかな」

「モルツおじさん達があんなに捜査したのに……悔しいですね」

「最後までやって駄目なら今回は負けを認めるしかない。領主もやることだらけだからな。こればかりに頭を悩ませてたらキリがない」


 巫山戯(ふざけ)ない会話は何故こんなにも難しいのだろうか。頭から煙が上がりそうだ。


「昼飯をこれにする」


 途中、見たことのない料理を売る屋台に関心を引かれる。独断即決でその名称不明、材料不明の露店を昼食に定めた。

 最も近いもの例えると、もんじゃ焼きある。つまり、そういう事である。


「……きちんとレストランで食べませんか? 旦那様はまだオーフォンのお店で食べていませんよね」


 貴族令嬢のカティアは路上販売に否定的であった。密かに耳元に寄って(ささや)くも、ミューズ家がレストランみたいなものだ。特に惹かれる言葉ではない。

 だが嫌なものを食わせるつもりもないので、レストランで昼食を取る。また一人の時に試そう。


「そう言えば私達を狙ったのは、依頼されたからだったらしいですね。依頼主が誰かはまだ分かっていないとモルツおじさんから聞きました」

「そちらを特定するのは難しいかもしれません。お二人にスピードの捜査を促した私の責任です」

「いえ、そんな……勝手に動いたのは私達です。その責任は私達にあります」


 私達。目に付いて入ったレストランでローストポークを食っている内に、勝手に巻き込まれてしまう。


「責任は各々でとってもらって。でも俺とカティアはもう街を出る。危なくなるのはガスコインさんだけだな」

「私は慣れていますから、心配無用です」

「え、慣れてんの? なんで?」

「……あの、ただの社交辞令です」

「あ、そう」


 老化の真っ只中にある人間から関心を失ったので、ローストポークにフォークを向ける。食後に珍しい風味のお茶を飲み、カティアも楽しんだところでいよいよ挑むスティク城。


「……街道から距離があるんだな。人が訪れないのも分かるわ」

「そもそもオーフォンの方が見応えのあるものが多いということもあるでしょう」


 先を行くガスコインの背中越しにスティク城を目にする。小規模ながら形を完全に残している。周りは池みたいに水で満たされていて、城へは石の道を歩いて渡る。しっかりしていて道幅もそれなりに広い。


「おじさんの屋敷には何度も訪問させてもらっていますが、ここには私も初めて訪れます。敷地内へは自由に入れるのですか?」

「はい。ただし城内部への侵入は許されていません。侵入した場合は罰則対象です。当然ですけどね」

「当然ですね、確かに」


 そろそろいいかと斧を持つ。


「何の目的で作られたんでしょうか」

「貴族様の別荘だったみたいです。詳しく知りたいのでしたら、文献はミューズ家にあると思いますよ」

「帰って探してみますね」

「勤勉ですね。素晴らしいと思います。ですがまずは城内を見てみましょうか」


 逝ってらっしゃい。


「――」

「旦那様!?」


 俺はガスコインへと斬りかかった。不意打ちで。

 しかし斧を取る動作時から察していたガスコインには難なく防がれる。

 ステッキと斧がぶつかり、小気味いい激音が鳴った。


「よう、ここらで始めようか」

「何をしているんですかっ?」

「いいから下がれ」


 スカートを引っ張って少々強引にカティアを下がらせ、ガスコインと対峙する。


「……やはり」

「ああ、知ってたさ。俺とモルツは、お前がスピードの元締めだと分かってた」


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