30話、袋のネズミ
廃墟に辿り着いたジェイク達は、まずは外観を眺めてみた。
「……ドングリありそう!」
「そんなことを言っている場合ですか」
蔦に呑み込まれ、自然と同化する廃墟を指差して叫んだ。木々も生い茂り、ドングリがあっても不思議ではない。
だがそういう話ではない。状況と常識がそれを許さない。
「まあまあ、落ち着いて。こういう時こそ平常心」
「いえ、落ち着いてはいます。旦那様を窘めているだけです」
「ならカティアはこの局面をどうする?」
ジェイクは死角から監視する四人組を、どのように対処するかを問う。
建物に入れば、吊り上げ行為を目的とした襲撃が開始されるだろう。無策では恰好の獲物と化すだけだ。
「……ここは昔、牢屋であったと聞きました。塀は高いですが、外から内部の構造をできるだけ確認し、脱出し易い場所へ入って天耳通で魔物を特定します」
「外からって……構造を聞かなかったの? 怠慢だねぇ」
「大凡は記憶しました。けれど思っていたより崩落しそうなので、その分も含めての確認です」
「おお、やるね。でもこういう場所だったらもっと簡単な方法があるよ。偵察じゃあなくなるけど」
手早く済ませたいジェイクはまず、ガスコインへ指示をした。
「ガスコインさんの天耳通で魔物が何処にいるか分かる?」
「やってみましょう」
人間の気配が消えた屋敷、小屋、城、建物に魔物が棲みつくことは珍しくない。これが街や道から離れた人間と無縁の場所ならば問題はないだろう。
しかし、街中となれば話は別だ。
「……確かにいます。群れを形成している五体の魔物がいます」
「近所のガキとかじゃないよな」
「動きに野生的なものを感じますし、違うでしょう。動きも被害報告のあるゴアラットに似ているので、それでしょうね」
「結構危ないのがいるな。子供だって食う事もあるし、駆除しないと」
「ふむ、簡単に仰いますが背後の不届き者達は? 建物に入れば間違いなく何らかの行動を起こされます」
「ガスコインさん、ゴアラットを誘導とかできる?」
「……あやつらと戦わせるつもりですか?」
「上手くいくならそれもいいけど、今回は少し違うね。できそう?」
「問題なく。しかし四人組の力量が分からない内から、魔物と同時に相手をするのは危険です」
「大丈夫だよ? だってここにいるのは俺なんだから」
口元に笑みを浮かべ、戯けて肩をすくめるジェイク。その眼が放つ輝きは二人を容易く呑み込む。どのような理不尽も踏み潰し、あらゆる苦難を打ち砕いてしまいそうだ。
カティアの受けた率直な感想であった。
「それでその作戦というのは……」
「中に入ってから考える。行くぞ!」
「本気ですか……?」
無策で先陣を切るジェイクに不安は倍増するも、見捨てられないカティアは後を追う他ない。かつての牢獄へと足を踏み入れ、ガスコインのみが背後で動き出す気配を感じながらも二人を追う。
「……さて、どうなることやら」
ジェイクへの関心はまだまだ高まるばかりである。
♤
二人の子供と一人の老人を追う四人組。男性ばかりではあるが、腕に自信のある武芸者ばかりだ。
「やっと入ったな。遊び気分で呑気なものだ」
「こちらとしては助かる。さ、仕事だ。さっさと済ませよう」
出口などが封鎖されているのかを確認し、逃走ルートを確保しないところから考えても素人。真っ向から数の利を用いて暗殺し、魔物の餌にすれば効率もいい。
割りのいい仕事である。
「魔物と戦闘中にその背を狙う。血の匂いを嗅げば魔物はそちらに夢中となる」
「……いいから追おう。この駄弁っている時間で失敗すれば笑い話にもならない」
「そうだな。神足通も通しておけ、あの老人だけはおそらくそれなりの武芸者だ」
四名がほぼ同時に神足通系第三等技【音無】を使い、足音を消す。三名が牢獄へ姿を消したのを確認してから中へ。
踏み込んだ牢獄は形を保ってはいても、補修作業を行わなければ、いつか崩れてしまうと感じさせる程度には綻びを刻んでいた。
「……反響している。もしや老人は気付いているのかとも思っていたが、気のせいか」
「静かにしてくれ。声を聞き取る」
索敵を担当する男が天耳通系マナ・アーツを発動。目を閉じて視界も閉ざし、聴力にのみ注力する。
聴こえて来たのは魔物に接触し、追い立てる三人の声だった。
「地下に追い込もう! ほら!」
「扉は開けました!」
子供二人が口々に声を掛け合い、地下への扉を開け放つ音も同時に聴き取る。
「ネズミ野郎っ、こっち来んなっ! 下に行けってんだよ!」
「……五体とも入りましたね。後は私達も降りて駆除するだけです」
「先に行っていいよ。だって一番危ないから」
「わ、分かりました。では私から……」
三人分の足音が地下へ向かい、その反響音を聴き届けた後に扉が閉まる。おそらく魔物を上へ逃がさない目的だ。最善の機は今と思われた。
「今だ。追い込んだ魔物とすぐに戦い始めるだろう」
「了解」
四人組は走り出す。音もなく岩造りの冷たい通路を走り抜ける。立ち止まらずに右折。目に飛び込んだのは、先程までと同じ造りの廊下に加え、左右には一人用と思われる牢屋が奥まで並んでいる。
「……」
「待て、俺が」
扉に手をかけた男よりも近接戦闘に優れる短剣使いが、突入する先頭を申し出た。順序は次に弓の射手、直剣の剣士、槍術士となる。
皆がこの先の行動を理解していた。互いを知り尽くしているからこそ言葉は要らない。
短剣士が魔物と戦闘中の老人と接敵し、一度のやり取りで殺せないなら後衛が矢を放つ。その間に剣士は驚きから硬直するであろう子供達を斬り、狭い場所での行動が難しい槍術士は援護。
短剣士が剣士へ突入を担うと言ったなら、全員がこの行動を頭に浮かべていた。
「……フッ」
扉は開け放たれ、血の惨劇は開宴した。雪崩れ込む熟練の武芸者達。先頭を行く短剣士を信頼し、全員が同様に飛び込んだ。
「……あれっ? あれ?」
「おっと……?」
突入した四名は、辺りを見回す。地下は一階と同じ造りで左右に牢屋が並び、一定間隔で同様の篝火が灯っている。火が付いているのなら、やはり老人等は降りた筈だ。
しかし、いない。姿が見当たらない。
「ここです」
「……!?」
メイドがいた。老人も。四人組に声をかけ、何故かは不明ながら、奥の牢屋から顔を覗かせている。
「……待て! あのジェイクとかいうガキがいないっ!」
「飛んで入った袋のネズミちゃん」
「なにっ!?」
「うぇるかぁぁむ」
振り返って地下への入り口を見れば、ジェイクが扉を閉めるところを捉える。
「仲間を残して、何をするつもりだ……」
「……えっ、ちょっと待て」
変化は直後に起こった。
「う、うわァァァァァ!」
「イカれてやがるあのガキぃ!!」
入り口付近からこちらへ向かって、天井が崩落して来る。重量など計り知れない岩が落下して向かってくるのだ。
「にげろ、にげろはやく!」
「ぬぉぉぉ!!」
迫る落石から逃げるもすぐに次の問題に直面する。行き着いた先は、壁だ。
「い、行き止まりだ! どうする!?」
「どうするって……!」
その時のことを、男はこう語った。『可憐な女の子が、対面の牢屋を指差していた。背中から翼が生え、天使にも見えたよ』と。
「牢屋に飛びこめぇぇ!!」
「っりゃぁぁぁ!」
四人が左にある牢屋に跳躍。まさに直後、崩落の波が中央の通路を通過して行った。寒気がする轟音を立てて、埃を巻き上げる。
「はぁ……はぁ……」
「し、死ぬかと……」
音が止んだのを確かめて、やっと安心して心を落ち着ける四人。
「かちゃかちゃ、かちゃかちゃ」
「えっ?」
わざわざ口に出しながら、カチャカチャと金属音を立てる者がいた。最後にはガチャリと何かが噛み合わさる音を鳴らして、その子供はこちらへ目を合わす。
「……今日から君達はここで暮らすんだよ」
まるで購入したペットに話しかけるように言い、牢に鍵をかけたジェイク。
「ネズミ同士、仲良くな?」
四人は気付く。足元や牢の端で蠢く赤黒い物体に。
「あががっ、ご、ゴアラット……!」
「ぎゃぁぁぁ!!」
ゴアラットの牙には、出血毒がある。




