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29話、ドングリ王

 

 朝稽古を終えたカティアは朝食後、スキップしながら庭へ向かうジェイクを先回りして捕まえ、また稽古に誘う事にした。

 稽古の本質を捉え、マナ・アーツの理論を熟知しているジェイクに師事すれば、更なる高みを望める。


「旦那様、稽古をしましょう。もっと強くなれば、旦那様の護衛だって務められます。メイドとしてそちらも兼任できたなら、これ以上に喜ばしい事はありません」

「いいね。でもドングリは?」

「ありませんけど、ですが……木の実は取って来ました」

「ダメぇ、さよなら」


 真面目の代償は続いていた。ドングリを献上(けんじょう)しなければ稽古をしない身体となって二日、ジェイクは屋敷や外で遊び回っている。

 木の実であれば良いのではない。両手いっぱいの様々な木の実を見せるも、僅かばかりの興味しか引けなかった。


「本当に面白い方ですね」

「ガスコインさん……」


 いつジェイクが捜査に戻っても良いように積極的な姿勢を見せるガスコインもまた、屋敷へ入り浸って待機していた。


「私も未だ知り得ない才覚をお持ちの人物です。天才とはどこか私達とは違うものが見えていて、だからこそ奇人にも思える時があるのかもしれません」

「ですがドングリがない奴は帰れだなんて、理解に苦しみます……」


 ジェイクに用のある者はドングリを差し入れ、照りや形を評価される。その点数に応じて協力する時間や対応が変わってしまう決まりとなっていた。


「あれからモルツおじさんが騎士達に探させたので、いいドングリがもう無くて、あれからまだ一度しか付き合ってもらえません」

「モルツ様は捜査を進めなければなりませんからね。ジェイクさんの助言が必要だったのでしょう……あっ」


 その時ガスコインは手を叩き、名案を思い付く。それを聞いたカティアは早速ジェイクの元へと向かった。


「……何をしているのですか?」

「は? 見て分からないの? 庭師が植物に水をやりに来るのを待って、水浴びしようとしてんの」


 ミューズ家の飼い猫マッチと、花や草木へ水をやりに来るであろう庭師を待つジェイク。パンツ一枚の半裸になって椅子に座り、日光浴も楽しみながら待ち構えていた。


「それより見てごらん。今日のパンツ」


 パンツには自信があるジェイク。今日は緑と黒の最新パンツだった。


「どう? カッコいいだろ?」

「はい……素晴らしいです」


 自慢のパンツで日光浴する様に、予想通りカティアはほんのり顔を赤くしてしまう。


「パンツには(こだわ)ってるからな。小遣いを貰い始めてから、俺のパンツは全部オーダーメイド。デザインも生地も俺が考えてんだ」

「では私のも選んでください」

「ヤダ。なんでだよ」

「お好きな下着を穿いた私を見たいのでは?」

「ああ……見るならそうかもな。けど最近の俺はどちらかと言うと、みんなに見せたいの」

「それでは私に見せる事を日課にしましょう」


 芸術家の思いでデザインした下着は、確かに細部まで凝った作りとなっており、欲しがる者もいるだろう。

 けれど特注である為、買い求める事はできない。


 自慢とは、そうして行われるものである。


「いいよ。そんなに種類は持ってきてないけど、ある分なら解説付きで見せてやる」

「旦那様の温情に感謝します」


 満足していよいよ眠りそうになるジェイクは、万が一の可能性を鑑みて訊ねた。


「で、ドングリ持って来たの?」

「そうではありませんけど……」

「……」

「ドングリを持っていないと分かるとその顔をするのは止めてください」


 嫌そうに顔を(ゆが)めるジェイクに抱き締めたくなる衝動を抑え、嘆息混じりに言う。深呼吸を挟み、落ち着いてから話すこととする。


「……はい吸って? 吸って? また吸って?」

「……それでは呼吸ができません」


 ジェイクといると呼吸を整えるどころか荒くなる一方であった。


「……では旦那様、ドングリを探しに行きませんか?」

「行く。服着るから待ってて」

「そんな簡単に……」


 ガスコインの提案にまんまと飛び付いたジェイクは衣服を着用し、素直にカティアの前に立つ。


「行こうか。ドングリ何処(どこ)?」

「……こちらにあるみたいです」


 他人を(だま)す事に慣れていないカティアはぎこちなくも誘導を開始した。罪悪感から鼓動を速め、嘘と判明した時のジェイクに恐怖する。


「……折角なので、武力提供組合で依頼も受けていいですか?」


 ジェイクとガスコインを連れてドーフォンの街を行く。怪しまれないよう、例の不良少年等と取り引きした区画とは正反対の区画を通る。

 目指すは、武力派遣組合。


「てめえ、この女。ドングリを片手間(かたてま)に探す気かぁ?」

「依頼を受けていないと立ち入れない森もあります。そちらの方が荒らされていないと思いませんか?」

「勘違いして悪かった。てっきりお前は俺を騙して何とか稽古に引き摺り込もうとしているものとばかり」

「……ええ」


 固い握手を交わし、ジェイクとの和解に成功する。ガスコインから言われたままを返しただけであったが、上手くいったようだ。


「こちらです」

「……デカいな。俺の街のなんて馬小屋みたいに思えて来た」


 ドーフォンの武力派遣組合も例の如く国家により運営されており、国家資格を持つ武芸者にのみ依頼が割り振られる。

 資格無き者達とチームを結成し、高難度の依頼を受けることもあるが、大抵は黙認される。武芸者は信頼を無くせば依頼を受けられなくなることがあるため、優先されるのは達成率である。


「騎士国でも有名な都市ですから、この規模は納得でしょう」

「資格は私とガスコインさんの物を使います。旦那様は待っていてください」


 事務所内には有資格者である事務員が待機しており、ドーフォンには組合員に依頼を選抜する別途の資格を持つ者がいる。

 見ようによっては教会にも見える建物に入り、ジェイクを外に待たせて順番待ち。悪さをしない内に急いで簡単な依頼を受けて出る。


「酒場で踊り子やってんだね。ところでお姉さん、いま暇? これからドングリを探しに行くんだけど、一緒に行かない?」

「ええ? ドングリ?」

「そうそう、ちょっと前までは平たい石にハマってたんだけどな。今はドングリ。ツルツルしてて綺麗だぞ?」

「ああ……でもあたし、恋人いるから」

「大丈夫、だって俺もいるから。それに木陰でお触りくらいなら握手と同じ。わけが違うって言われたら、部位差別するつもりかって言い返しときな?」


 噛み合わない会話をしながら領民らしき女性を誘うジェイク。スレンダーな彼女を木陰でお触りする目的のようだ。

 これを見て黙っていられるカティアではない。


「何をしているんですか……?」

「だからあんたとは行けないんだって! 俺は連れを待ってるから、ナイスガイなら他を当たってくれるっ?」


 執拗(しつよう)に誘われる側を咄嗟(とっさ)に装うも、声色低くジェイクの肩を握るカティアはそれを許しはしない。


「しつこくていけねぇや。じゃあお二人さん、行こうか」

「待ってください。今度という今度はお話があります」


 唖然(あぜん)となった踊り子を置いて歩き出したジェイクを、逃すまいと追う。ハットの(ふち)に手を()え、会釈(えしゃく)したガスコインもその後に続いた。


「目的地は?」

「……ドーフォンの東にある廃墟です。ゴブリンか小型の魔物が棲みついているかもしれないという事で、偵察依頼を受けました。可能なら討伐もして欲しいとのことです」

「それのどこにドングリが関係してんだよぉ!!」


 ジェイクは話を聞くなり急停止して訴えるも、知りもしない女を誘う者に聞く耳を持つことはできない。声音に不機嫌を隠すことなくジェイクの手を引く。


「……ええ、めんどくさぁい」

「今になって帰る方が面倒です。大人しく付いて来てください」


 我が儘を言うジェイクに構わず手を引くと、意外にもガスコインから否定の声が上がる。


「そうではありませんよ。おそらく私達は、吊り上げ行為の標的になっています」

「……吊り上げ行為ですか?」


 武力派遣組合が問題視している行為の一つに、吊り上げ行為というものがある。

 当然ながら依頼は失敗することもある。組合員の実力に見合うものが完璧に割り振られるわけではなく、時には想定外の事態も起こる。


「わざと失敗させて、自分達が受ける依頼達成時の報酬を吊り上げる……」

「そうです。私達は尾行されています。横槍を入れて依頼を失敗させ、後で自分達で引き受けるつもりでしょう。廃墟ということもありますし、行方不明にさせればその捜索分も依頼料が上乗せされます」

「……卑劣ですね」

「残念ながら効率よく金稼ぎする為には、手段を選ばない者がいる。そして残酷ながら、それが合理的となる社会があるのです」


 廃墟は立ち入り禁止に指定されている。目撃者はいないだろう。後からやって来て確かめるのは、吊り上げ行為を行った者達。真相が解明される可能性は低い。


「面倒だな」

「有資格者は襲われなければ反撃できません。廃墟で魔物と戦闘中を狙われれば、我等も万が一が有り得ます。気を引き締めて臨みましょう」


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