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26話、カティア強化週間

 昼食後に情報の擦り合わせだけしたガスコインは軍学校へ向かい、腹を太らせたモルツも仕事に戻った。

 俺は晩飯まではフリーダムキッズなので、纏わりつくカティアを稽古してやることにする。


「二人でガスコインをぶっ飛ばそう!」

「言い方が悪過ぎます……」

「イェぇぇいっ!」


 手を叩いて場を盛り上げる俺だが、カティアは異議でもあるのか目を細めて呆れを示している。


「今から他心通をお勉強しましょう」

「そちらも教えていただけるのですか? 他心通は基本四種の最難関とも言われるもので、コツは弟子にだけ伝えるものとされています」

「人類なんてみんな俺の弟子でしょ?」

「違います」


 人類王、小娘に正論を返される。寂しい気持ちを表情に表して、腰にある新品の斧を手に取る。


「盾受けのタイミングをズラされるのは、相手の意思を見抜けていないからだ」

「それくらい分かっています……」

「黙らっしゃい。分かってないんだよ、殺人鬼ッズ」


 他心通を教えると言っても、他心通を使えるようにするわけではない。

 というよりも、一週間や二週間の指導で使えるようになるものでもない。野球素人が明日、スプリットを投げられますか? 投げられません。お箸初心者が小豆を掴めますか? 俺でも若干怪しいです。


 時間がかかる種目もある。すぐに全てを会得なんて、人生三回目でもなければ不可能です。


「人類の勘違いを指摘します。対人や知能の高い敵を相手にする場合、他心通なんて使えなくても問題ありません」

「……そんなことはありません。基本四種は全ての武芸者にとって必須科目です」

「反論を禁止します。意見も禁止します。つまり黙らっしゃい。上級者になればなるほど、他心通だけは当てにならなくなるんだよ。高度な技として使う場合は別にしてな」


 手元で手遊びに斧を回して、常識を理解したつもりでいるカティアへと教えを説く。


「ガスコインと立ち会ったあの時、反射的に【反射鏡(リフレクト)】を出したと思ってない?」

「実際にそうです。ステッキが振られると察して、咄嗟に出していました」

「違うんだな、それが。あの時、ガスコインはお前に信号を送ってたんだ。純粋なお前さんは、その信号をまんまと間抜け面でキャッチして、素直に盾を(かざ)した。これが真実です」


 言い終わりに合わせて意思を込めたマナを発する。脳から身体に指令を送るように、身体中から行動を起こす意思をカティアへと伝える。


「――!?」

「ね? お前らは受け取る他心通に関して、無意識に使えてるんだよ。大袈裟に送ってやればアホみたいに食いつく」


 具体的な俺の行動意思を受信したカティアは、首へと斧を振られる錯覚を覚えて反射的に腕を(かざ)している。


「こんなものは当てにならないから無視でいい。むしろ読もうとしない事。優先すべきは自分からの意思を遮断、そして正しいタイミングを見極めること」


 これが出来ないと、カイワンとかいう小僧の【爀点】なんて千年かかっても避けられない。

 互いの他心通が高いレベルにあると、マナによる誤情報の受信は意識的に遮断。自分からの情報発信も勿論のこと一切掴ませない。本当に身体的な技術や戦法による戦いに立ち戻ることとなる。


「盾の扱いは分からない。バッハさんから教わったものを使うんだ。ただし相手の発した虚偽情報のマナを無視。加えてカティアからの発信を遮断。まずはこれを体得しよう」

「承知しました。そこで質問です。良く出来たメイドには何の褒美がもらえるのです?」

「えっ? 教える側が更に与える事になってんの?」


 イキリながら教える愉悦に浸る俺へと、強欲なカティアはまだ何かを求めてしまう。華麗に無視したところでもう一つ、カティアに必要な技術を思い出した。


「あ、そうだ。今から手合わせしていくけど、もう一つ意識することがあった」

「何ですか?」

「うん、【反射鏡(リフレクト)】の当て方(・・・)だな」


 ♤


 カティアが想像するよりも、ジェイクという人間は常軌を逸していた。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

「ほら、こういう膠着(こうちゃく)状態の時には上手く隠しながら息を整えて。どんな時でも常に攻撃に備えるんだ」


 僅か三十分で汗だく。薄紫の髪は湿り気を帯び、身体は疲労感を訴えていた。しかし体力には余裕があり、いつも真っ先に悲鳴を上げる前腕もまだまだ力む余力が感じられる。


「俺の誤情報を無視できないと精神的に疲れるよな。裏をかかれ続ける。もっと俺本来の動きと自分自身の天眼通に集中してみな」


 槍持ち、盾を構え、騎士学校でもウィンター家として恥じない成績である。ついこの間まで酪農家の息子に過ぎなかった男に負けることなど有り得ない、のだが……。


「もう一手っ、お願いします……!」

「はいよ」


 けれど突く槍は届かない。まさにガスコイン同様、槍を斧に弾かれ、弾かれないよう強撃に切り替えると避けられ、盾を()り抜ける打撃が急所を軽く打つ。


「マナ・アーツはここぞという時に使うものだ。一番隙が少ない技は、通常扱う単純な武器術になる。基本的にこれを念頭に戦術を組み立てていく……ってな訳だけど、こんな事はサマンサの腹ん中で習っておいてくれ!」

「不可能ですっ」


 揶揄(からか)われながらも、心地良いまでに最適な教えが染み込む。依存性すら感じるほどの心地良い調べが送られてくる。


「集中してる?」

「無論です……!」

「焦らなくてもいいぞ。平常心、平常心」


 ジェイクは腰のベルトに斧を挟み、小休止をとベンチへ歩む。意図を察して背を追って続き、隣に腰を下ろした。呼吸が整うだけの時間をかけて、やがて指先のてんとう虫と(にら)み合っていたジェイクが、()きた頃に告げた。


「……目はいいな。やっぱり天眼通のセンスがある」

「本当ですか? しかしまるで攻撃が通用しませんでした。いつものように遊ばれているだけです」

「俺の動きは目で追えてる。ガスコインの時もそうだった。ただ正直者過ぎて騙し易いんだよ……悪い男には騙されんなよ」

「もう騙されて取り返しが付かない場合はどうするべきなのでしょう」

「夜逃げしろ」


 雑談も程々にカティアはふと心情を吐露する。彼の兄のクリスは勿論、実際に目の当たりにした多くの者達が痛感している事だ。


「……旦那様は、本当に恵まれていますよね」

「えっ!? どういうこと!?」

「そんなに驚く事は言っていません……旦那様は才能があって頭も良くて、すぐにマナ・アーツも習得できて、知らない内にユーガ様の技まで使えるようになっていました」


 ボケに順応してしまったカティアを指を(くわ)えて寂しがるジェイクだったが、やがて青空を仰いで柔らかな口調で返事をした。


「……お前の知らない俺がいるんだよ」

「それはそうでしょうけど、天才であるのは事実ですよね」

「見えないところで努力したんだ。最初は生き残る為に必死で、次は悲しみを忘れる為に迫られて」


 強烈にも思える存在感を発していたジェイクが、霧のように薄まるのを感じた。霞む存在感に目を擦るも、ジェイクは変わらない体勢でここにいる。


「一番長かったのは怒りだった。怒りが俺を強くした」

「……っ」


 蒼穹を見上げて記憶を辿り、声色の低くなった言葉から感じられる凄みに息を呑む。とても隠せない威光を感じて竦んでしまい、声が出なくなっていた。


「だから俺は強い。強くて当たり前なんだよ」

「……」

「安心しな。お前は強くできる。さっきも言ったように、必要なものは揃ってるんだ。後は使い方と、それらを高めるだけ」


 不敵で頼もしい笑みを見せるジェイクに言われると、そうなのだと鵜呑みにして確信してしまう。妙な説得力があるのだ。


「特に目と【反射鏡(リフレクト)】な。これがあったら無敵になれる。ダンテ様だってそうだろ?」


 鉄壁、城塞、守護者、それらの言葉が相応しい最強の盾。それが《金羊の船団(アルゴノート)》の一人、《不破門》ダンテであった。あのバッハ()が憧れ、シーザーが誘い、ユーガが信頼した堅固なる守護者。


「……ダンテ様……」


 世界最強の《金羊の船団(アルゴノート)》、その中でも最も堅固であったダンテ。無論、自分の憧れでもある。芽を出した資質が彼と同様と言われたなら、心が動くのは必然であった。


「旦那様、そろそろ再開しましょう」

「ぷいぷぅーい」


 だが真面目ポイントを消化し切ったジェイクは、アホになっていた。


「……旦那様、続きをお願いできませんか?」

「ヤダぷぅ、やる気がなくなったぷぅい。ドングリくれたら考えてあげる」


 ミューズ家の飼い猫を頭に乗せ、その上にトンボを乗せ、アヒルのような唇をして呆けている。腕を引こうとも(かたく)なに動かず、真面目な話をした代償を強いられる。


「……今すぐに見ていただけないのなら、稽古は終了という事で共に水浴びをしてもらいます。もちろん裸で」

「ぷふっ……なにその脅し。ガキが笑っちゃうんですけどぉ」


 思わず笑い飛ばすジェイク。それから二分三十六秒の事だった。


「……」

「……」


 本当に裸に剥かれてバスタブに放り込まれてしまう。下着姿のカティアと向かい合って水に浸かる。


「……ホントにやりやがったな」

「はい、やりました。汗をかいたままでは臭いが気になりますから」

「なんで俺だけ裸なんだよ。それが一番納得いかん」

「私が旦那様のお体を見たくて、私のをお見せするのは恥ずかしいからです……この奥ゆかしさが愛しくなりませんか?」

「それは奥ゆかしいって言わないの。傍若無人って言うの」


 だが入ってしまったものは仕方ない。カティアに背中から抱かれて水浴びを堪能する。火照っていた体が冷やされ、爽快感に包まれる。


「水加減はどうですか?」

「背後の人肌が良い加減にしてくれてるな。なかなか立派なのが押し付けられてるから……お前さ、もうすぐ俺は帰るわけだけど大丈夫か? やっていけんのか?」

「……」

「泣き始めた!?」


 ジェイクのいない日常を想像してしまったカティアが、早くも猛烈な喪失感により号泣を始めた頃だ。

 ジェイクの願いを受けたある人物は、目的の場所に到着していた。


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