24話、釣り糸を垂らす……
もう少し薄暗くなってから、スピード違反者を探しに行こうと思う。
馬鹿タレが、薬物でおかしくなりやがって。スルメでもしゃぶった方が味があるってんだ。
「俺との稽古はいつもやってるし、ガスコインさんに稽古を付けてもらった方がいいね」
「……承知しました」
学校を休む代わりに空いた時間は稽古を積むというカティアを連れ、庭に出てみたのはいいが、早速ガスコインに丸投げする。
昼飯で未だにパンパンな腹を撫でながら、午後の稽古を本職であるガスコインに投げ付ける。好みの田舎料理が出て来たものだから食べ過ぎてしまった。郷土料理とか田舎料理とか、あのようなものに俺は何故か惹かれてしまう。
「ガスコイン先生、お願いします」
「ええ、いい助言ができれば良いのですが」
くるりと回したステッキを手に持ち、レイピアや直剣を構えるようにカティアへ対する。
同時に鋼器へマナを込めたカティアにも、左に盾と右に突撃槍が握られる。
カティアの十八番は【反射鏡】と【螺旋突】を使ったカウンター攻撃。加えて直線的に強力な技も多数。
バッハを見習ったのだろうが、攻守に渡って非常にバランスがいい。
「参りますっ……!」
飛び出したカティアは闘志を剥き出しに走り出し、小手先代わりに槍を突く。基本に従った重い突きだが、ガスコインはステッキで槍の腹を軽く叩いた。
「くっ――!」
基礎中の基礎である神足通系第一等技【爆勁】の小規模化されたものだろう。次々に突くカティアだが、動かずしてステッキを振るガスコインに穂先きを悉く外される。
では次はどうするのかと考えた時、真面目なカティアならば定石通りに盾のマナ・アーツで攻めることだろう。
と、考えている内にカティアは【動馬】を使用した。豪馬を錯覚する逞しいマナの昂りを見せて、ガスコインへ盾ごと体でぶつかる。
「素晴らしい。この質の高さは基礎ができているからですね」
「キャッ!?」
左側に抜けるガスコインはステッキで軽快にカティアの脚を掬い、転倒されられた【動馬】は勢いを無くして消える。
土が巻き上がる中でガスコインの影がカティアへと、ステッキを振り上げた。
「くっ、【反射鏡】っ――!」
この反撃用マナ・アーツは強力だ。
盾がおおよそ二倍反射の仕様となる為、攻撃反射時に勢いが増すのもあって、逆転劇をかますにはもってこいだ。
ただし、上手く接触時に機を合わせられたならの話だ。
このようなタイミングを外された時には、柔軟に対応できなくなる者は多い。
「……参りました」
「流石はウィンター様の血筋ですな。全ての技が練度高く、今の時点でここの騎士達を上回っている。特に神足通などは学生のレベルではありません」
【反射鏡】の機は合わずに盾が弾かれ、首筋にステッキで触れられたなら、敗北を認められずにはいられない。
ガスコインの圧勝であった。騎士学校で頭一つどころか上半身の鎖骨辺りまで抜けるカティアでも全く歯が立たない。
「まっ、そうだよな。流石に長いこと軍人やってた人にはまだ勝てないよ」
「やはりお父様達のレベルはまだまだ先にありますね。より尊敬の念が強くなりました」
技術面のアドバイスをもらっていたカティアを迎える。犬みたいに事あるごとに戻ってくる。
「んんぅ、どうしよっかな」
「……?」
ここで問題が発生する。
だがそれよりも先に、日が落ちてきたのでガスコインと捜査に向かってみよう。子供相手に売買しているのなら、案外簡単に糸口を見つけられるだろう。
しかしだ。
「ダメダメダメよ、そう決まってんのよ」
ガスコインと謎の薬物販売野郎を捜査しに行こうとするも、カティアは同行すると言って聞かない。
「ガスコイン先生がいるなら危険はない筈です。私もメイドとして同行します」
「社会見学気分? だったらあそこの庭師さんに弟子入りすれば?」
「旦那様も子供なのに、よりお姉さんである私が指図される謂れはありません」
人類王を子供呼ばわりした事を知ったら、こいつはひっくり返るのだろう。バラそうかな。圧倒的な危機が容易に想像できるけど、バラそうかな。
「構わないのではありませんか? ウィンター様の御息女ならば確かに経験する事も必要です」
「ダメですよ。世話になったバッハさんに顔向けできねぇ」
「その年で義理堅くあるとは感心しますな」
頑なに認めない俺を見て、昔の配下を思わせる叛逆心を抱いたカティアが、遂に牙を剥く。
「……ではこうしましょう。私は散歩に出ます。ガスコイン先生に付いて行く旦那様と、道筋と目的地が被るかもしれませんが、それは偶然にして私の自由です。旦那様に同行するわけではないので放っておいてください」
「あらら、頭のおよろしいこと……」
一休さん気取りで打開策をぶつけられ、無理矢理に随行を強いられた。
目を点にしてから溜め息を漏らす。小賢しくも柔軟な思考を持つようになった小娘の成長に呆れるばかりだ。
「ふむ、ジェイク君が一本を取られましたね。では捜査へと入る前に、皆さんの武器を確認しましょう」
「見たまんまじゃん。カティアは槍と盾、俺は斧」
「おや、属性はまだ聞いておりませんが」
「何も付いてないですよ? 俺は属性とか付いた武器はあんまり使わないんで」
俺は罰として働かせる悪霊と、自分で開発したマナ・アーツで戦うスタイルだったから、変な属性は戦闘法を濁らせてしまう。
ていうか邪魔。結局は拳骨が一番。
「それは珍しい」
「で、ガスコインさんのは?」
「私もですか? 構いませんが……」
ガスコインは己のステッキを目の前に翳して説明を始める。
「属性は冰麗、長さは九十三センチ、棒の表面には特殊な塗装を施してあり、取手には滑り止めの加工がされています」
「なんだ、仕込み杖とかじゃないのか……」
「さあ、どうでしょうか」
自慢げなガスコインに肩を落とし、俺は街へと歩みを向ける。
すると慌てたカティアが俺の隣まで来て耳元へと口を寄せた。
「危険な事はなさらないでくださいね」
「んなことより、来るなら覚悟して付いて来いよ。ガキの人生を食い物にして贅沢しようってクズを相手にするんだからな」
「それくらい理解しています。旦那様こそ真面目にお願いします。くれぐれも巫山戯ないでください」
「それは無理!」
「やはりそうですか……」
巫山戯て生きるしか取り柄がない俺を、カティアは嘆息混じりに嘆いた。気軽いやり取りもできるようになり、距離感が近くなったのを肌で感じる。
「いい餌はいないかなぁ。活きのいい餌はいないかなぁ」
釣り針にしかける餌を探す。
すると探せば目に付くもので、街中を少し行くと都合の良い囮を発見。ゴミが散乱する裏路地で早速、悪ぶって粋がる連中を発見する。
俺は迷わず素行不良少年少女等へと歩み寄った。
「……ちょっといいかい?」
「何だよ、俺等になんか用か?」
俺が裏路地に一歩踏み込んだ瞬間から、男女四人のグループに不穏な空気が流れる。明らかに威圧的で、手を出す事も厭わないと雰囲気で示している。
俗に言う思春期病というやつだ。大丈夫、きっと時間と社会が解決してくれる。
「お金ならあるから、スピードをくれない? 倍で買い取るよ?」
「……」
「いくらで買った。金額によっては倍以上も考えている」
俺、ガスコイン、俺の背後に控えるカティアを順に見たリーダー格の少年は、睨みながらも金欲しさに思考しているようだ。これだけでスピードを所持していることが分かる。
「……知らねぇなぁ、なんだよスピードって」
「あらら、判断を誤ったね。前に取り引きをしていた人達が逮捕されたから、新しいルートが欲しいだけで誰でも良かったんだけどな」
端で煙草を吸う少女を指差す。物を理解していると示す為だ。
彼女は焦点の定まらない危うい目付きをしていて、呼吸も荒く興奮状態にある。体を巡る強いマナと酩酊感に酔っていて、今すぐ飛び掛かっても不思議ではない精神状態だ。
ガスコインを知らないという事は、騎士学校の生徒じゃない。裕福な家庭でないのなら、スピードで商売している側だろう。下っ端の更に使いっ走りだ。
つまり買い手は幾らでも欲しい筈。上から慎重にとは言われているだろうが、まず間違いなく食い付く。
「……」
「……スピード、だよね。君は見誤った」
さっさと背を向けて立ち去ろうとする。仮に呼び止めなければ次へ行き、呼び止められたら取り引きだ。
「……待て」
「待ちましょう」
かけられた声に振り返り、元の位置まで歩みゆく。睨み下ろす少年は未だ警戒しながらも、明確な関心を持っていると分かる。
「……スピードを買ってどうするつもりだ?」
「君等と同じだよ。地元の騎士学校で売り捌くんだ。成績に困ってる奴等を中心に、スピードが欲しいって奴は後を絶たない。もうすぐ寮に帰るから、その前に買えるだけ買う」
「そいつらは?」
不良は俺の背後へ目をやり、鼻を鳴らして関心を示した。
「見たまま、メイドと護衛代わりに連れている執事だ。強盗なら考えない方がいい。君達の死体処理が面倒だからな」
「……」
カティアが気に入って性衝動に襲われたのか?
不良はじろじろとカティアを視線で舐め回し、やがて答えを出した。
「……いつまでだ?」
「明日まで。遅くとも明後日の朝までだな」
「そいつぁ無理だ。そう都合良く買えるもんじゃねぇ」
「だったら他に頼む。寮の決まりは厳しいから日程はズラせない」
姿勢良く後ろ手を組み、真っ向から萎縮させようと睨む不良を見る。向こうの三名も立ち上がり、指示次第では追い剥ぎ紛いの強奪行為が行われるだろう。
こいつらはギャング気取りになっている。悪事ながら商売をしているつもりだろうし、スピードによるマナで強くなったと勘違いもしている。
けどまだ子供だ。ゾンビにするわけにはいかない。学びの機会を与えなければ。
「……分かった。明日の夕方、ここに来い。ただし俺等以外からは買うな」
「買えるだけ買いたいのだが?」
「いいやダメだ。俺等から買ってもらう」
「……」
顎に指を当てて思慮する素振りを見せ、形だけ迷ってみせる。
「……いいだろう。その代わり納得の量が用意されない場合、次からは他所で買う」
「ああ、任せろ。ビジネスだからな、そこら辺は分かってる」
「ぷぷぅ」
「あんっ?」
思わず吹き出してしまう。
不良崩れが不法行為を行なってギャングスタ気分に浸っているのが、俺の感度良好なお笑いセンサーに引っかかってしまった。諭すのも良いが、どれだけ馬鹿なことかを教え込むのが肝要である。
黒幕を見せしめにしよう。
「いや癖なんだ。じゃ、また明日に」
「おう、金を忘れんなよ」
「忘れないさ。そちらも使い方を誤るなよ」
「余計なお世話だ」
馴れ合うことなく歩み去り、路地裏から颯爽と出る。路地を出てから暫くしてカティアが声をかけようとするので、その出鼻を挫いて問いを投げかけた。
「……ガスコインさん、ホテルでしょ? どこ?」
「そちらです」
「あ、方向だけ後ろから教えてください」
「心得ていますよ」
大通りを行き交う人達の中を、ガスコインさんとカティアを従えて歩む。
もう退勤ラッシュだ。多くの人が行き交うドーフォンの中心部を、人の波を縫って進む。
「カティア、抵抗すんなよ」
「はい? ……!?」
「いいから、そのままでいろ」
カティアの細い腰を抱き寄せ、ホテルまでの道中で不信感を与えないよう導く。
「尾けられてる。貴族のボンクラを装って演技をしたから、確かめようとしてるんだろう」
「……! そうでしたか……お外で求めてくださったのだとばかり」
「無許可で変態プレイに目覚めんな。このままガスコインさんのホテルに入る。そのあとであいつらが売人に接触するところを拝みに行くぞ」
「かしこまりました」
「カティアがいい感じに上品だったから、むしろ説得力が生まれた。なんだよ、連れて来て良かったな」
これは本当だ。連れて来なくても支障はなかったが、居たら居たで良い作用に傾いたようだ。
「……お礼は言いませんから」
「言い損じゃねぇか。折角無理矢理に褒めてやったのに」
「意地悪な旦那様です」
これまでに無かった年相応な可愛げを見せるカティアから手を離し、自由にしてやってから先をゆく。
その間にも……やはりちらほらと、スピードを使って傭兵紛いの仕事をしているらしい若者が散見できた。既に蔓延の最中にあるようだ。
「その路地を右に」
「はいよ」
馬車の行き交う通りを斜めに横断し、右の角を曲がる。
「左の開かれた両開きの扉、あそこです」
「いいとこに泊まってんねぇ。都合が良い」
さてさて、ホテルに入るところは目撃させた。貴族や金持ちが泊まる高ランクのホテルだ。俺達が貴族であると誤認させる分には不足ない。
まずは売人とやらを突き止めてやろう。黒幕を晒し首にするにも何にしても、それからだ。




