16話、嫉妬天狗
殺人鬼の卵を矯正する旨を本人に通達。テンションの高いカティアを部屋にぶち込んで、自分の客室へと戻る。
また一つ面倒事を抱え込んでしまった。
でも全然オッケー。こんなの戦争や国難に比べたら軽いなんてもんじゃない。王様じゃないって、こんなに体が軽いのか。翼が生えたようだ。
パタパタと夜の街にでも遊びに行ってしまおうか。
「何とか常人として生きてくれたなら良いのですが……」
換金できそうな金目のものを持って行こうと部屋に入ると、涼しい夜風が吹き付けて来た。当たり前のように俺の部屋に侵入しているシズカ。開いた窓際から月光を後光に、夜風を浴びながら凛と立つ。
「一度でも頭の作りが変わったら、そう簡単にはいかない。俺達だってまともじゃないんだから、偉そうな事は言えないさ」
「……そうですねっ」
物憂げな顔をしながらシズカのデカ乳を揉みしだくと、鼻を摘み上げられる。
「……」
「イテテテっ……!」
痛がるとすぐに手を離したシズカへ、ヒリヒリする鼻を撫でながらに意見する。
こいつの力なら簡単に捥ぎ取れるだけに、相変わらずな加減の上手さが伺える。
「えっ!? ダメなの? 二人の時はそこはかとなくお触りしても良かったっていう暗黙の了解は? そのルール、どこにしまった? これから稽古とか頑張るのによぉ」
「公私混同はいけません。仕事をする時は仕事をしませんと」
「今となっては全部が全部、私事なんだけど。俺はもう平民なのよ」
「そう、言われてみれば、そうですね……」
またもや口八丁で丸め込み、考え込むシズカの尻を揉みながらベッドへ連行する。
ムッとした顔付きになるも、今度は突っぱねられる事はない。それどころか許容するような意思さえ感じるので、もうやりたい放題だ。
「……相変わらず、いやらしい手付きですね。このようなところでも、ユーガだと認識できてしまうとは……」
「それだけ深い仲だって事よ。んん〜っ」
唇を尖らせてキスの催促でもしてみる。テロリストを倒した手前、善行分の対価は何処かしらから頂かなくてはならない。
「……はぁ。仕方ありませんね……んっ」
ジトっとした目で見られ、これ見よがしな溜め息を吐かれるが、柔らかいキス顔が迫るとなれば否応なく愛情を感じる。なんで死後も好感度が下がってないの? と疑問に思うばかりだ。
とは言え、そこそこ満足したので、シズカの話を聞いてやる事に。でもコイツが言いたい内容は予想できるにも程がある。
「で、なんか話があるの?」
「……聖国にいるのなら、マリアには伝えておけば良いのでは?」
「それはダメ。国家の柱になったからには何をするか分からない。マリアにも絶対に悟られるな」
靴を脱いで放り出し、ベッドへ寝転びながらも強めに釘を刺しておく。
「では……シーザーにも言わないのですね」
「当たり前だ。お前がどれだけ溺愛していてもオードーンが関わっている以上、懸念材料は一掃すべきだ」
「分かりました……」
子供達に甘いシズカへ強く言い聞かせてから、このドエロ天狗をどう頂こうかと考える。闘病生活も長く、数十年もご無沙汰だったので若さを楽しみたい。
「悔しいですがクズにも関わらず、あなたは正しい事が多いですから」
「……」
「世間は認めても碌でなしには変わりませんが、このような際にはあなたに従います」
「……」
「この阿呆さを見れば本物であると疑う事もありません。私もそれなりに手を貸しましょう」
この人類にあって恋人が最も敬意に欠けている事態に、コメカミへ血管が浮かぶ。
「ですから、その代わりに――」
「言いたい事はそれだけかっ? だったら添い寝でもして労わってくんねぇかなっ」
結構な偉業の数々を成し遂げた俺に無礼なシズカへ、マッサージをするなどの気遣いはないのかと皮肉を言う。
「……それでは、あと一つだけ」
「まだあるのかよ。また新種の殺人鬼でも見つけたか?」
「そのまさかです。この荒れた大陸で、新たな悪しき才能が芽を出しました」
それは天から与えられた幾つもの才覚を自由気ままに使い、殺戮や蹂躙を繰り返す若き獣の話だった。
彼は飢えた暴獣であり、武術も知らない素人である。それでも不干渉を掲げるシズカでさえも看過できないと、たった一つの例外とした程の男だった。
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カィニー騎士国の東、かつてエルフ族が棲息していたラーゼェアン大森林は、ほぼ半分が三頭公国の領土と化していた。
現地で指揮を取るのは、公国の柱であるギルバート・スリープの切り札である《左将軍》ライドクロス。ボサつく縮れた長い金髪をそのままに、二メートルを超える巨体で戦場を蹂躙する豪傑である。
片刃の大剣を二振りも両手に携え、向かうところは敵なし。多くのエルフを戦車のような巨体で轢き殺すように葬って来た。
そして今も……。
「止めろぉぉぉぉぉぉぉ!!」
重厚な大剣が女性ダークエルフの首を刎ねる。勢い凄まじく、飛んだ首は夜空高く打ち上がり、森の遠くへと落ちていった。
「あ、ああ……ナターシャぁ……」
「あ、すまん! でも魔術の使えないエルフはいらね。売っても大した額にならね」
月夜の陰る大森林で、夜間作戦に臨んでいたエルフを狩って遊ぶライドクロス。残された夫のダークエルフの首も飛ばし、戦果の上がらない熱帯夜に溜め息を吐く。
「抱くにしてもダークエルフは好まんし、今夜は帰るかぁ? こんな森、エルフを捕まえられないなら用はないっちゅうの」
上半身は裸、下半身は短パンという海辺を思わせる装いで戦場に立つライドクロス。
裸体には細かな傷跡があるが、それは今日の戦闘のものだけ。明日になれば持ち前の治癒力で、綺麗に完治しているだろう。
「ライドクロス様っ、拠点に“ニア”が現れました!」
「出たかぁ! 行くぞ行くぞ行くぞ行くぞ行くぞ行くぞ行くぞ行くぞ行くぞ行くぞ行くぞ行くぞ行くぞ行くぞ行くぞ行くぞ行くぞ行くぞ行くぞ行くぞ行くぞ行くぞ行くぞ行くぞ!」
部下の報告を耳にするなり樹木を斬り倒し、一直線で兵士が指差す方向へ駆け出した。初めに現れたダークエルフの部隊。彼等は本命を隠す為の陽動目的で、実情を知らされずにこの作戦を与えられていた。
指示したのは、彼女だ。
「……宜しかったのでしょうか」
「何がでしょう。あなたの発言の意図が分かりません」
ダークエルフの女王“ラルゥ”が、本拠地にて若い側近へ返答した。床に届きそうな白髪に艶やかな褐色の肌色をした黒いドレスの美女が、聖樹の玉座から今夜に命じた冷徹な作戦行動を想う。
かいた汗を側近の少年少女等が拭くままに、何ら構わず思考に没頭していた。
「穢らわしい人間共の仮拠点は今のうちに必ず潰さなければなりません。このラーゼェアン大森林東部にまで攻められてはお終いです」
「エルフの英雄まで遣わせるなんて……」
「助けを求めるのならば、能力ある内は働いてもらいます。元はと言えば、彼等が敗戦したのが原因なのですから」
冷酷にも思える態度で毅然と言い捨てるラルゥに、未熟な少女は腋を拭きながら顔を曇らせた。
ラーゼェアン西部の英雄、ニア。その強弓は幾多の危機をエルフから遠ざけ、数多の難敵を射殺して来た。殺せなかったのは、ライドクロスのみ。
部族が異なるとは言えども、彼をみすみす失うような事があっていいのだろうか。
「ニアちゃぁん!」
耳障りな叫び声よりも先に、木々を薙ぎ倒して森林に響き渡る喧しい移動音で察知していた。大森林の自然とエルフを弄ぶ悪魔がやって来たのだ。
燃え上がる公国軍の仮拠点を前に、緑髪のエルフ……ニアが指示を出す。
「みんなは撤退するように。後は私が受け持とう」
「ニア様……どうかご無事で」
「無論、死ぬつもりはないよ」
年若い青年にしか見えないニアに、敬礼を示した仲間のエルフ達が引き上げる。拠点は猛々しく燃え盛り、公国軍は右往左往するばかり。作戦自体は大成功と言えた。
けれど、元凶が健やかに生き永らえている内は、負けも同然だ。
静かに、激しく憤るニアは、大弓に矢をつがえる。
「死ね、悪魔め……!」
侵略者への憎しみを込めて解き放つ。夜の闇に放たれた矢は、通常の矢よりも三倍近く大きなものである。しかもそれはニアの疾風技により――加速する。
「ホイっ!」
悪魔は巨体を驚くほど身軽に翻らせ、瞬く間に到達した大矢を躱してしまった。
「ぐひゃ!?」
代わりに背後からやって来た兵士の胸元を、丸々と貫通して射殺す事に。
「今晩、俺とどうっ?」
「黙れ……」
一度だけ前転を挟み、勢いも殺さずに駆け続けるライドクロスへと大矢を放ち続ける。一瞬にして森林を突く大矢の連射だが、ライドクロスは片刃の大剣を巧みに扱い、幅広い刃の腹で受け止めてしまう。
そしてニアの元に辿り着くなり、左の大剣を振り下ろした。
「愛の鞭ぃぃ!」
「――」
自身の一振りを半身になって躱したニアに驚くことなく、至近距離で放たれた矢を顔をずらして回避。今度は右手の大剣を横薙ぎに振るう。轟々と背筋も凍る音を立てて凶刃が迫る。
だがニアは動じる事なく、しゃがみながら大剣を凌ぐ。そのまま後方へと跳躍し、回るままに後方にくるくるとジャンプで退いた。
「おふ……そうだよ、これが愛の証だ」
「貴様っ、吐き気がするっ……!」
回避の際に突き刺されていた矢を膝辺りから抜き、ニアへと嗤うライドクロス。巫山戯ていた。エルフを狂うまで慰み者にし、悪戯に殺し、あまつさえ愛玩動物のように売り捌いている悪党に相応しい邪悪な笑みだった。
「俺の愛は熱いよぉ?」
「……! 不味いっ」
「カマン、ファイヤ! カマン!!」
ライドクロスが周りを取り囲んでいた部下へ合図。同時にニアが急加速で全力退避する。ライドクロスがいるにも関わらず、様々な紅蓮技や雷霆技が撒き散らされる。自然破壊も辞さない公国軍により、立ち所に森林の一部は焼かれてしまう。
「いい汗がぁぁぁ!! 流れてるぅぅぅぅぅ!!」
炎雷を浴びるライドクロスの雄叫びと、拠点を焼く炎さえ焼き尽くし、爆ぜては燃える騒音が夜に静まるラーゼェアン大森林の西部に轟いた。
大将軍であるライドクロス。彼は自分の行動に疑問を持つことがない。
齢八つにして村の長が飼う馬の首をへし折り、焼いて食うもその怪物を誰も咎められない。
齢十歳を超える頃には山賊の真似事をして、一人で任務帰りの軍隊を殺してよく遊んだ。
齢十二にもなれば性に興味を持つ。雇われた貴族に用意される男女を抱いては汗を流し、戦場で浴びる血で身を清めた。
齢十八、ライドクロスは人族を抱くことに飽きた。少しの寂寥感で、スランプに陥る。
齢十八、スランプの二日後にエルフの存在を思い出し、ラーゼェアン大森林攻略戦への参戦を勝手に決める。
齢二十歳の誕生日、お気に入りのエルフを抱き殺す。怒りのあまり、眠っていた部下に『何故、止めなかったのか』と説教する。
齢二十一の肌寒いラーゼェアン大森林で、英雄ニアに恋をする。
齢二十二、未だにニアを捕まえられない。ニアを思い、暗殺を仕掛けて来たエルフで代用する。
齢二十三歳、悪鬼の戦振りでラーゼェアン大森林西部をほぼ制圧する。
齢二十四……ダークエルフにイマイチやる気が出ない。今日も攻める気になれずに終わった。大森林の領土を八割、取り返される。
彼はまだ負けを知らない。人類王の使徒達には今のライドクロスでさえ視界には入らず、そのため脅威すらいない。
彼はやりたいようにやり、望むがままに全てを手に入れて来た。ニアを除く全てを。
だがついにライドクロス、起つ。大森林西部奪還東部攻略へ向けて、軍を動かすことを決めた。
「久しぶりにニアに会った。俺、やる気でた」
この言により、大規模な攻略作戦が独自に決定する。その僅か二日後、ラーゼェアン大森林内をライドクラス配下“五将軍”が部隊を率いて、彼に続く。




