15話、二人目の殺人鬼
事件後、訓練生達の安否確認をするも、不幸中の幸いとでも言えばよいのか、全員の生存が確認される。
しかし一方で、聖堂にいた教官達をはじめ、校内では十四名の死亡を確認。
そして襲撃者達は、犯人の思惑を見透かして駆け付けた《烏天狗》により、多くは断罪される。
だが、破格の実力を誇るカイワンと名乗る男は行方不明となっており、目下指名手配中となっていた。現在、厳戒態勢での捜索が行われている。
「……」
「……」
そんな中で、現場へと調査に派遣された騎士達は、それらしき物を発見する。
けれど現場は想像を絶した有様となっており、何が起こったのかは誰にも推測不能であった。
「隕石か……?」
目撃情報などから考えても、周りに散った衣服や肉片から、大きなクレーターの中心にいたのはカイワンと推察できる。
未だに死骸周辺からは煙が立ち昇り、この惨事を引き起こしたものの威力の高さは、十分以上に知れる。
「まさか……偶然、隕石に当たったというのか?」
「そんな事があるだろうか……」
何が起きたのか、それは判明されずに終わる。唯一、考えられる可能性である《烏天狗》は関与を否定しており、時系列から考えても彼女は真実を答えているだろう。
では、その正体は? 自然の猛威か、超現象か、はたまた別の何らかなのか……。想像力の逞しき論者のみが、この話題をいつまでも続けていた。
「……やっと来たか。遅かったな」
唖然とする調査員を本館の屋上から見下ろすジェイクの背後に、影が現れる。
「……報告はしておきます」
♤
騎士学校の地下には、オーフェンや保管を求める所有者が持ち込んだ鋼器、呪具、宝物がある。魔術的封印に加え、人員による二十四時間体勢の警備により、王城に次いで厳重な保管庫とされていた。
そこへ、地上の騒動に乗じて本命である、とある品を回収しようとする人影があった。
「っ、止まれっ! 何者だ!」
「何者かは勘弁してくれ。どっから見ても侵入者だろ? 用が済んだら勝手に出て行く」
両手の人差し指で喉と胸元を穿つ。
上の騒動で人手が極端に減っていたところへ、二人だけ残っていた守衛を歩み様に殺した。
そのまま騎士学校宝物庫への扉を復元した槍で突き破り、こじ開けてから階段を降りる。
「……」
煙を上げる槍の穂先を目にして、封印術式の強さを知る。やはりカイワンではこちらは難しかっただろう。結界破壊の魔槍とは言え、堅固な扉相手では技術が求められる。
埃臭く冷たい空気に纏わりつかれ、己の靴が床を打つ音だけを耳にして降りていく。
やがて宝物庫らしき部屋の前へ到着し、扉を尚更に強く突く。
「――動けば首を刎ねます」
「っ!?」
動きは瞬時に硬直し、戦慄を余儀なくされる。
背後を取ったのが騎士国最強級であるバッハやシーザーであっても、即座に反撃を返せただろう。
だが背後から首元に翳されたのは、刀。それも、この自分が気配の一つも察せず、至近距離まで近付く事を許してしまう。何よりこの凛とした女性の声音。そのような存在など、現在のスクーイトには一人しかいない。
「何でっ、ここに《烏天狗》がッ……」
「王城にいる筈だと? ある人物の助言です。狙いは学校で、生徒達を救った後で宝物庫に行ってみろと」
「……」
烏天狗に助言をしたという謎の人物に、震えが走る。
ここに自分が訪れる事は、カイワン達ですら知らない事だ。《烏天狗》がユーガの息子であるシーザーから離れるという事態も想定外で、完全に失策となってしまった。
「あなたは何者ですか?」
「……」
《烏天狗》の冷徹な問いに、思わず真実を語りかける。神話の一人を背後に冷たい汗は止まらず、考え得る中で最悪の状況に苦慮して止まない。
「……クソっ!」
「愚かなっ」
目にも留まらない速さで槍を振るも、《烏天狗》は槍ごと男を断つ。
「……逃がしましたか。生捕りにしたかったのですが」
初見故に、術式符による逃亡を許してしまう。逃亡用の術式符を密かに幾つも発動され、斬り飛ばした右腕と左脚を残して忽然と姿を消してしまった。
逃がしはしたが、万が一に持ち去られる可能性を考慮して、宝物庫へ入る前に尋問した選択は功を奏したようである。
そしてやっと地面を打つ、半分に寸断された槍と手脚。音に合わせて刀を振り、血を落としてから鞘へと納刀した。
その組織には、少なくとも《烏天狗》から逃げおおせるだけの人材がいるという驚異的な事実が、シーザー達の頭を悩ませることとなる。
♤
騎士学校を去って屋台のウィンナーを食べながら、シズカの報告を受ける。シズカはシーザーへも報告をするという事で、碌に談笑すらできずに去る事になってしまった。
じゃあ報告してから来いよと言いたい。ていうか言ったし、何の為にエロい体でまた現れたのかと怒鳴ったら、『クズがっ。もう口を閉じていなさい』と吐き捨てられたのには納得がいっていない。
「人妻はいいでしょ?」
「駄目に決まっています。許されるわけがない」
おまけに、別れ際に口論となる。以前にも増して強情なシズカに嘆息してしまう。
「人妻はいいんだよ。互いに本命がいるし、遊びでお触りだけなんだから。浮気には絶対にならない」
「なります。お触りも同様に」
「あ、大丈夫だぞ。お触りは握手と同じなんだから。むしろ部位差別になっちゃう」
「何度でも言います。その訳の分からない説明は無意味で、一切が禁止です」
「だから理論で語れやぁ! 説き伏せられるまでは絶対に止めんからな!」
女遊び、特に人妻遊びは俺のもう一つの趣味だ。前だってきちんと相手にも本命の存在を話していたし、浮気と呼ばれる筋合いなどない。
人妻ハントは勝つか負けるかのスポーツであり、日頃から大変な彼女らへの労い。つまりボランティアなのです。
ボランティアは悪いことですか? いいえ、良い行いです。私は人類王として人々の心を豊かにしているのです。
「相変わらずのクズですね。あなたに踏まれている地べたが可哀想でなりません。謝りながら歩きなさい」
「お前がガキみたいに感情でしか語らないからだろっ!」
「付き合っていられない。私はもう戻……」
踵を返したシズカが固まる。何かを思い出したように唐突な動きだった。
「……なんだよ。まだ何かあんのか?」
「大事な報告を忘れていました。あなたを送った後に、地上で見た話です」
「……?」
シズカが目にした一部始終を耳にする。
それは予想外のもので、シズカでなければ完全に虚言の疑いから入るほどの内容だった。
「分かった。そっちは俺が面倒を見る」
「私には手遅れにも見えましたが、可能なら引き戻してください」
「おう」
「それでは、夜に」
俺以外には度の過ぎた優しさを見せる。不本意な報告を終えるとシズカは背を向け、シーザーがいるであろう王城へと目を向ける。
あっという間にシズカの姿がかき消え、俺は腰に手を当て、呆れた心中を吐き出すかの如く溜め息をついた。
屋敷に帰宅後、夕食時には姿が見えなかった事などを問われるも、避難がてらナンパをしていたと言って上手く躱す。
そして、夜も深まった頃……。
「……何してんの?」
「眠れないので待ち伏せをしていました」
メイド服姿のカティアが、俺に割り当てられた部屋の前にいた。風呂上がりの散歩から帰った俺を待ち構え、部屋に入れろと無言で圧力を与えてくる。
「あらぁ……でも俺は今から散歩に行くところだから。じゃあな」
「お付き合いします」
部屋に入れると睡眠時間が無くなると判断。散歩に次ぐ散歩に出かけるも、カティアから追尾される羽目に。
仕方なく、適当に歩かせて疲れさせようかと、再び庭へ出る事にした。
「事件があったっていうのに、まだ不眠なのか? 疲れてないの?」
「ジェイク君の顔を見て寝ようかと。今夜はぐっすりと眠れそうです」
「はぁん。それは良い事だな」
「ジェイク君はどうですか?」
「俺……俺も疲れたから結構すぐに眠れそう」
「それはあのカイワンという不届き者と戦ったからですか?」
「は?」
不穏な発言に振り返ると、真面目な顔をしたカティアが俺を見ていた。
横顔が月に照らされ、真偽を見極めようと俺を見つめている。不遜度七十六パーセントで見下ろされている。
「……何言ってんの? 新手のハラスメントでも始めた?」
「カイワンです。僅かな衣服の切れ端や肉片のみを残して、殺害された模様です。現在、調査中ですが……私はジェイク君が倒したと思っています」
「誰だよ……まったく知らない話なんだけど」
「現場は隕石が落ちたのかと思わせるほど陥没していました」
「じゃあ益々違うな。俺にそんな事できるか?」
「私はできるのではないかと」
戦闘は見られていない。それは確かだ。悪霊を使ったとあって、正体漏洩の危険を加味して注意深く周囲を伺っていた。
しかし確信めいた様子を見せるカティアに、都合が良いのでむしろ問いを返してみる。
「俺がそうだったら、どうすんの?」
「私の旦那様になってください」
「……なんで?」
「あなたが相応しいからです。心から最高の旦那様だと確信しています。世間ならユーガ様が最高の主人だと断言されるでしょう。ですが私はジェイク君です」
「酪農家ですけど……」
「関係ありません。酪農家であろうとお仕えします」
「いや必要無いって言ってんの!」
「それを決めるのはメイドです」
「違うわぁぁ!」
必死に、懸命に、熱心に願い請われる。メイド道だったか、あれだけの熱意があるのだから当然だが、カティアは本気のようだった。
ならば、だからこそ訊ねなければならない。
「ったく……なら今からする質問に、正直に答えてくれ」
「もちろんです」
了承の返事が聞けたところで、わざわざ連れ出した本意を語る。
「どうしてアイクを殺した」
「……」
「一人だけ目撃者がいて、偶然俺に教えてくれた」
シズカが目撃したのは、聖堂からアイクにより強引に連れ去られたカティアが、人けのない物陰に入るなり彼を惨殺する瞬間。
連れ去られる間際にクリスの鋼器を拾い上げ、途中の木々から枝を折り、それをアイクの喉に突き刺したらしい。そして鋼器で着火した焼却炉に放り込んだのだと聞いた。
まだ息のあるアイクが出られないよう蓋を塞ぎ、断末魔を上げて焼け死ぬのを待っていたのだという。
「……」
「安心しろ。捕まえようとかは考えてない。相手はテロリストだし、明らかな正当防衛だ。けど実力差から考えても不可解だろ」
「……」
「それに終始冷静だったってさ。普通は正当防衛でも気が動転する。死体を放棄して逃げる。けど帰ってきてからのお前は完全にいつも通りだった。もしかして、人を殺した事があるのか?」
「ありません。アイクさんが初めてです」
「……どうやって殺した」
「視えたんです。アイクさんの殺し方が」
瞳の光が切り替わる。マナを宿した眼の輝きは星空の如く緩やかに周りながら、カティアへと特殊な能力をもたらした。
「……ここからが重要だ。どうして殺した」
「お答えしますので、先に私の疑問に答えてください」
「そうだ。俺がカイワンって男を殺した」
余計な時間をかけても無駄なので、彼女が求めている答えをくれてやる。
返答を受け取ったカティアは少しの驚きもなく――薄い笑みを浮かべた。天使の如く恐ろしく純真そうで、悪魔の如き酷薄な微笑を湛える。
「やはりそうでしたか……」
「次はお前の番だ」
「……私はお父様に言われて、彼の給仕をした事があるんです」
「それで?」
「だからです」
瞬時に理解した。カティアは、殺人鬼だ。
殺した事になんの後悔もなく、疑問もなく、罪悪感もない。むしろ爽快感すら感じている。
以前に相手していた殺人鬼達からすればヒヨコみたいだが、それでも立派な殺人鬼だ。人として無くしてならないものが、彼女には欠落している。
「紅茶を淹れたり、ワインを注いだり、着席の際に椅子を引いたり、二年前から三回も。彼が主人になるのだと思い、何の疑問も持たずに言われた通り、練習をしていました」
「良い経験になったんじゃないのかよ」
「私はあなたに出会ってしまった」
一つの出会いにより、静かに殺人鬼の素質が開花する。
ただ徒然な帰路の途中に立ち寄っただけのある街で、奇跡的にもその少年と出会ってしまう。彼女にとってそれは、降って湧いた幸運だった。
「ジェイク君は私の理想的な……いえ理想以上の旦那様です。誰にも渡しませんし、私はあなただけのメイドです。他の主人がいていいわけがなく、ジェイク君以外のメイドであっていいわけもありません」
「……だったらもうアイクの給仕をしなければ良かっただけじゃないのか? 融通とかって知ってる?」
「私もそう思っていました。ですが眠れないくらいに気持ち悪く思えてならないのです。仮とは言え、給仕をした他の主人がいた過去が、私にはどうにも耐えられませんでした」
重度のストレスに晒されていたカティアは昨夜までを思い出しているのか、顔色を悪くして恐怖の体験を想起していた。それから重い胸元へ手を添えて深い溜め息を一つ。
「……ジェイク君の仰る通りです。あの日の馬車であなたに出逢えた私は幸せ者です。けれど同時に、アイクさんの存在により夢に黒ずみができたようで、絶望感に纏わりつかれているようで、目の前が真っ暗で、未来が閉ざされたようで、ただただ現状が気持ち悪くて……異常に不快でした」
美しいカティアの微笑は少しも崩れないが、それ故に発言内容との差異が際立つ。
おそらくはカティアの持つメイド道の追求に関して、障害となる存在に対し、カティアは異常な集中力と執着心により、アイク程の格上であっても殺し方を見つけ出してしまう。しかも天眼通の技術として、会得してしまっている。
「お父様から婚約を白紙に戻すと言われた時は、アイクさんをお掃除する機会が遠のきそうで焦りました。ですが天運でしょう。その機会は正当な理由と共に降ってきた」
「……」
そして殺人鬼によく見られる特徴として、殺しを躊躇わない。
「だから、やりました」
「やっちゃったか……お前は今、かなり危険な状態にある。殺人鬼になるか否かの分岐路に立っている。そんで、その足先は殺人鬼への道へ向いているんだ」
「安心してください。もう誰も殺しません」
「いいや、一人を殺したなら次の可能性はある。危険なのはお前の気質だ。給仕をしたから殺すなんて発想は、普通は出てこないんだよ」
「……それではどうしましょうか。どうすればご納得いただけますか? いいえ、旦那様になってくれますか?」
「また殺したくなる時がくる。来なければいいが、きっとくる」
俺は歩み寄り、カティアの胸に刻み込むように瞳を見据えて言う。
「俺に委ねろ。俺の許可無しでは殺せはしない。俺が主人なんだろ? 許し無しでの殺しは、俺のメイドを辞めたって事だ。そんで新しい主人を見つけても、まず俺を殺さなければそいつはお前の主人にはなれない。分かったか?」
「……」
殺人鬼になればこれまで通り俺の手で葬る。
だがまだ若く、無実の人間を殺めたわけでもないカティアはまだ間に合う。可能性としてはかなり低く、シズカもそれを悟っているようだったが、試す価値はある。
「――素晴らしいですね」
「は?」
「それは願ってもない提案です。そうしましょう。別の主人と言われた辺りでお腹を抓りそうになりましたが、快諾されたので全てが帳消し。いえむしろ、天にも昇る心地です」
物静かなカティアにしては珍しく、有頂天で踊り始める。回転してメイド服のスカートをふわりと浮かばせ、一人で静かに感情を爆発させる。月夜に冬の妖精が、幻想的かつ無許可で舞う。
「うぅん……殺せない殺人鬼って一番厄介かも」
「これからよろしくお願いしますね、旦那様」
メイドになるというのに、愛情いっぱいに抱き付かれる。こいつはメイドという職業を完全に履き違えていた。なんなんだ、この殺人鬼。




