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13話、大戦クラス

 騎士の(みやこ)を揺らす轟音。それが悪意ある爆発音である事は、騎士学校にて天へと祈りを捧げる者達も瞬時に理解していた。

 祈りの時刻、その瞬間を狙われたのは明らかだったからだ。


「なにっ!?」

「まさかっ……シーザー王が狙われたのかっ!?」


 普段は仕合や模擬戦で使用される練武場に、騎士学校の殆どの者達が集結していた。無論、祈りの為だ。

 だが、あろう事か“人類王降誕祭”の当日にテロ事件が発生したとあって、今や騒乱を極めている。


「まさか本当にこのような日にっ……! 罰当たりがっ!」

「許せんっ!! 今すぐ我等も駆け付けるべきだ!!」

「落ち着けっ! じ、状況をっ、状況を確認しよう!」


 混迷する者達から様々な怒声が上がり、制止の声もかき消されようとなった矢先に、変化は起こった。


「なんだ……!?」


 巨大な施設を取り囲むように、何らかの結界が構築されていく。(ほの)かに青く発光する壁が()り上がり、あっという間に退路を絶たれて脱出を阻止されてしまう。


「と、閉じ込められたぞっ!」

「落ち着けっ! 教官は出入り口を確認しましょう! 急いで!」


 閉じ込められたと総じて自覚し、血の気の引く思いを()いられる。明らかに敵意を持つ何者かが、騎士学校を襲撃している。

 教官等が対応に急ぐ中、校内のまた別の場所でも問題が発生していた。


 選ばれた各学年の七位生達もまた、事件発生から窮地(きゅうち)に立たされていた。

 彼ら上位生は祈るだけでなく、学内聖堂と呼ばれる小さな建物で人類王ユーガへと、世界の秩序(ちつじょ)を護るべくその力を振るうのだとする誓いを立てていた。


「――やっと出番か……」


 爆発後、程なく一人の教官が唯一ある出口付近へ密かに移動。彼が生み出した転移陣から、嘆息混じりの大男が現れる。

 色黒の男は姿を現すなり、待ち侘びたとばかりに生徒達を見渡した。後から手下らしき者達も転移し、聖堂は瞬時に危機的状況に陥入(おちい)る。


「っ……」

「悪く思わないでくれ。これも俺なりのユーガ様への献身(けんしん)なんだ」


 魔術陣を生み出したのは……アイクだった。よく知る人物の裏切りにカティアが歯を噛み締め、視線を険しくして糾弾(きゅうだん)する。


 だが当の本人は肩を(すく)めて悪びれる様子もない。


「カイワン隊長、組織に相応(ふさわ)しい何人かを選んで連れて行ってくれ。俺の方でも数人は決めてあるが……隊長はどう見る?」

「ああ、一人はもう決めてある」


 カイワンと呼ばれた男は一見しただけで只者ではないと分かる。実際の数値が(にわ)かに不明ながら、二メートルに達しそうなその巨漢は肉厚だった。入れ墨が刻まれた腕は丸太のようで、腹が出ていれども内部に密集する筋肉の重量は計り知れない。

 これでマナ・アーツを放たれたなら、どうなるかは想像も付かない。


「そこのお前、お前は決定だ」

「……」


 カイワン・ドッジは瞬時に四十二名の実力を見抜き、真っ先にクリスを指差した。


 非常時に狼狽(うろた)え、教官へ(すが)る視線を送る者達は論外。

 対してウィンターの者達や数名は、既に身構えている。ここから選ぶべきだろう。


 だがその中でも異彩を放つ者がいた。動じる事もなく、武器(アート)を取る事もせず、冷ややかな目を向ける者がいた。

 まるでどう殺そうか迷っている様子で、体内にマナを巡らせて微かな発光を見せている。


「クリス君、下がっていなさい……」

「ここはカィニー騎士学校だぞ? 貴様ら如きが生徒に触れられると思うな」


 生徒達を(かば)うように三名の教官が立ち塞がる。可視化は勿論のこと次段階である【幻炎】と呼ばれる、炎が揺らめくようなマナ強度を示して並び立つ。


「ふん、腐っても先生様か」

「ああ……退()きたまえ、同僚諸君。現在、他の生徒を練武場ごと爆発術式で囲み、人質(ひとじち)としている。一定時間経過しても連れ帰られない場合、躊躇(ちゅうちょ)なく起爆される予定だ」


 警戒から一転、騒然となる。


「なっ!? い、イカれている!」

「貴様等ぁぁっ……! タダで済むと思うなよっ! ユーガ様の三男であられるシーザー様に弓引くことと覚悟してのことだろうなぁ!」


 激憤に染められた教官の一人が、正十二面体の鋼器を取り出す。マナを込めながら握り潰し、記憶された形状へと変化させた。

 復元させた雷(ほとばし)る手甲で、完璧と思える踏み込みからカイワンの鳩尾に拳を打ち込む。


「全員を速やかに倒せば良いだけの事っ! 【雷霆技三式・瞬雷(ブリッツ)】ッ!」

「さっきのは取り消しだ。ただの雑魚じゃねぇか」

「……はっ?」


 微動だにせず腹直筋のみで拳を受けるも、身体に走った雷もそのままに(くわ)えた煙草を蒸す。


「失せな、お坊ちゃん」

「ヘグッ――!?」


 カイワンの何気ない張り手により、教官の顔面が変形していく。飛ばされる前から、絶命していると容易に想像できた。壁へ激突した時には不気味な肉々しい音を立て、儚く床に落ちる。遅れて飛んだ歯が硬い床を小気味よく打ち、死骸(しがい)と共に転がって終わる。


「……っ」

「き、教官が、ただの張り手で殺されただと……」


 父を知るカティアやリカルドも(おのの)く強さで、虫を潰すように人が殺された。それも精鋭の教官が、一撃で。

 生徒達の多くはカイワンに怯え、もはや命令されたなら受け入れようとさえ考え始めていた。


「ああっと、言わんこっちゃない……あのね、逆らわない方がいい。何故ならカイワン隊長は、ユーガ様の部隊で戦った経歴があるからだ」


 苦笑を見せるアイクから、降伏を決定付ける情報が開示され、否応なしに絶句する。

 《人類王》に率いられる部隊は、当然ながら歴史上でも精鋭中の精鋭。それも大戦時。規格外に抜きん出た実力が無ければ務まらない。


 抵抗は、初めから無意味だった。


「降誕祭で事件を起こすとは、なんて不敬なんだと思ってんだろ? それは違う。お前らはまだ忠誠心ってやつを知らない。何も理解できていない」


 カイワンの教育はこうして始まる。


「ユーガ様に仕えた者達はすべからく、如何(いか)なる命令も身に余る幸福を持って遂行してきた。死ねと命じられれば何も迷わず誰もが死んだ。忠誠こそ喜び。俺達の存在意義は、かの王のみにある」


 カイワンが望むのはあの時代には常識だった不撓不屈(ふとうふくつ)の忠誠心。現代に蔓延(はびこ)る形だけの敬愛や畏敬を正し、前時代の水準を取り戻す。

 まずは――兵隊からだ。


「おら、残りもさっさと選んでやるから来いよ。……そう言えば、ここに残ったガキはどうするつもりだ?」

「練武場の方は生かすけど……ここは悪いが殺すつもりだ。我々の情報をみすみす残すのも馬鹿らしい」


 連れて行かれなければ殺される。それを知った生徒達は、顔面蒼白となって互いの顔を見合わせる。助け合いではなく、選ばれるか否かを周りと自分を見比べて確かめようとし始めている。


「四季貴族関連はどうする」

「……怖さはあるけど、連れて帰れないのなら殺してしまおう。所詮は逃げ腰のシーザーに付いた貴族だ。相容れない関係だとも……彼女以外は」


 粘り気すら感じるアイクの視線はカティアへ固定される。この関係は偽りではなく純愛だとばかりの眼差しで、彼女を見つめて離さない。


「彼女は優秀だからいいだろ、隊長?」

「そうかい。女はともかく、持ち帰る鋼器(アート)が増えるのはいい事だな」


 選抜した数名を連れ帰ろうと歩み出したカイワン。

 何人かは凍らせ、数日分の食肉へ加工しようと内心で凄惨な思惑を燻らせながら……。


「ならさっさと仕事を――っ!?」


 突然に発生した炸裂音が、聖堂を揺るがした。


「……本当に学生か?」

「っ……」


 即座の神足通で不意を打ったクリスに、拳を受け止めたカイワンは驚きに目を開げた。避ける動作が間に合わず、咄嗟に手を使わざるを得なかった。自分をして、それを強制される。

 アイクでさえも間違いなく倒されていただろう。


「タイミングも神足通も前時代のレベルだ。この時代にコレはバケモンだな……だが悪いな、後で遊んでやる」

「っ、カッ……!?」


 受けた手には、久方振りの(しび)れを余儀なくされていた。身震いするほどの宝であり、直々に鍛えればカイワン自身を凌ぐ可能性すらある。

 まともに戦闘を行えば、確実に手間取ると察したカイワンは、初見で避けられないであろう締め技でクリスの首を締めた。


「っ……ぐっ……」

「……落ちたか……周りなんか気にせず鋼器(アート)を使う判断ができていたら、もう一つ褒めてやれたがな」


 マナ強度や神通力の強さから(かんが)みて、マナ・アーツの破壊力も相当なものなのだろう。細かな調節に向かない気質であるのは察していたが、過度な特化型とも言える。割り切れない弱さは矯正(きょうせい)が必要だが、思わぬ収穫となった。


「――!」

「おおっ!」


 残る教官が剣と鞭の鋼器(アート)を手に、クリス奪還をとカイワンに襲いかかる。


「こいつと違って(ねずみ)だな、お前達は……」


 嘲笑うカイワンが鋼器を取り出し、握り潰す。変形して形成されたのは、五指に収まる指輪。懸命に向かって来る教官等へ、戯れるべく“武”を向ける。


「鼠は鍛えても獅子にはなれない、届かない」


 解放したマナ・アーツは、【紅蓮技三式・爀点(かくてん)】。伸ばした人差し指から、獄炎の光線を放った。


「っ……三、式、だと……」

「ぐっ……」


 他心通や天眼通で察知する事も許さず、基礎の派生技のみで教官二人の胸元を撃ち抜き、その向こうの壁や柱を穿(うが)った。


「……! 必中必殺じゃないかっ……」

「さ、下がってっ……! 狙われるっ!」


 決死の覚悟で立ち向かおうとする心をへし折られる。基礎の属性技相当で即死させる程の威力を出し、それも悟らせずに連続して扱える者など、明確に武を極めし証だ。


 カイワンは四季貴族などの一部の者でしか太刀打ちできない達人級と分かる。


「……時間がない。隊長、練武場にいる仲間からの信号が途絶えた。急ごう」

「了解した。既に十四名だけ見込みがある奴等を選んである」

「先に隊長達で他を殺しておこう。俺は転移術式を組む」

「お好きにどうぞ……おい、やるぞ」


 歩み出したカイワンが(あご)を振り、手下へ指示する素振りを見せ、訓練生達へと共に踏み出した。

 選別と殺戮(さつりく)が始まる。今日はカィニー騎士国が始まって以来の残虐非道な事件が起きた日として、歴史に刻まれるだろう。


「っ……」

「……」


 カティアとリカルドが心を決め、鋼器を変形させる。ウィンターの者として如何(いか)なる死地であろうと立ち向かうよう、呪いにも似た訓練の成果が無意識に顔を出していた。


「おい、そこの紅髪」

「……!」


 だがカイワンがクリスの次に指名したのは……アリアだった。指差されたアリアは青褪(あおざ)め、怯える内心を強気な表情に隠す。


「お前には何か感じるものがある」


 これより徹底的な教育と洗脳が、アリア達へと施される。カイワンの命令ならば全てを受け入れ、容貌を駆使した密偵活動から自爆に至るまで躊躇なく実行する真の兵士とされる。


「……っ!」

「さっさと……あん?」


 だがアリアが息を呑み、カイワンが歩み始めてからすぐに、二度目の変化は訪れる。

 歩み出したものの、続く足音もなく気配もないと気付いたのだ。


「どうした、おまえ――」


 不審に思ったカイワンは振り向きざまに垣間(かいま)見る。

 訓練生達は極悪な強さを誇るカイワン越しに、その悲惨(ひさん)な光景を目の当たりにする。


「――!?」


 突然、部下達の頭が破裂し――血の華を咲かせた。


「……」


 深紅の血霧が舞い上がる。生者が屍へと変わり、弾けた頭蓋から血潮の花が咲く。

 驚愕に目を剥くカイワンは不吉な予感に肌が粟立(あわだ)たせ……だが無情にも、頭が整理されるよりも早く、血の雨が降り――小さな悪魔の陰が、彼に這い寄る。


『――よお、デカブツ。あんま図に乗んなよ?』


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