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ミリオン  作者: おこき
~第一幕~
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第6章

メタルフレームに乗りたいというセレネの急な要望があったため、広場への挨拶はまだ、終わっていなかった。

少年少女は商人達が集まる広場へと向かう。


「早く、マリアの飯が食べたいぞ。 まだ、あいさつする家があるのか?」


「まったく、お前は本当にマイペースなやつだな。 来る前、姉ちゃんから握り飯食わせてもらっただろ? サクヤさんからもバケットもらったし、トングのおっさんからもパイナップル、ハイネの悪ガキからチョコレート……おい、お前どんなけ食うんだ?」


先ほど訪れたザラ夫妻から頂いた、リンゴをかじるセレネに詰め寄る。

訪問した先々でセレネは何かを食べていることにリオンは今、気が付いた。

リオンが事情を説明している玄関口でセレネは、物欲しそうに食べ物を見つめる。 記憶喪失かつ身寄りのない少女。

何かを恵んでもらうためには、この上ないステータスだった。


「ふぇるときに、ふぇるだけたぁえる。 おっ」


「ちゃんと飲み込んでから話せ。 それと俺の顔面に物を飛ばすな」


 リオンはリンゴの破片を顔から払い、セレネの頭を鷲掴みにして右に向ける。


「乱暴な奴だな、お前は。 食える時に、食えるだけ食べる。 腹が減るのは、生理現象だ。 排尿と同じだ。 おい、何をする……痛いぞ」


「女の子がそんな下品なことを言っちゃいけません」


 そのまま頭を加圧してみるリオン。小さい子供にしつけをしている気分である。


「文句の多い奴だな。 言い直せば満足なのか? つまり、排便だ」


「違いますよね? さっき排尿って言ってましたよね? 何で、レベルが上がってんだ?それより、出すのと食うのをイコールで結ぶな!  他にあるだろ!  睡眠とか、消化とか……睡眠とかよ!?」


「同じのがあったぞ?」


 何食わぬ顔をしながら、しゃりしゃり、リンゴを食すセレネの頭の上で、リオンの手がプルプル震える。

 悪気はないのだろう。この顔を見ればわかる。 不満そうな顔だ。

 先ほどのメタルフレームの件でセレネを見直したが、その気持ちは無くなり、妙に整い過ぎている顔が恨めしいと思うリオン。


「まぁ、しっかり勉強してからものを言え。私は、逃げも隠れも、隠しもしない!」


「お前に、言われたくねぇよ! 逃げも隠れもしていい。でも、隠せ! 全力で隠せ! お前のことだから、絶対よからぬことになる」


 裸で堂々と村を歩いているセレネを思い浮かべてしまい、鼻から血を噴射するリオンは、近くの柱で自ら頭を打ち付けた。「邪心よ消えよ」と何度か言いながら柱に頭を打つ。

 ふと、視線を上げた所でセレネと目が合った。そして、その胸が奇怪にモゾモゾ動き始め、白い鶏の頭が飛び出した。


「コケ……コッコッコ、コケ」

 

 首を上下させている鶏とも視線が混じる。そんな鶏の頭を押さえつけて胸の中に押し戻そうとするセレネ。


「こ、こらぁ顔を出すんじゃない。 あいつに見つかったら何をされるかわからないぞ。 見ての通りの変質者だ。 あわわわ、そんな所で暴れるな」


「あ、てめぇ、どこから鶏盗んできやがった! どこに鶏隠してやがんだこら! そんなとこに押し込まれたら窒息するだろうがよ! 没収します」


 リオンは、鶏を没収して先ほど訪れたザラ夫妻の家まで戻る。「その子だけは、その子だけはご勘弁を~ぉ情けを下さい~」と腰にしがみつくセレネを引きづりながら、リオンは鶏を返しに行った。


「はぁ……コッコ、必ず迎えに行くからな」


「鶏に変な名前を付けんな。 家にも鶏ぐらいいるからそれで我慢しろって。 何で人様の鶏を胸に詰め込むかね~」


 「白いのが良かったんだ」と、うなだれるセレネ。

 離れて眺めれば、どこかの御息女に見えないこともない容姿をしているくせに、言葉づかいは酷いし、食い意地は大男のカースト並み、おまけに品がない。

 神様が平等に人間を作った証かもしれない。

 この容姿で言葉遣いも、食事量も、品もあれば全国の女性が背徳心に目覚めるに違いない。


(神様、あんたもちゃんと計算して人間作ってんだな)


 リオンは胸の中で、そっと神様を尊敬した。

 セレネの入居に関する挨拶周りは、もう終りに近い。後は、広場にいる商売人達に顔合わせをする程度で、セレネの存在は村全体に知れ渡る。

 すでに、「美人が村に来た」と言う声が出回っているが、直接紹介しないわけにはいかない。

 リオンも最初に比べて、彼女を紹介することが手慣れてきたと実感している。

 村の中心に位置する広場に近づくに連れ、ガヤガヤした声が聞こえ始めた。少し早足になったリオンは突然の衝突に尻もちをつく。

 

「あっ、すいません。 少し急いでたもので……」


 家の角から飛び出た人影は、柔らかで落ち着きのある声で言う。

 ぶつけた頭を押さえながら、リオンへ手を差し伸べていた。リオンのように倒れはしなかったものの、頭に相当な痛みが走っている様子である。


「いて~。 あぁ、大丈夫、大丈夫。 こっちこそ悪い、そっちこそ大丈夫かよ?」


 リオンは、手を引いてもらいながら、人影の顔をようやく見た。

 村では見なれない顔。灰色のターバンを巻き、頬に一本の傷、声からは想像もつかない鋭い眼光。目で人を殺す者がいるならば、彼ではないだろうかどさえ思わされる。


「旅の行商人? この村では見かけない顔……だな」


「いえいえ、行商人なんて大層な者では。 たまたまこの村に来ただけの者ですよ。 ここは、いい村ですね」


 危険な地域を旅をしながら行商をするなら、この鋭い眼光に納得がいくと思ったリオンだったが、違ったようだ。

 ターバンを巻いた少年は笑いながらリオンを見ている。


「まぁな、田舎で何もないけど。 科学か魔術、どっちかでも取り入れればもっと活気づくんだけどな~」


「それは難しいでしょう。 この村は帝国でも共和国でもないのですから、あぁ、名目上は一応、共和国側ですよね?」


「あんた……詳しいね」


「それなりに国政は勉強しているんですよ。 理解していないと僕の仕事はできませんからね」


 リオンは、青年の知識に単純に感心した。

 ウインド村は、特産物もないため帝国と共和国からほとんど野放し状態だった。

ごく最近になって、共和国が“下層階級の人間を救う”という大義名分を掲げて、ウインド村に国旗を刺したのだ。

 文字通り、国旗を刺しただけだった。援助も何もない。長年培った“魔術大国の技術”を教える気などない。

 ただ、橋が欲しいと言えば、橋を作ってくれる。水が欲しいと言えばダムを作ってくれる。この村では到底払えない多額の借金をさせることを条件に。

 そして、この村に軍人がいない最大の理由は、戦争の役に立つような立地ではないからだ。

 守る必要もない、世間から忘れられた土地であり、見捨てられた土地。

 何の利益ももたらさないこの村が、どうなろうと共和国には関係ない。

 そこに村が存在しているだけでいいのだ。

 技術がない村が生存している=保護している共和国のイメージアップ。世間から見れば、ただそれだけのための村だった。

 共和国では、捻じ曲げられた情報しか流されない、忘れられた土地の真相を知っているこの青年は、ただの国民ではないということだろう。


「あぁ、失礼なことでしたよね? すみません」


 青年は黙りこんでいるリオンが、不快な気持になっているのだと思い謝罪する。


「いやいや、失礼でも何でもないさ。 俺たちは十分、幸せだしな」


「幸せ……? そうですか。 羨ましい限りですね……。 あぁ、ところで、狼に気をつけて下さい」


「狼? この辺りの荒野に狼なんていないぜ?」


 リオンは、毎日のように荒野に出ているため、狼がいないことは確かな情報である。


「いるんですよ。 どこにでも現れる狼が……都心では有名ですよ? ”フェンリル”って狼」


 青年は苦笑しながら、「先を急ぐので、それでは」と、背中越しに手を振って去って行った。

 手の甲には、“剣に絡みつく蛇”の刺青があった。


「フェンリルって……」


「おっ、リオン! どこでそんな、かわい子ちゃん見つけてきたんだ? お前も男になったんだな? な? そうだろ? ちょっと見てない間に、大人になりやがって、おっちゃんは嬉しいぞ~。 今日は宴だ! 俺ん家で宴だ~! グレン、見てるか~? リオンがやりやがったぞ~」


 青年と入れ違うように、八百屋のカーストが現れ、リオンに暑苦しいハグをする。


「わっ! おっちゃん! 苦しい、くるしい……くる……ぢっ」


 ただのハグなのに、ゴキッと鈍い音がした。

 広場がざわめく。中には悲鳴をあげている人もいる。

 一般人から見れば、地から足が離れ、振り回されているカーストのハグをヘッドロックと言うのだろう縦横無尽に少年は振り回されている。


「やめなさい、って言うのが……聞こえんのかぁ!」


 妻のナタリが人ごみを蹴散らして、回し蹴りを夫の腹にめり込ませる。

 ナタリの足が生み出した残像に風が流れ込んでいく、この村最強の男の妻、最凶の回し蹴りが放たれたのだ。

 大男が真横に跳んでいる、もはや飛ぶと言った方がいいかもしれない。クジラが空を飛ぶぐらいあり得ない光景。

 そのクジラことカーストは、リオンを抱えたまま飛んだ。そして、露店の間を矢のように通り抜けて藁の山に突っ込んだ。


「ナタリ! 何しやがる! 俺はぁ、リオンにガールフレンドができたって……言うから、なぁ? あ? リオンどうした涎なんて垂らして、腹が減ったのか? そうかそうか、今日は旨い野菜をたくさん持って行ってやるから楽しみにしておけよ!」


 言い終わるや否や、泡を吹いているリオンに一喝入れて、カーストはリオンを肩車した。

 豪腕に抱えられて、花畑を姉と走っている夢を見ている少年は、しばらくして目を覚ました。

 その後、商売人達に事情を説明し、理解を得ることができ、ついに、セレネはこの村の住人となったのだった。

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