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ミリオン  作者: おこき
~第三幕~
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第74章

「リリィ、少し落ち着いたか?」

「……ん、もう大丈夫」


そう答えてくれるリリィ。

一頻り泣いた後、リリィはよそよそと医療キットの整理を終えて、周囲の警戒をしてくれている。

リオンは眠っているセレネの横顔を眺め、彼女に怪我をしていないか再度確認している最中だった。


「やっぱり何とも無い……か」


薄地の衣服は破け、縮れている箇所が目立つ。肌は泥や血で汚れているが傷一つない。

魔女の再生能力は健在ということだ。


「次はリリィの番だ。怪我をみせてくれ」


リリィが落ち着き始めたのを見計らって、彼女の手当てを提案する。


「セレネは大丈夫なの?」

「セレネは気を失ってはいるけど大した怪我はしてなかった。俺を看てくれた時に、セレネも看てくれたんだよな?」

「……うん、一応看た。血とか出てなかったけど、折れてたりするかもしれない」


私は治療とかあまり得意じゃないから、と呟くリリィ。

他人の心配ばかりしている銀髪の少女。

彼女の場合、心配させまいと怪我を隠している可能性もあるためここでしっかりとお互いの状況を確認しておくべきだろう。


「それはリリィにも言えることだろう? 俺は頭と背中がとにかく痛い。それ以外は我慢できる。リリィは痛いところとか無いか?」

「ん……手首がちょっと気になるぐらい。あとはカーニンのコックピットが揺れて色々ぶつけたかも」


頭を擦りながら痛いところを確認しているようだ。

一人乗りのコックピットに無理矢理押し込まれれば、機動の衝撃で身体が跳ね回り怪我もする。

あれだけ月花に破壊されれば内部の衝撃も相当あったことだろう。


「でも、怪我は人より治りやすい。半分はエルフだから」

「治りやすいって言ってもなぁ。傷跡が残らなきゃいいけど」

「別に残ってもいい……」


傷を自分への戒めにしたいのかもしれないが賛成しかねる。


「良くない。年頃の女の子の身体に傷跡が残るなんて」

「私はたくさんの人を傷つけて殺している。自分だけ例外なんて思わない。これぐらいの傷なんて何とも無い」

「俺が嫌なんだよ。怪我した女の子が目の前にいるのに黙って見過ごせるかよ。それに何が起こるかわかんねぇ樹海のど真ん中だ。情けねぇ話だが、今まともに戦えるのはリリィしかいねぇんだ。手当てできるならしておくべきだろ?」

「むぅ……」

「ほれ、ちょっと手を貸せ」


少々強引に応急処置を開始。

結んだ包帯をジーッと眺めているリリィ。

塗り薬を染込ませた布を挟んでいるから居心地が悪いのかもしれない。


「痛むか?」

「ん……痛くない。ただ、手馴れていると思っただけ。私は手当てとか自分にするのも誰かにしてあげるのも下手だから。全部見よう見真似で、リオンみたいに綺麗にできない」


少々不服そうに話す銀髪の少女。

しかし、リオンに施されている手当ては十分なのものであった。

頭に巻かれた包帯を擦りながらリオンは率直な感想を言う。


「リリィがしっかり手当てしてくれたから俺は生きてるんだよ。どんなに綺麗にできようが、必要な時に必要な手当てができなきゃ何の意味も無い」

「それはそうだけど」

「俺のも村でやってたことの見よう見真似だ。って言っても包帯は布で代用だし、薬なんて全然足りてない村だったから、育てた薬草とか使った応急処置がほとんどだったけど」


現にリオンの身体には応急処置のみで済ませてしまった傷跡が色々と残っている。

自分の身体に傷跡がいくら負っても気にならないリオンだが幼少の頃、不注意で姉の腕に怪我を負わせてしまったことがあった。

存外に傷が深く、姉の腕には今も傷跡が残っている。

口には出さないが時折、その痕を見ては悲しい顔をしていた姉の様をリオンは未だに忘れていない。


「薬は貴重……わかってるなら私に使う必要なかったのに」

「さっきも言ったけど、女の子に傷跡が残るのは良くないぞ。まして傷薬があるなら、使わない方が勿体ないだろう」


ポンポンと少女の肩を叩くとリオンは眠っているセレネの側に付いてみる。

服はズタズタで肌や髪に血や泥が付着しているが外傷らしきものは見当たらない。

MFの動力ケーブルを直接身体にねじ込んでいた痕もこの白い肌には何一つ残されていないのだ。

少女の蒼い髪が風で揺れている。

今、彼女の瞼の下には一体誰がいるのか。そして、いつ目覚めるのか。


「なぁ、リリィには斬られても撃たれてもすぐに治る治癒能力はあるか?」

「……リオン、私を何だと思ってる?」

「いや、すまない。治りが早いって言うもんだから、どれだけのものかと……深い意味は無いんだ」


ハーフエルフをとんでも生物だと言われたと、ムッとした顔で見てくる銀髪の少女。

当然の反応だろう。

セレネの治癒能力と関係があるかもしれないと思って配慮に欠けた発言をしてしまった。

少し躊躇ってからリリィは打ち明けるように言った。


「……ちゃんと安静にしておけば骨折とかの軽い怪我なら二~三日で治る」

「そりゃそうだよな……あっ!? 二~三日!?」


思いのほか規格外だった。

息を飲むリオン。

骨折は軽い怪我ではない。

街ならば行き届いた物資と技術で軽傷の部類になる場合もあるだろうが、リオンの故郷のような村では十分な手当てができず後遺症が残る場合もある。

身体が資本で半分自給自足のような社会、身体機能を失うことは生きる術を一つ失うことを意味する。

彼女の回復目安が本当なら、治療の必要がないと言っていた意味もわかる。

リオンの驚いた反応を見ていた銀髪の少女は目を伏せた。


「私は……人間じゃない」

「人間じゃない、か」


どこかの蒼髪が言っていた腹の立つフレーズだ。

リオンからすれば怪我が速く治る分には良い事だと思うのだが、リリィにとっては長い耳と同じく、あまり触れて欲しくない部分なのかもしれない。

魔力量も多く治癒能力も高い。

完全に人間の上位種だ。

しかし、そんな優れた……恵まれたといっても過言ではない能力を持っていてもリリィの表情には影が見える。

“人間じゃない”その言葉が脳裏に残った。


「人間じゃないヤツが人間のために必死に戦ったり守ったりなんてできねぇよ」

「そ、それは義賊で私が一番強かったし、ジェノスに皆を任されていたから……」


ただ強いから、任されたからでできる程少女がやってきたことは簡単なことではない。

そうやって自分に理由を付けて心に線引きをしてきたのだろう。

彼女が命を懸けて死力を尽くす理由なんて決まっている。


「俺には種族とか亜人とかよくわかんねぇけど、どんな人間よりもリリィが良いヤツだってことぐらいわかるつもりだ」

「……っ」

「大切な人のために一緒に戦えるならそれは“ただの人間”じゃない、仲間だ。仲間なら人間とかエルフとかにこだわる必要なんてねぇと俺は思うぞ」


瞬きも返事もせずにきょとんとリオンを見ているリリィ。

幼顔だが、間違いなく美人になる顔立ちをしているリリィに見つめられると視線を合わせいられない。


「な、なんだよ。どうしたんだ?」

「ん、それはこっちの台詞。本当にリオン?」

「おい待て、俺ってどんな印象なんだよ」

「ただの……へんた――」

「わかった! 言わなくていい。何となくわかったから」


後ずさりして胸元を隠されれば、流石に何を言いたいのかぐらいわかる。

不可抗力とはいえ、リリィの控えめな胸をおもいっきり押しつぶしたことを根に持っているのは確実だ。

そう……昼のできごとだ。

あの時、ジェノス達義賊に匿ってもらって、成り行きでやってきた村でこんなことになるなんて思いもしなかった

たった一晩。たった一晩で沢山の命が鉄に引き千切られた。

ウインド村と同じように。


「お喋りはこの辺りまで。今は樹海を出ることを考えないと……後のことはそれから」


パンパンと身体の土を払って行動を開始する少女は、再び周囲の状況を確認し始めた。

銀髪の少女はやはり強い。

大切な仲間を一夜で失い、樹海で遭難しているというのに、次のことを考えるまでに冷静さを取り戻している。

それはハーフエルフだから強いわけではないだろう。

涙する彼女を目の当たりにした今ならわかる。

リリィという少女は涙する度に強くあろうとしてきたから強いのだ。

彼女にならばセレネのこと……魔女のことを相談してもいいのかもしれない。

それに……月花に殺されかけたリリィには説明しておく必要もある。


「なぁ……リリィ。セレネのことなんだけど」


少女の長い耳がピンと張り詰めた。


「リオン、敵!!」


新緑の瞳の先には黒い影。

リオンと眠っているセレネの側にいつの間にか不気味な闇が立っている。

――殺される――

緊張と恐怖で血が猛スピードで体内を巡ったせいか頭の傷が響く。


「くっそぉぉ!!」

『……身を守るよりもそっちか』


セレネを庇うため咄嗟に彼女の傍まで身体を転がり込ませたリオン。

傷口が確実に開いたと悟る。生暖かい血液が巡り、頭が脈打っているのがわかるのだ。

影が何か言っているが目の前がクラクラし始めてきた。

落ち着け。ここで膝を付けば誰がセレネを守る。

だが、虚勢だけでどうこうできる相手ではないだろう。体格と声から察するに若い男。武器はない。

今は逃げることだけを考える。


「音どころか殺気も気配も感じなかった……貴方は敵?」

『おもしろい。さっきは敵だと叫んでいた相手に、敵かどうかの確認をするのか』

「本当に敵なら私達はもう殺されている」


確かにその通りだ。

負傷者二人と意識を失っているのが一人。

気配も殺気も感じさせず目の前に現れることができるなら、リオン達は死んでいなければおかしい。

言いながらも臨戦態勢を崩さないリリィだが、黒い影は微動だにしない。


「義賊の侍姫というのは伊達ではなかったか」

「俺達を殺しにきたんじゃないとすれば、アンタの目的はなんだ」


セレネの身体を抱き上げてリリィの側まで慎重に下がるリオン。

警戒しながら後ずさりするが、男にとって十分過ぎる隙をただ眼で追うだけで見逃してくれている。

男に敵意が無いのは間違いなさそうだ。


「簡単なことだ。オレを近くの村か街までそのMFで運んでくれればいい」

「はっ!?」


街道で立ち往生をしている商人でもあるまい。

この男はこの迷宮とも呼べる樹海から抜け出すだけでなく、近くの村か街まで送れと言うのだ。

非常識極まりない要求に少年と少女は固まってしまう。

この現実味の無い、話の脈略をぶった切る話し方はセレネを彷彿させる。


「アンタ、ここを真昼間の街道か何かと思ってないか?」

「……どこをどう見ても夜の樹海だが?」

「なぁ。なんで今、俺が馬鹿にされてるんだ」


ハッと鼻を鳴らす男が両手をやれやれと挙げている。

リリィに助けを求めるように視線を送るが、少女は気にもかけず男を睨みつけていた。


「まず、この非常時に得体の知れない貴方を信用できない。それに私達も樹海を抜け出す手段を探しているところ」

「非常時だからこそ使えるモノは使うべきだ。そして、お前はこの樹海の抜け方を知っている。いや、視えるはずだ。森のことは森の住人に尋ねるのが一番早い」


その言葉に敵意を剥き出しにするリリィ。

森の住人とは童話や伝説におけるエルフの別称。

リリィは自身にエルフの血が流れていることを隠してきたはずなのに。

長い耳を両手で隠しながら男を睨む少女。


「どうして私のことを」

「かつてエルフの森だった場所にエルフの特徴を持った人物がいれば、疑ってもみたくなる。まぁ……今となっては、どこにもエルフはいなかったが」


皮肉めいた口調。

この男はエルフと出会ったことがあるとでもいうのか。

亜人という存在をさも当然のように扱っている。

男は手を翻して二人に座れと合図を送り、そのまま冷たい土へ腰を下ろした。

相手が座ることで警戒を少し緩めたリオンとリリィだが、まだ一歩も動けないまま突っ立ている。


「アンタ、エルフに会ったことでもあるのか?」

「昔、知り合いがいた。長い耳に新緑の髪と瞳。エルフに共通する特徴だ。森は彼らの庭であり魔術結界だ。素人が結界破りをするより同族の者に道を作ってもらった方がいい」


コイツには敵わない。立ち振る舞いからしてもこういった状況に慣れている様子だ。

純粋な力だけでなく、知識も経験も相手の方が遥かに上である。


「私はエルフじゃない。半分は人間の血が流れている。だからそんな力は無い」

「なるほど。確かに金髪はいたが銀髪のエルフは見たことがなかった。そういう事情か」

「……誰にも言わないでくれればそれでいい」


リリィの髪を見やり「すまない」と素直に謝罪をする男。

彼女の髪は雪のような白、光が差し込めば銀とも呼べる髪色をしている。

ハーフエルフであることも彼になら自ずとバレてしまうと察したのか、彼に隠すつもりはないようだ。


「俺達を殺す気がないなら、そっちの顔ぐらいみせてくれてもいいんじゃねぇか? 名前も聞いてねぇし」

「顔なら既に見られている……」


と言いつつ黒いローブのフードを脱ぎ去る男。

暗闇から出てくるその顔に二人は衝撃以外受けるものはなかった。


「貴方はアルダインに怪我の治療をしてもらっていた――」


死にかけていた男。

村の主チョベリーに同じ臭いがすると言われていた男。

白髪に充血した赤い眼、アルダイン以上にくたびれた――いや、世界に絶望したかのような顔立ちの男。


「名は……そうだな。あまり気に入ってはいないが、便宜上ゼロとでも呼んでくれ」

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