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ミリオン  作者: おこき
~第三幕~
72/76

第70章

 何度も木に衝突しながら、何度も足を絡ませながら、必死にカーニン・マルカスは走った。

 夜の樹海がこんなにも暗く、不安を煽る場所とは思ってもいなかった。

 木陰から凶器を持った賊がいきなり襲いかかってくるのではないか。すでに野蛮人に囲まれていて力尽きるのを待っているのではないか、木と木の隙間に目が見える、ずっと誰かに見られている! そんな疑心暗鬼がカーニンの心を犯していった。

 振り返るな、振り返ってはいけない。

 振り返ればあの蒼い機体が大木を粉砕しながら殺しにやってくる。

 あの少女の笑い声が脳裏に、兵士の絶叫が耳の中でこだましている。故に何か叫んで誤魔化さなければこの静まり返った夜の樹海では不安でたまらない。


「あぁぁあ!! 誰かぁあ!! おらんのかぁ!! がぁっ……ぐぅっ、許さん。ここを抜けて基地に戻ったら部隊を集め……討伐してやるぅ。賊め、賊めがぁあぁあ」


 ほぼ無傷で“戦争のハイエナ”を討伐した偉大な戦果。

 亜人調査隊へ参列する口実にできるエルフ。

 それら全てをあの一機が奪い去った。

 単機相手にサウザンド部隊を潰されるなど平和となった現代ではあってはならないことだ。そんな失態をしておきながら手ぶらで帰るわけにもいかない。

 せめて“戦争のハイエナ”の頭領を討ち取った証拠を、なんでもいい首でも機体エンブレムでも持ち帰らなければ立つ瀬が無くなる。

 こんなことならば先にジェノスの死体を回収しておくべきだった。義賊を殲滅した後にゆっくりなどと考えていなければ。


「よぉ! 曹長殿じゃねぇか、そんなに慌ててどこへ?」

「な! な、何者だ!!」


 まるで街で旧友に出くわしたような軽い口ぶりで、樹海の闇に浮かぶ不気味に輝く金色の右眼が近づいてくる。

 木を掻き分けて姿を現したのはカーニンの知る男だった。


「オレだよ、オレ。アンタの護衛兼道案内人を任されたイダデルよ。探す手間が省けてよかったぜ」

「き……き、貴様ぁ!! どうして援護射撃が途絶えた! 貴様に与えた命令を忘れたのかぁ!」

「まぁ、そうカッカしなさんな。状況は大方わかってるつもりだ。逃げるにしても反撃するにしてもMFは必要だ。そうだろう? とにかく、さっさとそれに乗りな、話はそれからだ」


 木にもたれかかっている男に指差される機体はサウザンド。

 予備機など持ってきた覚えなど無い

 しかし、そんな疑念は後回しだ。凶悪な賊がはびこるこの樹海に生身でいることがどれほど不安で危険なのかカーニンは思い知った。魔術が使えようともこれだけの闇では標的を捕捉する前に殺されてしまう。

 この際、罪人だろうが何であろうが安全地帯を確保してくれるのならばいい。

 重い足を無理矢理動かしてイダデルの用意したMFに乗り込むカーニン。

 深々と固いシートに腰掛け、短い足をフットペダルに添え、操縦桿を握った。

 コックピットがこんなにも落ち着くなんて。守られている。この中にいれば安全だ。賊だろうがなんだろうがこの鉄の壁が全て守ってくれる。

 魔力を通し、システムを起動。

 画面には赤い文字でカウントダウンが表示。

 起動まで残り十秒程。


「ふ、ふふふ。ぶひゃぶひゃゃ!! よくやったイダデル! 任務では全くの役立たずだったが、このカーニンを助けた功績必ず評価してやるぞ」

「任務? あぁ“樹海にいるMFを一機残らず破壊すること”か? だからよぉ、こうやって約束通り――ぶっ壊すわけよ」

「――ひっ?」


 画面のカウントがゼロへ。

 コックピットが優しい光で包まれ、カーニンの身体をもその温かい光が包み込む――否、融解していく。


 共和国軍曹長カーニン・マルカス――作戦行動中行方不明(MIA)

 名門魔術家出身の軍人でさえ帰還しなかったという知らせは砂漠の樹海を“不帰の森”“魔女の樹海”などと正式に後の世へ名を知らしめた。



◇◇◇



 イダデルは木陰から身震いしながら声を荒げる。


「いや~~ハッピーだねぇ!! キレイに吹っ飛びやがったぜぇ!! 一か八かの大勝負だったがまさか、こんなにあっさり術者を殺せるとはなぁ、飛んで火にいる夏の豚ってか?」


 ひとしきり笑い終えるとイダデルは気持ちを切り替えるように首輪を叩き、次の標的が待つ樹海へ視線を送る。


「はぁ~ぁっと、前祝いはこの辺にしておこうか。後はこのクソ面倒な任務とやらを終わらせて首輪の様子を見るとするか」


 囚人に課せられる首輪は術者への危害を一切禁止する。

 だが、機体が爆散するような事故(・・)に巻き込まれて死んでしまえば話は別だった。

 一度起動すれば術者が死んでも効果は継続する呪術の特性上、カーニンに与えられた命令をやり遂げるしかイダデルに道はない。

 追加や変更、問答無用の処刑を行う術者がいないため、“樹海にいるMFを一機残らず破壊すること”を完遂すればイダデルの首輪は次の指示があるまでただの首輪に戻るというわけだ。

 自身の特殊な眼を使えば樹海の迷宮など取るに足らない、時間の猶予が与えられたイダデルは首輪が外れるまでMFを破壊すれば自由となる。


「まぁとりあえず、首輪が外れるまで手当たり次第MF破壊しまくるとするか。あ……?」


 ボサボサの無償髭を掻き毟りながら兵士から奪い取った軍仕様サウザンドへと足を運ぶイダデル。

 しかし、首を鳴らした時に男は違和感に気が付いた。


「なんだぃ? 豚野郎があの爆発で焼き豚になっただけ……ってことはねぇよな?」


 木端微塵に吹き飛んでだカーニン曹長が生きているはずはない。

 しかし、そうとしか考えようのない現象が起こっている。

 任務を達成していないというのに、首輪の同化が解除されたのだ。


「あんな豚と一緒にしないで欲しいね。彼女はもっと上等なモノだよ。まぁ、僕の魔力を喰わないと生きていけない……家畜みたいな点では同じだけどさぁ?」


 イダデル機の足元から待ち構えていたように影が姿を現す。ローブの下に隠されていたのは幼さの残る短髪の少年の顔だった。頬に傷が一本あるがなかなかに整った顔立ちである。

 その背後に紅い長髪の少女が付き添っている。

 掌から魔術光が出ていることから判断するにどうやら少女が新しい術者のようだ。

 しかし、イダデルにとって今やそんなことはどうだっていい。この目の前にいる物体が一体何なのか、彼の右眼は捉えていたのだから。


「一応聞いてやる……てめぇら、人間か? 特にその後ろの嬢ちゃん、いろいろ(・・・・)異常だぜ?」

「へぇ、見ただけでわかるなんて、噂は本当なんだ。君は合格だよ、イダデル」


 表面上は何の異常も見受けられない少年少女。しかし、右眼を通して暴かれる彼らの中身が異常であった。

 土を踏みしめ警戒を解かない囚人へ資料をめくりながら少年が歩み寄ってくる。

 足音を追うように紙をめくる音が続き、資料が読み上げられていく。


「金を積めば何でもやる。冷酷無慈悲な雇われ兵士……狙撃の腕は一流、化物染みたそのMFの操縦技術を評して付けられた名前は“魔弾のイダデル”」

「そりゃ傭兵だった時の話だ。戦争中は的が多いから数撃ちゃ当たんだよ。それにオレは“鷹の眼”の方が気に入ってんだ。その紙っぺら修正しといてくれ。まぁ、今となりゃ“死刑囚のイダデル”だが」


 観念したように掌を肩の高さまで上げる死刑囚。

 死刑囚のリストを所持しているということは軍が送り付けた人物であろう。

 煮るなり焼くなり好きにしろといったイダデルの態度を観て、少年は上機嫌で歩みよりすれ違いざまに呟く。


「狙撃の腕は敵国だった帝国の人間ですら少し調べればわかることだよ。でも、僕が気になるのは君の右眼。魔力の流れを視認するだけでなく、簡単なものなら術式までそのまま写し取ることが可能と……その眼、なかなか使い込んでいるようだね」


 その発言に反応を隠せないイダデル。

 それも当然だ。「異端の眼を持つ物」とは記載されていたとしても、その力の応用――術式の転写――を知っている人物はごく限られているはずだ。


「人前で披露しないのは魔女狩りを恐れたからかな。どこの誰が嫉妬や妬みで君を陥れるとも限らない。魔眼は貴重だからね、手に入れようと群がる蛆虫が湧いて出てきてもおかしくない代物だ。群れを嫌いその日限りの傭兵稼業を営んでいたのは魔眼が理由だ、違う?」


 何も返してこないイダデルの周囲を周りながら問い詰めていく少年。


「おかしいと思わない? 他の連中より優れた力があるのに、どうしてそれを隠して生きていかなければいけないのか。一歩も二歩も進んだ才能を見せれば、周囲の人間がそれを潰しにかかる。僕は異端と呼ばれた本当に力のある人物を集めているんだ。君もその一人にならない?」

「異端者ばかり集めて何をおっぱじめようってんだ? 十字架に吊られてキャンプファイヤーでもするか? それともオレは留置所じゃなくて研究所にお引越しか? ハハッ!」


 共和国の急激な発展の裏には非人道的な研究があってこそだ。本来魔術とはそういったものであるのだから、魔術国家の闇が深いわけがない。

 皮肉を言うイダデルに構うことなく少年は続けた。


「火炙りも悪くないけど、炙るのは僕らの方さ。何の力もないただの人間は炭になればいいんだ。力の強いやつが弱いやつをどう扱おうが誰も文句を言わない、それがこの世界のルールだよ? それがどうして力のある選ばれた者達が人間なんかに殺されなければいけないのか。ほら、これってルール違反だよ? 人間は異端者を殺す。僕は違反者を殺す。バランスが取れていいと思わない?」


 おどけながら話す少年の目には恐ろしいことに迷いが無い。歪みきった思想を歪みない瞳で語るのだ。

 ゆっくりと首を回しながらただ聞いているイダデル。

 肩を数回鳴らした後、呑気に伸びをしてようやく口を開いた。


「ご高説は終わりかい? ありがとさんよ。アンタがどう思ってんのか知らねぇが、オレが仲間を作らなかった理由はもっと単純だ――オレの取り分が減る、それだけだ。単独で可能な狙撃は仲間を雇わなくていい分、割が良かったって話だな。良い値で買ってくれる大将がいるなら報酬分は働かせてもらう。死刑囚のイダデルとしてではなく……傭兵のイダデルとしてな」

「ヘリオス」


 唐突に少年は控えている少女の名を呼ぶ。

 すると紅髪の少女が手を一振り。イダデルの首輪が開錠され地に落ちた。


「へぇ、器用なもんだ。てっきりオレの首ごと落とされると思ってたんだがな。嬢ちゃん、ついでにこの髭も剃ってくれよ」

「止めといた方が身のためだよ。彼女は話をすり替える悪賢いやつだからさ、髭を剃れと言えば下顎全部そぎ落とすハメになる。でも、僕の仲間になるならなおさらそれぐらいの度胸は欲しいね。その首輪はとりあえず前払い、一緒に来るならこの新しい玩具をプレゼントするよ」


 ヘリオスの背後に鎮座している巨大な黒い影、顎を撫でながらまじまじと見上げるイダデルは思わず声を失った。


「ほぉ……今度の雇い主は景気がいいねぇ、個人でこんな機体をオーバーホールできるとは穏やかじゃねぇな」

「個人じゃないさ。組織名は魔女の夜宴(サバト)……それだけ言えばわかるだろう?」

「大将みたいなロクでもねぇやつがまだいるってのかい。ロクでもねぇオレが所属すべき、ロクでもねぇ集団であることは確かだ」


 金色に輝く魔眼に魔力を注ぎニタリと笑うその男の横顔は囚人ではなく、もはや傭兵だ。

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