第5章
「はぁ、メタルフレームに乗りたい?」
村で四機しかない“ハンドレット”を保有しているトングの家へ、リオンはいきなり申し出た。
「おっちゃん、頼むよ!」
「頼もう!」
リオンが両手を合わせるのをセレネも真似しながら続く。
「いや、別にダメじゃねぇよ? リオンならいつもの通り乗ってくれ、と言いたい所だが、その嬢ちゃんが乗れるのか、俺は心配してるだけだ。 素人にゃ乗れねぇって、リオンが一番よくわかってんだろ?」
家主・トングが困った顔をしながら、家の奥に顔をやる。
「別にいいじゃないのさ。 最近の若い子は、みんなアレに乗ってんだろ? それに、毎日メンテナンスしにきてくれるリオンのお願いだよ?」
部屋の奥から大きなお腹をしたトングの妻・イロがゆっくり玄関に向かってくる。
「イロ、あんま動くんじゃねぇ! 腹の子に障る! わかった。 そんかわり、リオン。ちゃんと面倒看てやれよ? 女の子に怪我させたら許さねぇからな」
トングはもうすぐ生まれる子が女の子なため、やたらと女の子の扱いにうるさい。
「それより、その嬢ちゃん……どっかで見たことがあるんだよな~」
「本当かよ? おっちゃん! どこで、どこで!?」
頭を抱えて記憶を巡らせるトング。
「あ!!」
「どこで見たんだ?」
「忘れた……」
「おい! ボケるには早いぜ~おっちゃん」
肩の力が抜けて、リオンは玄関に座り込んだ。
「いや~、まぁ、忘れるってこたぁ。 それぐれぇの付き合いだった。 ってことだな」
「そ~だよ。 家の人が、こんな可愛いお嬢さんとお近づきになれるわけがないでしょ?」
トングが手を打ち笑う、その横でイロがリオンに耳打ちをする。
「俺だって若い頃はなぁ」と夫婦の痴話喧嘩が始まるのを確認し、リオンは裏庭へ向かう。
「ともかくサンキュー、おっちゃん。 お礼に今日は念入りにメンテしといてやるよ!」
「あ、ってことは……いつもは手抜きだったってことか~?」
リオンはトングの皮肉を「いつも一二〇%の仕上がりだって」と気軽に返し、駆けて行った。
◇
「どうしていきなり、メタルフレームに乗りたくなったんだ?」
「わからん」
リオンは事の発端であるセレネに尋ねた。
「だが、乗れば何か思い出しそうなんだ。 私はメタルフレームだったと思うから」
「はぁ……メタルフレームね」
メタルフレーム乗りの間で、最高の乗り手は“メタルフレームになった”と極端な比喩表現をすることが暫しある。
自分の意のままに操れている時、魔科学兵器が体の一部となっている錯覚を感じるのだ。リオンは、セレネも一流のメタルフレーム乗りだったのかと推測する。
頭は覚えていなくとも、体が覚えていることはあるだろう。そこから、セレネの記憶を少しでも取り戻せるかもしれない。
そのようにリオンは目論んでいた。
「どうだ~? 乗り心地は~? 最高だろ~」
家の窓からトングが叫び声をあげている。
「まだ、起動もしてねぇよ~! おっちゃん、気が早過ぎだって~の!」
リオンは叫び返す。何故か、トングは満足げにうなずいて、親指を前に突き出して笑っている。
……完全に意思疎通ができていない。
「どうだ? 何か思い出したか?」
「メタルフレームが好きな女の子なんて、また良い子を拾って来たな~!」
トングの声を無視して、リオンは目を瞑ったままの少女に問いかける
「違う……これじゃない」
コックピットに深々と座ったままセレネは目を開けた。
「違うって? 何が? 正真正銘のメタルフレームだぞ? しかも、ハンドレット!」
「うん、でも……違う。 こいつは成長しきっている。 もう、育たない」
セレネの言葉に首を傾げるリオン。
成長も何も、メタルフレームは身長が伸びたり、筋肉が付いたりしない。あくまでも機械だ。
「お前、さっきから様子がおかしいぞ? 何かあったのか?」
気遣うリオンに、少女は答えない。
少女自身も自分のことがわからないため、どうしたいのかわからないのだ。
「わからない。 ただ……」
「ただ?」
セレネは、一呼吸してから続ける。
「こいつは、凄く、お前のことが好きのようだ」
セレネは母が子を寝かしつかせるように、ハンドレットのコックピットを撫でた。
その後、ハンドレットを所有している残り3件の家に行き、同じようにセレネをコックピットに乗せたが、結果は変わらず。
「こいつは、お前が私を連れてきたことに焼きもちを焼いている」や「しばらく、手抜きでメンテナンスをしたことを根に持っているぞ?」など、メタルフレームの感情を読み取ったかのような言葉を残していた。
リオンも雑な整備状態を見て、メタルフレームが怒っているだろうと思うことはあるが、セレネのように、コックピットに座っただけで判断するのは難しい。
彼女の当てずっぽうという可能性もあるが、彼女がコックピットに入ってから伝わってくる“メタルフレームが安心している”雰囲気を感じ、リオンは言葉にできない愉快な気持ちになった。




