第67章
『目標――撃墜完了。二機のMFが大破、内一人は戦死……曹長、リチャード機は自分が回収していきます』
「貴様に……任せる」
やりきれないという口調の兵士に対してカーニンは落胆の色を見せていた。
『曹長……? お気を確かに。あれは奇襲です……こうやって仇も取れました。リチャードも少しは報われたでしょう』
頭を抱えてわなわなと震えている部隊指揮官を気遣って兵士が通信を続けていた。
すると、カーニンは兵士の表情画面を拳で殴りつけて叫ぶ。
「小生意気なただの子どもにこうもやられるとは……マルカス家の恥だ……一生の恥だ!! 貴様達は一体何のために訓練をしている!? 金を貰って訓練を受けてこの有様とは何たる体たらく!! 特に一番機の貴様はシュナイゼル大尉から送られてきた精鋭と聞いていたのにだ!!」
ぜいぜいと戦闘をしていた時よりも汗を撒き散らしながら狂ったように喚き散らさすカーニン曹長。
兵士達も予想外の暴言に言葉を失っている。まさか命を張って戦った部下に労りの言葉ではなく怒りを投げつけてくるとは誰も思うまい。まして戦友が一人死んでいる。
部隊指揮官という名目上、基地に戻れば責任を取らされる。
しかし希少生物“エルフ”を保護し、義賊“戦争のハイエナ”の頭領を討伐したとなると話は別だ。
たった二機の損害で世間を騒がせていたテロリストを壊滅させたとして街だけでなく近隣の農村でさえカーニン・マルカスの名前と顔を知ることになるだろう。
功績を上げたカーニン・マルカスが戦慄く要因ただ一つ。
「あんな子供に……ッ! 我が部隊が! 難民の分際で!!」
屈辱。
ただその二文字が脳裏に張り付いて離れない。
狭いコックピットで暴れる巨大な肉塊の暴力を身体を丸めながら耐えるリリィ。一抹の望みすら無くなり新緑の瞳から色が失せている。これからの末路を考えるだけの能力はあるようだ。怒りの中でますますこのエルフのことを気に入るカーニン。
リオンの渾身の抵抗はカーニンからすれば最下層の難民に泥を塗られたようなものなのだ。
世間を騒がせている賊を悠々と討伐し自身を南方へ追いやった連中を次は南方送りにしてやると意気込んで樹海に入ったはいいが、この有様ではまた南方へ送り返される。
中央と違い弛んだ兵士、粗末な兵器、不便極まりない荒野、おまけに飯は不味い。
孤児院から優秀な軍人が何名か出たことで評価は持ち直したがこんなところに駐屯させ続けられてどうやって功績を上げろと言うのだ。出世の道は頓挫したも同然だった。
そんな中、千載一遇のチャンスを運んできたのは弟・ハンスタ少尉を殺されたシュナイゼル大尉だった。
弟の仇を討ちたいと最新鋭の装備と優秀な駒を手土産に基地まで訪問したとなるとカーニンとて無下にはできない。
一番機の兵士はまるで役に立たない。中央の普通の兵士、直に部隊長候補といったレベルだ。それに特殊な眼を持つイダデルは樹海の道案内には役立ったが先程から援護射撃がからっきしだ。
シュナイゼルめ、出し惜しみしおったな。
「身内の仇を前にすれば冷静な判断が下せない」と討伐任務から外されたと悔やんでいたが、あの男はそんな柄じゃない。骨の髄まで人を利用し名を上げてきた南方送りの中でもクズの中のクズ、それがカーニンの認識だった。
表面の良さのせいで南方送りでなく、貧困と戦う南方を志願した慈悲深い人間と国民から親しまれているが、時折り見せる人を見下したあの瞳を前にして同じことが言えるのか国民に問うてみたいものだ。
このカーニン・マルカスを利用しようなど十年早い。
しかし、油断していたらただの子どもに部下を殺されたなど名門出身のカーニンは口が裂けても他言できまい。特にシュナイゼル大尉に弱みになる情報は例えどんな些細なことでも知られるのはマズイ。
戦わずして異例の出世を成し遂げた若造だ。喧嘩っ早い弟と違い兄のシュナイゼルは無駄を嫌う。
苦戦を強いられなんとか賊を討伐できたと報告しようにも、カーニン機はおろか他の機体は無傷も同然。今から意図的に被弾させ激戦を模したとしても部隊の損害はカーニンの株を下げるだけ。
上が評価するのは結果。結果が全てだ。
――ただの子どもが乗っていたという事実を消す必要がある――
シュナイゼルの息がかかった一番機は戦死させなければ。
『曹長……』
通信先の部下の声は明らかに震えていた。
戦闘の余韻でまだ興奮状態が覚めていないとでもいうのか。半端な訓練しかしてこなかった南方軍人はこれだから困るとうものだ。今はそんな戯言に構っている場合ではない。
大破した機体からコックピットにいる子供を引きずり出すよう一番機に命令し背後から撃つ。
敵機体がまだ生きていたとでも言えばどうとでもなる。
自分の部下は……金で何とでも証言させることができる。
『そ、曹長!』
「うるさい! まだ何かあるというのか! だいたい貴様たちが――」
『敵機……まだ動きます』
「なに!?」
蒼き甲冑を纏った騎士が下げた頭を重たげに敵へと向ける。
傷だらけの装甲、穴だらけの肢体、ナイフが刺さったままの両腕。
損傷による稼働不備でギギギッと首をぎこちなく動かすその様は不気味以外の何でもない。
全身の機械靭帯が軋みを上げ、魔力機関クリフォト・ドライブが活動を再開。
ゆっくりと人間のように柔軟に立ち上がる機体。【月花】に一番接近していたカーニン部隊の五番機と視線が合った瞬間――頭部バイザーが下りた。
五番機に搭乗している二等兵は弾倉を交換しながら震えた声を上げる。
『あ、あれだけの損傷を受けても……まだ動けるなんて。曹長、アレは異常です! 早く援護射撃を願います!!』
「全機、アレを破壊しろ! 全弾使っても構わん! あの不気味な機体に全力射撃だぁ!!」
『曹長、いけません! 一旦、距離を置いて隊列を組み直した方がいい! この樹海でもう一度、全弾掃射なんてしたら視界が――』
シュナイゼル大尉直属である一番機パイロットの進言を無視し、ライフル弾では飽き足らずマシンガンのマガジンまで掃射させるカーニン曹長。部隊の最大火力が【月花】に浴びせられる。
着弾煙は先程の比ではなく、樹海の闇も相まってカメラアイを持ってしても何も見えない。
その刹那――
『ん? がっぁあ……な! 何がぁぁそう、ちょ、うあぁあ――』
『……応答しろ、五番機! 応答しろ! カーニン曹長……あの蒼は危険です!! 三番機にももっと距離を取らせてください!』
黒く曇った視界から受け取れと言わんばかりに鉄塊となった五番機の上半身が飛んでくる。
コックピット部分な無くなっており、パイロットの生死は確認できない。
「な……なにが起こったというのだ? 五番機……応答するのだ」
状況を飲み込めていないカーニンはハンカチで汗を拭い、丸い腹を縮こませている。
『シュナイゼル大尉……どうやら私が報告した青いハンドレットよりもっと危険な怪物が、ハイエナの群れに紛れ込んでいたようです』
自身の上長へごちる一番機のパイロット。
何とも言えない静けさ……そして樹海の闇よりも大きな闇が空間を支配している。
着弾煙が徐々に晴れていく。左腕の鋭利なパイルバンカーが五番機の残りの部分、コックピットから下に突き刺さっていた。
無惨にも相手の機体を蹴り飛ばすことでパイルバンカーを引き抜く蒼い機体。
音を立ててバラバラに散る五番機のサウザンド。
硝煙から浮かぶバイザー越しの蒼い双眸は鬼か悪魔か。
「全然ダメージを与えていないではないか! あの機体に何が起きたというのだ! も、もう一度掃射を」
『いけません! これ以上視界を悪くすれば我々は全滅です! 敵はこの視界でもこっちの動きを把握している……曹長、いいですか、残った各機に距離を取らせてください』
恐怖を隠すように一番機へ怒鳴り返すカーニン。が、明らかな動揺が顔に張り付いていた。
「乗っているのは……難民のガキだ! 我が部隊が遅れを取るはずがない。な……?」
自身に言い聞かせるように唾を飲み込むカーニンは、予想外の声音に聞き耳を立てる。
ノイズに混じって聞こえてくるのは子どもの声ではない。この状況下にあまりにも似つかわしくない清楚で透明感のある美声。
蒼いメタルフレームは一機、また一機とカメラアイを向けていく。それは捕食者が次の獲物をどれにしようかと値踏みしている様子にも見える。
不意に兵士から放たれたライフル弾が【月花】の頭部に直撃。
が、弾丸は貫通することなく石粒のように破裂。
時折り全身のフレーム内を走る光の筋は全身のクリフォト・ドライブがフル稼働している証。
気味の悪い静けさの中、どうしようもなく美しい女の声が氷柱のように兵士達の耳に張り付くまでそう時間は掛からなかった。




