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ミリオン  作者: おこき
~第三幕~
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第64章

 “戦争のハイエナ”頭領ジェノスは制裁済み。

 義賊の切り札、メタルフレーム・タイプ・サウザンドの【夜光】は鹵獲。

 義賊に捕まっていた少女を救出、自身の孤児院で養育。

 カーニン・マルカスは次の地位に這い上がるには十分過ぎる功績を手に入れた。そのためか、アヒルのようなしゃがれ声には抑揚が見え隠れしている。


「さぁ~出てくるんだ。ワシと来ればもっといい服も食べ物も、友達だって沢山できる。最高の暮らしを保障してあげよう。君のその容姿なら人生をやり直すことも可能だ」

「ぅっ! ……ジェノス……」

「残念ですが、もう誰も残っちゃいませんぜ。【夜光】の再起動には驚かされやしたが、大破しちまえばどうしようもない。ハイエナのハンドレットは燃料切れ、頭は……死んだ。アンタだけでも助けてやりたかったが、悪く思わんでください」


 尋常でない震動が機体内部に伝わっている。

 ふいに漏れた言葉に義賊のエースという気迫は全くない。年端もいかない少女がただ震えているだけだ。戦うときはいつも側に置いている刀を祈るように握りしめ、彼女が一番頼りにしていた男の名を呼ぶ。

 瓦礫の下敷きになった上、メタルフレームに踏み潰されているのだ。彼の死は確実。だが、それでも少女にはもはや祈ることしかできない。

 ついにはコックピットを守っていた装甲板までもが剥ぎ取られ、リリィを保護していた揺り籠が露わとなる。

 耳を塞いで小動物のようにコックピットで丸まっている様子がカーニンの加虐心を煽るには十分だったようだ。


「ぅっ……来ないで」

「ほほっぉ~これは思わぬ拾いモノだった。やはり中々の容姿をしている。磨けば確実に光るぞ、この娘は。ひぃひゃひゃ! 少々手荒でも構わん、こっちへ連れてくるのだ」


 すると剥き出しになったコックピットへ巨大な手が固定された。一機のサウザンドから武装したパイロットが腕を渡ってリリィに接近。すかさずリリィは握りしめていた刀を抜いて応戦するが、相手はナイフだけでなく銃火器を所持している。

 威嚇射撃を行った男から首の合図で刀を捨てるように言われ、リリィはサウザンドの手の上でホールドアップを要求される。

 夜の闇で見えにくかった彼女の容姿は今、晒される。


「ん? 異民にしても耳が変ではないか? 隠させるな」

「いや……っ!」

『大人しくしろっ!! ……うん? 曹長! コイツは』


 すかさず耳を隠そうとするがライフルで殴打され、馬乗り状態で耳を兵士に撫でられる少女。恐怖かそれとも羞恥からかリリィは目を瞑って震えるだけだ。

 波打つ銀の髪に垣間見えるのは【夜光】に乗る前とは別物……尖った耳だった。


『エルフ……? コイツの耳、エルフのに似てないか!?』


 兵士の声にカーニン部隊は耳を疑う。


『な、なぜ、あの気高いエルフがテロリストを?』

『アホルーキーが。問題はそこじゃねぇ。エルフにとっちゃ人間なんて外敵以外の何でもねぇよ。同族としか群れねぇはずの亜人がどうしてこんな賊に紛れているかってことが問題だ。リチャード、たまたま耳がなげぇガキじゃねぇのかよ?』

『いや、さっきの再起動はエルフの力かもしれん。念の為、油断はするな……詠唱されないように口を塞がせておけよ』


 リリィの小さな口に布を詰め込み詠唱を封じる軍人。マニュアル的だがエルフと遭遇した時の対応を順に行っていく。

 そんな中、明らかに兵士達と違う目で見ている者がいた。


「ふ、ふひゃひゃひゃ! エルフ? エルフと言ったか! ハイエナ駆除に来たつもりだったがまさかこんな金ヅルに出会えるとは……エルフを保護したとなると功績者として軍にも名前が残るレベルではないか! 上手くいけば亜人調査隊に入り込むチャンスだ」


 人間以外の人種に対して捜索・和平を主な任務とする亜人調査隊。未確認生物との接触が目的なため、戦闘訓練に主眼を置かず豊富な知識と教養を身に付けることが優先されている。しかし、その実態は実績を問われにくく世界各地を経費で周っている退役間近な軍人の温床となっている部隊だ。

 階級も高くなければ“教養不足”として志願を弾き返されるため、名門一族、功績者で成り立っている。入隊すれば強力なコネを作る打って付けの場所でもあるだろう。

 機体をすぐさま部下の機体へ横づけし、間近でエルフを確認しようとするカーニン。縄で縛られ、口の中に布を詰め込められた少女の姿はとても“保護”されたようには見えない。

 リリィは兵士に銃を突き付けられながらカーニン機のコックピットに入るように命令された。


「ようこそ、ワシのコックピットへ。狭いかもしれんがワシの機体が一番安全だ。街に付くまでワシの膝の上に座っておきなさい」

 

 鼻の下が伸びきった表情で汗をハンカチで拭き取ったカーニンは自身の太い膝をポンポンと叩く。

 縛られているうえにリリィの服装で膝の上へ座ればどう座っても生脚をカーニンの前に晒すことになる。銃で背中を突かれるリリィは痣ができた頬を隠すようにカーニンの膝へ腰を下ろした。

 リリィは仮にも義賊のエースだ。その彼女を相手にここまで無警戒というのは完全に相手を見下している証拠である。

 屈辱。仲間を殺した相手にこんな仕打ちを強いられているリリィはそれしか頭にないであろう。 

 コックピットハッチが閉まりカーニン機は跳躍して後退。上機嫌で撤退命令を告げた。

 その瞬間、兵士の一人が声を上げる。リリィを捕獲した兵士、リチャードと呼ばれる男だ。


『これは……魔力反応!! あの小屋に“何か”います! メタルフレーム……こっちを見ている!』


 ウィッツ機を含む全機が掘っ建て小屋に視線を送った。

 同時に、魔力放出機関クリフォトドライブが稼働。ブースターへと一気に魔力が流し込まれる。

 爆音、爆風そして爆散。

 電光石火。そのあまりの速さと凄まじさに対応が遅れた兵士リチャード。

 バーバ・ヤーガの村小屋が草木のように次々と吹き飛ばされ、恐怖に駆られた様子のままコックピットハッチを閉めるリチャード。しかし、操縦桿を握ろうとしたリチャードは強烈な衝撃を上半身に浴び、体内から肋骨を撒き散らし機体ごと樹海の闇へと消えて行く。

 塗料のついた装甲板が舞い散り、胸部が陥没した軍用サウザンドは暗闇に支配された樹海に横たわったまま微動だにしない。

 代わりにそこにいたのは――


『蒼い……メタルフレーム』


 カーニン部隊のルーキー、五番機に乗る二等兵が通信から声を漏らした。

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