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ミリオン  作者: おこき
~第三幕~
63/76

第61章

 義賊のMFが次々と起動していく中、先頭に立つ紫色の機体。後ろ髪をひかれる思いの中、リリィは深呼吸を何度か繰り返した後、仲間の義賊達に振り返り語りかける。

 いつも先頭を走っていた頭領がこの一大事に姿を見せていないことが動揺を呼び込んでいるのは一目瞭然だった。

 この場を納めるのは義賊のエースである自身の務め。


「ジェノスは……後からすぐに来る。ジェノスが来るまで私がみんなのリードを任された。だから……みんなの力を貸して欲しい」


 少女の精一杯の声に全員が「おーっ!」と応える。状況が芳しくないためか、リリィはジェノスの消息を明確にしていない。

 今必要なことは、義賊全員の士気を高め、一人でも多く生還することだ。

 また、自分の娘と呼べる程年齢差がある少女に願い出られて、一人で逃げ失せるような人間は“戦争のハイエナ”にはいない。

 ハイエナの男達はMF搭乗者、対人装備者各自で気を引き締め直し、戦闘に赴く姿勢を取っている。

 その様子を見てリリィはおずおずと次の行動に移った。太刀を敵が迫る樹海の闇に向け、小さな体いっぱいに息を吸い込み一気に声を絞り出す。


「敵はすぐそこまできてる! だけど、樹海のことなら私たちに分がある! ここにいるメンバーだけでも村の人達が避難するまでの時間なら稼げるはず。……無理はしないで」


 (げき)を受けたと同時に男達の雄叫びが呼応、今にも突撃して行かんとする男達の闘気。

 そこへ敵の先陣――メタルフレームが飛来。

 樹海から跳躍してきた影はアルダイン宅に着地。跡形なく吹き飛ぶ家を前にリリィの表情は強張る。リオンとセレネの安否が気になるが敵機を確認した今、そちらに気を配る余裕はリリィにはなかった。

 関節ギアが回転する音が砂埃の中から唸り、機体肩部にライオンを模した共和国軍のエンブレムを確認。

 軍仕様のサウザンド。これがどれだけの脅威になりうるのかリリィは痛いほど知っている。サウザンドが来ても三機までなら同時に相手ができると見切りをつけていたのだが、次々と村に侵入してくるサウザンド。その数は合計六。

 樹海の迷宮を小隊規模で突破してくるなど、予想外であった。

 そしてもう一つの予想外。オープンチャンネルで敵が通信を開いてきたのだ。

 サウザンド【夜光】の表情画面に現れたのは、汗を撒き散らしながら高々と笑う中年男の姿だった。


「ぶひゃひゃひゃ! ついに見つけたぞ、逆賊めぇ。このようなところに巣を作っておったのか。このカーニン・マルカスが正義の名の下に貴様たちを討つ」

「この村は関係ない。私たちは今すぐ出ていく、捕まえたければ村の外でやればいい!」

「貴様は、バ~カ~か? 樹海に入れれば逃げ切れると考えておるのだろう? 樹海に逃げ込もうとしても無駄だ」


 中年男の機体が腕を上げた瞬間、【夜光】の隣に立っていたハンドレットが横転。ジリジリと断線箇所が音を立てる中、胸部コックピットに風穴が空いていることを確認する。


「……ッ! 狙撃手!? 一体何機でこの樹海を」

「村の外には血に飢えた鷹がいるのだよ。狙撃だけではない、やつに樹海の迷宮は効かん。樹海に入れば最後、背後から食い殺されるぞ」

「迷宮が効かない……そんなのあり得ない」

「世の中にはあり得ないことが、あり得ている。はて、誰の言葉だったか……まぁよい。俗物の貴様には到底理解できんだろう。確かめたければ試しに外に出てみるがいい。やつは命がけでそれこそ血眼になって追いかけてくるぞ? 鷹の眼が血眼とは笑わせる、ふひゃひゃひゃ!」


 機体の汚れ具合から考えても樹海を数週間も彷徨ったようには見えない。迷宮が効かないというのはあながち嘘ではないようだ。

 一方の表情画面では恐面のウィッツが表情を曇らせ首を横に振った。

 別働班としてチョベリー達と一緒に村人の脱出を請け負ったウィッツは今まさに樹海に入ろうとしていたのだ。

 もし、樹海の迷宮を無視して正確に標的へ近づける者がいるとすればMFによる移動は目立つだけだ。ブースターが搭載されている軍用サウザンドと二足の足で走ることしかできないハンドレットの群れでは追いつかれるに決まっている。

 戦闘が発生すれば周囲の人間を危険にさらすだけだ。この逃走計画の要は樹海の迷宮だった。

 二人は視線でやりとりを行い、リリィはウィッツ一行が脱出方法を練り直す時間を稼ぐべく口を開く。

 生唾を飲み込んで問いかける少女。


「降伏するといったら……どうするつもり」

「処刑だよ、貴様たちが行ってきた罪を数えてみろ。反逆罪、窃盗罪、殺人罪、数えきれんわ! 留置場に置いておくのも税金の無駄、ならば処刑しかあるまいて?」


 長い銀の髪を握り締めながらリリィは、キッとカーニンを睨みつける。


「軍が……軍が人を殺すのは殺人じゃないの? 異民族から領土を奪うのは!? 平等だといいながら魔術が使えない人達に市民権がないのはどうして? 良い家系に生まれただけで上流階級に居座れるのはどうして!?」


 溜りに溜まった不満が悲痛な声となってコックピットに響く。


「……ほぉ、小娘よ。歪んだ思想を持っているな。貴様、異民なのだな? 銀色などと気味の悪い髪色をしていると思えば、そういうことか」


 各機が持ち場についたのを確認し、品定めするように頬を掻きながらカーニンはリリィの移った表情画面に拳を振う。


「私たちの援助がなければ朽ち果てるだけの異民風情が我が国の体制に口をはさむな! よいか、貴様たちは生かされているのだよ。我々共和国が併合した数々の領土を見てみろ、餓死者はいなくなった! 旅権を持った者が行き交い、貿易が盛んになり、資源を掘り当てた領土に至っては“街”に昇格しているではないか? そこに住む村人も市民として登録されていく、魔術が使えなくとも市民であると認める制度がある何よりの証拠だ。貴様のような低俗な豚は、努力もせず文句しかいわん。終いには政治が悪いだ、国が悪いと武器を持つか? 人はみな個性がある。特に我が国のような合併国は生まれ・能力は様々だ。よって国民には役割がある。優秀な人間は政治をすればいい、技術開発に没頭すればいい!」


 パイロットスーツから垂れ落ちている肉を震わせながら、カーニンは演説するように力強く声を張る。


「貴様たちは勘違いをしている。平等な国だからと言って全員が全員机の上に上がってしまえば誰が汚い床を舐めるのだ? 必要なのだよ、床を舐め続ける貴様たちのような人間がな! 我々はゴミを捨てる、それをドブネズミの貴様たちが掃除をする。まったくもって理に適った体制ではないか……あぁ、貴様らはハイエナだったか。ぶひゃひゃひゃ!」


 一気にまくし立てて呼吸を荒くするカーニン。周囲のMFパイロットからも笑い声が漏れている。泣き出しそうなリリィの顔を表情画面で覗き込みながら、軍人たちは嬉々としているようだ。


「そんなだから……そんなだから、みんな幸せになれない! お前みたいなやつから奪われたモノを取り返してみんなに渡す、それの何が悪い」


 一瞬、静まり返ったかと思うとスピーカーから割れんばかりの笑い声が広がる。


「“みんな”とは誰を指しているのだ? まさか、我々と貴様たちが対等だと!? 論外だ。奪われたという考えがまずおかしい。無能が何を持っていても宝の持ち腐れになる。だから、我々がわざわざ適切な使い方をしてやっているだけではないか。貴様たちは経済を知らない。一のモノは一としか認識ができん低脳だ。それに誰が“結果”の平等を約束した? 我々は“機会”の平等しか認めていない。機会とは人によって数が違うものだ。何度も機会がやってくる者もいればそうでない者もいる。ただ、それだけのことだろうに」


 息絶え絶えに言い終わるカーニンの声を遮るように低い声が乱入してくる。


「姐さん……こいつらに何を言っても無駄だ! どんな卑劣なことをしても自分らが正しいとしか言わねぇ屑共ですぜ。てめぇら……いい大人が屁理屈こねんじゃねぇ! 胸糞悪いわぁ!!」

「……ウィッツ? どうして!?」


 【夜光】の一歩前に出るウィッツのハンドレット。どうやらMFでの逃亡を諦めてきたらしい。

 護衛についたサイの搭乗している青いハンドレットも戦線に加わったことから、徹底抗戦を行うことに決まったのだろう。

 リリィは信じがたいものを見るようにウィッツの表情画面を見つめていた。


「せっかく我々の思想をここまで噛み砕いて教えてやったというのに理解できんとは――」

「生憎ですが、自分たちのことしか考えていない支配主義の考え方にしか聞こえません。仮にも自分たちに上層階級の血が流れていると訴えるのなら、それ相応の高貴な振る舞いをするべきでしょう。貴方の発言には気高さも気品もない」

「サイ……待って」


 両隣に立ってくれる仲間、そして後ろに控えている同志達のことを想い【夜光】は太刀を下す(・・)

 隣で熱が上がり始めているウィッツにその姿は映らなかったのだろうか。


「俺たちはな、てめぇらなんかにゃ屈しねぇ!!」

「寄せ集めの玩具でワシの部隊と戦うと? 面白いことを言う。ところで――頭領のジェノスはどこに行ったのかね?」


 この発言を聞いてリリィに戦慄が走る。


「ッ! ……お前には関係のないこと」

「関係があるのだよ。ワシは反逆者ジェノスの首を取りにこんな樹海までやってきたのだからな。まさか、怖気づいて逃げたか?」


 自身の優位が確立していると悟っているためか、カーニンは大げさに周囲を見回してみせた。そして、表情画面で表情を凍らせたか弱き少女の態度も見落としていない。共和国内でもそれなりに名を馳せているMF乗りジェノスがこの場にいなければ、“戦争のハイエナ”を駆逐することは盗賊退治と何ら変わりないのだ。

 そして、銀髪の少女の恐れていた発言が下される。


「じゃがましいわ! 頭がいなくても俺たちは十分やれんだよ! 俺たちはてめぇらみてぇに命令されなきゃ何もできねぇアホじゃない。頭が付いてんだよ、頭がぁ! おめぇら!? 怪我した頭の分までやってやろうじゃねぇか! 見舞いにスクラップにした隊長機を持っていってやろうじゃねぇか!? “戦争のハイエナ”にたった六機で喧嘩売った落とし前、ここで取らせてやらぁ!」


 一瞬の動揺の後、義賊達はウィッツの怒涛の号令によってカーニン機へ突撃を開始する。

 表情画面からリリィに向けて恐面のウィッツが頬を掻きながらバツの悪そうな顔をしている。

 自分の娘にこれから叱られるとでもいうのか、第一声が見つからず目が泳いでいるウィッツ。

 そして、リリィは自身の統率力の無さを思い知らされるのだった。


「ウィッツ……」

「姐さん、出過ぎた真似してすいやせん。ですが、こいつはチャンスですぜ。敵の大将が目の前にいて、近くにいる護衛がたったの五機。頭がいない今、姐さんの【夜光】で」

「……うん」

「姐さん? どうかしやしたかい?」


 少女の手が震えている。そして、泣くまいと掌を目に押し当てそのまま握りしめ声を絞り出す。


「どうして……ジェノスが怪我していること、知ってるの」

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