第59章
「っとぉ、結界も張ってやがったか。これだけの魔術処置がされてるってのに村には“無能”しかいねぇのか? 曹長殿よ」
樹海の闇には機影が一つ。密室のコックピットには不満気な男の声が一つ。
先程まで木々しか移していなかったMFのモニターには倒壊した一軒の家が映し出されていた。倍率を下げると次々と家がモニターに確認されていく。
魔術的処置が施された村のカラクリを解いたというのに、釣った魚に逃げられたと言わんばかりのため息をつくパイロット。
「この質問には答えて下さらないようでぇ。ま、魔術師がいねぇと殺し甲斐がねぇってもんなんだが……」
スコープを覗きながら狙撃姿勢のMFを直立させるパイロット。彼は気を取り戻したのか薄暗いコックピットの中で白い歯を見せる。
「しかし、ハッピーだねぇ~。結界に阻まれてもブレねぇ弾も最高だが」
年不相応な声音を上げながら、この中年男はメタルフレームにライフルを頬擦りさせている。鉄の塊であるメタルフレームに人間のような柔軟な動きをさせることはかなりの操縦技術を要する。それをこの男は半ば無意識といってもいいほど自然にやってのけていることから操縦技術は折り紙つきなのだろう。
「破壊力、弾速、そしてこの安定感。実に……イイ! 最高だなぁおい。まさに『鷹の眼のイダデル』に相応しいライフルじゃねぇか。最近の新兵共はこんなにいいライフルを使ってやがったのか、えぇ?」
粗悪な茶色のMFに搭乗する中年の男は、周囲の闇をカメラアイで舐めまわすように眺める。
男は周囲に待機している全機が同じライフルを装備しているため、新兵が扱うライフルだと思っているようだが実際は違う。突撃ライフル・狙撃ライフルと用途に分けて二種類の使い分けが可能な汎用性の高いライフルは、武器の開発が難航している共和国の選ばれた者にしか支給されていない。
共和国の高性能ライフルを肩に担ぎ、鼻歌を歌う男は、パイロットスーツのヘルメットを無造作に脱ぎ捨てた。
「はぁ~だんまりか……息苦しいったらありゃしねぇ。何か反応しろよ」
掻き毟ったのはツヤの無い茶髪。もみ上げも髭も伸び放題、真っ当な生活をしていたようには到底思えない風貌だ。特に目につくのは錆びついた首輪である。アクセサリーにしては無粋、装備にしては邪魔になるとしか思えない小汚い首輪を彼は外そうとはしない。
MFの頭部に装備されたバイザー式の索敵センサーをひし形の頭部に押し上げ、自機を下がらせながら語尾を強める茶髪の男。
「さっきからピーチクパーチクうるせぇぞ。このアラート消せねぇのか、曹長殿よぉ? 聞いてんだろうが、曹長殿よ!?」
“警告”を表すアラートがコックピットの全方位から表示されているのにコックピットを解放し始める男。
「うるさいのは貴様の方だ。自機が危険ならアラートぐらい発信される。自機の状況もわからんのか、機体の方が状況を飲み込んでいるとは笑わせてくれるではないか、ぶひゃひゃひゃ」
部隊指揮官カーニン曹長がアヒルのようなしゃがれ声で両手を叩いている。
屈強な体つきをしているイダデルに比べればカーニンは贅肉の塊でしかない。短足、撫で肩、おまけに腹が出ている。
だが、胸に付けている勲章がこの場にいる誰よりも位が高いことを意味していた。
両手を上げて外に出てくるイダデルの様を見世物のように眺め、説明してやる。
樹海近隣のマルクト地方を納めていたハンスタ少尉が戦死した今、軍内部ではマルクトの監督者に任命される功績作りに躍起になっている者が少なからず存在する。このカーニンもその一人であった。
「外の空気はどうかな、イダデルよ。ようやくワシにも昇級の機会が来たのだ。貴様は黙って働けばいいのだ」
「はっ、首輪されたまま外の空気吸わされてもなぁ。臭くねぇだけマシか。あぁでも……やっぱ臭うなぁ。小便くせぇお子ちゃま兵士にこんだけ囲まれてんだからなぁ!」
ハツラツと声を張るイダデルに銃器を構え直す音が静かに鳴る。
「お前たち、待機だ。……イダデル、貴様は自分の置かれている状況を本当にわかっているのか」
「オレの状況はオレが一番よ~く知っている。少なくとも今ここで蜂の巣にはならねぇだろうな。難攻不落の樹海で当りを付けたってのに大目玉を食らうとはどういう了見だ、あ?」
MF計八機に包囲されている生身の人間の言葉ではなかった。自身の命を軽く見ているのか、それとも自分は絶対に死なないという自信の現れか。
「ふ、ふん野蛮人め……ワシの部隊を侮辱するのも大概にしてもらおう。それ以上はワシへの侮辱と捉え処刑を執行する」
「へいへい、悪かったよ。久しぶりの戦場だったからつい気持ちが高ぶっちまってなぁ……」
ウズウズしながら村がある方向に目配らせするイダデル。茶髪越しに垣間見える右側の金眼は野獣のそれである。そこへ意地の悪い声が機内スピーカーから漏れ出した。
「イダデル、貴様の仕事は後方支援と道案内だけだ。ただし、我々が提示した的を一発でも外せば首が飛ぶ。その首輪が爆発するかしないかはワシと貴様次第ということだ。いい協力関係を築いていこうじゃないか」
「まったくもって最高な協力関係だなおい。ご託はいいから、さっさと次の命令を唱えろよ。的を用意してくれねぇか曹長殿よ」
自身の首に親指をトンッと当てて不敵に笑うイダデル。その潔さに満足したのかカーニン曹長は細い目を更に細めてほくそ笑む。
「……囚人ナンバー101、貴様に告げる。次の的はハイエナのMFだ。我々が安全に賊を討伐できるよう出てきたMFを狙撃しろ」
イダデルの首にはまり込んでいる錆びた首輪がカーニンの言葉を受けて回転を開始。
血が滲むように幾何学文字が浮かび上がり、イダデルの首に同化してゆく。半分ほど首にめり込んだ後、脈を打ちながらイダデルの行動を監視し始めた。
こうなってしまっては契約が果たされるまで首輪は外れない。凶悪な囚人に装着が義務付けられている呪いの首輪を起動されてもイダデルの調子は変わらなかった。
そして、思い出したように声を張る囚人。
「あぁ~敵が何機いるかわかんねぇんだろう? 数が多けりゃ取りこぼしが出ちまうかもな~。その辺りはあんたらでどうにかしてくれるんだろ、安全にって言われても限度があるぜ曹長殿よぉ」
イダデルへ課せられた命令は困難極まりない。戦場に出ている兵士が安全に任務をこなすなどまず不可能だ。
イダデルの進言をカーニン曹長は、うむうむと機嫌良く聞き入れ命令に訂正をかけることにした。
「訂正だ囚人ナンバー101。……告げる。樹海にいるMFを一機残らず破壊しろ。一発でも外すこと、取りこぼすことは命令違反とする。死にたくなければせいぜい目を凝らしてハイエナ共のMFを樹海の隅々まで追い掛け回すのだな。鷹を使った狩り……鷹狩りとはよく言ったものだ、ぶひゃぶひゃひゃ」
無粋な高笑いをしながらカーニンは堂々と敵地へ進撃を開始。樹海に潜んでいたMF達も後に続く中、両手を上げてコックピットに立たされたままのイダデル。手入れのされていない頭髪と髭が風と埃にさらされ、無粋な首輪は再度回転を開始。両手を上げたままふつふつと肩を震わせるイダデル。
“NO-101”と刻まれた鉄製の首輪が首と同化。呪いの首輪の監視が始まった。
進撃の足音が十分に遠ざかっていき、彼の震えはようやく納まる。
残った二機のMFは依然と銃を構えたままだ。どうやら、イダデルの見張り役らしい。
『聞いての通りだ豚野郎。さっさとMFを起動させて部隊を援護しろ』
『命令さえちゃんとこなせば死ぬことはない。変な気は起こさないことだな』
兵士の一人がMFの搭乗を促し、もう一人が周囲を警戒しながら忠告を投げつける。
彼らの言葉には返答せず、ブツブツと何かを確認しながらMFを起動。
「一発も外すことなく……ねぇ。へぇ。なぁ、兵隊さんよ。もう一度確認しておきたいんだが、オレの受けた呪術の命令ってなんだ?」
『あ? 曹長の命令が聞こえてなかったのか? お前の受けた命令は――』
“樹海にいるMFを一機残らず破壊すること”
ニヤリと口元を歪ませる茶髪の男を前に軍人二人は言葉を失っていた。