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ミリオン  作者: おこき
~第三幕~
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第58章

 リオンとセレネがアルダイン宅から出ようとドアに手を掛けた時、ドアが文字通り吹き飛んだ。


「おぉ、レオンじゃねぇか。何だ、まだここにいたのか」

「だから……俺はリオンだ。ここの連中は、ドアを足で開けるのが習慣なのか? ちゃんと手で開けろよ、手で!」

「開きゃいいんだよ、開きゃ。あぁ、それとお前。意外とMF扱えるじゃねぇか」


 リオンの声を聞き流しながら、ズカズカとアルダインの座る椅子まで歩を進めるハイエナ。


「で……義賊の頭領が僕に何の用だ」

「そう邪険になるな、学者。ちょいと聞きたいことがあるだけだ……」


 長髪眼帯の男はニタリと笑った。

 リオンとセレネがまだいることに気がついたのか、顔だけを向けて、


「リオン……お前らの部屋はこっちで用意してやった。その辺にいるウチの連中捕まえて案内してもらえ」

「って、ジェノス。俺達は一体これからどう――」


 ジェノスが初めてまともに名前を呼んだこともあってか、指示に従わなくてはならない威圧感を感じる。

 一方で、このまま自分達の身柄はどうなるのか、どうするつもりなのか問い詰めておこうとしたリオン。

 しかし、何気なくズボンのポケットに手を突っ込んだ瞬間、声を上げた。


「あ、あぁー!!」

「あぁ?」


 気だるそうに首を傾げるジェノス。


「あ……! あぁ。ありがとう、ジェノス! セレネ、行くぞ」

「うぉぉい! 一体どうしたんだリオン? ハッ、まさか! 遂に変態神・リオンからのお告が来たのか! 私としては――」


 首元を摘まれて、運搬される蒼髪の少女。その素晴らしき頭脳を用いて、リオンの挙動不審を分析する声が遠くなっていく。


「……一体、何だってんだ」

「さ、さぁ」


 回答を求めるジェノスにアルダインは苦笑いを返す。



 ジェノスが用意してくれた部屋は埃っぽく、カビ臭い空間だ。しかし、外よりはマシであろう。老朽化していると言っても雨風からは守ってくれる。それに、こんな樹海に囲まれた村では夜中に野獣の一匹や二匹うろついていてもおかしくない。


「あ~、わかんねぇ! 被験者Dの遺伝子配列? マジョリティ―理論を参考に魔力をって……マジョリティ―理論ってなんだよ! セレネ、わかるか?」


 乗るだけで軋むベッドに突っ伏している少女に言葉を漏らすリオン。彼の頭脳は既にオーバーヒートしている。

 というのも、部屋に入ってすぐ、リオンはアルダインの研究資料と思われるものに目を通していた。

 上着を洗濯することになったため、ズボンのポケットという劣悪な場所に資料を隠していたものだから、資料は無論くしゃくしゃである。

 研究資料のタイトルから推測するに、アルダインが魔女について何らかの研究をしていたのは確実だ。


「……でっかい弾痕が一本、ちっこい弾痕が二本、でっかい弾痕が三本、長い弾痕が――」

「その気色悪いカウント、止めろ。それと弾痕の単位は『本』じゃねぇぞ」

「気にするな。これをするといい夢が見れるんだ。 まさに、熟睡だぞ! ……ん? そういえば」

「お前、人が話しかけてるのに寝る気だったのか? そんな催眠術、悪夢しか見れる気がしねぇ! って、ジタバタするな。埃が舞い上がって、ごっほっごほ」


 枕に顔を埋めたまま、少しむくれてセレネは素足をジタバタしてリオンに埃攻撃を開始。舞い上がる埃を回避する術などない。

 一から百まで何かの数を数えると眠れるという魔力を使わない子供騙しの魔術は、身近な家畜――特に羊の数を数えるのが一般的だ。

 『ダンコン』の数を数える人間は希少種であろう。


「人が真剣に魔女について調べようとしてるってのにお前は――っおおぃ! な、何してんだよ、お前!」

「ん? 私だって服が汚れれば着替えもする。いたって普通のことだろう? これではさすがの私も着心地がだな――」

「今ここで脱ぐのが普通じゃねぇんだよ!」

「ん? ……あぁ、そうか。代えの服を用意していなかった。とりあえず、リリィに借りて来る」

「違う、そう言う意味じゃ……ちょ、ちょ、ちょっと待て!! 服を着て行け!! もう、お願いします――ぶぁ」


 純白の下着一丁で、部屋を出ようとしていた少女が振り返り、指の隙間からその姿を直視してしまった少年。心拍数、血圧が共に臨界点を突破し、血管を突き破った。鼻から血を噴射しながらベッドにぶっ倒れるリオン。

 女性耐性がゼロどころか、マイナス値を叩き出している田舎育ちの少年には、セレネの張りのある肢体は刺激が強過ぎたようだ。


「おい、リオン。大丈夫か? いや……頭が大丈夫じゃないのは知っている、安心しろ」

「う、うるせぇ。とにかく何か着ろよ」


 汚れた服を床に放置したままリオンの側に駆け寄るセレネ。そこへ――


「セレネ。セレネにも服、貸してあげ――ぇ!」


 二人の部屋に入って来た幼女が……いや、リリィが絶句している。

 パサリと彼女の腕から落ちる女物の服だけが部屋に響く。

 リリィの視界に写っているのは恐らく、ベッドにちょこんと座るほぼ裸の少女と大の字に果てている少年が一人。


「おぉ! リリィ、ちょうどいいところに! 服を貸してくれ、汚れてしまって困っていたんだ」

「ぁぅ……ぁぅ。お邪魔しまし、っ!」


 何事もなかったように、リリィの手から滑り落ちた服を四つん這いになって拾うセレネ。

 着用を始めるセレネの背中を見て、緊迫した顔つきになった銀髪の少女。


「大きな、刺青……」

「ん、刺青? そんなものあったのか?」

「――え?」


 声を漏らしたのはリオン。

 身を彫って刻む刺青。背中一面という大きさの刺青を彫って痛みを感じていないと言うのは、いささかおかしい。

 いくら上手く彫れていたとしても、あれだけの刺青が彫ってあれば生活する上で時おり痛みを伴うはずだ。

 当然、リオンはセレネが刺青の存在に気が付いていると思っていたが、本人の発言から察するにそうではなかったらしい。

 首を目一杯捻りながら背中を見ようと試みるセレネにリリィは続ける。


「うん、大きい狼の刺青がある。どこかで見たことがあるような……」

「うぅ~ん、よく見えん。狼の刺青か……そういえばリオンの村の連中が刺青がどうのと言ってたな。私は彫った覚えが無いんだけどな」

「彫った覚えが無い? こんなに大きな刺青を……?」

「あぁ、まだ言っていなかったか。私は記憶喪失らしくてな。自分のことがよくわかっていないんだ」


 さらりと証言する少女にリリィは目を一瞬だけ見開いた。

 

「記憶、喪失」


 そんな人物が本当にいたのか、という眼差しでセレネを見る新緑の瞳。


「あぁ、俺達はセレネの記憶を戻すために旅をしていたんだ。こいつの刺青に見覚えがあるなら教えてくれないか? 何かの手掛かりになるかもしれない」


 蒼髪の少女が服を着終わったのを確認し、ベッドからのっそりと起き上がるリオン。


「ん……うぅ。気のせいかもしれない。本で見たのか、街で見たのかすら思い出せない状態。そういった動物のシンボルは好まれるから」


 確かに、動物を基調としたシンボルはどこにでも使われている。『戦争のハイエナ』も名前通りシンボルにハイエナを使っているし、武器屋、発掘屋、軍など数え出したら切りが無い。

 

「ジェノス……は男だからダメ! チョベリーなら何か知ってるかも」


 自分で言いかけて否定する小柄な少女。義賊の若頭は女に飢えているわけではなさそうだが、セレネの艷やかな背中を見せつけられて欲情しない男は少数であろう。ハイエナが狼になってしまっては世の体裁、いや、義賊の体裁が立たないというものだ。

 そこでリリィは考古学者の老婆に相談してはどうかと提案する。


「でも、あの婆ちゃんは見返りを要求してくるんじゃないのか? 俺達、金もねぇし渡せるものなんてないぞ?」

「止む負えない……足りない分は、リオンの体で払わ――」

「払わねぇよ!」

「な、何故だ! お前は熟女……コホン、年上好みだと思っていたんだが」

「上限はないのか、上限は! 上過ぎるだろう! それに婆ちゃんは熟女じゃない。熟し過ぎてるから……強いて言えば腐女――げっ!」


 途端、リオンの顔が青ざめて氷結する。


「誰が腐女だい? 毛も生えてないガキに言われたかないねぇ」

「あ、チョベリー」

「この婆ちゃん、いつの間に……」


 リリィの背後にあるドアから堂々と入室してくる腐女チョベリー。

 銀髪の少女はそれとなく道を空ける。

 白蛇のような白髪を揺らして、リオンにドスの効いた視線を刺す老婆。


「フン、覚えときな。アタシは泣く子も黙る神出鬼没だ!」

「そんなドヤ顔で言われても……明らかに言葉の意味わかってねぇだろ」

「冗談はさておき。お前らの声がでか過ぎるから外までまる聞こえだ。話はだいたい聞こえちまったよ。そうさね、鑑定なら例外なく十万だ」

「じゅ、十万!? 見るだけで十万キャンも取るのか!」


 ベッドにドカッと座り込み老婆は煙管を一吹き。リオンの抗議などどこ吹く風のようだ。


「無いなら働きな。十万分の働きをアタシに提供すりゃいいだけのことだ。体で支払いたいんだろう? 先立つものがないなら、お前のいきり立つのをちょんぎって売ってもいいね。アレは魔力の塊だから、良い値で売れるよ」

「そ、そんな無茶苦茶な!」


 老婆の剣幕に押されるリオン。

 老婆の目がベッドに置かれたままの止まるのを見て取ったリオン。隠そうと手を伸ばしたがタッチの差で紙を老婆に奪い取られる。


「ほぉ、これはアルダインの研究資料かい。たった一枚しかくすねられなかったなんて、小物だねぇ。ますます小便臭くなるってもんだ」

「あの状況じゃ、一枚取るのが限界だったんだよ! ……って、くすねてなんていねぇぞ。借りて来ただけだ、ちゃんと後で返すつもりなんだよ!」

「つくならもっとマシな嘘をつきな。どれどれ」


 タイトルと補足説明しか書かれていない資料を見せつけられ、狼狽するリオン。

 リオンは目に止まった“魔女”という単語に魅かれて資料を拝借してきた。何十枚にも及ぶ研究資料の表紙とも知らずに。

 蒼髪の少女が首を傾げて老婆に尋ねる。


「で、アルダインは何の研究をしていたんだ? ……チョベリー? おぉ~い」

「小便小僧、お前はえらいもんくすねちまったね。……リリィ、ハイエナは今どこだい」


 小柄な少女に表紙を突き出す老婆。その資料タイトルを見て息を飲むリリィ。


「これは……」

「物事には順序ってもんがあるんだ。このことを何かの間違いで知っちまったアイツがアルダインに何をしでかすかわかったもんじゃないだろう?」


 リオンがくすねて来た研究資料の表紙にはこう書かれていた。

 “人造魔女における魔力の向上、生命力の違いと問題点”


「ジェノスは今どこだい。早く答えな!」

「うぅ、わ、わからない。さっき解散してからどこに行ったのか」


 狼狽えるリリィを見かねて、リオンが言う。


「あぁ、ジェノスならさっきアルダインさんの家に――」

「ったく最悪だよ。今一番会わせちゃいけないヤツの家にいるのかい」


 瞬間、夜の村に爆発音が響く。


「アルダインの、家が……」


 半壊している家を窓から眺め、銀髪の少女が力なく声を漏らした。

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