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ミリオン  作者: おこき
~第三幕~
59/76

第57章

 散々な結果に終わった決闘。

 樹海の村に黄昏が訪れた頃、アルダイン宅に戻って来たリオンとセレネ。

 資料で散らかっていたテーブルは、床に片付けられ(・・・・・)三人分の食事が並べられている。

 空腹のセレネがわめくため、アルダインが少し早い夕食をこしらえてくれたのだった。


「んも、んも、旨いぞアルダイン! 料理の腕は見かけによらないんだな、んも、飯が旨い!」

「お前……よく食えるよな」

「こんな旨い飯、食えない方がおかしいだろ?」


 首を傾げる蒼髪の少女。少女の汚物をコックピットでぶっかけられた少年にとって、目の前にあるクリームシチューは鬼門だった。


「俺だって、あんなもんぶっかけられなかったら……くぅ」


 服が洗濯中のため上半身裸のリオンは、悔しそうに隣に座るセレネを見やる。


「リオン、服乾くまでこれ……着る」


 少年の体を直視しないように、もじもじと床を見ながら代えの服を渡す銀髪の少女リリィ。


「ん? あぁ、わざわざありがとうなリリィ。下ばっかり見て、どうした?」

「な、何でもない!」


 首をぶんぶんと左右に振り、服をリオンに投げつけ、小動物のように外へ銀髪は逃げて行く。


「へぇ、結構良い生地の服だな。こんな良い服貸してもらってって……これ、は」


 滑るような手触り。それでいて身体を包み込むような温もり。丹念に織り込まれた生地からこの服が一級品であることは間違いない。

 フリル(・・・)の付いた白色の服を震える手で広げてみる。

 リオンはネグリジェを手に入れた。


「って、んなもん、着れるかぁ!! 明らかに男物の服じゃねぇだろう!」


 スケスケの布ごしに薄毛を被ったムチムチの肢体が包まれ、ふわりと風に煽らた足元から垣間見えるは……男の生足。

 あまりの気色悪さから着用した瞬間、リオンは間違いなく監獄送りであろう。

 

「おぉ……変態趣味なお前でもハードルの高い服を用意してくるとは、さすが義賊の侍姫だな。リオンがそれを着ている姿を想像したら……いかん、精神攻撃を受けた、吐き気が。リオン――出る!」

「出るな! 屈するな! 飲み込め、お前ならできる!」


 セレネの口を片手でロックしながら、顔を反対側に向けさせる。


「うぐぅ。しかし、これはリリィなりの嫌がらせかもしれないぞ。決闘が終わってから、リリィのお前に対する反応がおかしい」

「リリィちゃん、ああ見えてもプライドが高いんだよ。素人同然の相手に苦戦を強いられた、それが気に障っちゃったのかもしれないね」


 ご愁傷さま、と人の不幸を笑うボサボサ頭のアルダイン。

 すると、そそっかしい足音がアルダイン宅の前で止まり、バカンッと勢い良く扉が開かれた。


「あれ、どうしたんだい? 忘れものかな?」

「た、大変なことが、起こった!」


 物凄い剣幕の来客には、アルダインの質問など耳に入っていない。

 端麗な銀髪が乱れに乱れ、感情が高ぶり過ぎて肩で息をしている銀髪のリリィがそこにいた。

 緑色のジャケットを両手で握り締め、呼吸を整えている。疲労からか、それとも焦りからか雪のような白さを持っていた顔が果実のように真っ赤に染まっていた。

 リオンの手によって広げられている可愛らしいネグリジェを一目見て、目を見開くリリィ。


「ぁぅ……」


 リリィから声にならない声が漏れた。それを合図に少女から動揺が嘘のように掻き消える。

 まるで、人質の救出を考える特殊工作員のように、新緑の瞳には一切の容赦が無い。


「何が起こったんだ!? まさか、軍が――」

「ち、違う。と、とにかく大変なことが起こった」


 あくまでも冷静を装いながらリリィが告げる。

 半裸のリオンは立ち上がり、状況を聞こうと少女の前に躍り出た。

 すると、リオンの上半身を直視したリリィは慌てて視線を逸らす。


「そ、そ、それは、危険。早く返さないと大変なことになるの!」


 目を伏せて彼女が力強く指差すのは、リオンが椅子に掛けたフリル付きネグリジェ。

 ネグリジェを鷲掴みにして、小柄な少女に提示してみる少年。


「……これが?」

「ひっ! そんな、乱暴にっ……、こほん。ん……早くそれを返す!」

「返す?」

「はっ! わ、私のじゃない! 私のじゃない! 違う、違う違う!」

「いや、そんな必死に否定されても。今“返して”って――がっは!」


 嗚咽を殺しながら敵を殺す目で訴えかける。“見たこと、聞いたことを忘れろ”と。

 理不尽にもリリィの鉄拳を顔面に食らったリオンは、鼻を押さえながら椅子ごと床に転がった。

 フリルの付いたネグリジェを大事そうに抱えて、男物の服をセレネの頭に被せた後、猛ダッシュでアルダイン宅を後にするリリィ。


「あれは……リリィの服だったんだな。きっとお前に渡す服はこっちだったんだろう。しかし、あんな可愛らしい服が趣味だったとは……ますます幼女属性が、ずずず」


 ジャケットを頭から被せられたセレネは気にせずハーブティーをすすっている。

 一方で、床に転がる少年はというと、


「いってぇ~! なんで俺は殴られた!? 何が危険って、アイツが一番危険じゃねぇか。ったく、思いっきり殴りやがって……一瞬、視界が真っ白になったって」


 理不尽な暴力を受けてのたうちまわっていた。


「幼女を辱しめた挙句、殴られてエクスタシーを感じるとは……やっぱりお前、変態――」

「気絶しかけたんだよ!」


 心底気持ち悪そうにリオンを見つめるセレネに少年は、今夜も頭を悩ませる。



「アルダイン、馳走になったな。シチューは絶品だったぞ」

「いやいや、あのシチューを作ったのはリリィちゃんだよ。僕が作ったのは、その周辺にあった野菜ぐらいさ、あんな野菜でも育てるのに苦労したんだ」


 食後、何気ない会話を行うセレネとアルダイン。

 そこへ、リリィから貰った服を着用してきたリオンも加わる。ジャケットの背中には一味のシンボルであるハイエナの刺繍(ししゅう)が施されており、一味の一人になった気までする。


「あの料理は、リリィが作ってくれたのか。それで、リリィは?」

「君を張り倒してすぐ、義賊が借りている小屋に戻ったよ。リリィちゃんが戻るまで、僕が君達を見張るそうだ」


 やれやれと言った仕草をしながら、アルダインは机の下にある資料をぺらぺらと流し見る。

 そして、何か思い出したように苦笑した。


「あぁ、それからリオン君に伝言。“あの服は、ジェノスの!”だそうだ」

「嘘であることを、切実に願うよ」


 リオンは即答せざるを得なかった。


「それはそうと、ジェノスが集合をかけたらしい。何を支払うかわからないけれど、賭けに負けたチョベリーがそこで対価を支払うそうだ……」


 言葉を吐き捨てるアルダイン。

 そんな彼を見てリオンは、出会って以来胸に秘めていたことを打ち明ける。


「アルダインさんは……この村が嫌いなのか」


 暫しの沈黙。アルダインは「うん」と自分を納得させるように頷くと語り始めた。


「昼間にチョベリーが言っていたと思うけど、この村に来る人間はね、皆、社会的に『死んでいる』人間なんだ。ほとんどは魔女狩りから逃れた無実の人間ばかりだけれど、中には自分の娘や妻を殺して逃亡して来た極悪人もいるのさ」


 アルダインは、用意しておいたハーブティーを木製カップに人数分注ぎ始める。


「誰も自分の身の上話なんてしないけどね。この村の人間は他言できない深い闇を持っている。樹海という光の届かない中でしか生きれない人間の溜まり場だよ、この村は」


 “そんな村を好きになれるはずもないだろう”アルダインの目はそう訴えているように見えた。

 どうぞ、と二人の前にカップを置くアルダイン。


「得体の知れない極悪人が村に流れ着くなら、今日流れ着いた私達もその可能性が高い。そういうことになるな?」


 だからこそ、村人達はリオン達を警戒していたのだろう。

 まして、義賊などという武装集団が連行してきた者達だ。


「そうだね。最初は警戒させてもらったけど……極悪人が怪我をしている人間のために、賊の決闘に参加するとは僕には思えない。君達は加害者側ではなく、被害者側の人間だと推察させてもらった」


 くたびれた顔の男は黄ばんだ白衣のポケットに手を突っ込み、薄汚れたガラス窓からを眺めている。

 彼が見ているのは外の闇か、それとも薄汚れたガラスに映る自分の顔か。


「そう言えば、怪我してた人は今どうしてるんだ?」


 リオンが決闘に参加することになった原因の一人。白髪に充血した眼の男。

 

「あぁ、彼なら奥の部屋で眠っているよ」

「胸あたりに酷い怪我をしていたな、あいつはアルダインの家族なのか?」

「ん? チョベリーに部屋を貸すように言われて、部屋を貸しているだけの関係さ。それ以上でも以下でもない。どこの家も他人の受け入れはごめん被るからね」


 ぼさぼさ頭の男は歯切れの悪い返事をセレネにする。


「む、一緒に暮していれば家族じゃないのか?」

「え……そうとも限らないような、限るような……家族ってのはだな」


 首だけをリオンに向けて疑問をぶつける蒼髪の魔女。黒髪の少年は適切な言葉が見当たらないのか、腕を組んで頭を捻る。

 外の暗闇に視線を定めたまま、ぽつりと黄ばんだ白衣の男が漏らす


「家族っていうのは、簡単に言うと一つの絆の証……じゃないかな」

「絆の……証」


 首を傾げる少女にアルダインが木製カップを傾けながら続ける。

 

「そう……どれだけ離れていても通じ合える。理由なんていらないんだ……どんな時でも無条件で信頼できて愛せる相手、それが家族さ。だから、一緒に暮らしているだけでは家族とは呼べないね。彼は言うならば、ただの同居人だよ」


 リオンとセレネに背を向けたまま、窓の外を見続けているアルダイン。

 顔色こそ見えないが、自分の見解を口に掛ける男は、まるで自分自身に言い聞かせているように『家族』について語るのであった。

 


 緑だった木々が月光に照らされ、蒼になる。

 柔らかな光を灯すバーバ・ヤーガ村の家々。

 しかし、義賊が集う小屋はその光とは対照的に緊迫した空気が経ちこめていた。


「ババァ。約束通り、人造魔女ってやつについて話してもらおうか」

「ふふん、ジェノス。そう焦るんじゃないよ。焦りは判断を鈍らせるもんだ」


 一室では義賊の頭領ジェノスと村のリーダーであるチョベリーが再び会談している。


「俺が焦っているように見えるか? 決闘に勝った今、俺はアンタから聞きたい情報を聞きたいだけ聞けるんだ。何一つ焦っちゃいねぇよ」


 左目にある眼帯を整えながら、鼻で笑うジェノス。


「さぁ、人造魔女について知ってることを全部教えて貰おうか」

「……ふぅ」


 “血の盟約”による呪術が発動しているにも関わらず、背もたれにふんぞり返っている老婆はため息を漏らすばかりで、情報を漏らさない。


「……どうなってやがる。まさか、盟約書を書き換えられた――いや、そんな暇は無かったはずだ」


 額に手を当てて、原因を考えるジェノス。しかし、揺らぐ視線から原因を見つけられていないのであろう。


「だから、焦りは判断を鈍らせるって言ってるだろう? 知ってることはアンタと“血の盟約”をする前に全部吐いちまったさ」


 ジェノスの視線が皺だらけの顔に定まる。


「……何の冗談だ」

「“血の盟約”の呪術を食らってるのに冗談なんて言えるかい。人造魔女について知ってることは、アンタに話したこと以外何も無かった(・・・・・・)ってことさね」


 嫌味ったらしく笑う老婆はとんでもない発言をした。

 ジェノスの体が震えている。怒りからか、それとも殺意からか。

 ジェノスは、相手の賭け金がゼロの状態で賭けに応じたようなものだ。

 老婆が勝てばMF二機が手に渡る。ただそれだけの決闘だった。


「そうか……あの時から俺をはめてやがったのか。レオンを使うのには何か理由があるかと思っていたが?」


 深い皺に覆われた眼を細め、茶化すように老婆は答える。


「フン。決闘に参加できれば誰でも良かったんだよ。見ず知らずの小便小僧に本気で期待していたと思うかい? アタシにとっちゃ勝てば儲けもの程度のゲーム。強いて言えば、娯楽が無い村での暇潰しだ、あれは」


 小馬鹿にするようにヒーヒッヒッと笑い声を上げる老婆。

 ここは義賊が集う小屋。ジェノスは老婆と会談を始める前に、義賊を小屋に集結させている。

 一度、ジェノスがチョベリーを殺せと命じれば、部屋のドアは蹴り破られ気性の荒い男達が老婆を殺そうと押し寄せて来るだろう。

 いくらチョベリーに魔術が使えようとも敵陣のド真ん中では、無力に等しい。

 義賊の若頭は何かの合図のようにスッと右手を上げ、テーブルに打ち下ろす。


「あっはっはっは! やられた! まんまとやられたぜババァ! あの時から決闘は始まっていたってことか。クソ、仲間に合わせる顔がねぇな、ちくしょうが」


 机を連打しながら、力を溜めに溜めて豪快に笑うジェノス。天にまで昇る笑い声は恐らく、別室に控えている義賊達にも聞こえているだろう。


「フン。だいたい、自分達の部下から決闘者を決めるっていうルール自体、お前の方に利があるじゃないか。アタシ以外ただの凡人共の村だ。アタシを封じられた時点でアタシに勝ち目は無い。本気でやり合う気だったなら、ルールの改善を申し立ててるってもんだ」


 決闘を誘い出すため、チョベリーは触り程度しか知らない人造魔女のネタをジェノスに持ちかけた。しかし、ジェノスは自分側に利があるルールをチョベリーに提案してきた。

 そのため、チョベリーは勝ちようの無い決闘を強いられることになっていたのだった。


「話が上手く行き過ぎているから、何か仕掛けてきやがるとは思っていたんだが。まさかババァが勝負する前から全部話してやがったとはな」

「覚えときな『一のことを百に見せる』賭けの基本だ。だいたい、形の無い“情報”なんて代物を賭けに使うからそうなるんだ。アタシみたいにMFを賭ければ、お前は今頃、小躍りでもしてただろうね」


 煙管を裾から取り出し、人指し指に魔術による紫色の炎を灯して葉を点火させる老婆。


「ここのMFなんていらねぇよ、ウチの廃棄MFを婆さんがカスタマイズしただけだろ。この村で一番有益なものはアンタの情報ぐらいだ、チョベリー婆さん」

「そいつぁ、結構なことだ。私の情報が義賊のクソ野郎にご評価頂き、誠に光栄だよ」


 机を挟んで、深々と椅子に腰かける両者。


「なかなかの暇潰しができたよ。その点に関しては礼を言わせてもらおうかね、ジェノス」


 椅子を引き立ち上がろうとする老婆。が、そこに低い声が静止を促す。


「――婆さん、まだ話は終わってねぇ。俺は知っていることを(・・・・・・・・)洗いざらい吐いてもらうと盟約書に記した。別に『人造魔女についての情報を洗いざらい吐いてもらう』とは書いてねぇ。……まさか、人造魔女に熱くなってた俺に気を取られ過ぎて、見落としてなんていねぇよな?」


 老婆の足取りがピタリと止まった。

 ジェノスは機械のような声音で再度、口を動かし始める。

 絶対に破ることのできない呪術を、詠唱を。


「この村に女は来てねぇか……いや、この村で匿っているやつはいるか。そして、人造魔女について知っていそうなやつの名を並べろ」


 歪み無いジェノスの眼差し。

 樹海の主、蛇のような白髪を持つ老婆は口を笑みで歪ませた。煙管を咥え、鼻から紫煙を漏らす樹海の老婆。


「たまには、戯れてやろうと思えば……このハイエナが。人のモノを奪うのはいっちょまえかい。しかし、お前にハメられるとはアタシも老いたもんだ。お前はおいた(・・・)が過ぎるがね」


 ドスの効いたしゃがれ声。

 彼女の喉は地獄の底へと通じている。


「『一のことを百に見せる』のは賭けの基本じゃない。『一のことを百にする』のが賭けの基本、だろ?」


 義賊の頭領は机に手を付いて、ニヤリと不敵に笑っている。

 鬼が出ようが蛇が出ようが、今の彼には関係無い。


「フン。世の中、何も知らず能天気にくたばる奴が一番幸せだってのに……お前も物好きなクソ野郎だねぇ。……か弱いババァから物を奪うとは、義賊が聞いて呆れるってもんだ」

「口の硬い婆さんの腹を割るにはこれぐらいしねぇとな。それに見合った礼はするぜ、俺達は義賊だからな」


 老婆の口が今、呪術の力によって抉じ開けられる。

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