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ミリオン  作者: おこき
~第三幕~
57/76

第55章

「一口に魔女と言っても色々な伝承があるよ? セフィラ教の教えに出てくる魔女なんて、残虐無慈悲、欲望と本能に生きる怠惰と汚れを運ぶ怪物として書かれているし、あちらさん……帝国の国教であるクリファ教では、終焉の日に生まれる悪の化身とまで言われている」

 魔女に関する資料を開けながら薄っぺらい声で気味悪く笑う男。

 骨格が浮き出る程やせ細った顔を飾るのは無精髭。艶の無い髪をガリガリと掻き毟り、黄ばんだ白衣にフケを撒き散らしている。

 研究に没頭し過ぎて身なりを気にすることを放棄した研究者とは、恐らく彼のような容姿をしているのだろう。しかし、彼からは未知を解明する研究者としての希望や高揚感、向上心と言ったものが抜けおちている。

 まるで、迷宮に迷い込み“道”を見失ったかのような男。それがバーバ・ヤーガ村のアルダインという男だった。

「こ、こ、これって」

「あぅ、あぅ、あぁ」

 黒髪の少年と銀髪の少女が資料に載せられている絵を見て顔を赤らめている。開いた口が塞がらない二人に取って、言葉にならない衝撃的な絵がそこにはあった。

「あぁ、これは沢山の男を魅了している魔女の絵だね、魔女はこうやって男達から魔力の源である精を絞り取るとも言われているんだ……精を抜かれた男は魔女の言い成りになって、おっと次の資料は二人には刺激が強過ぎかな? 僕はこの絵、結構好きなんだけどな」

「ふぉぉ!! なんと破廉恥な! アルダイン! こんな絵が好きとは中々のモノ好きだな!」

「ふふふ、モノ好きか……そうかもしれないね。人間の醜い部分がこの絵には滲み出ているだろう? 誰でも隠しておきたい醜い部分は一つや二つある。それを魔女の手に掛かればこうも簡単に醜悪さを晒してしまう……人間本来の醜い姿をね」

 ポルノ写真として十分に機能するであろう“破廉恥な絵”をマジマジと見ている蒼髪のセレネ。

 鼻息を荒くしながら気恥ずかしい絵を見入っている少女に、複雑な思い感じながら眼のやり場を探すリオン。

 アルダインは、血色の悪い頬を引きつらせながらセレネを眺めていた。

 目元の窪みが更に深くなり、動かなければ死体ではないかとさえ思わせる容貌からは喜怒哀楽など読みとれない。

「アルダイン。魔女は今も生きていると思うか」

 資料を片手にセレネが途端に真面目な顔でアルダインに問うた。

 意外な質問だったのか、アルダインの窪んだ骨格から僅かに白い眼球が漏れる。

「生きているか……君は魔女が存在していたことが当然のような言い方をするんだね」

 この村に来る前、彼が人として社会に適応していた時代。

 アルダインは数々の人間に魔女について講義をしてきたが、大抵の人間はこの少女のような質問にはならない。

 せいぜい魔女は実在したかどうか、あるいは、こんな絵を描かざるを得ない程にまでその時代は混沌としていたのかという魔女の存在を否定した質問だ。

「魔女なんて実在しないよ……ただの空想さ」

 容貌に似つかわしい諦めの声。机に広がる資料を腰を丸めながらまとめ始め、アルダインは立ち上がる。

「僕が教えれることはこれくらいかな。こんな村じゃ新しい本も読めないから、まともなことを教えてあげられなかったかもしれないけど」

「いや、十分だよ。アルダインさん、ありがとう。えっと……資料はこの本棚に戻しとけばいいのか?」

「あ、いや……その本棚は違う!!」

 部屋にいる少年少女が(すく)んだ。

 突然の怒鳴り声もそうだが、気力の抜けたアルダインがこうも攻撃的な感情を自分達にぶつけてきたことに三人とも理解できないようである。

「あ……ごめん」

 気を利かせて、本棚まで本を戻そうとしたリオンだったが、急いで机に本を戻す。

 研究者を思わせる彼には本の場所にこだわりでもあるのだろう。

「いや……怒鳴ってすまない。資料は置いておいてくれればいいよ。見ての通り散らかっているからね、自分で戻さないとどこに何を置いたのかわからなくなってしまうんだ」

 冷や汗とも取れる粒を顔に流しながら、冷静さを取り繕うアルダイン。

「久し振りに魔女についての会話が出来て嬉しかったよ、こちらこそ礼を言わせてくれ」

 アルダインは枯れ木のような指で、いそいそと資料を元あった本棚に戻そうと手を伸ばす。すると、アルダインの背後、リオンが手を伸ばそうとしていた埃の被った本棚から一枚の洋紙がリオンの側に舞い降りて来た。

 アルダインは音も立てずに落下した洋紙の事に気付く素振りを見せない。

「アルダインさん、紙が……研究資料?」

 リオンが洋紙を拾い上げた瞬間、アルダイン宅のドアが鈍い音を立てて蹴り破られた。

「アルダイン、ちょいと邪魔するよ。……なんだ、ガキ共も一緒かい」

 煙管を咥えながら、床に転がったドアを踏み付けて顔を出すチョベリー。

「チョベリー。一体、何の用だ」

 家主の虚ろな眼球には敵意が宿っていた。家のドアを蹴り破られたことに殺気立っているわけではなさそうだ。

 仇敵が目の前にいるかのような、憎悪に満ちた眼を向けらているチョベリーはハエを払うように返す。

「アルダイン、お前に用は無い。ここに居候してる奴に用があんだよ」

 緊張感が充満する。

「彼は怪我をしている……何をさせる気だ」

「怪我なんて舐めたら治るだろう? これから、ハイエナと戯れて(・・・)もらうんだよ」

「馬鹿な! 彼を殺す気か! お前は人の命を何だと思っている」

 声を張るアルダイン。事態が飲み込めないリオン達は彼らを見守るしかない。

「フフン、お前に言われると心外だね。殺す気も何も、この村に来た時点で村の連中は皆、社会的に死んじまってんだよ。それにアイツは私達と同じ臭いがする。小便垂らして布団に包まってるタマじゃない、アイツにとっちゃそっちの方が死だ」

 一歩一歩確かな存在感を纏いながら部屋を歩く老婆。

 そこへ緊張感の無い声が蹴り破られたドアからする。

「リリィ、ちょっくら婆さんとこの三下と遊んでやってくれ……って、ババァ!」

 過去最高の来客数を更新しているであろうアルダイン宅。

 義賊の頭領までも颯爽(さっそう)と現れ、リオンは吠えずにはいられなかった。

「一体、今から何が始まるんだよ」

 ジェノスとチョベリーが顔を見合わせニヤリと笑う。

「決闘だ」

 手にしている砂時計を見せつけるように揺らし、悪戯に口を歪めるジェノス。

 拾い上げた洋紙をどさくさに紛れて懐に隠したリオン。

 それに気が付いた者はいなかっただろう。

 

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