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ミリオン  作者: おこき
~第三幕~
55/76

第53章

 老朽化し、皮が所々剥げている木製の家々。庭には仕切りの柵と焦げ茶色の畑が点々と並んでいる。

 樹海を少し歩けば共同で使用される水汲み場も作られており、贅沢はできないが生きていくことならば可能であろう。

 耳を澄ませば小鳥のさえずり、波のように響く樹海の声が聞いて取れる。

 外の世界から隔離され、時の流れからも隔離されたような、実に穏やかな時間がこの村には流れている。

 風景の一部となっている家の一つ。そこにリオン達はいた。

「結局、手掛かり無しかよ。気のせいか知らないけど、俺達村の人達にめっちゃくちゃ睨まれてた気がするんだけど」

「大丈夫。私達といれば安全」

 睨まれていたことを否定しない無愛想な少女。

 結論から言うと、ノーションとドクターMの情報はこの村には皆無だった。

 義賊の男共から“姐さん”と呼ばれる小柄な少女リリィに率いられ、村を探索したがそれも無駄足に終わってしまったということだ。

 村を探索し終えた三人は、リリィの案内で空き家の一室にて休息を取っている真っ只中。

 空き家の外では、ウィッツやサイを含む義賊の面々がMFの点検や何気ない会話など個々に騒いでいる。

 どうやらこの空き家はジェノスがあるものを担保に村長のチョベリーから借りているそうだ。

「私達は嫌われてるのか?」

「ここの人間は口が固いだけ。自分達のことも一切話そうとしない。例え何か知っていたとしても、余計なことは言わない」

 セレネとリリィが会話する中、外の様子を窓から垣間見てリオンは不安気に声を出す。

「ここは義賊のアジトみたいなところじゃなかったのか?」

「ん……ちょっと違う。ここはジェノスが好んで仲間をスカウトしに来る村。この村に流れ着く人は優秀な人が多い……国に対する恨みも」

 背筋をピンと張りながら椅子に腰かけるリリィの姿は、まるで等身大の人形だ。こんな少女が義賊の面々から“姐さん”と呼ばれているとは夢にも思うまい。

「だいたいさ。こんなわかりずらい村にノーションさんと爺ちゃんが逃げ込めるはずないと思うぞ。村じゃなくて、この辺りならイェソドとかに逃げ込むんじゃないか。街なら人も多いし、旅人に紛れこむことも可能だし」

 バーバ・ヤーガ村に逃げ込めれば確実に軍の追跡を逃れることができるのだろうが、何せ外は樹海だ。

 リオン達もジェノス達に出会っていなければ、荒野の中から樹海を探し当てることすらできていなかっただろう。

「この辺りから一番近いイェソドはハンスタの兄・シュナイゼルの管轄区域。下手に街に入れば捕まる」

 リリィの言葉に返す言葉も無い。あのハンスタの兄と聞いただけで、反吐がでそうになるリオン。

 軍事に詳しそうだったノーションとドクターMがそんな街に逃げ込むとは考えにくい。

 この村にも手掛かりは無かった。もし、彼女達がこの村に潜んでいるのなら、月花が村に到着した時に何らかのコンタクトを取ってくるはずだ。

「あまり言いたくなかったけど……この村にいなければ諦めるしかない。今、樹海の外は軍が走り回っている頃。奇襲された基地にはロイ・ゲハルト少佐も来ていた。いくら強いMF乗りでも、彼に出会っていれば生きてる保障はない」

 ロイ・ゲハルト。またこの名前。

「生きてる保障って……あのノーションさんと爺ちゃんなら大丈夫、だよな」

 ノーションの強さがどれほどのものかリオンは正確には知らない。しかし、ジェノスに“ロイ・ゲハルト級の腕の持ち主”と言われるぐらいなのだからかなりの腕なのだろう。

 ノーションの機体【アルテミス】もかなりのチューンアップが施されていた。そう易々とあの機体を捕獲することはできないはずだ。

 胸のもやもやを振り払うためにリオンは、話題を変えることにした。

「なぁ、ロイ・ゲハルトって、そんなにすげぇ人なのか?」

 ジェノスも口にしていた名前。共和国の軍人、ロイ・ゲハルト。彼ついてリリィから情報を得ておくのも悪くない。

「ん……彼はかつて共和国最強と言われた部隊“カミーチェ・ロッソ”に所属していた。中でも“カミーチェ・ロッソの三獣士(さんじゅうし)”と呼ばれた男の一人。今はアトランティ共和国軍・MF第四独立部隊も指揮している。階級は少佐」

「カーミチェ・ロッソ……赤シャツ。共和国軍の軍服は赤かったか?」

 今度はセレネが質問をする。

 一般兵が着用している迷彩柄、指揮官などが着用している白の軍服。赤は無かったとリオンも認識している。

「彼らの部隊が出陣すると敵の返り血で白い軍服が朱に染まったという逸話から、赤シャツ……カミーチェ・ロッソと呼ばれるようになったそう。とにかくロイ・ゲハルトは極めて危険。ハイエナ内でもジェノスが側にいない場合、戦わずに逃げろと言われてる」

 ただ情報を提示するだけのリリィ。それ故に正確な情報なのだと思わされる。

 しかし、返り血で服が赤く染まるなど、いくら何でも過剰な表現であろう。

 魔術と銃器がぶつかり合った大昔ならば、生身同士の戦いのため返り血を浴びることもあったかもしれない。

 現在、MFが実用化されている。返り血を浴びる機会などそうそう無い。そう考えると赤シャツなんて言葉は時代錯誤だ。

 一方で、そんな逸話が生まれる人物とは一体どんな人物なのか。英雄好きのリオンは、より一層好奇心をくすぐられた。

「敵兵の返り血でシャツが赤くなる……そんな逸話を持ってる人間なら、共和国の英雄といったところか?」

 逸話の数なら絶対に負けない魔女が呟いていた。

「英雄……多くの共和国の人間にとってはそうかもしれない。でも、彼は人を救わない。殺すだけ……軍人だから」

 何故だがその言葉を聞いた途端、胸の高鳴りが風化していく。

 英雄と呼ばれてもおかしくない強さを誇るが、やっていることは人殺し。

 人を救わない英雄、なんたる矛盾。

 殺すことでしか人を救えない。それは果たして英雄と呼んでいいものなのか。

 ふとリリィの顔を見ると張り詰めた表情をしていた。何かを思い出しているような、遠い表情。

「あ、な、なぁ! そう言えば、この村には優秀な人が多いって言ったよな? この村には魔女とか魔術に詳しい人っていないのか?」

 天井に視線をチラつかせながらも何とか話題を絞り出すリオン。しかし、天井に話題は転がってなどいない。思い付いたことは、この村では禁句だと言われていた魔女という言葉であった。

「ん……魔女と魔術とは限らないけど、考古学者が一人いる」

「なんだって! 考古学者がいるのか! その人はどこにいる? MFについても聞きたいことがあるんだ」

 考古学者ならば、魔女だけでなくMFについても何か知っているはずだ。現在リオンが知りたいのはMFの構造ではなく、MFの伝承である。

 乗り手の精神を乗っ取るようなシステム、あるいは、魔術の掛け合わせか何かで召喚される謎の意思。

そんな異常なMFに伝承がないはずがない。

「ん……? チョベリーが現役の考古学者。でも、タダでは何も教えてくれない」

「ははっ! ……冗談だろう? あの婆ちゃんが、考古学者……?」

 煙管を吹かし、義賊の若頭と対等に会話できる肝っ玉。学者のイメージとはかけ離れている。むしろ、あの風体から連想できるのは暴力団や盗賊一味の長であろう。

「今朝も樹海にある遺跡を調査しに行ってた。帰りにジェノス達と合流できて……っ!」

 何かを思い出したかのように、つぶらな新緑の瞳をパチッと見開くリリィ。

「まさか……勝手に機体を動かしてリオン達を斬りつけるなんて思っていなかった。ごめんなさい」

 ぼそぼそと申し訳なさそうに言いながら、そのまま床に視線を落とす小柄な少女。

「あぁ。あの時のことか。そんなに気にしなくてもいいって! 婆ちゃんにも悪気は……あったようにしか見えなかったけど。リリィが悪いわけじゃない! なぁ?」

「死ぬかと思った、死ぬかと思った、あの時は死ぬかと思ったな。あぁ、怖かったぞ。確かに、怖かったぞ」

「ここでそう言う発言するお前の思考回路の方が俺はこぇよ」

 リオンの期待とは裏腹に、がたがたと震えながらセレネは呪文の様にただ言葉を並べる。

 それを聞いてか、更にしゅんとする銀髪の少女。

 ぽん、と銀の髪に手を乗せて言い聞かせるように言う。

「……気にすんな。ジェノスに頼りっきりで油断してた俺達も悪いんだ。アレは婆ちゃんから俺達への警告だったと思っとく」

 そして、あることに気が付く。

「……ん? ってことはあの婆ちゃん、魔力も扱えるのか!」

 紫色のMFはスペック的にサウザンドであろう。リリィの魔力で動かしていたとも考えられるが、老婆がリリィの意に反した行動を取っていたとすると、魔力を遮断して強制停止させられていたはずだ。

「ん……魔力だけじゃない。全部我流らしいけど、魔術も扱える。チョベリーに反抗した人を焼き殺すぐらいの魔術なら平気で使う」

 いかにもやりそうである。リオンの表情は強張る一方だ。あの老婆、もはや怪物の類であろう。

「リオン……魔女に興味がある?」

「い、いや! 別に興味があるわけじゃないんだぜ? なんつーか、とりあえず知っておきたいみたいな」

 本当に?と小首を傾げるリリィ。頭を掻きながら、視線を逸らすリオンは誰が見ても怪し過ぎる。

「いや、実は、私は考古学者を目指していてな。特に魔女や魔術について詳しく知りたいと思っていたんだ。チョベリーはどうすれば自分の知識を教えてくれる」

 壁にもたれ掛かっていたセレネからの気の効いた発言。

 少し目蓋を閉じて、考え込む銀髪の少女。部屋の外では宴会でも開いているのかガヤガヤと輩の声が響き始めてきた。

 頭の中で、チョベリーの行動パターンを想像しているのだろうか、何故だか「うぅ……」と苦痛そうな表情を数回見せてリリィはパッと目を開く。

「もう一人、魔女や魔術に詳しい人がいる」

 人差し指を立てて、あっさりとした表情で別の提案をするリリィ。

 彼女でもチョベリー攻略は不可能だったようだ。

「付いてくる」

 ささっと、椅子から部屋の出口に移動するリリィ。腰には椅子に立て掛けていた長刀が既に納まっていた。

「おい? どこに行くんだよ? そう言えば、この村では魔女って禁句なんだよな? 村の人にそんなこと聞いたら脳味噌を農具で耕されるって……ジェノスが」

「アルダインなら大丈夫。彼はそんなこと気にしない。それにいつも何か話したくてウズウズしている変人。それに……」

 刀に手を添え、目に確かな覚悟を宿してこう言った。

「魔女についての話は私も興味が……ある」

 バタンと扉を閉めて部屋を後にする銀髪の少女。

 リリィが外に出た瞬間、「姐さん! どこへおでかけ――」と言いかけた男が断絶魔を上げ、「お嬢! 失礼しやし――ひぃぃ!!」と声を張る声が鉄の切断される音で掻き消される。

 リオンとセレネが何事かと外に飛び出た矢先、肩を震わせている銀髪の少女が一人。

 そして、怒鳴り声が火の粉のように降り注いだ。

「てめぇら!! “姫さん”を呼ぶ時は気を付けろってあれだけ言っただろぉうがぁ! てめぇらの頭は“鉄屑”かぁぁ!!」

 “姫さん”の部分だけ吐き気がするぐらいのにっこり笑顔。

 緑色のメタルフレームから声を拡張させて、髭面強面のウィッツが頭領顔負けの気迫で、迂闊な発言をした男共に一喝入れている。

 ウィッツが小一時間前にさんざん“姐さん”と言っていたことを「すいやせん!!」と頭を下げている義賊達が知ればどういう顔をしただろうか。

 鉄屑とは、現代技術で作り上げた格安MFのことである。ブースターもなければ、レーダーも無い。都内では子どもの遊び道具として使用される程度の代物だ。

 メタルフレーム乗りの中で“鉄屑”と言うと“全く使い物にならないカス野郎”という俗語である。

「ウィッツ。私は……別に、何て呼ばれてもいい」

 くるりと誰もいない方を向いて背中で語る銀髪少女。

 特に気にしていない様子を繕っているが、この現場を見る限り十中八九気にしているのだろう。

 腰にまで垂れている端然(たんぜん)とした銀髪の後ろには男達が平伏せている。

「あ、リオンさんにセレネさん。またどこかへお出かけですか?」

 癖の入った栗毛を揺らしながらサイが汗を拭いながら声を掛けて来た。出会った時に比べ、こちらに向けられる表情が随分と柔らかくなっている。

「あぁ、今からアルダインって人に会いに行ってくる。ジェノスが戻って来たらよろしく伝えてくれ。サイはメタルフレームの点検か?」

 両手に汚れた軍手。恐らく、メタルフレームの内部装甲を開けたのだろう。熱量が溜まりやすい個所が多いため、彼の額を流れる汗の量にも納得が行く。

「はい、MFがいつ必要になるかわかりませんし。……と言っても、メタルフレームの中を見る本格的な整備はジェノスさんかウィッツさんの指示が無いとできないんですけどね。コックピットで行える各部の自主調整はできますが、回路や配線の話になってくると僕も義賊の皆さんもどうも」

「ったく、乗るだけ乗って整備ができねぇとは……MFはメンテと改造が醍醐味だってのに、最近の若いもんはこれだからよぉ……」

 呆れた口調のウィッツがコックピットで作業をしながらぼやいている。その拡張された声にリオンも同感だ。

 メンテナンスが出来てこそメタルフレーム乗りと言うもの。

 第一、自分の機体の状況は自分が一番よく知っておかねばならない。機体を知るには乗ることも必要だが、やはりフレームを開け、整備道具を握るに限る。

「二、四、六、八……義賊って、結構メタルフレーム持ってんだな」

 緑が生い茂る村の片隅には、ざっと十数機のMFが仰向けに寝かされていた。一機に付き四~五人の割り振りがされているが、鉄の巨人の周囲を行ったり来たりしているだけで手際が良いとはお世辞にも言えない。

「おっさん! これ、いつ終わる見込みで作業してんだよ?」

「俺に聞くな! 頭ぁ~早く戻ってきてくだせぇ~」

 無駄にでかい声が周囲に響く。リオンの質問をスパッと弾き、老婆の邸宅にいる若頭に助けを求めるウィッツ。

 軍などに所属し戦闘をするだけのパイロットや機体専属のメンテナーがいるのならば、自分で整備する必要は無いかもしれないが、旅や商売に使用しているのならばメンテナンスはできた方が良い。

 発掘屋を訪れれば副業として格安でメンテナンスサービスを行っているだろうが、発掘屋の数が激減している現在、荒野で路頭に迷えば死活問題にまでなるだろう。

「機体は触りしかしらねぇ俺でも応急処置ぐらいできんだぞ? 俺の専門は武器だってのに、ウチにはメンテナーがいねぇからよぉ、くそぉ……」

 左腕関節と五本あるマニュピレーターの状態を確認しながら愚痴るウィッツ。

 その様子を何気なく見上げ呟く。

「メンテナーねぇ……ん? 整備順、おかしくねぇか。おっさんそこは――」

「おい、リオン。置いて行くぞ? 変人に会いに行くんだろう、変人に!」

 遠方。いつの間にか小さくなっているリリィの背中を指さし、わくわくを抑えきれていないセレネがいそいそと足踏みをしている。

 セレネの目的が『変人に会いに行く』にすり替わっている気がするが、今はアルダインという学者から知識を得るチャンスである。

「おぉ! 今、行く!」 

 メタルフレームは軍でもない限り我流で整備する者がほとんどだ。ウィッツにはウィッツなりのやり方があるのだろう。

 頭を悩ます義賊達を後ろにメタルフレーム・ハンドレットとサウザンドの基本回路、そして、メンテナンスが必要だと思われる代表的な個所を思い浮かべながらその場を去るリオンだった。

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