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ミリオン  作者: おこき
~第三幕~
54/76

第52章

「おい、クソババァ。最近、ここに新入りは来てねぇか?」

「ハン、またこの村から貴重な労働力を奪おうってのかい?」

 村の主と呼ばれる老婆。村に到着するや否や、彼女の無駄に広い自宅へ招かれ、ジェノスは老婆と対談を始めた。

 煙管を噴かせながら深々とソファーに腰掛ける威厳たっぷりの老婆。相手が義賊だろうが盗賊だろうが、軍人だろうがこの態度を変えることはなさそうである。

 樹海の中には確かに村があった。いや、里と言った方が適切かもしれないが。

「で、そこの小僧共はなんだい? アタシへの手土産かい?」

 短い足を机の上に乗せ、煙管を机にカンッと一叩き。壁側に立たされたリオンとセレネは上から下まで吟味するように眺められた。

「あんたへの手見上げは軍用MFのパーツ数種類だ。サイがバラしたヤツをくれてやるよ」

 鼻と口から煙を噴き出し深い皺をめり込ませながら満足気に笑う老婆。骨に薄い皮が張り付いているだけのもはやミイラだ。

「そうかいそうかい。コイツらが手土産だったならお前達をブチ殺してるところだったよ。で、他は?」

「ッチ、足元見やがって……ウィッツ! R-EX(アレックス)もくれてやれ」

 頭、そりゃないですぜ!とわめくウィッツだが、ジェノスの心底苛立った様子を見てとぼとぼと外へ出て行った。元々誰のものでも無い。リオンが護身用に持って来てしまった軍用マシンガンだ。

 しかし、老婆は兵器の名前を聞いた途端、眉をじわりと上げた。

「ほぉう、R-EXまで持っているのかい。まぁ悪くないね。で、何の話だい」

「この村に新しく誰か来てねぇかって話だ。アンタらが身包み剥ごうとしたヤツも含めてな」

 上機嫌になった老婆。ようやくジェノスの話を聞く気になったらしい。

「フン、ここをどこだと思ってんだい? 人の出入りは今も昔もからっきしだ。強いて言えばお前の戯言に乗せられて、出て行ったボンクラが三人ってとこだよ」

「出入りはないってことだな? ……今、俺は女を探してる。ハンスタの村を荒らし回った……上玉だ」

 歌うように言いながら眼帯の男はギラギラした目を細める。

「悪いがそんな奴()来てないよ。しかし物騒な話だ。そんな犯罪者がこの近辺をうろついてるってんなら、さっさとハンスタ様に駆除してもらわないとおちおち寝てもいられないね」

 凄味のある老婆が興味なさげに言葉を吐き捨てる

 そして、煙管を一叩き。

 時空の切れ目でも叩き割ったかのような反響音。

 木製邸宅全体の空気が凍り付く。

「でーー森の外は、今やハンスタ率いる軍がうろついてるってことかい?」

 蛇のように絡まったぼさぼさの白髪が声を低くして言う。

「……共和国軍のハンスタは殺されたそう。私達より先に事を起こした者達がいる。それがその女という可能性も」

 紫色の鎧武者から発せられていたのと同じ、雪解け水のような儚げな声が邸宅を解かした。

 ジェノスの背後に控えている少女が一歩前に出て意見したのだ。

 腰まで滴る雪のごとき白銀の髪。清楚などという言葉では足りず、もはや神聖とも言うべきその顔立ち。

 そして、前髪から垣間見える新緑の瞳が、小柄な少女をより別次元の人間へと昇華させていた。

 義賊“戦争のハイエナ”頭領・ジェノスの妹であろうか。ジェノスとは別の“格”が少女からは見て取れた。

 しかし、兄妹にしては瞳色、髪色があまりに違い過ぎる。

 謎めいた少女の腰には護身用なのか刀が帯びられている。ただ、このか弱い体型では自分の背丈程ある刀を抜くことはまず不可能であろう。

 帝国製には劣るが、共和国内でも流通している軽量ハンドガンを携帯する方がいくらか合理的である。

「ほぉ……リリィ、そりゃ確かかい」

 リリィと呼ばれた銀髪の少女の声を受けて、老婆は神妙な顔つきになりリオンとセレネを凝視した。

 


「ったく、横暴な婆ちゃんだな。セレネ、追い出されちまったけど、どうする。俺達、とんでもない村に連れて来られたぞ」

 老婆の馬鹿でかい邸宅を後ろに、途方に暮れるリオン。

「あぁ、ノーションもじぃじぃもいなさそうだし、早いところ逃げ帰った方がよさそうだ」

「お前、ウインド村で逃げも隠れも隠しもしないとか、言ってなかったか」

「……仕方ない。今から一枚脱ぐとしよう!」

 自分の服に手を掛け、服を脱ごうとするセレネ。いつもならばリオンが何かしら発言するはずなのだが、言葉は出ていない。

 代わりに少年少女はアイコンタクトを取り合い、後方の人物に気付かれないよう小声で言う。

 二人の後方。茂みの中から銀髪が漏れている。頭隠して尻隠さずをそのまま体現した状態だ。

「……ぉぃ、セレネ。お前、あの子に何か恨まれるようなことしたんじゃねぇだろうな? 追い出されてからずっと付いて来てるぞ」

「……私は“くーるびゅーちぃ”な女だ。幼女に手は出さん」

「クールビューティーがいきなり道のど真ん中で服なんて脱ぐかよ。危険だから義賊の連中といろってジェノスに言われたけど……立地以外普通の村だよな、優しそうな人もいるし」

 コソコソと話をする蒼頭と黒頭。農作業中の村人に声を掛けようと手を上げた瞬間。

「彼に話しかけないで。情緒不安定、やっと外に出るようになったところ。ここは普通の村じゃないの」

 背筋に戦慄(せんりつ)が走る。

 遥か後方で冗談のような身の隠し方をしていた少女とは思えない。

 気配を全く感じなかった。

 いつの間にか、リオンのズボンをちょいと掴んでいる銀髪の少女。

 整った清楚な顔立ち、それに加え透き通るような声。少し年の離れた妹にされていると思うと顔が綻びそうなもの。

 しかし、刀を半分抜き身にしている得体の知れない少女にされれば、恐怖しか湧き上がってこないであろう。体格的に抜刀することは不可能だとわかっていても、脅しにはなる。

「は、ははは……。ダメだぞ、そんな危な――」

 瞬間、リオンの顔面に銀が走る。

「――いことしたら……って、ひぃぃ、眉がぁ! 俺の眉毛がぁ!!」

 ひぃひぃと転げ回る若干、十七歳。女に泣かされたのは一体何度目か。

 そして、寝転ぶリオンは上下逆さまになった視界で確かに見た。

 銀の少女が銀の刀を舞のごとく華麗に、抜き放っている姿を。

 ぽん、と手を付いてセレネが一言。

「そうか。リオンに懐いているから付いてきたのか」

「なんでだ! 懐いてる子どもが刀で人の眉毛を削ぎ落とすか! っていうか、子どもがこんな刃物を持ち歩いていいのか! 保護者はどこだぁ!! ごっふ――」

 鞘で“男の刀”をフルスイングされ、前屈みになりながら沈黙するリオン。一方的かつ圧倒的な暴力だった。

「子ども、子ども、子ども! ……子どもじゃない! 十六」

 ムスッとしながら身体に対して長過ぎる刀を華麗に納刀する銀髪の少女。

 子ども扱いされたことに怒りを感じていたのか、更に愛想が無くなってしまった。

「なんだ。リオンと歳が近いんじゃないか? フッ、私は……セレネだ」

 クールビューティーがマイブームなのか蒼髪の魔女はキザっぽく喋る。

「私はリリィ……蒼色のメタルフレームはあなたの?」

「月花のことか? あれは私達のメタルフレームだ。うん? あぁ……そいつは」

 突っ伏している黒髪の少年を納刀した刀でツンツンと突くリリィ。コイツは何者だと言う意味であろうか。

「そいつはリオンと言ってな。頭は周らないがろれつは周る」

「ここ……そんなに痛い?」


 ビクビクと股間を抑えながら丸まっているリオンが心配になってきたのか、おずおずと尋ねるリリィ。


「リオンは打たれることに快感を覚える体質でな。幼女から股間を殴られて今まさに絶頂を迎えているんだ。そっとしてやってくれ」

「ようじょ……ぜっちょう」

「そうだ。心配なら撫でてやってくれ。リオンも喜ぶ」

「喜ばねぇよ……この卑猥な頭を割るぞ」

 ぽむっ、と蒼髪に片手が添えられた。そして、

「うぅ! リオン、指が食いこんでいるぞ、音を立ててるぞ! ぬぅ~割れ~る~ぅ」

 蒼髪に埋もれる五指は外れない。メタルフレームのように強固に固定された腕。

「どさくさに紛れてこの子に何させるつもりだった? 俺は不能じゃなかったんですかね!」

「不能だと思って、不能を可能にしようと! お前の黄金銃に弾を装填してやろうと私なりに……痛い痛いぞぉ! リリィ、助けてくれ!」

 命からがらリオンのアイアンクローから逃れたセレネは、リリィを盾にして縮こまる。

「おい! お前、それは危な――」

 あたふたしながら、セレネに拘束されている少女リリィ。全速力で突進してくるリオン。

 リオンは急に止まれない。

 リオンの突き出している掌。

 それは見事にリリィの懐に入った。いや、発育段階のリリィにとって“入った”というのはいささか語弊がある。

 掌が胸に“乗った”

「っ……あ」

 消え入りそうなリリィの声音。小さくて白い手から長刀がカタリと落ちる。

 服越しに感じる僅かな弾力、それを味わう余裕など無い。体が強張り、手を引くこともできないでいる少年は、髪色とは対照的に頭の中は真っ白である。

 白昼堂々、リオンが触っているモノ。反発力と弾力に富んだ丘。

 男の桃源郷。

 通称……胸。

「ぃぃ……ぅう……っぐす」

 セレネに固定されたまま直立しているリリィは、泣くまいと下唇噛み締めながら、薄らと涙を浮かべている。

「あ、ああ、あ! こ、こ、これは! っだな」

「まさか自ら“幼女”の乳を揉みしだくとは……これもリオンの黄金銃のためか。許せ、リリィ」

 震える手と声。両手を天に上げ、自然とホールドアップの姿勢をするリオン。幼女ことリリィの背後から魔女が余計なことを言う。

 リリィの表情は歪んでいく。

「リリィ、本当にごめん! 別にリリィの胸を触ろうとかそういう――」

「未発達の乳を鷲掴み、リオン幼女に目覚める……と」

 紙を取り出して声を出して書き足す蒼い魔女。

 そこから先は走馬灯のように映像が流れていった。

 澄ました顔をした少女が鬼の形相でリオンを睨みつけ、顔面目掛けてグーとパーと最後にチョキで滅多殴りの滅多刺し、リオンは腰が砕けたように崩れ落ちる。


 

 よろよろと歩きながら肩を落とすリオン。リリィによる鉄槌で顔面は言わずもがな、体中が傷だらけである。長刀を安々と振り回す少女相手に命があっただけ運が良かったと言えよう。

 隣には大変ご立腹の様子であるリリィ。顔色一つ変えず、ただジッと横目でリオンを睨んでいる。

 無言で圧力を掛けられているため、会話が発生する雰囲気も無い。

「哀れだなリオン。リリィはお前のその醜い顔を見て言葉にならないそうだ」

「誰が原因でこんなことになったと思ってんだオラぁ! 勝手に言ってろ! このアホセレネ」

「む……。胸を~鷲掴み~幼女の胸を~鷲掴み~」

「はい、わたくしの顔は醜い豚のようでございます。異論はありません!」

 姿勢を正し、ぺこりとリリィに頭を下げるリオン。

 セレネの言葉から先ほどの出来事を思い出したのか、頭から湯気が出る程に顔を赤らめて両手を振り回す銀髪の少女。

「豚! 豚! ブタ! 不潔、最低!」

 あまり感情が入っていないように見えるが、彼女なりに精一杯声を出してるのだろう。

 汗に構わずぽかぽかと黒髪の頭を叩くリリィの姿は兄に激怒している妹にも見えなくもない。

 しかし、そろそろ彼女が自分達に付きまとう理由を尋ねなくてはならない。

 パシッと片手で背丈の低い少女からの攻撃を受け止め、リオンは真剣な目つきのままリリィの新緑の瞳を覗きこむ。ただし、顔面は痣だらけだ。

「リリィ。どうして俺達を付けていたんだ? お前は俺達の見張り役なのか?」

「え……」

 邸宅にはジェノスと老婆がいる。

 自分達が逃げ出さないよう監視するため、それが一番妥当な線だろう。

 リリィの戦闘力を持ってすれば、リオンなど直ぐ殺すことが可能だ。

 何か思い出したように眉を上げてリリィは、

「あ……。私達の新しい仲間を探す」

「え? ノーションさん達のことか? でも、さっきガラの悪い婆ちゃんは、二人とも来てないって――」

 ふるふると首を左右に振るリリィ。

「ジェノスは“女”としか言っていないのに、チョベリーは“そんな奴ら”と言った。少なくとも誰かが来ている可能性はある。しかも複数人」

 チョベリー、恐らくあの老婆の名だろう。一方で、あの老婆の言葉の矛盾に気が付くとは、この少女やはり油断ならない。

 服の袖からぐしゃぐしゃになった紙きれを取り出し、リオンとセレネに差し出す銀髪の少女。

 緑の瞳に見守られる中、リオンは紙に目を通す。

「あ……えっと……これ義賊の暗号か何かか?」

「ううん、ジェノスの字。“時間を稼ぐ、村を案内するフリをして探せ”って書いてある」

 どうして? 読めないの? という表情をするリリィ。

 紙面に躍るように書かれた癖の強過ぎる字。これを解読できるのは、この少女ぐらいではないだろうか。

 一方で、村を統べる老婆がアレだ。

 村に住む住民達が果たして普通であろうか。先程も不用意に村人に声を掛けるなとリリィから釘を刺された。

 樹海で老婆が言っていたことを思い出す。

『ようこそ――クソ野郎共が集う村へ』

 荒野に堂々と生い茂る樹海。

 荒野では生息できるはずもない鳥や虫が無数に生息し、木々によって閉鎖されたこのバーバ・ヤーガ村。

 問題が無い方が問題だ。

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