第50章
岩山を後にし、荒野に出た四機のMF。
リオン達は今“戦争のハイエナ”の仲間が集まるという村に向かっている。逃げようにも逃げられないし、従っている限り軍から守ってくれるのだから逃げる必要もない。
軍がうろついている荒野を無防備に走り回るよりも、軍を返り討ちにする実力を持ったジェノス達に同行している方が遥かに安全である。
月花がブースターで移動すると先行しているウィッツ、サイのハンドレットだけでなくジェノスが駆るサウザンドまでも追い抜いてしまうため、月花はブースターを禁じられた。
しかし、重厚な蒼い甲冑を纏っている月花がブースター移動を行う他の三機に付いて行けるはずもなく、全員の足並みを揃えるため一行は“歩く”という結論に至る。
「ったく、お前らの機体は肥満過んだよ。って、レオン。ちゃんと付いて来れてるか? 鍋も片付けれねぇとは、ほんと……どこのおぼっちゃまだよ」
「だから、俺はリオンだ! だいたい、あんな“自分で火を噴く鍋”なんて見たことねぇんだよ。あんなの片付けろって言う方が無理だ、もしいきなり火が付いたらどうすんだよ」
出発前、リオンに鍋を片付けるように言ったジェノスだったが、魔力コンロを初めて見るリオンにとってそれは爆破物を片付けろと言っているようなものである。
胸部がへこんでいるオレンジ色の機体は、歩く速度を落とし月花と並ぶように歩く。
「魔力を流し込まない限り、火なんて付きやしねぇ。お前、田舎の出だな?」
「あぁ、魔術も科学も無い田舎育ちだよ」
少々言葉を強めるリオン。
「んじゃ、バーバ・ヤーガの生活を見てもそんなに驚かねぇかもな。今から行く村も生活に魔術も科学も使ってないところだ」
「そもそも魔術も科学もある“村”なんてないんだろ? どっちかがあればそれは“街”だ」
リオンとジェノスが通信し合っている中、セレネが前髪を軽く払って尋ねる。
「なぁ、ジェノス。いまから向かう村に軍人はいないだろうな?」
月花のモニターに映るジェノスを見つめながら警戒を表情にしているセレネ。そんな少女に長髪の男は鼻で笑って答えた。
「ふふ、いねぇよ。俺達義賊が軍人のいる村を集合場所にすると思うか? 義賊と軍は犬猿の仲だぜ。ナアバリに入って来たらブチ殺してもブチ殺されても文句言えねぇ。基本的に軍人が駐留してるのは“街”だ。高給取りで贅沢三昧の“エリート様”が好んで汚くてクソ不便な“村”に住もうなんざ思わねぇから安心しろ」
犬猿の仲と言うだけあり、軍人に対するジェノスの評価は厳しい。
「それに軍の野郎は、あの村に辿り着けない。今から行く村は別名“魔女の村”だ。普通の人間はまず、近づかねぇし、見つけられないんだよ」
その別名を聞いて言葉に詰まるセレネ。一方で少年はシートに乗り出して声を上げた。
「ま、魔女の村!?」
「なんだ? レオン、ビビってんのか? 都市伝説なんて――」
「魔女の村って言うぐらいだから、そこには魔女がいるんだよな!?」
からかうようなジェノスを声で押し切るリオン。
血相を変えた少年の姿をジェノスは無表情で見つめるだけ。
沈黙が続く。リオンは彼らに取って場違いな発言、もしくは、言ってはならないことを口にしてしまったのだろうか。すると、一斉に笑い声が上がる。
『リオンさん……魔女なんて本当にいると思っているのですか? まさか、熱心なセフィラ教徒の方ですか?』
『ガーハハハッ! あぁ、怖い魔女がそこにはおじゃんとおるぜ? よくガキの頃に聞かされただろ。“悪いことする子は魔女に喰われるぞ”ってな』
サイとウィッツに馬鹿にされるリオンだが、苛立ちよりも驚きが彼の胸を埋め尽くす。
「んだよ、あんたらは……魔女なんていないと思うのか?」
「あぁ、いねぇいねぇ。魔女なんて実在するわけねぇだろ? ありゃ、セフィラ教の過激派が勝手に盛り上がって作った架空の生き物だ。今時ガキでも信じちゃいねぇよ、それをお前は……っくく、ハッハッハ! 田舎育ちも考えもんだな」
ジェノスの声を聞きながら深刻な顔を見せるセレネ。
魔女なんて存在しない。では、彼女は一体何だと言うのだ。
ひとしきり笑うと、真面目な声でジェノスが言う。
「魔女なんていねぇ……魔女として処刑された“人間”が、反吐が出るほどいただけだ。前大統領が“魔女”って単語を連発して何人もあの世に送りやがっただろ? つまるところ、力量の無いクソ以下の政治家が民衆のクーデターにビビって用意した憎悪の捌け口が魔女だ。……軍人どもを使って、片っ端から罪も無い人間を殺しやがった」
腹の底で声を轟かせるジェノス。
信仰心が弱い人間にとって魔女とはそれぐらいのモノだった。
「今から行く村に、魔女なんていない。ただ、魔女として虐げられてきた人間がいるだけだ。村で“魔女”って単語を使わないことだなレオン。農具で脳味噌を耕されんぞ」
「あぁ……わかった」
ジェノスの言葉を半分横流しに聞き、セレネの様子を後部座席から覗いながら黙り込むリオン。
目の前に座っている蒼髪の少女は間違いなく、魔女である。
異常な再生能力、膨大な魔力量、そしてウインド村で殺戮の限りを行った。実際に信じられない光景を目にしたリオンだからこそ、魔女の存在が認知できているのかもしれない。
ただ彼女と話をするだけでは、ハイエナの一味のようにセレネが魔女であるなど気付きもしないのであろう。リオンも始めはセレネのことをただの盗賊崩れだと思っていたぐらいだ。
ならば、何故ノーションとドクターMはセレネが魔女だと確信できたのか。
熱心な宗教家でもない知識人の彼らがどうしてあっさりとセレネを“本物の魔女”として認めたのか。そして、魔女の存在を許容できたのか。
ノーション達はウインド村の人間達のように魔女のような殺戮を繰り広げる“月花”もセレネの異常な再生能力も見ていないはずだ。何を根拠に魔女であると信じていたのだ。
セフィロト・ドライブとクリフォト・ドライブ。ノーションの説明を思い出しながらリオンの考えはそこに行き着く。
月花は人間の呼吸で言う“息を吐く動作”しかできない欠陥品。クリフォト・ドライブしか搭載されていない、言わばパイロットの命を糧に動く拷問器具である。それを何の苦も無く操るセレネを見れば……魔女だと結論づけられるというのか。
それだけの情報からセレネの正体を見破れるはずが無い。
ノーション達はもっと何か、決定的な証拠を発見していたのではないか。ただ、それが何かまではリオンに導き出せるだけの知識は無かった。
そして、ジェノス達の話を聞く限り実在するかどうかは不明だが、ドクターMが以前会ったことがあるという“紅い髪の魔女”。
金髪の女魔術師と背丈の低い老人。彼らには生きていてもらわねば困る。何がわからないのか、それすらわからない状態のリオンが、魔女について知る大きな手掛かりを彼らが握っているに違いないのだから。
現状、ジェノス達が魔女の存在を信じていないのならば好都合である。セレネが魔女であることは金輪際、誰にも悟らせない。
『頭、見えてきましたぜ』
リオンが思考にふけっていると前方を歩いているウィッツから声だけの通信が入る。
月花のカメラアイには信じがたい光景が広がっていた。
荒野のど真ん中に緑一面の樹海が広がっている。
「どうして……こんな」
こんな、植物が育つはずがない砂の地獄で緑が広がっているのか。リオンの内心に答えるかのようにサイが通信を入れる。
『驚きましたか? 共和国には想像を絶するものばかりあります。僕も最初に見た時には言葉が出ませんでした。この緑は魔力を吸って生きているそうですよ』
魔力を吸って生きている。どこぞのMFと同じである。
眼下に広がる青々とした樹海を煩わしく思うリオンだった。