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ミリオン  作者: おこき
~第一幕~
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第3章

「はぁ~? 自分が誰だかわからない?」


 リオンはディスカバリーの足元で少女を凝視した。成り行きで簡単な自己紹介を済ませ、相手のことを聞こうとした矢先の出来事だった。

 青カッパを着こんだ少女は、自分のことがわからないと言う。

 目が覚めたら、この遺跡にいたというのだ。


「名前ぐらい、覚えていないのか?」

「リオンだ」

「それは、俺の名前だろうが。 えぇ!」

 

 この頭の悪そうな少女が、盗賊なんて芸当ができるわけがないと、リオンは結論づける。

 盗賊ならば最初にコックピットを開けた時、リオンは殺されていたに違いない。

 盗賊とは、相手の荷物に用があるだけで、不必要な物は全て破壊する。

 ……十年前のウインド村のように。


「じゃさ、ウインド村に来いよ。 村長とか神父さんとかに、事情を説明すればきっと村に置いてくれるぜ? 働けば飯は食える村だ。 体が動くなら心配しなくても大丈夫だ」


 確証はないけれど、頼みこんで村中を説得すれば、きっと村の皆も受け入れてくれるだろう。

 裏切り者の子供達を受け入れてくれた村だ。記憶喪失の女の子一人ぐらいなんとかなる。

 リオンは楽観的にこれからのことを考えていた。


「そうか。 宿もなくて困っていたんだ。 少し世話になろう。 お前、実は良い奴なんだな。 変質者かと思っていたから、正直、驚いたぞ」

「お前がそれを言うか? この炎天下にカッパを着たお前が!? ……いや何でもないです。 早く帰りましょう」


 また泣かされると思いリオンは、さっさとコックピットに逃げ込んだ。

 少女も後に続く。


「おい、狭いぞ。 お前、降りろ」

「随分、横暴ですね、あなた!!」


 まさかのジャイアニズムを見せつけるカッパの少女。

 ディスカバリーのエンジンをいつもより強めに噴かせて、少年と少女は、仲良く村に向かった。



「ただいま!」

「おかえりなさい。 あら? お客さんかしら?」


 リオンが自宅の扉を開くや否や、マリアが出迎えた。背後に立っている青カッパの少女にさっそく興味を持っている様子だ。


「あぁ、遺跡で迷子になってたんだけど、記憶喪失みたいで。 こいつ宿もないし、金もないらしいから……さ」


 何か頼みごとがある時リオンは、左上を見る癖がある。この癖を熟知しているマリアは直感していた。


「その子をこの家に置いて欲しい、というお願い?」

「あ……うん」


 捨て猫を拾ってきた子供のようにリオンは、姉の顔色を覗っている。


「リオン」

「は、はい?」


 唐突に名前だけを姉に呼ばれた弟は、さらに縮こまる。

 いきなり、記憶喪失の女の子を家に置いてくれという頼みごとは、軍からの圧力があっても拒否したいことだろう。

 得体の知れない人物と一緒に暮らすことになる上に、食費もかかる。屈強な少年ならば、力仕事をするということで、働かすことも可能だが、肌が白く、華奢な体格をしている少女にそんなことは望めない。

 マリアとリオン。2人で食べていくのがギリギリだというこの家に、住人が増えることは不可能な依頼である。

 

 暫しの沈黙。


 お腹の音を鳴らしながら、キョロキョロ部屋を見回す少女は、姉弟の視界には入っていない。

 姉の真剣な眼差しに目を背けたくなりながら、リオンは姉の言葉を待つ。


「人が困っていたら助けてあげる。 お姉ちゃんとの約束、ちゃんと守ってくれてるんだね。 さすが英雄さん」

 

 姉が、今となっては背伸びをしなければ届かない弟の頭を撫でる。


「えっ。 てことは」

「いいわよ。 毎日の食事がもっと質素になるかもしれないけどね」


 皮肉ではない。マリアは冗談めかして、新しい住居人を迎えてくれた。

 

「許可してくれたのはありがたいけど、頭撫でるのはもう、やめてくれ」


 事の次第を見守っていた蒼髪の少女が目に写り、リオンは慌てて姉から逃げる。


「もぉう。 私にとっては、いつまで経っても、これぐらいの小さい弟なんだよ」

「なるほど、リオンはそんなにも、小さい生き物だったのか」

「ちっさ過ぎるわ! なんだ、そのバッタみたいなでかさは! 俺は哺乳類ですらないのか」


 マリアが人差し指と親指で、リオンの小さかった頃の大きさを表した。


「リオンが小さかった時の話は、また今度にして、あなたのお名前は?」


 部屋の奥にある本棚を見つめている少女に、マリアは優しく微笑みかける。


「セレネだ」

「お前! 名前を思い出したのか?」


 リオンが驚きの声を上げて少女に振り向く。


「そんなわけないだろ。 名前ぐらい覚えている。お前、“アホ”という人種か?」

「俺、何か悪いことしました?」

「セレネね、良い名前。 私はマリア、よろしくね」


 リオンを置いて握手を交わすセレネとマリア。


「ところで、そのカッパは何か理由があるの?」

「いや、寒さと暑さを凌ぐのに、適したものがこれしかなかっただけだ。 もっといいものがあれば、貸してもらえると助かる。 いや~暑くて堪らないな、この服は、蒸れる~」

「暑かったなら、さっさと脱げよ」 


 リオンが口ごもる。

 そして、セレネと名乗る少女は、カッパを脱ぎ去った。

 唯一、身を守っていたカッパを、だ。


「おぉぉい! なんで、なんで? ちょっとまて、まて、まてぇ!」


 リオンが慌てふためくのも無理はない。セレネはカッパの下に、下着すら着ていなかったのだ。

 (なま)めかしい肩から腰の緩やかなライン、そこに蒼い髪が(すだれ)のように流れる。体格はやはり、華奢(きゃしゃ)であり、綿のような肌がより一層、女々しく感じさせた。

 彼女の体型は、女のマリアでさえ、ただ綺麗だと、神秘的だと、思う程である。 

 「まて!」と叫びながらもリオンはまたも、目を奪われていた。「こんな女の子がこの世にいるのか」と心の中で呟いている。

 ただ、蒼髪の少女の背中には似つかわしくない、大きな狼の入れ墨が、新雪を踏み散らかした足跡のように存在する。


「裸を見せたのは……リオンが、その、……初めてだ」

「なんでわざわざ俺の目の前で脱いだ? 白昼堂々脱いで、目がいかない方がおかしいだろ! それから、照れながら紛らわしいことを言うな!」

「思考回路は回らないが、ろれつは回るんだな。 おっ、あれはなんだ?」

「いいから早く服を着ろ!!」


 セレネは裸で堂々と室内を歩きまわり、部屋を物色する。

 マリアが後ろから追いかけて服を着せる。この妙な追いかけっこは、リオンにとって刺激が強すぎた。

 鼻から、だくだくと血を垂らしながら、高ぶる血流を冷やそうと、リオンはメタルフレームの型式番号を唱える。


「メタルフレーム・タイプ“ハンドレット” “サウザンド” あぁ!  あんなもん見せられたら、前の方も想像しちまだろうがぁ~。 くっそ~。 忘れろ忘れろ! あいつは今日から家族だぞ? 家族に欲情するなんて英雄らしかぬ行為だ。 あっと、まだ血が止まらねぇ~」


 リオンは、次から面と向かってセレネと会話が出来るのか不安であった。

 十七年間、一緒に姉と暮らしてきたが、今まで女性のあんな姿を、生で見たことがなかったのだ。

 田舎育ちだが、品のある姉が、あんな姿をしてリオンの前に現れれば、リオンは寝込んでしまうに違いない。

 リオンだけではない、カーストは猛牛のように暴れ狂うだろう。ナタリは、コンパスのように回りながら、惜しみなく回し蹴りを何故かリオンにお見舞いするだろう。

 そんなことを想像しているリオンは、顔が青くなりつつあった。

 血の流し過ぎのようだ。

 リオンの頭の中では、セレネに刻まれた異様な入れ墨は、忘却の彼方へ消えていた。


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