第47章
人を殺すことが悪いとか、悪くないとか考えている暇などない。敵は待っていたが、攻撃は待ってくれないであろう。
銃を向けられたら銃を向け返す。撃たれたら撃ち返す。
――それでは遅い。
「数は三つ。 ハンドレットが二、サウザンドが一。 ……逃げれるか?」
「逃げようにも、この距離ならどっちに逃げても先回りされて囲まれる……この武器で突破する!」
逃げるという最後の希望を口にするも、セレネに否定された。意を決したように操縦桿を握るセレネ。
瞬間、月花に搭載された六つのブースターが展開される。
蒼い魔女から蒼い騎士へ送り込まれた膨大な魔力が魔力放出機関クリフォト・ドライブを満たす。
――機体の息吹が聞こえる――
「っぅぐ!! 突破するって」
背もたれに体が押さえ込まれているような感覚をリオンが味わっている中、月花は最大速度に達した。
前部座席に座っている少女はリオンの言葉に何の反応も見せない。
「セレネ、お前こそ無理すんなよ! 操縦はできても戦闘はできねぇだろう? それに、お前だって殺しはよくないって――」
「じゃどうすればいい。 人殺しはよくない、そんなこと私だってわかってる。 でも、戦闘をしないと殺される」
銃を向けられる前に殺す。撃たれる前に撃ち殺す。殺される前に殺す。
それが、生き残る最善の手段。最善に偽善など不要。
最後まで善人ぶっている自分が情けない。彼女に殺しをさせて、自分は“殺しはよくないですよ”と否定している。
自分の味方になってくれた少女に対して掛ける言葉ではない。
自分はこんなにも捻くれて汚い性格をしていたのかと思い知らされる。
そして、覚悟の違いを思い知らされた“シリス”のことを思い出し、リオンの自己嫌悪は奈落の底に繋がる螺旋階段のように渦巻いて、深く、深く根付いていった。
「……悪い」
「いや、たぶんお前のような反応が普通なんだろう。 私は……普通じゃないんだ」
“きっと……何人も人を殺してる”加速による震動音でセレネが口にした言葉がかき消された。
黒髪の頭を垂れて身動きしないリオン。
セレネは死なない。彼女が言う“殺される”という言葉の前には“リオンが”という言葉が省略されているはずだ。
こんなにも卑怯な自分を守るために彼女は操縦桿を握っている。
故に、リオンはこれ以上何も言えない。守ってもらっている者がこれ以上何を言えようか。
強くなると誓ったにも限らず。誰かを助けたいと願っているにも限らず。自分自身を守ることすらできない。そして、口だけは正論を唱えている。
何も変わっていない。
「相手のセンサーはかなり優秀だな! ロックされた! リオン、揺れるぞ!」
数キロ先の地面に何秒か射撃を行い、土煙を発生させるセレネ。舞い上がる土煙に月花は突入した。恐らくセレネは――戦い方を知っている――
土煙に入った瞬間、敵の三機からの一斉射撃。弾痕が蛇のようにうねりながら機体を追っている。
止まれば蜂の巣。
「く! 月花! ちゃんと、曲がれ!!」
蒼い髪を乱しながらセレネが叱りつけるように唸る。
月花の重心が右へ、左へとバランスを失ったように大きく揺れ動いている。かろうじて直撃を避けているが、被弾するのも時間の問題だ。
月花に俊敏な動き、特にマシンガンの弾を避けるような芸当はできない。初撃を避けることができたのは土煙と、セレネが早めに方向転換を開始していたからだ。
相手との距離が格段に縮まっている今、弾を避けることなどできない。
そんなことはリオンよりもMFに詳しいセレネの方が重々承知のはず。ならば、彼女が何故こんな戦い方をしているのか。
その答えをリオンは確信していた。
「セレネ、俺に構うな……被弾してもいい。 真ん中にいるオレンジ。 あのサウザンド目掛けて体当たりしてやれ! 月花でこの戦い方は無理だ」
「相手は三機だ。 ……かなり危険だぞ」
「危険でも何でも関係ない。 お前が覚悟を決めているのに……俺が覚悟を決めないわけにはいかねぇよ!」
今のパイロットがセレネではなく“月花”だったら真っ先に突っ込んでいただろう。ウインド村を襲った盗賊を一機で返り討ちにした凶悪なメタルフレーム。
あの戦い方に同乗者への気遣いなど微塵も無かった。弾丸飛び交う中、真正面から接近し、コックピットを抉る。
一切の無駄がない殺戮術。
「ははっ、いや違うな……ほんとはめっちゃこぇよ。 俺はお前を信じることしかできない。 情けねぇけど、それ以外何もできねぇクソッ垂れだ! でもな、お前の重荷にはなりたくねぇんだよ!」
彼女の重荷にはなりたくない。もう重荷になっているが、今彼女のためにできることは彼女を信じることだ。誰よりも信じる。そうすることで彼女の力になれるのならば。
「わかった……私を信じたこと、後悔はさせない!」
ブースターを更に吹かせて直進する月花。手にしたマシンガンを掃射しながら、背負ったブレードを抜き放つ。
砂煙の中から飛び出て来た蒼い騎士。月花の最大速度を持ってすれば敵機との距離はゼロに等しい。
月花のカメラアイを守る様に甲冑のバイザーが下りる。蒼い髪をたなびかせた騎士が明け方の荒野を切り裂くように走り抜けた。
「月花! 真ん中のやつを……吹き飛ばせぇぇ!!」
セレネとリオンが共に声を上げる。
弾が尽きたマシンガンを放り投げ、両手でブレードを右腰に構えた。敵機は眼前。
被弾こそしているものの月花は、ほとんど怯んでいなかった。魔女の膨大な魔力が注がれている騎兵を怯ませるには威力が足りていない。
その様子を見て驚いたか、恐怖したか、固まっている敵機達は全速力で急接近する蒼い物体をどうにか止めようと腰に備えたナイフに機械仕掛けの手を伸ばす。
が、月花の重厚な左肩が真ん中に位置するサウザンドの胸部にめり込んだ。
鉄がひしゃげる鈍い音が荒野に呑まれ、敵機のサウザンドはトラックに跳ねられた人形のように地面を跳ねながら転がっていく。静止したものの、ぴくりとも動かない。
中のパイロットは無事ではすまなかったに違いない。
「ぉってぇ……セ、セレネ! まだ残ってる!」
「わかってる!」
味方のサウザンドがベニヤ板のように軽々と吹き飛んで行く様を呆気に取られたようにいつまでも眺めているハンドレット両機。ちょうどオレンジ色のサウザンドと月花が入れ替わったような状態。
両手に花ならぬ両手に敵。
体当たりした月花のコックピットも想像以上の衝撃が伝わり、頭部を強打したが、そんなことを気にしている場合ではない。
殺さなければ、殺される。
「はぁぁ!」
無造作にブレードを横薙ぎに払うセレネ。相手の青色ハンドレットは微動だしない。
直撃だ。そう確信したその瞬間――リオンは信じがたい光景を目にして声を漏らすことになる。
「なっ!? 嘘……だろ」
月花から繰り出された一閃を一機のハンドレットが素手で受け止めていた。これはまぎれもない――
「白刃取り……この青いやつ、かなりの乗り手だ。 くっ!」
白磁のような頬に汗を流しながら声を漏らすセレネ。
自由自在に操れる自分の肉体を以てしても白刃取りは難解である。しかも、横薙ぎを受け止めた。
パイロットは鬼才、もしくは相当な経験の持ち主に違いない。
腕と刃が軋めき合い、機体の関節が呻き合う。そんな中、月花とそのハンドレットは目が合った。
『武器を、武器を締って下さい! これ以上やると僕はあなたを殺すことになります』
青色のハンドレットから緊急通信が入る。親切なことにモニター横の表情画面に顔まで晒していた。
画面に映る同世代ぐらいの少年の姿を見て息を飲んだのはリオンだけではなかったらしい。
「っな! 何だお前は! あれだけ一斉射撃を浴びせてよくもそんなことが言えるな。 お前達、軍の言うことなんて信用できない! 私は正当防衛をしたつもりだ」
『先に攻撃を仕掛けたのはそちらです! これのどこが正当防衛ですか! それに僕達は、軍ではありません』
栗毛の少年は、少し眉間に皺を寄せながら短髪を掻き上げた。
その言葉を聞いて、目が点になる少年少女。
「てめぇ……俺達をあんなクソ共と一緒にするな」
月花の後ろにいた緑色のハンドレットが言いながら、マシンガンの銃口を突き付けた。
いくら魔力が全身に行き渡って防御力が上がっている月花とはいえ、ゼロ距離から発射される銃弾に耐えられるとは考えにくい。
「オイオイオイ、お前ら撃つなよ。 頭冷やせ、蒼いの。 誰がどう見てもチェックメイトだ」
栗毛の少年の横にもう一つ表情画面が現れ、血の気の多そうな声を発している。
月花の体当たりを食らって吹き飛んだサウザンドのパイロットだ。相当な衝撃があったはずなのに、何事も無かったかのようにハンドレット両機の間に割って入った。
オレンジ色のサウザンド。胸部が痛々しい程にへこんでいるが、大した傷ではないといった様子である。
銃は突き付けられたまま、白刃取りもされたまま。月花は一切の身動きが取れないという絶望的な状態。
「お前の体当たり、シビれたぜ。 シビれたついでに聞きてぇんだけどよ、ハンスタとか言う軍人が新種のMFを発掘したと聞いたが、これか?」
長過ぎる前髪から垣間見える左目の眼帯。青年と呼ぶべきかそれとも大人と呼ぶべきか、髪を女のように後ろで一つに縛っているサウザンドのパイロットは、子どもの様な笑顔で画面から月花を指さす。
「ち、違う! これは俺達のMFだ! ハンスタのMFなんか知るかよ!」
「そうだ! そうだ! 月花は私のMFだ!」
モニターに顔を近づけ、目を見開いて反論する少年少女。恐らく自分達が置かれている状況を飲み込めていない。
「なっ、ガキだと? 共和国軍もこんなガキ共に新兵器を渡すわけねぇ……か。 だが、見た限りこんなMFは見たことがねぇ。 油断させるためにガキを乗せたか」
しばらく思考に更ける眼帯の男。
そして、閃いたと言わんばかりに見えている方の目を見開いた。
「あぁ! お前ら金持ちの坊ちゃん嬢ちゃんってところか!? それなら納得だ」
突拍子もない発言に一同がコケた。この眼帯の男。脳味噌も片方しかないらしい。
「金持ちの世間知らずはお家帰って、ねんねしてな。 追ってきたら殺す、以上!」
煮るなり焼くなり好きに出来る状況なのに月花の肩を軽く叩き、その場を去ろうとするオレンジ色。だが、
「ジェ、ジェノスさん! 彼らは軍用マシンガンとブレードを持っていたんですよ! いくら子どもだからと言って、軍と無関係とは思えません!」
「そうですぜ! こいつがさっき捨てた銃。 あれはきっとR-EXの新型だ。 闇市でもまだ流れてぇねぇ最新モデル! それに攻撃してきた連中を、はいそうですかって見逃すんですかい!」
息を荒くするハンドレット両機は、もっともな意見でリーダー格の機体を呼び止めた。少し驚いたと言いたげな口笛を一つして、振り返るジェノスと呼ばれた男。
そいつらは絶対軍人じゃねぇよ、と自信ありげに笑い、健康そうな褐色の肌をほころばせるジェノス。
「しっかしなぁ~ガキ殺す趣味は俺にはねぇんだよ。 でも、お前らの意見も最もだ。 ウィッツはとりあえず、“侍姫”に通信しとけ。 それから、サイ。 お前は、ちょっくら相手してやれ――“軍人さん”だ」
ジェノスは眼帯にかかった前髪を払い、猛獣のように凶悪な眼を月花が走って来た方角に向ける。
そこには、五機もの軍用MFの影があった。肉眼でかろうじて見ることができるという距離。レーダーには捉えられているが、リオンには肉眼だけでそれが軍かどうかなどわからない。
そして、軍用MFはサウザンド。ハンドレットで太刀打ちできるはずがない。
それはウインド村で思い知らされている。盗賊などという半端な人間が使っていてもハンドレットはサウザンドに勝てなかった。日々訓練を受けている軍人の乗るサウザンドなど比にならないであろう。
「……相手にとって不足は無いですが。 僕の手に余りそうなら……よろしくお願いします、ジェノスさん!」
「まぁ、余ることはねぇだろ、期待してるぜ新人」
サイとは栗毛の少年だった。メタルフレームで白刃取りをする脅威の腕を持つ少年。
サイの乗る青色のハンドレットを見送り、ジェノスが呆れたように手を上げる。全く援護する気などない。それは、月花に銃口を向けたままのウィッツと呼ばれた緑色のハンドレットに搭乗する者も同じこと。
「あんたら、何考えてんだ! ハンドレット一機であれだけのサウザンドに勝てるわけない!」
「いんや~、助けなんていらねぇ、いらねぇ。 アイツは――天才だからな」
まぁ、黙って見てろ、と月花からブレードを取り上げるジェノス。眼帯の男は、欠伸をしながら軍仕様ブレードの善し悪しをただ暇そうに見定めている。
リオンは、ジェノスという男の思考回路がまるでわからない。彼の目的は何なのか。
ジェノスの態度から今すぐここで殺されることは無さそうである。しかし、この気まぐれそうな男のこと。下手に刺激するのはまずい。
恐らく白刃取りをする脅威のメタルフレーム乗りは軍に殺される。
そうなれば、残る相手は二機。
この状況から隙を生み出せるかわからないが、隙あらばセレネが上手く立ち回ってくれるはずだ。
とりあえずモニターに向かって会話を試みる。
「あんたら……一体何者なんだ」
「俺達? 俺達は……“義賊”。 んで、俺はその頭」
まさかここまで素直に答えると思っていなかったため眼を丸くする少年。その間抜けそうな顔を見て、爆笑するジェノス。
義賊。リオンが彼らの存在意義を知ることになるのは、まだ先の話である。