第2章
公衆男子トイレが姉弟の喜劇場となった後、リオンは再び荒野に出ていた。
太陽に熱された地面の上を発掘用二足歩行機械が通過していく。
「やっぱ、メタルフレームはいいなぁ~。 楽ちん楽ちん~」
幼少の頃から世話になりっぱなしのカーストから、発掘用メタルフレームを借りてきたリオンは、メタルフレームの便利性に歓喜していた。
「おっちゃん、このディスカバリー。 そろそろくれねぇかな」
ディスカバリーとは、発掘用メタルフレームの総称である。機体の八割が科学技術で出来ているため、特に才能が無くとも乗ることが可能だ。戦闘用メタルフレームと違い、鈍足かつ頑丈であり、最近の子どもならば十才前後で操縦をしている。シンプルかつ安全性に特化した機体、それがディスカバリーなのである。
リオンは現在乗っているこのディスカバリーを、七才の頃に盗み出そうと目論んでいた。
当時のウインド村で、メタルフレームを所持していたのは八百屋のカーストだけだったのだ。来る日も来る日も、メタルフレームの前を行ったり来たりしている挙動不審の子どもを、カーストはいつも遠目で見守っていた。
「お前も、同じ遺跡ばっか掘らされて、飽きてきただろ? このまま、どっか行っちまわねぇか?」
リオンは、物言わぬ機械に冗談をかけながら、目的地の遺跡をディスカバリーの複眼カメラで観察を始めた。
いくら世話をしてくれたカーストと言えど、メタルフレームという高額な物をくれるはずがない。万が一、くれると言ってもリオンは断るつもりだ。
この発掘用メタルフレーム・ディスカバリーを貸してくれるだけでもありがたいことなのだ。それ以上を望むことはリオン自身が許せない。だから、彼は自分でメタルフレームを捜すことにした。
自分で山を掘り遺跡を見つける。そして、メタルフレームを掘り当てれば千年前以内の一般モデルならば、自分の物としていいという各国の法律が適応される。
リオンは、グレーゾーンである千年前のモデル“サウザンド”が狙いだ。
現代の最新機種というわけで、性能が段違いなのである。
魔術や科学の集大成ですら作りえなかったメタルフレームは一種の「オー・パーツ」と言われており、メタルフレームから科学と魔術の融合学問「魔科学」が生まれたと言っても過言ではないかもしれない。
現代に存在しえないこの機械は、過去に遡れば遡る程、新しい技術が採用されているため古い物程高く売れる。発掘屋などが、地面という地面を掘り返し、血眼になってメタルフレームを捜した時代もあった。俗に言うメタル・ラッシュである。
“発掘屋は男のロマン、汗は心の涙、メタルフレームは男の勲章”
これがメタル・ラッシュと呼ばれる時代の風潮であり、元発掘屋のカースト家では、未だにこの風潮は有効である。
メタル・ラッシュを経た現在、メタルフレームは、もはや珍しいものではなくなった。しかし、サウザンドともなれば、軍が実戦配備しているモデルである。軍備強化のため、ほとんどの遺跡が掘り起こされたため、リオンが、ウインド村周辺の遺跡と遺跡を掘り尽くしても一機どころか、パーツすら姿を見せない。もぬけの殻という状態だ。
メタルフレームならば百年前の“ハンドレット”でも、“鉄屑”と呼ばれる現代技術で作られた、市販のボロメタルフレームでもいいとリオンは考えている。
要は、家計が火の車なため、タダでメタルフレームを手に入れることが少年にとって一番肝心なのだ。
発掘屋程の知識はないが、リオンは母が生きていた頃から、メタルフレームという物にお熱だった。
カーストやナタリに、世話を焼いてもらう程仲が縮まったのもメタルフレームがきっかけであったのだから、リオンとメタルフレームは、切っても切れない縁で結ばれているのかもしれない。メタルフレームの操縦・発掘を夢見る少年の心は、メタル・ラッシュを生きた大人の心に響くものがあったのかもしらない。
だからと言って、リオンは発掘屋になる気はない。新種のメタルフレームを捜し求めて、発掘屋になる者もまだいるが、リオンは発掘屋以外になりたいものがある。
ーーいつか、メタルフレーム乗りになって“英雄”になるーー
それがリオンの夢であり、彼の全て。淡い少年のただ一つの憧れだった。故に性能の高いサウザンドを欲している。
「あぁ~あ。 今日も出てきてくれねぇのか。 やっぱ軍が掘り尽くした遺跡からは、何も出てこねぇか。 俺も相棒と呼べるメタルフレームが欲しい。 欲しい。 あぁ~、欲しい!」
今日の発掘ポイントを掘り終え、酷使させていたディスカバリーの動力を遺跡の外で休ませる。暗い遺跡内部と違い、辺りは空の青と荒野の黄土色以外何もない。
遠くを見つめると空の青と地上の黄土色の境目が見える。この果てに、未だ見ぬメタルフレームが山ほど存在するのだ。想いを馳せながらリオンは、ディスカバリーのコックピットから青空に向かって伸びをする。
「はぁ~ぅ。 こんな怠けてていいのか、俺。 もっと、こうなんだ……刺激が欲しいっていうか、メタルフレームを使って何かしてぇよな~。 それこそ英雄みたいに誰もしたことがないような凄げぇことをよぉ。 はぁ……相棒のメタルフレームさえいればな~」
ブルーシートのような青空を見上げて、自分の相棒のメタルフレームを思い描く。
「あぁ、勿論。 お前も俺の相棒だぜ? でもな、お前はやっぱ、おっちゃんの相棒なんだよ。 ここ数年間で追い抜ける程、お前とおっちゃんの絆は浅くねぇだろ? なんたって、メタル・ラッシュを共に駆け抜けたんだもんな~。 大変だったろうけど、俺もその時代に生まれたかったぜ~」
相変わらず、発掘用機械は何も言わない。これはリオンの癖だ。メタルフレームは生き物と同じだと考える彼なりの作法だ。
「お前は、誰と話をしているんだ? アホか?」
「誰って、ディスカバリーだよ。 って……おぉぉあ!」
ディスカバリーのコックピットに張り付く見知らぬ人物が、ガラス越しに声を掛けてきた。
「機械と話ができるのか。 おもしろい奴だな。 そして、お前は変な奴だ」
「どっちが変な奴だ! えぇえ? お前は誰だ? 何者だ?」
コックピットのロックを解除して、蒼いカッパにフルフェイスヘルメットを被った人物に攻め立てるリオン。機械との会話を奇怪な人物に邪魔されたうえ、初対面の変な奴に、変な奴扱いを受けたことが気に食わない様だ。
「ふむ、変な奴はお前だ。 どこからどう見ても、変な奴だったぞ」
腕を組んで一度頷くカッパの人物。ヘルメットでくぐもった声は、中性的で、カッパをマントのように羽織っているため、体格からも性別判断ができない。
「なんなんだよ、お前……。 なんか用かよ?」
リオンは冷静になろうと話題を変える。
「腹が減ったぞ」
「おい、言葉通じるよな? 話、聞けよ」
ヘルメットを左右に振り、遺跡周辺で食物を探し始めた不審者に、リオンは苛立ちを覚える。この炎天下、空と同じ色のカッパを着ている様は、見ている側まで暑苦しさを伝導させる。
「お前、何か持ってないのか? 見たところメタルフレーム乗りのようだが」
声や身なりだけでは、男か女か判断できない。口調から男ではないかと予想は付くが、肩幅が小さ過ぎる気もする。
一方で、憧れである“メタルフレーム乗り”という響きに悪い気はしないが、不審者に渡す物は何もない。
リオンは、この不審者の正体を近くに身を潜める盗賊の一味と判断した。
大方、下っ端の盗賊で、十分な報酬が貰えなかった。苦汁を舐めた蒼カッパは、満足いかないまま近くの村まできた。そこに、メタルフレームを持った馬鹿な子供が来たから、油断させて奪ってやろうという魂胆に違いない。カーストの相棒であるディスカバリーを奪われるなど、リオンにとってあってはならないことである。
「顔も見せない野郎に、やるもんなんかねぇよ」
リオンは、勿体ぶったような口ぶりで会話を長引かせた。
気づかれないように後ずさりしながら、コックピットのハッチを閉める隙を覗うのだ。閉めるタイミングは、相手が目を逸らした瞬間。
「あぁ、すまない。 食べ物を分けてもらうのに確かに失礼だった。 許してくれ」
話が勝手に進んでいる気がするが、リオンにとってもはやどうでもいいことだった。
ヘルメットを取って、相手の視界が外れた瞬間が逃げるチャンス。まず、相手を“ナタリおばさん見よう見まね回し蹴り”で蹴り飛ばし、反動を利用したままコックピットに着地、ハッチを閉めて全速力で逃げる。これがリオンが頭の中で考えた作戦だ。もっともナタリの蹴りならば、一撃で全て解決してしまいそうだが、生憎リオンには、あの無尽蔵の破壊力を秘めた回し蹴りの原理はわからない。きっと、人類でわかる者はいない。
ディスカバリーの動力も逃走するだけなら大丈夫であろう。
ヘルメットに手が置かれ、いよいよヘルメットが外される。リオンは不審者を蹴り、コックピットに滑り込んで逃げるーーはずだったーー
リオンの思考は、踏み込む最初の段階で、麻痺してしまったのだ。
ヘルメットから溢れ出た蒼く滴る髪に感嘆し、澄み切った翡翠のごとき蒼い瞳に吸い込まれた。どこにでもある飾り気のない蒼カッパも何故だか、今この瞬間だけは蒼いドレスである。
リオンと同い年ぐらいの彼女は、その言葉使いからは想像できない程ただ、ただ……綺麗だったのだ。
「あっ……」
「ぷはぁ、これで文句はないだろ? もう、無礼はないはずだぞ」
あどけない声でありながら、どこか芯のある口調で話す少女は接近してきた。踏ん張った状態で硬直したリオンに顔を近づけてくる。
「えっぇ……ちょっ、と」
「ん? どした? まだ気に食わない所があるのか?」
少女は顔を引っ込めて、納得しないリオンに対して眉を曲げる。リオンは思考を呼び戻そうと頭を振るが、認めざるを得まい。不覚にも見惚れていたということを。
「あぁ、そうか。 私に見惚れていたのか。 その気持ちはわかるぞ。 もっと見てくれ。 私は、女の子らしさ溢れる女だからな。 その程度の恥辱は受けて立つぞ」
リオンの思考を読んだかのような的確な台詞にリオンは、焦りを覚えた。両手を腰に当てて胸を張る女の手がカッパを押さえつけており、括れた腰の輪郭を露わにするため、妙に魅惑的に見える。
「見られること自体が恥辱って、俺はどんなやましい生物だ! あぁ、男だから仕方ねぇよ! 生理反応だろうが! それと、女らしいなら受けて立つな! っていうか、その意味のない自信はどっから湧いてくるんだ!」
息を切らせながらまくしたて、股下を隠しながらリオンは縮こまる。そして、少年の顔は流れる血流で火照っていた。
「そう……褒めるな」
恥じらいを隠すように、両手でほっぺを押さえる蒼カッパの少女。
「誰かこいつの思考回路を翻訳してくれませんか! 今のどこに褒め言葉が隠されてんだこらぁ!」
誰かに解説を求めるが、少年の願いに応えてくれる人間はおろか、遺跡にはリオンと謎のカッパ少女の二人しかいない。
「とにかく腹が減ったんだ。 これだけ打ち解けたんだ。 飯の一杯や二杯貰ってもバチは当たらないだろ?」
「知らねぇよ」
これ以上、少女の空気に呑まれることが気に食わない。目線を逸らしてリオンは反撃に出る。これは油断すれば取って食われる戦闘であるとリオンは認識を改めた。
「女の子が今にも倒れそうなんだぞ? お前は、そんな薄情な男なのか! だいたい、一人で飯を食うより、大勢で食べた方がマズイ飯も旨くなるだろ?」
少女の口車に乗るわけにはいかない。しかし、聞き捨てならないことがある。
「お前は、いちいち失礼なことを抜かしやがるな。 食ってもいないのに、なんでマズイなんてわかるんだよ。 俺の姉ちゃんが作った飯は最高なんだ。 馬鹿にする奴は許さねぇ!」
リオンは姉を馬鹿にされたように感じ、つい熱くなってしまった。
「ん? お前にはお姉さんがいるのか?」
「あぁ!」
少女が目をパチクリさせてリオンに問いただし、少々不機嫌そうにリオンはそっぽを向いた。
「お姉さんの飯は旨いのか?」
「あぁ!」
「私も食べに行っていいか?」
片眼を開きじらすように少女と睨めっこをするリオン。少女は、今か今かと返事が待ちきれないのか、両手を握りしめて体を小刻みに揺らしている。
そして、リオンが笑顔で少女を見やる。
「ぜっったい、ダメだ。 食べさせる理由がない。 お前とはここでお別れだ。 さよ~うなら~」
笑顔が一瞬で消えたと思えば、コックピットがいきなり閉じられ、ディスカバリーの動力が音を立てて目覚める。少女は、ただぽかんと閉じられたコックピットを見つめている。
「ったく、ただの変質者かよ、盗賊だと思ってた自分が馬鹿みたいだぜ」
リオンは少女と姉の接触だけは回避したかった。こんなわけのわからない人物を、内気な姉に会わせたらどうなるか一目瞭然だ。考えるだけでも恐ろしい。
「そうかぁ……残念だ。 無理を言って悪かった」
「あ、あぁ……残念だったな」
きゅるる、と情けない音が鳴る。これはディスカバリーのエンジン音ではない。これは少女の腹の虫だ。残念だ、と連呼しながら心底残念な顔でガラス張りのコックピットを覗く少女。眼には涙がうるうると溜まっている。
少年は、感傷を抱くまいと目と耳を閉じた。
「無視だ無視だ、何にも見えない何にも聞こえない。 目の前にいるのは、コックピットのガラスに張り付いているのは昆虫だ。そう、新種の昆虫! ハラノムシだ!!」
どうしてこの少女は、こんなにも寂しい顔をするのか。散々言いたいことを言って、急にこんな顔をするなんて反則だった。傍から見れば、リオンが一方的に悪いことをしたようにしか見えないであろう。しかし、いくら盗賊だとしても、少女を見捨てるようなことをしていいと言うのか。
「あぁ! だから女は嫌いなんだよ。 めんどくせー」
リオンは愚痴を零す。
「ほれ」
頭を掻きながらリオンは、コックピットを開き、姉に作ってもらった携帯食料“握り飯”を優しく投げた。
変質者や盗賊だとしても、こんな少女が、餓死している姿は想像したくなかったのだろう。リオン自身、自分が何故このようなことをしているのか理解していない。盗賊など助けてもいいことなど一つもないであろう。
「ん? なんだこれは?」
「あぁ~あ。 手が滑って食料がどっかいっちまったなぁ。 仕方ねぇ、さっさと帰るか。 姉ちゃんの旨い飯が待ってるし。 それと邪魔だからさっさとそこから降りろ」
“旨い”を大きめに発声した後、地面を指さしてまじまじと携帯食料を観察している少女をどかせるリオン。
よっぽど見るのが珍しいのか、なかなか口につけようとしない。食料を失くしたといった手前、見守るしかない。
「おい」
「ん、どうした? カッパ女」
カッパ女のぶっきらぼうに声に、不機嫌な声で返答するリオン。
「お前が落とした食料はこれだろ?」
「あぁ、そうだけど」
何の確認か全く理解できず、リオンはただ少女の意図を探る。
説明するまでもなく、落し物というのは建前だ。 目の前の相手がキャッチした物を、どうしたら落し物になるというのか。“早くどこかに行ってくれ”それだけがリオンの願いであった。
「ん。 私が、拾ってやったぞ」
「あぁ、そうだな」
ん、と言いながら握り飯を差し出す少女。だから何なのだ。お前は変質者か盗賊くずれだろう。盗賊らしくさっさと奪って行ってくれよ。変質者らしく奇声をあげて喜んでくれよ。そんな思いがリオンの頭の中で巡る。
カッパの少女は、満足げにリオンの顔を見て高々に言った。
「礼を言え」
「はぁ!?」
少女が何故か威張る。リオンは目を見開いて食料と少女を見比べた。
「言葉だけでいいぞ。 私は親切な女だからな。 食料を失くした哀れなメタルフレーム乗りからは何も取らん」
またしても満足げに胸を張る少女。リオンは脳内で、少女を殴り飛ばしたいという衝動に駆られながらも、女を殴ることは男として絶対にダメだ、と理性が拳を縛り上げる。
「なんで……んなこと言われなきゃいけねぇんだよ。 っていうか俺が分けてやったのにぃ」
「どうしたんだ。 何故、泣いているんだ? 感極まったのか? これからは失くすんじゃないぞ」
よしよしと、頭を撫でつける少女を屈辱の涙で見返すリオンに、反論する気力は残されていなかった。
「このご恩は一生忘れません。 お礼と言っては何ですが、食べて下さいますでしょうかぁ! これでいいのか、クソカッパ女! さっさとどっか行けぇ!」
「なに、もともとはお前の持ち物だ。 少し分けてもらえればそれでいい。 私は小食な女だからな」
溢れ出る涙を飲みながら、頭で開き直りと言う自己防衛が発動するリオン。
少年は潔く負けておいた。これ以上彼女と口論しても無駄だと判断したのだ。
変質者や盗賊に道理は通用しない。故に、一般人はそういった部類の人間と関らない方がいい。しかし、少年は関ってしまった。
彼女と関わってしまったのだ。




