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ミリオン  作者: おこき
~第二幕~
36/76

第34章

 モニターに囲まれた広大な一室で、機材の上に足を組み乗せ、堂々と座っている男が部下の働きぶりを高い位置から見降ろしている。

 ここは、ハンスタが受け持っている支部の指令室だ。共和国領土最南の支部であり、外敵の迎撃システムを徹底された軍施設の脳とも言える。


「ハンスタ少尉! 作業、終わりました!」

「全部、流しただろうな? ゲハルトがタダ、遊びに来るとは考えにくい」


 先の尖がったサングラスから部下を睨みつけるハンスタ。蛇に睨まれた蛙のように兵士がすくむが、すぐさま靴底を短く鳴らし敬礼をした。

 

「ハ! 今夜中に市場へ流しま――ぶぁはぁ!」

「馬鹿野郎!! おせぇんだよ、今すぐだ。 ゲハルトのMF(スラッシュキッド)の足の速さを知らねぇとは言わせねぇぞ?」


 ハンスタが部下の顔面に拳をめり込ませ、倒れる前に胸倉を掴んで無理やり立たせる。そして、顔を近づけ、ゆっくり子守唄を歌うように続けた。


「いいか~早く始末しねぇ~とぉ……お前の首が飛ぶぞ。 物理的な意味でな。 今すぐ出発しろ」

「ぅぐ、も、申し訳ありません! すぐに、すぐに手配してきます」


 右頬を腫れあがらせたまま、指令室を飛び出て行く兵士。

 ハンスタが席に座ると同時にオペレーターが声を上げた。


「少尉!! 高速で接近する物体があります!」

「今度は何だ? ハッ、“少佐殿ぉ”じゃねぇのか?」 


 皮肉を込めて、鼻で笑うハンスタ。そんなはずはないですよと指令室は笑いに包まれる。ただ一人を覗いて。


「いいえ……スラッシュキッドではありません。 それに……速過ぎます」

「全くだ。 兄貴からの情報だと奴はまだ、ネツァク山脈を越えた辺り。 ここに着くのは明日の――」

「ち、違います! 速度が異常なのです!」

「はぁ? モニター回せ」


 後頭部で手を組んで深々と椅子に腰かけていたハンスタは弾かれたように立ち上がり、モニターに機体を写すよう命令する。電子音と共に一番大きなモニターへ異常な機体が映し出された。


「な、んだこりゃ……」


 ハンスタが漏らした声は、他の兵士たちのざわめきでかき消される。

 夜の闇に黒い穴が開いていた。

 正確にはその黒い物体が立ち入り禁止地区の看板を吹き飛ばし、直進してきているため、影ができているだけなのだが、穴が開いたように歪な光景だったのだ。

 夜よりも黒い――漆黒のダイヤモンドのようなボディ、魔獣を思わせる深紅の双眼(カメラアイ)、そして、背中に背負った鞘のない巨大な両刃剣。

 ほっそりとしたその機体と武装の種類から大した脅威ではなさそうに見えるが、背中から噴射されているブースターの赤い残留粒子が空気中を漂い横に広がっているため、悪魔の類の翼を思わす。

 視覚的な恐怖を相手に植え付けるにはこのうえない演出だった。


「フフフフ……ハハハ!! 切断武器しか持ってねぇし、単機で俺の庭に突っ込んでくる命知らず。 おまけに、識別不明機とはぁ……噂の“帝国の悪魔”のおでましかぁ? 戦闘員! MFで待機。 防御網を展開しろ! こいつをブチ殺せばてめぇら、一生遊んで暮らせるぞ! さっさと殺してこい!」


 警報が鳴り響く。兵士達が一斉に行動を始め、基地内が足音で満たされていく。


「さてと……まずは、挨拶代わりだ。 弾丸の雨をお見舞いしてやれ」


 馬鹿が、と敵機を嘲笑うハンスタが右手を上げて軽く指を曲げる。それを合図に、東の荒野に岩と砂でカモフラージュされている機関銃が一斉に火を噴いた。警告も無しの一斉射撃、黒い機体が民間機である可能性を全く考えてなどいない。


「……当たりはしない」


 漆黒の機体のパイロットがヘルメット越しに笑う。

 自動機関銃の照準が自機に向けられ赤い文字で“warning”と正面の電子モニターが警告していた。背中のブースターを少し弱め、地面を踏みしめて空高く跳躍する。

 踏み切った地面はえぐれ、上昇しながら右前方のブースターと左後方のブースターを吹かし、回転を入れながら弾丸の回避を繰り返す。黒い鎧を纏った悪魔は、弾丸の黄色い閃光を軸にして螺旋を描くように上昇していく。

 この機体、高機動で動けることが強みならば、打たれ弱さが弱みである。

 接近戦を得意とする装甲の硬いサウザンドを持ってしても、容易くハチの巣になる自動機関銃が辺り一面に配置しているこの東方からの攻めは、この機体にとって鬼門だった。

 しかし、この悪魔がこの鬼門を選んだことには理由がある。

 高度を上げた黒い機体はブースターを切り、慣性に任せふわりと上昇する。そして、一瞬の静止。この一瞬で弾丸が当てることができなければ機関銃達に勝ち目はない。

 彼を止めるモノは彼以外いないのだから。


嫌悪の剣(アインス)憎悪の剣(ツヴァイ)!」


 背中に眠る血塗られた魔科学兵器は名前を呼ばれ覚醒する。

 赤い粒子を夜空に撒き散らした悪魔が重力に引かれ落下を開始した。

 満月の白、残留粒子の赤、弾丸の黄、黒いキャンバスに描かれた絵は今、動きだす。

 ――破壊が始まった――

 迫りくる弾丸の網へ真正面から突撃。背中の剣を抜き取り、ブースターで無理やり生み出した遠心力に任せ剣を投擲する。

 ダガーやナイフの投擲ではなく、自機の半分以上もの大きさを持つ大剣を二本も地上に向かって投げつける。

 一本の剣(アインス)は弾丸のように地上にある機関銃に突き刺さり、もう一本の剣(ツヴァイ)が基地内にあるMF格納庫の目の前に突き立てられる。

 身軽になった漆黒の機体は、風の抵抗を少なくするために空中で直立し姿勢を維持した。風を斬るように設計された機体の頭部を地上に向けての急降下。

 放熱器(ラジエータ)へ夜風を通り抜けさせることで、基地接近と高度を上げるまで酷使し続けたブースターの熱を効率よく冷却させることも忘れていない。

 四方八方から機体に収束し始める黄色い点線を重心移動だけで掻い潜り、避けきれないと判断したものだけ最小限のブーストで射撃軸をずらす。落下速度を上げる黒い機体。さながら漆黒の隕石と言ったところか。

 揺れ動く隕石に標準を合わせられる機関銃などいなかった。自動機関銃は動きを予測して発砲するスナイパーではないのだ。そこにいるものを認識してからしか発砲できないため、一定速度を超える物体に狙いを定めることができない。発砲してもコンマ一秒先は、ただの夜空。そこに破壊対象はいない。

 唯一狙いを定める必要のない、黒い機体の直線上に配置されている機関銃には嫌悪の剣(アインス)が突き刺さっている。

 自ら作った安全地帯へ悪魔が半回転しながら着地、大地が震える。

 着地の瞬間、ブースターで多少勢いを殺してはいるものの、落下による衝撃が強過ぎて勢いよく荒野の土が天に舞い上がった。

 鋭利な装飾が施された全身を月が背後から照らす。

 すらっと天に伸ばされた刃のごとき左腕、ずっしりと低い姿勢のまま地上に根を張る右腕と両足。その構えは悪魔がこの世に現界した余韻に浸っているようにも見える。

 大きい岩からゆっくりと落下し始める土砂の中、石つぶてが精一杯の自己主張として機体に当たっては砕けていく。

 突き刺さる愛剣越しに赤い眼を光らせ、不気味に黒いMFが笑った。

 全ての土と岩が落ちる前に、冷却し終えたブースターから恐怖の咆哮を響かせ一気に加速、漆黒の悪魔が乱暴に剣を抜き取り、侵入通路にある邪魔な自動機関銃だけを両断して基地へ易々と侵入する。



「MF隊! 何してやがる早く奴を止めろ! 単機で基地を落とされたなんて一生笑いもんだぞコラァ!! 狙撃部隊、迎撃部隊、連携を取れ。 絶対に一人で掛かるな!」


 指令室でハンスタは無線で各機に怒鳴る。その声には民間人を蹂躙(じゅうりん)していた彼の声とは思えない程に焦りが含まれていた。


「俺の迎撃装置を三分で抜けやがった……クソが! まさか跳びやがるとは……あいつぁ本当に悪魔にでもなった気か。 おい、お前! 先週、発掘された新種の調整は終わってんだろうな?」

「燃料の補給は終わっていますが、まだ、関節部分に土とサビがありまし――」

「動きゃいいんだよ、準備させろ。 『ベルゼブブ』のお披露目にはもってこいの会場だ」


 机を蹴り飛ばし、すぐさまハンガーに向かうハンスタ。

 防衛に送り込んだハンドレットとサウザンドをまるで信頼していないかのように舌打ちをし、誰もいない白い通路を歩く。

 このままでは品物の横流しを任せた部隊も呼び戻さざるを得ない。

 この基地に向かっているロイ・ゲハルト少佐に援軍を要請すれば、この場は鎮まるかもしれない。だが、市場に流し切れていない違法物がゲハルトによって世間に晒されることは、共和国軍人としての立場が危うくなる。

 エレベーターを待っている間、ハンスタは、通路にあったゴミ箱を蹴り飛ばした。


「クソがぁぁ!」


 ゴミ箱は狭い通路の壁に何度かぶつかり、横たわる。まだ攻撃は終わらない。


「クソが、クソが!! クソ野郎がぁ!! この俺が、この俺がぁ! ここで終わるわけにはいかねぇんだよ」


 ハンスタが地位を維持したままこの難問を突破するためには、現在の戦力で悪魔を倒さねばならない。

 エレベーターが到着した音が鳴ってもしばらくハンスタが、エレベーターに乗ることはなかった。


 ◇


 同じサウザンド同士とは思えない圧倒的な実力差。一機ですでに前線に出ている五機を斬り殺している。

 爆煙の中から飛び出してくる漆黒の機体はまだ本気ではない。彼の手には一本しか剣が無いからだ。

 しかし、一本だからこそマシンガンの弾が当たらない。

 元来、強襲用として設計された機体のため重量のある武装とは相性が悪い。巨大な両刃剣を背負って弾幕を潜り抜けることは、いくら悪魔と呼ばれるパイロットでも重量の面で無理があった。

 故に、もう一本の剣を捨てた。

 理論上では、自動機関銃よりも反動が強く、人為的な事柄から照準がブレやすいMFのマシンガンならば、剣の重量を足した今の黒い機体でも十分に回避できる。しかし、理論上ではの話だ。

 水面に片足が沈む前に、もう片方の足を前に進めれば、水面を走れるという身も蓋もない理論と同じである。

 彼は実践を繰り返すことにより、彼にしか適応しえない理論を作り上げてしまった。そう、『弾が当たる前に避ければいい』だけなのだ。

 極限まで軽く設計された鎧、大型MFと同等の推進力を持つブースターにより発揮される圧倒的な機動力を余すことなく活かし、僅かな隙をチャンスに変える。

 ――それが帝国の悪魔――

 並みのパイロットはMFの照準器に依存してしまいがちなため、ロックオンするまでの数秒とトリガーを引くまでの数秒に隙が出る。この機体に接近されれば、その僅かな隙が命取りになるのだ。


『あれがMFの動きかよ!』

『当たれ、当たれ! 当たれよぉぉ!!』

『東ブロック。 部隊及び兵装は全滅! もう食いとめられません! 至急応援を――』


 通信が途絶え、虚しい砂嵐だけが共和国兵士達のコックピットのモニターを満たす。

 通信の一部始終を聞いていた中央区守備部隊の兵士が沈黙を破るように声を上げた。


「東ブロックの救援に向かう……各機、フォーメンションを組み俺についてこい。 辺りの警戒を怠るな、敵機はマニュアル通りに動いてはくれん」


 携帯性に優れたサブマシンガンとMFの装甲より数倍厚い実弾シールド、背中に折りたたみ式ブレードを背負った白いサウザンドが側にいる緑色のサウザンド二機に指示する。 

 声から推測するに決して若くはない。基地の中央ブロックの守備を任される者達だ。熟練したパイロットに違いない。      

 指揮官仕様の白いサウザンドに搭乗する中年の兵士は、煙が上がる東方を眺め、ロックオンカーソルを一八〇度動かし索敵を開始する。

 コックピットに張り付けた、天使のような笑顔をした子ども達の写真を一目見て意を決したように真ん中の白い機体が前進を開始し、後方の緑の二機はすぐさま援護できるよう銃を構える。


「こちらα機、敵反応なし。 β機、γ機、援護は任せた」

『こちらβ機、敵反応なし。 任せといて下さいよっと。 隊長、あまり出過ぎるないで下さいよ。 敵はかなりの機動性を持っているらしいし、一瞬が命取りですぜ』


 真ん中のα機を中心にVを描くフォーメーションを組み慎重に隊列を進める。


「了解した。 こんな状況なのに相変わらずだな、ピーター。 鼻たれ小僧だったのが嘘みたいだ。 γ機、敵機の反応は?」

『γ機、て、て、敵反応無し。 探せ、どこかにいるはずだ。 最短で基地を落とすつもりならここを通るしかないんだ。 悪魔だろうがなんだろうが、それだけは変わらない!』


 声が裏返っている若い男の声が返してくる。


「γ機、少し落ち着け。 焦りは命取りになるぞ。 実戦は初めてだったか?」

『全くだ。 母ちゃんがいねぇとそんなもんかぃ? これだから成り上がり小僧と組むのはごめんなんだよ。 タイチョー、こいつ返した方がよくないですか? 大切なぼっちゃんを戦場で見殺しにはできませんぜ?』

『う、うるさい! 私は、イースターン家の人間だ! 貴様達のような落ちこぼれの一生、前線兵とは違うんだ! 本来なら指揮を任されていて、後方支援を――』


 β機のパイロットが茶化すように隣を歩くγ機に音声を発信する。γ機のパイロットは高貴な家柄についてしばらく言いたいことを言ってMFの速度を上げた。

 一歩、一歩、東へ接近するサウザンド部隊。反応があればすぐさまマガジン全射で敵をハチの巣にする。マガジンが尽きるまでに撃破できなければ、彼らが死ぬのだ。

 焼け焦げた機体と基地施設から発せられる煙で視界が悪い。今にも何かが飛び出してきそうな静けさだった。

 

『隊長!! 上だ!』


 β機から通信が入り、空を見上げようとしたα機だったが、もう遅かった。

 武装を格納してあった大型コンテナの残骸を踏み台にし、黒い影が煙幕の中から飛び出している。

 嫌悪の剣(アインス)の切っ先が悪魔の領域に侵入したサウザンドの頭部に触れる。

 本来、力任せに装甲を叩き割るために設計された巨大な剣だが、漆黒の機体を巡る魔力を飲み込み、魔科学兵器としての機能が活性化している嫌悪の刃を受け止められる素材は同格の魔科学兵器ぐらいだ。ただのサウザンドの装甲など紙を斬るよりも容易く切断してしまう。嫌悪の剣(アインス)は、こと『物体を斬る』と言う命令を難なくこなす魔剣なのだ。

 頑強な頭部を切り裂き、埋め込まれたプログラムの網を一本一本切断する。カメラアイは膨張した熱源に耐えきれず内側から亀裂が走り、最も厚く設計されているコックピットに刃が侵入する。内部のモニターを斬り裂き内側から外の風景が垣間見え、冷却装置のある腰部を抜け、股下より火花を散らしながら刃が通り抜けた。

 パイロットは即死だっただろう。

 一度も詰まることなく真っ二つにされた機体が縦にスライドし、断線した個所から青い火花を散らし爆発する。

 怒りを露わにしてサブマシンガンを連射するβ機の兵士。突然の出来事に頭が付いていかないγ機の兵士。

 兵士達の脳内で走馬灯が過る。

 彼らはマガジンを使い切る前に両断され一生を終えた。


「貴様達に嫌悪と憎悪、そして……絶望をくれてやろう」


 漆黒の機体は、両手で赤黒い剣をMFの額の位置に構え直し、遥か遠方にいるMF部隊を睨む。

 今、狙撃すれば倒せるのではないかと思われたが、誰も発砲しない。発砲すれば瞬時に斬り殺される。そんな恐怖からか仲間が目の前で殺された共和国兵達は何もできないでいた。


『人を殺すのがてめぇらの仕事だ、人を殺すからてめぇらは飯を食ってこれた。 殺さねぇで何やってやがる? 銃を持って何をしてやがる? 早く撃て、撃てないクズは――俺に撃たれろ』


 兵士達に通信が入った直後、後方のMF部隊よりも遥か彼方から弾が発射された。

 味方機ごと黒い機体を狙った魔弾は、威力をそのまま、漆黒の機体を貫通せんと直進する。

 咄嗟にブースターを全開にして回避行動をとった帝国の悪魔だったが、想定外の攻撃と弾速の速さに対処が一瞬遅れ、黒い機体は左肩を半分もぎ取られる。

 魔弾はなおも貫通力を保っており、基地の外へと通り抜けていった。

 黒い機体は姿勢を制御しながら、右手と両足でブースターのジェット噴射の勢いを殺し始める。鉄と鉄が擦れる音が鳴り響かせ、鉄の地面から火花が散らしながらようやく静止する黒い機体。


「……左肩損傷、戦闘に支障なし。 砲台がまだ残っていた、いや……新型」


 状況を確認するように呟き、悪魔はその音を聞いた。

 昆虫の羽音のような不快音を鳴らしながら堂々と現れた茶と赤で塗装された不気味なメタルフレームを赤いカメラアイで睨む。

 テンサウザンド・ベルゼブブ。

 ハンスタが近くの遺跡から掘り起こした新種の機体。推定一万年前に作られたとされる古代兵器が悪魔の前に立ちふさがる。

 調整こそ未完であるが、ベルゼゼブは、サウザンドを凌駕する圧倒的な出力と前代未聞のホバーリング移動が可能なため地形に左右されない強みを持っている。そして、テンサウザンド最大の特徴は、機体自身が四大元素の主属性を持っていることである。

 主属性と同じ属性の魔科学兵器を武装すれば、付加(エンチャント)により魔科学兵器の出力が跳ね上がる。

 先ほど黒い機体に向けて発砲された兵器は、“風”を利用し貫通力を高めた魔科学兵器の弾だ。

 そして、ベルゼブブの主属性は“風”。極限まで高められた、風の爆発と弾丸を纏う風の刃によって着弾する前に『切り裂く』能力が付加された弾丸は驚異的な貫通力を実現している。

 この機体、魔科学兵器こそハンスタの切り札だった。


「仕留めれなかったか。 クソが。 俺の部下が無駄死にしちまったじゃねぇかよ。 だが、MFを貫通させても威力はそのまま。 能力テストは終了だ」


 自分で殺しておいて、仲間の死を嘆くハンスタの声が炎上する基地に響く。

 黒い機体のパイロットは、予想外の敵戦力が現れたにも関わらず笑みを隠さない。追い込まれることを愉しんでいるようだ。それとも、ハンスタの『取るに足らない自信』が悪魔にとっては滑稽だったのかもしれない。

 未知数のテンサウザンドシリーズを実戦配備したのは、恐らくハンスタが初めてである。同格のサウザンドならば二本の剣を駆使し、相手を翻弄できただろうが、データが無いテンサウザンド相手に武装が剣だけというのはあまりに無謀である。

 最初に憎悪の剣(ツヴァイ)をMF格納庫へ投擲したのは失敗だったのだ。物質切断しかできない嫌悪の剣(アインス)だけでは魔科学兵器を使用するベルゼブブには勝てない。

 刃に黄色の筋が装飾された黒い憎悪の剣は、ベルゼブブより後方約三キロメートル先に突き刺さっている。


「遠くに投げ過ぎた……か」

『チェックメイトだな、カブトムシ野郎。 悪いが俺の出世のために死ねや』


 思わぬ戦力が追加されたことで回収し損ねた愛剣を一瞥し、ベルゼブブを中心に展開されたサウザンド部隊とハンドレット部隊の包囲網を赤い眼で見渡す。

 一〇機近い数のMFが銃火器を構えながらハンスタの合図を待っている。

 嫌悪の剣・アインスでどこまでできるか定かではないのだが、絶対的な劣勢を悪魔は鼻で笑った。


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