第31章
「いてぇ、てて……ノーションさん、魔術で俺の怪我治せないんですか?」
「ムリ」
「そんな即答しなくても……」
リオンが怪我の様態を看ている白衣のノーションに尋ねてみた。ベッドの隣ではセレネが暇そうに本棚を眺めている。
ノーションがシリスの巻いた包帯を再度巻きなおしながら続ける。
「あのね……なんでも魔術でパッパッと治せたら医者いらないわよ。 医者がいるってことは、そーゆーことでしょ? 治すってことは、細胞や血管を復元するわけだから、破壊しかできない現代の魔術では逆立ちしたって無理。 創造できるのは古代の魔術ぐらいよ」
「はぁ、魔術も万能じゃないってことですか。 ふぅ~ん」
医者の白衣を着用したノーションが、壁にもたれかかって腕を組む。
「地水火風――つまり、四大元素以外の領域に関しては、魔術なんて大したことないわよ? その他に関して言えば、錬金術から化学と科学を開発した帝国の方が凄いんじゃないかしら? あっちでは、MF以外にも電気で動く乗り物とかこっちに無いものが沢山あるわよ」
ちょっと腫れが引いてるから問題なく治るわよ、と診察を終えノーションがさっそくタバコを吸おうとして手を止める。
ノーションは医者ではないが、心得がある。人体に関わることならば、潜りの医者よりも詳しいぐらいだ。
目が点のままのリオン。四大元素はさておき、MF以外の乗り物など想像を絶するものだったらしい。
「いけなっ、ここ女の子の部屋よね? はぁ……我慢するか。 時間もあるし、原始人のリオンに教えてあげる。 乗り物が気になるの? それとも四大元素?」
「乗り物って、帝国はメタルフレームみたいなのを作ってるんですか!」
興味深々で乗り物を選んだリオン。その言葉にセレネの耳がピクリと動く。その姿を見て思わず笑みを浮かべノーションは、部屋の中央に足を運びながら口を開いた。
「さすがにMFは作れないわよ。 車とか船とか、まぁ基地に行けばこっちでも見れる物だけど、民間用にも作られているわ。 向こうでは、民間でMFを扱うなんてあり得ないわね。 ただでさえ、帝国の土地はMFが見つかりにくいのに、民間に回す余裕なんて無いもの」
心の底から帝国に生まれなくてよかったと思うリオン。MFに乗れなければリオンは発狂しているに違いない。
「でも、前の大戦は戦力が互角だったんですよね? メタルフレームが少ない帝国が共和国と同じ戦力って、おかしくないですか?」
「あなたって、ほんと――」
何でそゆうとこだけ頭が回るのよ、と心で呟きノーションは言葉を選ぶ。
「社会の違いよ」
「「社会?」」
いつの間にかセレネも加わり首を傾げながらノーションの答えを待つ少年少女。
「そ、帝国と共和国では当たり前だけど国風も違うし国民の意識も違う。 帝国は昔から階級社会だし、民間でMFを保有する者がいないから国民を統率するのに時間なんて掛からない、でも、共和国は違った。 戦いを反対する国民がMFでデモを起こしたり、政治家の足元を見たりと……まぁ、前大統領の悪政もあって共和国の中に反対勢力が出来ていたのよ。 義賊なんてのも出てきて、『正義と仁義』を掲げてその辺りで暴れ回っていた時代よ、発掘が盛んだった時期でもあるからメタル・ラッシュとも言うわね。 連中のやってたことは盗賊と変わらないんだけど」
カーストがあまり多くを語らなかったメタル・ラッシュの裏の一面をリオンは思い出していた。
弱い者は強い者に食われても文句が言えない。力こそが――メタルフレームの操縦テクニックこそが全て。しかし、そこに男達は夢を抱き、巨万の富と一流の“メタルフレーム乗り”としての称号を追いかけたのだ。
「いくら統率力の無い共和国でも、メタルフレームの数で勝っていれば共和国は帝国を圧倒できたんじゃないのか?」
「それに、帝国には魔術師がいないんじゃないですか? 俺みたいな一般人が動かせるのはハンドレットぐらいだ。 サウザンドと魔科学兵器で攻められ――」
リオンが言い終わる前に人差し指で自分の口を押さえてノーションが場の空気を支配する。セレネも押し黙るしかない様子だ。
「帝国も馬鹿じゃないわ。 捕虜にした魔術師を解体して魔術についての知識を取り入れていったの。 で、とある研究チームに疑似魔力装置《Fake Magic Device》を作らせたわけ」
研究チームの名前を敢えて言わなかったノーション。リオンは、そんなことよりも非人道的過ぎる帝国のやり方に怒りを覚えた。いくら勝つためでも捕虜を解体するような国があっていいのだろうか。
「ここからFMDを扱える“技術師”が登場するのよ。 これで人材は五分、後はMFを片っ端から掘りまくって質のいいサウザンドで敵を討つだけ。 ほら、内乱が勃発している共和国より帝国の方がスマートでしょ」
話し終わると同時に控えめのノックが聞こえる。
「皆さん、今日は遅いので、ご飯を食べて行って下さい。 何もありませんが、助けて頂いたお礼がしたくて――あの、一緒にいたお爺さんは今どこにいるんですか?」
シリスが弟を引きつれて料理をお盆に載せ、部屋に入ってきた。
姉の後ろをいそいそと付いてくる弟をノーションは鋭い目で軽く追った。
「え、マジで!? ありがとうシリス。 部屋借りて、怪我の手当てもしてもらって、飯まで……こっちがお礼をしなくちゃいけないのに。 爺ちゃんなら宿屋かな? なんで?」
「リオンさんは私たちの命の恩人ですから、ご一緒の方にも御馳走したいと思っただけですよ。 あ! タオ、リオンさんにお礼言ってなかったでしょ? ほら、お礼を言いなさい」
タオと言われた男の子が首だけ頭を下げて「ありがとございます」とお礼を言う。緊張しているのか、動きがカクカクとしていた。
「すみません。 なんだかこの子、緊張しちゃってるみたいで――」
「いや、だからお礼を言うのはこっちの方だ。 って……お前はなんでこの状況で自然
に飯を食ってんだよ! ノーションさんからも何とか言ってやって下さい!」
肉にかぶりついているセレネの頭を鷲掴みにして、リオンが吠える。
「あぁ~私ちょっとタバコ吸ってくるわ~。 セレネ、もし、食べたかったら私の分も食べていいわよ」
部屋を後にするノーション。
「それじゃ、私、お仕事に戻りますね。 ゆっくりして行って下さい、ほら、タオ行くよ?」
ノーションの後ろ姿を寂しそうに見送りシリスとタオも部屋を出て行った。
◇
部屋を出てすぐの廊下は真っ黒だ。
リオンがいる部屋から漏れる黄色の光と、廊下の先にある窓から差し込む薄青の月光が唯一の明かりだ。
黄色と青のスポットライトが両者を照らす。
月明かりの下に金の髪をした女がつまらなそうに、部屋の明かりを見ていた。
ただ立っているだけなのに、近づく者を殺す――殺伐とした雰囲気を纏っている。気配を放っている本人さえも殺してしまいそうな歪な空気を感じてシリスは息を呑んだ。
「……」
殺意の塊の横に階段があるため、側を通らざるを得ない。シリスは無言で女の側を通過しようとした。
「あなた――臭うわね」
「は、はい?」
思わぬ一言に戸惑うシリス。
ぶっきらぼうに言葉を紡いだ金髪の女性の表情は、髪の毛で隠れてよく見えない。
「それから、そこのボク――あなたからも臭うわ」
「え?」
鼻を鳴らしながらノーションが月明かりをバックに笑う。
シリスの瞳に映るノーションの姿は、月光の作りだした影により、口元以外の特徴を全てその闇で隠されている。時折見える白い歯もこの状況下では闇を引き立てる色でしかない。
シリスから見たノーションは、白衣を着た悪魔と言ったところであろうか。
「一体何を言っているんですか?」
「私の職業――何か当ててもえるかしら?」
弟を庇うように抱きよせ、シリスがノーションを睨みつける。
得体の知れないモノ程怖いモノは無い。姉弟は目の前の悪魔が一体どんな答えを求めているかなど知る由もなかった。
「お、お医者様じゃないんですか?」
何故こんな脈絡の無い質問に応えなければならないのかシリスにはわからない。
さっきもリオンの診察をしていたし、何より白衣を着ている。医者以外に何があるのだろうか。
「ふふふ、お医者様か。 そう。 ……正解よ。 私って医者っぽく見えないって言われるからちょっと聞きたかっただけなの。 そんなに怖い顔しないでちょうだい。 あ、それと……はい、これ」
「なんですか? これ」
掌に乗る程度の小柄な瓶を渡されたシリス。それがノーションの手から離された時、妙に重たく感じられた。
「リオンの面倒を見てくれたお礼。 私が調合した香水、女の子ならそれぐらい付けておいた方が男に好かれるわよ?」
ウインクをシリスに向けるノーション。そこには、悪魔なんて思わせない優しい笑みがあった。
ようやく顔を確認することができ何故だか安心するシリス。全て、月と夜が見せていた幻覚だったのだ。
「ありがとうございます!」
「ううん、いいのよ」
ぺこりとお辞儀をするシリス。笑顔で階段を降りようとして、また呼び止められる。
「あぁ、最後に一つ――あなた昨日もここで働いていたのかしら?」
「……は、はい。 ずっとお父さんのお手伝いをしていましたよ。 それじゃ、お仕事があるので失礼します」
弟の背中を叩いて階段を先に降りさせるシリス。また、先ほどの空気に一変する。一刻も早くこの不快な空気から解放されたかった。
「あなたとは全然関係ない話なんだけど……煙なんか焚かなくても、その香水で血の臭いも誤魔化せるわ」
「ッ!!」
シリスの目から生気が無くなる。
この女の人は何を言っているのだろうと何度も脳内で反復させる。自分は、血の臭いなんてしていない。している筈がない。わかる筈がない。
「私、血の臭いが大~好きな医者だからわかるの。 きっとリオンの血があなたにもついちゃったのね……血の臭いがする女の子なんてモテないわ。 ちゃんと香水使ってね」
「はい……使わせて頂きます」
階段の下の闇を見ながらシリスが低い声で呟き、階段を駆け降りた。
シリスとて気が付いている。リオンを診察したノーションならば知っている筈だと。
彼の怪我は、魔術による打撲がほとんど。他人に血が付く程出血などしていない。
そして、シリスは自分の言ってしまった矛盾に気が付いていない。
彼女が知っていなければおかしい事実がある。
昨日、ノーションは共和国の軍服でこの食堂に来ていたのだ。
例え、軍医と判断されたとしても、ハンスタに殺されかけたリオンと軍関係者を会わせる筈が無い。
ノーションを拒絶しないということは、昨日のノーションを知らないということである。
それなのに、昨日、彼女は「お父さんのお手伝い」をしていたらしい。
店の中にいたのに、軍服のノーションに気が付かなかった。それも、親が突っかかって行ったテーブルの客なのに。
ノーションが共和国の人間でないとあらかじめ知っていたのなら話は別だ。
「あぁ~あ。 “帝国の悪魔”といい“共和国の武者”といい……人間の相手まで。 面倒臭いことになってきたわね。 悪いけど今あなた達に構っている暇なんかないのよ。 邪魔するなら……殺す」
その強い言葉とは裏腹に、壁にもたれながら力が抜けたようにゆっくりと廊下に座り込んで、深呼吸をする。
今更、怖気づくなんて、そんな筈はない。自分は何度も何人も殺して来たではないかと、殺してきた人物の顔を思い出していく。
「邪魔する者は殺すのよ、ノーション。 例え相手が女子供であろうと、私は――悪魔なんだから」
ノーションは、自分自身に言い聞かせるように何度も呟き、冷たい廊下の上で髪を掻きむしった。
狙う側は敵を選べる。しかし、狙われる側は敵を選べない。
目の前に立ち塞がるならば、殺すのだ。それができなければ殺される。
それが巨漢であろうが、人生の半分も生きていない子どもであろうが、等しく殺さなければ生き残ることができない。
命の重さなんてどれも同じ。そう決めた。そう覚悟した。屍の薬を使った時に、心から悪魔になった。
それなのに――いや、だからこそ。
「殺すのよ、ノーション。 殺られる前に」




