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巻き込まれただけの高校生、冒険者になる  作者: 木下美月
第五章 ダンジョンと探索者
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新人探索者

 

 工房から神蔵駅まで送り届けて貰った帰り道。

 秋の夜道を一人歩く。


「驚いたな……身体は細く、魔力量は平均。そんな奴が工房戦四回連続優勝者とは」


『それだけこの世界の魔道具が優秀なのでしょう。戦いの才能が無くとも戦えてしまうのですから』


「まぁ、魔道具を使いこなすのも簡単じゃないだろうけどな」


『もしかして弱気になってるんですか? あの青いのに負けるかも、と?』


 挑発する様なリュドミラの発言を鼻で笑う。


「まさか。勝つさ、目的の為にも」


 それに、もしも仲間達がここにいたら、優勝以外許してくれないだろう。




 家族の元に帰ると、俺の義手を「格好良い」と褒めてくれる妹と、「長谷部さんにお礼しなきゃ」と呟く母に迎えられた。


「てかお兄ちゃんさ、リカ様の配信に出てなかった?」


「まぁ、舞ならわかるのも当然か……」


「だよね! なんか最初は知らない人だと思ったんだけど、よくよく考えてみたら今工房でリカさんと一緒にいるってお兄ちゃんじゃない? って思ったの」


 これは認識阻害の弱点だ。

 舞は俺が義手を貰いに、リカと共に工房へ行く事を知っていた。故に推理――と言うほど大仰な事はしてないだろうが、リカの共演者を当てたのだ。


「お母さん、お兄ちゃんがどんどん有名人になっちゃうよ?」


「あんまり忙しくし過ぎないなら私は構わないよ」


「有名人にはならないし、週休一日くらいは取るつもりだよ」


「出来れば週休二日以上取ってほしいのだけど……」


「沢山稼がないとリュドミラの身体を買えないから、少し頑張らないと」


「危ない発言してる事気付いてる?」


『ふふ、君に求められるなら悪い気はしませんね』


「……とにかく、明日から早速ダンジョンに潜るつもりだから」


「あまり無理しないでね」


 少し心配そうにする二人に見せつける様に、義手の手でグーサインを作った。




 ⭐︎




 翌日の早朝、早速探索者協会へやって来た。

 異世界に行ってから――いや、迷宮に落ちて過酷な日々を送ってからか。あの時期から、睡眠時間が短くなった。毎朝早朝に起きる俺を「おじいちゃんじゃん」と妹は揶揄ったが、活動時間が増えるのは良い事だ。


「おはようございます、早いんですね」


 時刻は五時前、協会の受付へ行くと、二十代前半の女性が対応してくれる。

 彼女は、俺のローブから覗く義手を確認して言った。


「舞ちゃんのお兄さんですよね?」


「えぇ。妹がいつもお世話になってます」


「ふふ、こちらこそ。舞ちゃんの働きぶりにはいつも助けられています。そうだ、初めてですよね? 説明をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」


 俺がお願いすると、宣言通り説明を始めた受付嬢。説明と言っても、探索者のルールなどは既に講習で学んでいる。聞かされたのはこの建物の案内だ。



 一階にはロビーと受付、更衣室、それから売店に医務室がある。

 更衣室は広く、毎月定額を払えば自分専用のロッカーを借りる事も出来るらしいが、俺は着替える必要も無ければ、荷物は全てポーチに入っているからロッカーは必要無い。

 売店では探索に役立つ色んな物が売っている。携帯食料や量産品の武器や防具、それにマジックポーチなどの魔道具も売っている。ただし、容量は小さい。ここに売ってるのはどれも比較的安めの、新人向けの商品らしい。



 幅広い階段を上がって二階に行くと、食事処と娯楽施設への通路がある。

 食事処は二十四時間空いているため、いつでも利用可能だ。味も良いらしい。

 そして娯楽施設と言うのは探索者協会の東棟にある複合施設で、温泉やサウナにエステ、それからジムや体育館まであるらしい。



「また、ダンジョンの一階層では魔力が使えますから、魔法を用いたトレーニングも行える様になってます。もし誰かに協力をお願いしたい場合は受付にご相談下さい、すぐに手隙の探索者に依頼します」


「ありがとうございます、一通り把握出来ました……施設の利用は後にして、取り敢えず潜ろうと思います」


「はい、お気を付けて!」


 探索者証を受付の機械に読み込ませてから鋼鉄の自動ドアを通る。

 早朝だからか、人はかなり少ない。今の内に思い切り探索しよう。




 ⭐︎




 二階層から六階層までは、この世界に帰ってきた時に太一と共に歩いたから、ある程度把握している。

 シンプルな洞窟系の通路が続き、出現する魔物の脅威度は低い。


 気になる七階層以降も洞窟が続くが、十一階層で環境が変わった。


「ジメジメするな……湿地帯か?」

『こういう環境、生前は大嫌いでした。身体がどんどん怠くなるんですよね』


 俺も嫌いだから足早に探索する。

 ここで出てくる魔物はカエルやナメクジみたいな魔物が多く、これは探索者協会が開示している情報と同じだ。

 特に新たな発見も無いので、どんどん下に降りよう。


 三十階層はボス部屋で、そこに降りると広い草原に出た。

 見晴らしが良いので、階段の場所は直ぐにわかった――そして、その前に鎮座する巨大な恐竜も。


『珍しいですね、翼を失くした竜……堕竜ブラキリア。しかし妙です、この階層で出るのはワイバーンという話では?』


 そうだ、協会の情報ではあんな魔物は出る筈じゃない。

 こんなデカい魔物を見逃すとは思えないし、今回初めて出てきたイレギュラーという事か。


『ここが迷宮じゃなければ、討伐した堕竜の肉を剥ぎ取ってバーベキュー、というプランをお勧めしたのですが……迷宮内なので、ドロップ品に期待するしかありません』


 あぁ、そういえばテルシェ村で食べた暴風竜の肉はマジで美味かったな……。


「って、そんな事言ってる場合じゃない。行くぞ!」


 堕竜ブラキリアの姿は、短い四本脚と饅頭みたいに大きな胴体、そこから伸びた長い首の先に小さな頭が乗っかっている様な見た目だ。

 あの首を落とせれば手っ取り早いが、それが出来るか否かは灰色の鱗の硬さ次第か。


 鋭い三白眼に睨まれて、弾かれる様に走り出す。暴風竜程ではないとは言え、竜の威圧感は凄まじいものだ。

 敵に動く気配は無い。

 そのままじっとしてくれるのなら、速攻で片付けたいが――


「――――!」


 堕竜が低くけたたましい鳴き声を発した途端、地面に流れる魔力の気配を感じ、慌てて飛び上がる。

 直後、俺が走っていた辺り一帯に無数の土棘が飛び出す。

 地属性の固有魔法持ちらしい。

 そして、宙に跳んだ俺に向け、口を開いたブラキリアを見て焦る。


「ブレスも放つのか!」


 右手に氷の盾を展開して前方からの攻撃に備える。

 しかし竜の口から放たれたのはブレスの様な強力な攻撃ではなく、ただの泥。

 氷の盾が泥に覆われて視界を塞ぐから、直ぐに捨てた――その瞬間、危機感知が背後から迫る攻撃を知らせる。

 さっきと同じ土棘が、背中を貫こうと迫っていた。

 盾を捨てさせると同時にこの攻撃か。人の嫌がる事がわかるくらいの知能はありそうだ。


 とにかく、左手を背中に回して再び盾を展開しようとして――気付いた。

 この義手なら、殆どの攻撃を防げるだろう。態々魔法を発動するまでもない。

 俺を貫こうとする土棘に義手が触れ、鈍い音が鳴ると同時に大きな衝撃。

 棘は義手を貫く事が出来ず、射出の勢いだけを俺の身体に伝えた。

 勢いを受けた俺はそのまま飛び、ブラキリアの眼前に迫る。

 再び口を開く堕竜だが、手遅れだ。

 右手に氷剣を作り、それを振り下ろして頭部を縦に割る。意外と容易く切り裂けた鱗に拍子抜けしつつ、ブラキリアが光の粒子になって消えるのを見届けた。


「竜って言う割には柔らかいな」


『堕竜の肉体は竜の様に強靭ではなく、厄介なのは固有魔法のみ。故に近付く事に成功すれば勝利は容易いのです』


 なるほど、と頷きながら前方を見る。


「じゃあ、今鱗がドロップしたけど……あれは実用性がないって事?」


 柔らかいのなら防具に使う事も出来ないだろう。使えない素材よりも肉が良かったな……。


『いえ、鱗は日の光を集める性質があり、その後は暗くなってから光ります。私たちの世界ではそれを利用した照明や飾りなどがありましたが……この世界ではどうでしょうね?』


 照明器具なら沢山あるし、この世界では需要ないのかな……。


『それより、君はこの世界では氷魔法しか使っていませんが……それは力を隠しているという事ですか?』


「あぁ、一応な。この世界で複数属性使ってるのって、海外の三属性魔法使いだけだからさ。日本では二属性の人が数人いるだけらしいし」


 あまりにも逸脱した力を見せてしまえば、その異常性は人を恐怖させたり、或いは利用しようと目論む者もいる。そういった厄介事に巻き込まれない為にも、自分が周囲からどう見えるのか、という事は常に意識しておきたい。


『君は慎重ですね……悲観的とも言えるほどに。私は多少目立っても問題ないと思いますがね』


 慎重くらいで丁度良いんだ。俺には時間を戻してやり直す事など出来ないんだから。




 ⭐︎




 三十階層まで六時間程掛かった事を考慮すれば、この辺で引き返さなければ夕飯までに帰るのは難しくなるだろう。この世界のダンジョンには片道エレベーターがない為、帰りも自分の足で歩かなければならないのだから。


『君も空間魔法を練習すれば転移くらい使える様になるのですが……』


 俺の固有魔法である巫術は、目の前で死んだ者の魂の欠片を吸収して、他人の固有魔法を奪う事が出来る。

 だからミーシャの固有魔法である時空魔法……は使えないにしても、空間魔法くらいなら使用出来る。

 ただ、俺は本当にそれを使って良いのか。

 力を得るためにリュドミラはミーシャを殺そうとし、俺はそれを許さなかった。

 それなのに、いざ力が手に入ったらそれを利用する、なんて虫が良すぎるのではないだろうか。

 まるでミーシャの死を利用しているみたいじゃないか。

 だから――


「使うつもりは無い」


『まぁ、非合理であっても君が使わないと決めたなら、私はそれを尊重します』




 身体の中の同居人と話しながら暫く歩き、四階層まで上がって来た所で、遠くに人の気配。

 浅い階層だと人が増える為、お喋りはここまでだ。

 また、低階層の魔物を狩るのは新人探索者に悪いので、魔物とも遭遇しない様に歩く。


「って、俺も新人探索者じゃん」

『君の思考が読めなくとも、何を考えての発言か察しましたよ』


 一人ツッコミに反応してくれたリュドミラに苦笑しつつ、そのまま何事もなく探索を終える。


 ダンジョンを出るまでに結構な数の探索者とすれ違った。

 時刻は午後五時。この位の時間は混むのだと把握した。次はもう少し遅く帰って来よう。




「あ、おに……コホン。リュート様、お疲れ様です」


 探索者協会のロビーに帰って来ると、受付にいた舞が出て来て迎えてくれる。高校が終わってそのままバイトに来たのだろう。


「えっと、いくつか買い取って欲しい物と、情報の共有を行いたいんだけど……」


「え、新しい情報? 初日から頑張りすぎてない? 大丈夫?」


「お前も大丈夫か? 素が出てるぞ」


 俺の指摘にハッとした舞だが、彼女の後ろで他の職員がクスクスと笑っているのでもう遅い。

 ただ、職員の笑いは嘲るようなものではなく、微笑ましいものを見たといった様子なので、人間関係は結構良さそうだ。


「とりあえずこちらの部屋で伺います」


 そう言って別室に案内され、少し待つと妹が黒田さんを連れて戻って来た。態々支部長を呼ばなくてもよかったんだけど……。


「リュート様、情報の共有と伺いましたが……」


「えぇ。神蔵ダンジョンの三十階層のボスなのですが、探索者協会の情報ではワイバーンになってますよね? ですが今日行った所、ボスはワイバーンではなく、大きな恐竜でした……因みにこの灰色の鱗がドロップ品です」


「……探索初日から、三十階層まで降りたのですか?」


 黒田さんの戸惑いの声と、その後ろに立つ妹のジト目。


「……協会がダンジョン内の情報を開示してくれているので、そのお陰で探索が捗っているんです」


「……あまり無茶をしない様お願いします」


 気まずい空気の中で注意を受けた後、話が戻る。


「リュート様が三十階層で相手をした魔物の詳細を教えて頂けますか?」


 その後しばらく質問を受ける。敵の見た目、攻撃手段、どうやって倒したか、など。

 答えた後で幾つかの画像を見せられて、「この中にその魔物はいますか?」と問われる。

 いないと答えると、次に遭遇した時、可能であれば写真や動画の提供を頼むと言われた。報酬も支払われるらしい。


「とは言え、そう何度も三十階まで降りるのは大変でしょうから、探索者全体に共有します。運が良ければダンジョン配信者の方が遭遇し、そのカメラに収めてくれるかもしれません」



 最後にまた「無茶な探索はしない様に」と注意を受けてから解放された俺は、さっさと帰ろうと出口に向かう――その途中で、友人と再会する。


「竜斗くん! 探索者試験受かったって聞いたけど、早速潜ってたの?」


 広いロビー内を小走りで来た太一に、軽く手を上げる。


「高校辞めたからには、ちゃんと働かないとだからな」


「君が高校辞めた事も教師から聞かされたよ……って、そうだ! あのさ、君が助けてくれた三人組の配信者、覚えてる?」


 最近よくアイツらの話を聞くな、なんて思いながら頷く。


「その中にミドリちゃんっていう常識人がいたでしょ? あの人がさ、改めて助けてくれたお礼をしたいって言ってるんだけど……」


「超いらないって言っといて」


「超いらないんだ……」


 黒田さんに聞いた限りだと、奴らのリーダーはわざとダンジョントラップを踏む様なキチガイだ。そんなのとチームを組んでいたとなると、常識人に見えたミドリもヤバい奴なのかもしれない。関わらない方が良い。


 二人で話してると、入口から太一のチームメイトが入って来てこちらに手を振る。これからダンジョン探索に行くのだろう。


「じゃあ、また後でな」


「あ、うん! またね」


 手を振りながら、一人その場を後にした。



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