最終登校と初配信
退学届を提出して来た。
面談が行われたが、特に大した話はしていない。
俺が失踪する前に担任だった教師もいたが、彼は俺の失踪について話す事もなく、淡々と作業の様に退学手続きを行うだけだった。あの頃と同じ、何も変わってないその様子に逆に安心したくらいだ。
『君の記憶で見た時も思いましたが、随分と冷めきった場所ですね、学校は』
別に学校が悪いわけじゃない。
腫れ物みたいな俺と、それを疎ましく思う教師がいるから空気が悪くなるんだ。
過去と決別する様に高校を後にし、帰宅する。時刻は十六時。
もうすぐ帰ってくる母さんと妹の為に夕飯の準備でもしようかと思った時、スマホが震えた。
二件のメッセージ。
一件目は探索者試験に合格した事。
『昨日の今日で合格通知が届くんですね。おめでとうございます』
「ああ、ありがとう……って言っても、殆どの人が合格出来そうな試験だったけどな」
自宅にいる為、リュドミラにちゃんと返事をする。
『もう一件のメッセージはなんですか?』
「えっと……リカだな。いつも通り既読無視でいいや」
一緒に工房に行った時に連絡先を交換したリカだが、あれ以降頻繁にメッセージが飛んでくる。殆どが料理の写真で、偶に動画のURLが送られて来る。内容は彼女のダンジョン配信チャンネルだ。
どうせまた写真でも送られて来たのだろうと思いながら開くと、予想外のメッセージ。
『アンタの義手が出来たわ』
その内容に喜ぶと同時に、着信音が鳴る。今メッセージを送って来たリカだ。
「はい――」
『――アンタ、また既読無視しようとしたでしょ!』
開口一番怒鳴られて、スマホから耳を遠ざける。
「いや、今回はお礼のメッセージを送ろうと――」
『今回は!? いつも返事しなさいよ!』
「いやいや、写真だけ送られたり、動画のURL送られても、反応に困りますよ」
『普通に感想送ればいいじゃない! ま、まさかアタシの動画観てないとか言わないわよね……?」
「ちゃんと観てますって……最初の十秒くらいは」
『それなら観てないって言われた方がマシよ!』
終始怒鳴りっぱなしのリカは息切れを起こしながら言った。
『とにかく、明日の十一時にまた、神蔵駅に来なさいよね……』
一方的に取り付けられた約束に了承してから通話を切る。
「ねぇもしかして今のリカ様!?」
「うわっ! 背後から声掛けるな!」
大音量で騒ぎ続けるリカのせいで、舞が帰って来ている事に気付かなかった。
「いいなぁ、私も会いたいよぉ」
「あれ? お前の推しは別にいるとか言ってなかったっけ?」
「そうだけどさ、やっぱ凄い人って会いたいじゃん?」
「ミーハーってやつか……」
「あ、でもアスカさん達は神蔵ダンジョンに来るんだよね? 楽しみだなぁ」
一人で盛り上がる妹を放置して夕飯の支度に取りかかる。
当然のように手伝ってくれる舞は隣で、「こうやって一緒に料理するのも久しぶりだよね」と呟いた。
確かに久しぶりだが、今後はこういう時間も増えるだろう。俺はずっとこの世界で暮らしていくんだから。
⭐︎
翌日、片桐さんとリカに連れられて再び工房にやって来た俺は、早速義手を装備していた。
「具合はどうだい? ふむ、ちゃんと動くか。頑丈だし、水に濡れても錆びなければ汚れもしない特殊加工を行っているから、そのままお風呂にだって入れるよ。あ、肩当てと胸当てが邪魔ならここから外して――」
諸々の説明を受け、恐る恐る魔力を流してみる。
また吹き飛んだりしないよな?
そんな不安は良い意味で裏切られて、義手はまるで俺の身体の一部みたいに、スムーズに動いた。
「おぉ、これは凄いですね!」
手を握ったり開いたり、拳を前に突き出してみたりしていても殆ど違和感がない。鋼鉄製故の重さはあるが、これは慣れればなんとかなる。
「ふっふっふ。そうだろうそうだろう。最高硬度の鉱石を利用しているから、耐久性も信頼してくれて良いのだぞ」
嬉しそうな諏訪部さんに何度も礼を言い、その場で――ダンジョンの一階層で暫く動かし続ける。
「魔力伝導効率が高いお陰で、左手でも魔法の発動が容易だな……」
『これは素晴らしい技術です。私達の世界でもこれほどの作品はありませんよ。フィオナが見たらひっくり返るんじゃないですか?』
楽しそうに笑うリュドミラだが、フィオナがひっくり返る様子なんて想像出来ない。
「そういえばアンタ、探索者証は受け取ったって言ってたわよね……潜ってみる? このダンジョンに」
氷の剣を作って久々の双剣スタイルで素振りしていると、リカに誘われる。
昨日探索者証を受け取った俺は、もう好きなダンジョンに入る事が許されている。このダンジョンに入る時も職員に提示したし、このまま潜ってもいい。
だが――
「……なんでドローン用意してるんですか? 撮影するつもりなら、潜りませんよ」
「はぁ? アタシの配信に映れる光栄さがわからないワケ? ま、いいわ。顔を隠す事を許してあげる。その代わり義手はちゃんと見せなさいよ」
「もしかして、自分が贔屓にしている工房を宣伝する為の配信ですか?」
「そりゃそうよ。見てごらんなさい、アタシも手甲と脚甲を新調してもらったのよ」
そう言って見せびらかして来た手脚には、確かに今まで配信でつけていた物とは違う装備がされている。
「まぁ、工房にはお世話になりましたし……わかりました、協力します」
了承の意を伝えながらポーチから認識阻害のローブを取り出して着る。
これは異世界の、フィオナが作ってゴブ太が持っていた物だが、この世界にも認識阻害の魔道具は出回っている。工房が作る製品もあれば、ダンジョン産の物もある。故に俺がこれを持っていても違和感はない。
装備を整えて準備完了した所で、リカが手元のスマホを操作し、ドローンでの撮影を開始する。
「ご機嫌様、愚民達。配信の予告してないのに、随分と人が集まるわね。平日の昼間っから、アンタ達は暇なのかしら?」
いきなり視聴者を貶す様な挨拶は、いつも通りだ。
「ま、アタシの美しさに惹かれる気持ちはわかるけどね。でも残念、今日はアタシじゃなくてこの魔道具が主役なのよ」
言いながらリカはスマホをこっちに投げ渡し、「邪魔だからアンタが待ってなさい」と言う。
画面を見てみると、今まさに配信されている映像が映っており、視聴者のコメントも画面に流れている。
《出た、リカ様御用達の諏訪部工房だな》
《ネーミングダサいけどマジで良品しか作らないよなあの工房》
《てか今スマホ誰に渡したの?》
ふと思ったが、ダンジョン配信を見てる人はどれくらいの割合が探索者なのだろうか?
舞は俺の失踪をキッカケにダンジョンの情報を集める為に配信を見始めたらしく、そこから段々とハマり、今では趣味で視聴している。
他にも娯楽目的で見てる人は多いのだろうか? それとも情報収集の為に見てるのか?
「――ちょっとアンタ、ボケっとしてないでこっち来なさい」
呼ばれてるのに気付き、フードを深く被り直してから小走りでリカの元に向かう。
「ほら、この義手を見てちょうだい。ウチの工房が既存の製品に改良を加えて、超つよつよ魔道具に進化させたのよ……さ、二階層に降りるわよ。そしたらアンタ、なんかやってみなさい」
そんな無茶振りをしながら階段を降りるリカについて行く。視聴者は段々増えている様で、コメント欄は賑わってきた。
《超つよつよ魔道具は草》
《リカ様と一緒にいるの誰? 義手してるって事は腕ないの?》
《実験体にする為に工房長に腕切り落とされた可哀想な人だろ》
《工房長サイコ説やめい》
諏訪部さんの印象って結構悪いのか……?
まぁ人の事実験体って呼ぶし自業自得だな。
二階層に降りると、リカは俺の方に来て、ドローンに二人同時に映させた。
「コイツが誰かなんて事はどうでもいいのよ。大事なのは叔父様が作った魔道具を装備しているって事。さぁアンタ、この最高傑作の力を見せてみなさい」
リカはそう言うが、周辺に魔物はいないし、それどころか何もない。一般的な洞窟系の迷宮で――
――いや、何もないからこそ、出来ることは限られている。
多分それをやれって事なんだろう。
俺はその場で腰を落とし、義手の拳を床につけた。
「……? アンタ、何をするつもり――」
さすが配信者、しらばっくれてリアクションをとるつもりか。
諏訪部さんへの恩返しの為にも、思いっ切りいこう。
全身を身体強化して地面につけた拳を引き絞り、義手に魔力を流して潜在能力を引き出す。ただでさえ硬い義手は、魔力に反応して更に硬く、重くなる。
その岩石よりも硬い拳を――地面に向けて全力で突き出した。
迷宮の床や壁は破壊不可能ではない――但し、かなり頑丈だ。
それを破壊出来れば、この義手の凄さもわかってもらえるだろう。
「きゃぁぁあ!?」
爆音と共に下の階層に落ちる俺とリカ。彼女は絶叫を上げて視聴者を楽しませようとする。
《ファッ!?》
《ダンジョンの床ってそんな簡単に壊れるもんなの!?》
コメント欄をチラリと見ると、概ね盛り上がっている様子。
上の階から落ち、着地と同時に再び拳を叩きつける。二階層の床も容易に砕ける。
「ちょ、アンタ待ち――っ」
再び落ち、再び床を破壊する。
《この人なんでダンジョンの床で瓦割りしてんの!?》
何度か繰り返そうと思ったが、五階層に落ちた所で空気が変わった。
最深部だ。
思ったより小規模なダンジョンだったらしく、降り立ったそこはボス部屋――ダンジョンの主がいる部屋だ。
「はぁ……クレイジーな事してくれたわね」
両足で着地したリカが、大部屋の奥に佇むトロール――分厚い脂肪で覆われた巨大な人型の魔物を睨む。
「ボスと戦う予定はなかったんだけど……まぁいいわ。アンタ、行けるわね?」
リカの問いに無言で頷くと、彼女は走り出した。
「アタシが主役、アンタは援護よ!」
彼女の戦闘スタイルは近接の格闘スタイル。ならば俺は魔法で援護をしよう。
高速でトロールに肉薄したリカは、脚甲に魔力を込めてローキックを放つ。
トロールは脚の長さだけでリカの身長を超える程の巨体だが、その巨体が小さき者のキック一発で揺れた。
「もう一度!」
掛け声と共に同じ場所に蹴りを叩き込むと、痛みが蓄積したのか、トロールは呻きながら膝をつき、緩慢な動きで右手の棍棒を振り下ろした。
そんな遅い攻撃が当たるはずもなく、横に避けたリカは敵への追撃を試みるが、上から降って来たトロールの左手を避ける為大きく後退せざるを得なくなる。
「チッ、図体がデカいから一つの攻撃で大きく避けなきゃならない。こっちの体力がガンガン削られていくから面倒なのよね……疲れる前に片付けるのがベターだわ」
まるで自分について来るドローンに解説しているかの様にリカは愚痴を吐く――いや、実際に解説しているのだろう、視聴者に。
《リカ様の配信は勉強になるよな》
《トロールが出るダンジョンで先に進めなくて困ってるので、助かります》
俺は少し誤解していたのかもしれない。
黒田さんに聞いた話もあり、配信者は命知らずの愚か者だと思い込んでいた。
しかし配信を通して魔物の危険性と対処法を共有するのは、人の役に立つ有益な行いだ。
こういう配信者なら、応援したい。
「ちょっとアンタ! ボサッとしてないでなんかしなさい!」
相変わらず曖昧な指示だが、サポートなら任せて欲しい。
いつも前衛が動き易いように敵を牽制してくれた、ミーシャやマナの様に動こう。
折角なら義手の性能を試そうと思い、左手を前に突き出す。
俺が構えたのを見て、リカは再び攻勢に転じる。
対して、トロールは体を開く様に棍棒を構える。薙ぎ払う時の前動作だ。
巨大な棍棒を避ける為に後退すれば、また無駄に動き回ることになる。
しかしジャンプして避けたとすれば、トロールの空いた左手に捕まってしまうだろう。
なら、最初の段階で躓かせてやればいい。
トロールが右手を振るう瞬間、俺は構えた義手から巨大な氷塊を放った。それは力が乗り切る前の棍棒に当たり、トロールは弾かれた様に大きくのけぞる。
身体は開いたままで、懐に入るのは容易い。
「ナイスアシストね――!」
リカは思い切り地を蹴り、トロールの腹目掛けて拳を放つ。
力と勢いが乗った重い一撃。
しかしトロールの厚い脂肪が波打つ様に揺れるだけで、大したダメージはない。
「これがコイツの厄介な所よ。脂肪が衝撃を身体全体に流して、ダメージを逃してるの。だから打撃武器は相性が悪いわ――アンタ! 交代よ、時間を稼ぎなさい!」
そう言いながら後退するリカと入れ替わる様に前に出る。
トロールは既に体勢を整えており、敵が変わっても何も気にせず棍棒を振り下ろす。誰であろうと敵は殺す。そんな意思を感じる重たい一撃だ。
それを斜め前に避けながら氷の槍を射出する。狙いはトロールの眼球。
流石に目を潰されたくはないのか、大きな左手で顔を覆う様に防がれる――が、それでいい。
自らの手で視界を塞いだトロール。その隙に股下を潜り抜けて背後に回る。
俺の姿を見失ったトロールは、不思議そうにしながらも標的をリカに変更した様で、一歩足を踏み出す。
けど、まだ彼女は準備中だ。
俺は身体強化を駆使して高く跳躍する。
打撃が効きにくいトロールだが、全身の防御力が高いわけではない。
例えば、脂肪のつきにくい頭頂部。
トロールの頭より高く跳んだ俺は、そこから振り下ろす様に拳を――硬質な義手を叩き付けた。
脂肪が少ないから、衝撃を逃す前に内部に到達する。逃せなかった衝撃はトロールの脳を揺らし、立っていられなくなった巨体は膝を突き、そのまま前に倒れる。
「ここまでお膳立てしろとは言ってないけど……感謝してあげるわ!」
礼をいう時まで上から目線なリカは、漸く準備を終えたらしい。
さっきまで魔力を込め続けていた右の籠手は、その熱量を見せびらかす様に赤く発光している。触れただけで溶けてしまいそうだが、それを装備してるリカは涼しい顔だ。
「いくわよ――」
倒れたトロールの頭部に向けて右手を引き絞り、リカは技名と共に拳を突き出した。
「超必殺! あつあつパンチ!」
《いや技名な》
《ダサくて好き》
高音になった籠手がトロールに激突すると同時に、熱と風によってその頭部は爆ぜる。
そしてトロールが光の粒子になったところで戦闘終了だ。
「ふん! 見たかしら、これが叔父様の魔道具の素晴らしさよ」
《スゲー!》
《お疲れ様でしたー!》
《魔道具も凄いけどそれを扱うリカ様の方が凄い》
コメント欄は非常に賑わっている。
少なからず前に出た俺だったが、俺に関するコメントは無い。これが認識阻害の力。流石にリカに紹介されてる時には俺に対するコメントがあったが、その時だけだ。無意識のうちに、視聴者の注意は俺から逸れていくのだ。
流石フィオナが作った魔道具だなと感心している中、一つの色付きコメントに目が止まった。
《レイジ:流石だな、俺を雑魚呼ばわりしただけの事はある》
これは間違いなく、俺に向けた言葉だ。認識阻害を破ったのは――
『勘か、推理か、或いは君に対する執念、でしょうか』
同じ事を考えていたらしいリュドミラはそう予想した。
《え? レイジさんって、アスカさんのチームの?》
《リカ様どこに喧嘩売ってんねん》
何も知らない視聴者達は、リカがレイジを雑魚呼ばわりしたと解釈したらしい。
さすがに問題だよな、と思ってスマホをリカに投げ渡した。どうやって話をもっていくか、判断はリカに任せる事にした。
リカは直ぐにコメントを読み、状況を把握したらしい。
「……あぁ、アンタいたの。別に喧嘩を売ったわけじゃないわ。アタシは雑魚に雑魚って言っただけだもの」
どうやら俺の事は隠してくれるらしい。意外と優しい奴だ。
「そもそもね、アタシは女みたいな顔した男が大っ嫌いなのよ!」
えぇ……なにその無茶苦茶なキレ方。
「変な奴の茶々が入ったけど、私の魔道具お披露目会は終わりよ! またの機会に集まりなさい!」
そう言って乱暴に配信を終えたリカは、ドローンを仕舞ってから盛大にため息を吐く。
「はぁ……あの性悪腐れオトコオンナ、やってくれたわね」
多分レイジの事だろうけど、何か問題なのだろうか?
「わからないって顔してるわね。いい? 現在ランキング四位のアタシが、ランキング一位のチームメンバーに喧嘩を売ったのよ。アタシはこういうキャラだから炎上はしないでしょうけど、リスナーは勝手に盛り上がるわよ。多分次の工房戦は、アタシと性悪腐れ野郎の戦いに皆んなが注目するわ」
レイジの呼び方が若干変わったが、そこはいい。
「わからない言葉が出て来たんですけど、まずは前々からの疑問を解消したい……ランキングって、そもそも何ですか?」
順位が高いと凄いんだろうなーと思っていたが、そろそろ曖昧な理解を卒業したい。
「そこからなの……。まぁ簡単に言えば、探索者としてのチーム毎の活躍度、或いは貢献度ランキングと言ったところね。始まりはある週刊雑誌の特集で、今アツい探索者、みたいのが取り上げられてね。それが人気だったもんで、探索者協会からの支援を受けて、出来るだけ公正公平な順位を三ヶ月に一回発表してるのよ」
「なるほど……? でもどこを評価されてるんですか? 活躍って抽象的過ぎません?」
「詳しい評価点はわからないけど、多分これだろうって予想は幾つかあってね。例えば、配信によってダンジョン深層の情報を共有してる人は高得点、どこかのダンジョンを初攻略すれば超得点、協会からの依頼を沢山こなせば結構な得点、みたいな感じよ。まぁ現在出てる順位には、アタシも含め殆どの探索者が納得してる。だから結構まともな評価基準があるのかもしれないわね」
「意外ですね、お嬢様は四位というランキングに納得してるんですか」
「……意地の悪いこと言うのね。アタシは自分の事を客観的に見れる。アスカに敵わない事くらい理解してるつもりよ」
他にも彼女の上には何人かいるはずだが、認めているのはアスカだけなのだろうか。まぁ、確かにチームでランキングに載ってる奴らに比べ、個人でランキングに載ってるリカはかなりの貢献度なのだろう。もしも個人ランキングがあるなら、一位という可能性すらある。
「で、わからない言葉ってのは工房戦の事かしら?」
「はい。なんかの大会的なものですか?」
「ま、そうね。最初は幾つかの工房が出資して、探索者業界を賑わせる為に開催した個人戦トーナメントなの。まぁ勿論工房が広告をだしたり、自社製品を宣伝するという目的の方が強かったけどね。けどこれまた思わぬ反響で、不定期に開催されるこの大会は、回を重ねる毎に大きくなっていった。次回は第五回目の工房戦で、年末に開催される事が決まっているわ」
今が十月だから、あと二ヶ月ちょっとか。
「それって優勝賞品とかあるんですか?」
「勿論よ。大会の上位入賞者には工房の作品が与えられる。実力者が使ってる魔道具となれば、それだけで人気が出るもの」
『ふむ。これは出場しましょう。ここで工房関係者と繋がりを持てれば、私の目的にまた一歩近付けますから』
確かに人脈は大事だ。現状だと、どの工房ならリュドミラの身体を作れる技術力があるのか、それすらわからない状態だからな。
「何よ、アンタ出たいの? 目立つ事は嫌いってイメージだけど」
確かに目立ちたくはない。必要な人脈以外の、煩わしい人との関わりは持ちたくないから。
けど、目的の為なら甘んじて受け入れよう。
「出ます。ネットで調べれば出場方法とか出て来ますかね?」
俺の質問に、リカは質問で返して来た。
「アンタが目指すのは優勝なの? それともそれ以外?」
『それは勿論――』
「優勝します」
断言した俺を見て、リカは悪い笑みを浮かべた。
「都合が良いわ。アタシからアンタを推薦してあげる。これで予選に出場する必要は無くなるわ」
予選というのもあるのか……って、そりゃそうか。きっと工房戦に出場したがる探索者は大勢いるのだ。
「感謝します……けど、都合が良いとは?」
「アタシが性悪クソ野郎と戦う前にアンタが倒してくれたら、リスナーもきっと満足するでしょうからね」
「お嬢様がクソとか言っちゃいけません」
茶番を挟みつつ、疑問を口にする。
「俺が倒すよりお嬢様が倒した方が良いんじゃないですか? リスナーの前で喧嘩売っちゃったんだし」
「アタシには無理だからアンタに倒して欲しいのよ」
驚いた。アスカ以外にも負けを認めているのか。
「言っておくけど、このアタシがあのゴミ野郎に負けてるとは思ってないわ。けどね、これは相性の問題なのよ。アタシもアスカもアイツより強い。けど、アタシもアスカもアイツには勝てない」
「アスカさんも? 他に屑レイジに勝てそうな人はいないんですか?」
「いないわ――だってアイツ、工房戦で負けた事ないもの」