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巻き込まれただけの高校生、冒険者になる  作者: 木下美月
第五章 ダンジョンと探索者
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試験と面談

 

 工房に行った日の二日後、俺は探索者試験を受けに来ていた。

 場所は神蔵探索者協会。但し、ダンジョンと繋がった本棟ではなく、講習で何度か赴いた西棟だ。

 いつも通りに講義室に向かうと、いつも以上に人がいて驚いた。

 ざっと十人くらいだろうか。若い子は高校生から、上は五十代くらいのおじさんもいる。

 講習とは違って、試験は纏めて受けるらしい。

 一番後ろの席に着き、始まるまで復習でもしていようと教材を開くが――


「あの、講習でも何度かお会いしましたよね? もしよかったらなんですけど、一緒にチームを組みませんか? 年も近いみたいですし、最初ってやっぱり不安じゃないですか」


 声を掛けてきたのは女子高生らしき二人組。前の席に座ってた彼女達は、俺に気付いて身体ごと振り向いた。


「お誘いはありがたいのですが、稼ぎを一人占めしたいのでソロでやるって決めてるんです」


 適当に思いついた言い訳をすると、「なんですかそれ」と笑われた。


「もしチーム組みたくなったら声掛けて下さいね! そだ、連絡先交換しときましょ」


「すみません、携帯家に忘れて来たんです」


「えぇ、今時そんな人います?」


 再び笑われたが、二人組は「次会った時に交換しましょ」と言ってから前を向いた。


 さて、復習を再開しよう――と思った所でポケットのスマホが震える。

 画面を見ると妹から『試験頑張って』のメッセージ。『余裕』のスタンプを送ってからポケットに仕舞った。




 ⭐︎




 試験の内容は、講義をしっかり受けていれば問題無いと言えるくらいには簡単だった。

 例えば、ダンジョン内の物を個人で売買してはならない事。それと同様に、ダンジョン内の調査や救助などの依頼は、探索者協会を通して依頼する事。

 また、救助依頼を受けた際は探索者協会が貸与するドローンで救出状況を共有しながら救出に向かう事など。

 そういった決まり事の理解度を問われる様な問題が多かった。


 それ以外で難しかった問題は、危機的状況下での対応力に関する問題だろうか。

 自分では敵わず、逃げるのも苦労する程強い魔物と瀕死の探索者がいた場合、自分はどう行動すべきか。

 そんな問題に設けられた解答欄は自由解答欄だった。決まった答えがない為、他の問題より悩む。

 結局、瀕死の探索者を諦めて情報を持ち帰り、探索者協会に報告すると解答した。

 これが正しいかはわからないが、理に適った答えを求めるなら間違ってはいない筈。




 さて、いくら知識を詰め込んでも、戦えなければ探索者にはなれない。

 というわけでダンジョンの一階層に降りて来た受験者十五名と、三名の試験監督。

 簡単な防具を装備させられ、武器の選択を迫られる。試験監督はリーチの長い槍を勧めたが、片手じゃ扱いにくいから俺は剣を選んだ。

 実技講習は既に全員受けている為、軽く動いて慣らした後、早速一人ずつ二階層に降りる。

 監督者は待機してるグループに一人、二階層に降りる受験者に二人が着く、万全の体制だ。

 事前説明の通り、危険度の低い魔物と戦わせて適性を確認しているのだろう。

 戦いを終えて上がってくる探索者の多くは不快感に顔を歪ませていた。

 それは生物を殺す事に対する嫌悪感なのか、魔物を殺すと同時に魔力に適応し始める肉体の不快感なのか。



「次、探索者名リュート!」


 一番最後に呼ばれた俺は返事をし、二人の監督者について行く。


「君は例の……」


 恐らく俺がダンジョンで暮らしていたという情報は彼らにも共有されているのだろう。


「まぁ、実技試験は受けなくても良いと思うが、一応決まりなのでな。確認の為にも魔物を探そう」


 階段を降りながらそう言う監督者について行くと、魔物の気配が二つ。遅れて気付いた試験監督が「二体か……」と呟く。


「本来なら一対一なんだけど……」


「問題ありません」


 そう言うと同時に、通路奥から歩いて来た二体のコボルトに向かって走り出す。真っ直ぐ向かって来る俺を引き裂こうと、手にした刃物を振り下ろして来るが、それを横に避けつつすれ違いざまに首を斬る。

 残った一体は背後から飛び掛かって来るが、動きを把握していれば避けるのは容易い。

 獲物を取り逃がして地面に着地したコボルトの、無防備な背中に剣を突き刺して命を奪う。



「……素晴らしい動きだな。君が探索者になってくれるのは正直ありがたい」


 感心したように頷く二人の試験監督に質問する。


「前から気になってたんですが、探索者が増えると協会の職員にとって良い事でもあるんですか?」


 探索者が増える事を喜ぶ職員が多い為、ずっと気になっていた。


「良い事、って言っていいのかわからないけど、有事の際に探索者がいなければ、協会の職員が向かう事になってるんだ。でも協会の職員って、普段はデスクワークばかりだからさ、体を動かすのは苦手だったりするんだ。だからまぁ、僕らの苦手な事をやってくれる君達には感謝してるんだ」


 なるほど、人が足りなければやりたくない仕事もやらされるのか。社会人の悲哀を垣間見た気がする。



 そんな話をしながら一階層にもどり、全員揃ってから講義室に戻る。

 最後は探索者協会の支部長と、一対一の面談だ。

 面談が終わったらそのまま帰れる様で、講義室内の人は一人ずつ減って行く。

 早く呼ばれないかな、と願うものの、俺の順番は実技試験と同じく最後だった。




「お久しぶりです、リュート様」


 案内された室内に入ると、支部長の黒田さんが待っていた。会うのは長谷部さんを交えて食事をした時以来か。


 促されるまま席に着くと、協会の職員にお茶を出されて困惑する。


「あれ? 面談とは言われましたが、なんかもっと、面接みたいなのを想像したんですが……」


「えぇ、皆さんはリュート様のご想像通りの面談を行いましたが、リュート様に面談の必要はありませんから」


「と言うと?」


「この面談で私が知りたいことは二つ。受験者の人間性と、何故探索者を志したのか。このどちらも、以前お会いした時に聞けましたから」


「人間性って言うと、まぁ、ダンジョン内で悪い事するような奴は探索者にしないとか、そんな感じですよね」


 曖昧な理解でものを言ったが、概ね合っていたらしく、黒田さんは頷いた。


「じゃあ探索者を志す理由っていうのは? 多分皆んな、お金を稼ぐ為なんじゃないですか?」


 命の危険がある以上、ダンジョン内の物資は高く売れる。噂では、人生の逆転を狙って探索者になる人も多いと聞く。


「えぇ、仰る通りです。ですがお金を稼ぐという理由の中にも、人それぞれの想いがあります」


 言いたい事がよくわからない為、黙って先を促す。


「例えば、魔物と戦う事を恐れながらも、ダンジョンでお金を稼ごうとする片親。この方はきっと悲壮な決意と覚悟をしてダンジョンに潜っているのでしょう」


 それは実際にいる人なのだろうか?

 もしそんな人がいるなら、黒田さんの言う通りだ。

 子供を育てる為に稼ぎたい、しかし仕事がない。仕方なく探索者になるが、そこで自分が死ねば、子供を育てるという本来の目的すら叶わなくなってしまう。

 きっと、生半可な思いではない。


「例えば、流行りのアクセサリーや遊ぶ為のお金を欲して探索者になる学生。彼らはダンジョンの危険性を大して理解しないまま、稼げるという一つの情報だけに流されて探索者を志す。覚悟も決意も、無いままに」


 ネットを見てると、そういう奴は多い。


「なるほど。同じ理由であっても、人それぞれにストーリーがある。だからこそ覚悟の違いが生じる。そして、覚悟の無い人はこの面談で落とすんですね」


「――いえ、落としません」


 納得したのも束の間、否定の言葉に目を丸くする。


「以前リュート様が指摘した通り、探索者協会は人手を欲しています。ですので、この面談では余程の事がなければ人を落とす事はしません」


「それもそうか……では、何故覚悟を問う様な質問をするんですか?」


「大したことではありません……覚悟なき者には協会の職員に気に掛ける様伝えるだけです」


「気に掛ける?」


「例えば、ダンジョンに入る際の手続きの時に、何階層まで潜るかを確認し、その階層で危険度の高い場所や魔物を共有する。ドロップ品の査定時には、無理な探索をしていないか、装備の損傷はないかを確認する。そういった事を気に掛ける様伝えています」


「それくらいなら個人でやって貰いたいものですけどね……」


 異世界でも親切な受付嬢はそういう話をしてくれるが、基本的に全て自分で行う。


「そもそも、せっかく探索者協会がダンジョン内の情報を開示しているのに、それを見ないのは愚かしい事です」


 異世界では迷宮内の地図すら有料なんだぞ、と文句を言いたいくらいだ。

 ダンジョン内の情報を有料にすれば稼げるだろうが、そこはやはり、探索者達の安全を優先したのだろう。


「愚かしくても探索者になれてしまう。だから私は、些細な事でも彼らを助けたいと思うのです」


 黒田さんは立派な大人だ。

 正直に言うと、俺は探索者がダンジョンで死んでも自己責任だと思っている。冒険者がそうだったから。

 だけど黒田さんは、探索者が危険に見舞われる事がない様に手を尽くしている。


「愚かしいと言えば、以前リュート様が助けた三人組の配信者を覚えていますか?」


 その言葉にハッとする。探索者講習の時に気付いたことがあるのだ。


「そうだ、俺が壊したドローン、一つは配信者達の物でしたけど、もう一つは探索者協会の物なんですよね……? 救出依頼を受けた探索者に、情報共有の為貸し出されるって、今日の試験でも出たし……」


 つまりあれは、協会が太一に貸し出していたドローンだ。


「あ、その事はお気になさらず。寧ろドローンを魔物と認識した瞬間の剣筋は素晴らしいものだと感心しました」


 黒田さんはそう言って笑いつつ、話を戻す。


「あの配信者のリーダー、レン様から後日話を聞いたのですが、偶然に見せかけてわざと魔物誘引のトラップを踏んだらしく、そのせいで大量の魔物に追われることになったそうです」


 そういえば舞に見せてもらったアーカイブで、確かにレンはトラップを踏み、最初は戦うも、勝てないとわかると無様に逃げ出していた。

 まさかわざと踏んでいたとは……。


「そんな行いの理由は、配信が盛り上がると思ったから、だそうです。


「承認欲求を満たすために命をかけるなんて……」


 馬鹿げている。そう言いたい気持ちをグッと飲み込む。


「まぁ、人が何に命をかけるかなんて、結局はその人次第ですからね。俺がどんなに非難したところで意味はありません」


 言外に、何を言っても無駄だと伝える。

 救いようのない人というのは確かにいて、そういう人達に構っていたせいで本当に大切な人を救えなかった、なんて事態になったら悔やんでも悔やみきれない。だから、救いようのない人とは関わらない方が良い。


 俺の思いが伝わったのか、黒田さんは目を丸くしている。


「意外ですね、リュート様は誰彼構わず救ってしまう様な方だと思っていました」


「買い被りすぎです。俺には、そんな力も器もありません」


 ところで、黒田さんは何故レン達の話を俺に聞かせたのだろうか。

 優しく微笑んでいるその顔からは読み取れない。


「長々と愚痴を語ってしまい、申し訳ありません」


 まぁ、彼の言う通りただの愚痴なんだろう。そう判断し、お気になさらず、と伝えて面談を終える。

 試験結果は三日以内にメッセージで届くそうで、現代的だな、と思いながら帰路に着いた。



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