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巻き込まれただけの高校生、冒険者になる  作者: 木下美月
第五章 ダンジョンと探索者
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大切なものは

 

 あの日から二年経った今、俺は高校三年生。とは言え、出席日数が足りないのでまだ一年のまま進級出来てない。俺の席はあるから、学校に通うなら一年生からやり直せると母から言われた。


 でも俺は学校を辞めて探索者になると伝えた。


 俺が探索者になる事に強く反対したのは、妹だった。

 また危険な場所に行くのかと責められた。

 けど、妹を説得してくれたのは母だった。


「舞にもわかるでしょう? 健くんを亡くしてから竜斗はずっと塞ぎ込んでいた。私達を心配させない為に普通の学生になろうとしてたけど、それが逆に痛ましかった。そんな竜斗が、自分のやりたい事を見つけて、それを押し通そうとしている。応援してあげるのが家族の役目なんじゃない?」


 母さんには頭が上がらないなと実感していると、「でも勿論、心配な気持ちは大きいから」と言い、母は条件を出した。


 探索の仕事は基本的には日帰りで、夜十時までには帰宅し、夕食は家族三人で過ごすこと。

 どうしても泊まりがけで長期間潜る必要がある時は事前に話し合い、何日に帰るか予め決めておくこと。

 そして、怪我をせず元気に帰って来ること。 


 以上の三つが守れないなら探索者になる事は許さないと言われた。

 母さんは心配だから禁止するのではなく、心配だから話し合う事を決めたのだ。


「ありがとう母さん。舞も、それでいいか?」


 まだ不安が残るといった様子で渋々頷く妹に、「俺が探索者になれば舞と一緒に通勤出来るな」と軽口を言うと、少しだけ機嫌を直してくれた。




 それから数日間は慌ただしく過ぎていった。

 探索者協会に赴き、探索者講習を受ける手続きをし、その教材を読み漁りながら失った二年間の出来事を頭に叩き込む。

 妹からは流行りの『ダンジョン配信者』について教えて貰った。因みに俺が帰って来た日に助けた女三人組が配信者だったらしいが、死にそうな目に遭ってダンジョンが怖くなり、解散したそうだ。


「ダンジョン内は携帯は繋がらないけど、どっかの工房がダンジョン専用の通信機器を発明したんだって。それからダンジョン配信が盛んになったよ。携帯繋がらないと不便だし、お兄ちゃんも買ったら?」


「でもお高いんでしょう?」


「うん、お高いよ」


「なら買わない」




 そんな風に日々を過ごしていると、メッセージアプリで何度かやり取りをしていた長谷部さんから連絡が入る。


『工房に行ってもらう日時だが、今度の土曜日でどうだろうか? 今回は制作前の相談や、サイズの確認を主に行うと思う』


 そのメッセージに了承の意を伝えると、


『では十一時に神蔵駅前に来てくれ。私は行けないが、迎えの者を行かせるよ』


 そう返事が来た。

 長谷部さんが忙しくて来れないのは仕方ないが、代わりに来るのは部下だろうか? また知らないイケおじに会うのか。そう考えると少し緊張する。


「異世界では大人相手でも緊張しなかったのにな……」


『こちらの世界でも冒険者の様に粗暴な態度でいれば良いのですよ。礼儀正しくいようと肩肘張るから緊張するんです』


「無礼だったらこんなに良くしてもらえないだろ。工房の紹介の話だって無かった筈だ」


『ふふ,それは確かに』




 こうして過ごす中でようやく一息つける時間を見つけた俺は、一人墓参りに来た。


 幼い頃亡くした父さんと健に近況報告をして、立ち去る――その時、一人の女とすれ違った。


 あり得ない。この女が、来るわけない。

 そう思いながら振り返ると、俺と同じ様に目を丸くした女が――健の母が俺を見ていた。


「………………なんで、ここに」


 俺が初めて嫌いになった大人。

 子どもに対して無責任で無関心、健の死後もいつも通りのうのうと生きていた、親になるべきではない母親。


「…………二年前失踪したって聞いたけど、生きてたんだね」


「ここに、何しに来たんだよ」


「見ての通り、息子の墓参りさ」


 あの頃よりもやつれた様子の女は、あの頃みたいに飄々とした態度で答えた。

 今まで来たことがないくせに、なんで今更。

 ここの掃除だって俺か、俺の家族がしていたのに、この女は――


「…………大切なものはいつも、失ってから気付くものさ」


「――――」


「そんな私を愚かと罵るなら好きにすればいい。でも、ここにはこれからも来る。アンタにも来てもらえると……健も喜ぶと思う」



 俺はそのまま、彼女に背を向けて歩き出した。

 あの人の変化を喜ぶべきか、今更遅いと怒るべきか。

 いや――


「大切なものは、失ってから気付く……」


 その言葉に共感してしまった俺に、彼女を愚者と呼ぶ資格は無いんだろう。











 異世界から帰還して八日経ち、長谷部さんと約束した土曜日がやってきた。

 神蔵駅前には大きなショッピングモールがあり、休日を満喫しに来た学生や大人で少しずつ賑わって来る。逆に言えば賑わう場所はこの駅前だけで、少し離れれば空き地や田畑しかない田舎。それが俺の故郷だ。

 とは言え、ここ二年は様子が少し違う。

 世界で初めて出来た神蔵ダンジョン――通称、原初のダンジョンを目当てにやって来る探索者はそれなりに多いらしい。今も胸当てなどの防具を装備した探索者らしき五人組がダンジョンがある方へ歩いて行くのを目撃した……いや、ここから歩いて行くのは遠いと思うんだけど……まぁ、俺の知った事ではない。



「あら、見て見ぬふりなの? 見るからに探索者って感じの五人組の目的地、原初のダンジョンだって想像はついてるでしょうに」


 突然後ろから話しかけられて驚いた。そんな俺から離れた茶髪の女は探索者達に声を掛ける。


「ちょっとアンタ達! 原初のダンジョンに行くならタクシー使った方が早いわよ! 歩いたら三十分以上かかるもの」


「えっ、そうなんですか? 教えてくれてありがと――うえぇ!? もしかしてリカ様ですか!?」


 振り向いた探索者が茶髪の女を見て声を上げる。

 そこで漸く俺も気付いた。


『妹さんが見せてくれたダンジョン配信の動画の中に、この女の動画もありましたね……確か、ランク十位以内に入るとか』


 そう、所謂有名配信者って奴だ。という事はあの人もダンジョンに行くのだろうか。こんな田舎にも有名人が来るようになったのか……。

 感慨に耽っていると、女は振り返り、俺の方へ歩いて来た。


「ふぅん? 確かに顔は良いけど、まだ子どもじゃない。年下はタイプじゃないって言ったのに」


 人の顔を覗き込み失礼な事をのたまってる大学生くらいの女に、「なんか用ですか?」と問う。相手が無礼者なので、こちらも嫌悪感を隠さず顔を顰めたのだが、それがよくなかったらしい。


「クク、そんな風に見下されたのは初めてよ。いいわ、アンタ次の配信で使ってあげるわ。アタシと共演した奴は皆んな有名になるのよ。光栄でしょ?」


『頭がおかしい輩ですね、関わるだけ無駄でしょう』


 リュドミラと同意見だ。

 俺は返事もせずに場所を変えようと歩き出す。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! アンタの待ち人はアタシよ!」


 その言葉に絶望と同時に振り返る。


「……長谷部さんの使いの?」


「そうよ! アタシはパパの娘の長谷部梨花! 工房まで連れてってあげるわ!」


 工房の場所は都内と聞いた。

 ここからだと、道中二時間程だろうか。二時間もこの人と一緒なんて……


「はぁ……」


「ちょっと、なんの溜息よそれは!」


 不安を隠せずにはいられなかった。






 ⭐︎






 不幸中の幸いは、工房まで車で行く事だろう。

 運転手は長谷部家が雇った老紳士の片桐さんだ。話が通じそうな彼に菓子折りを渡していざ出発。

 ここに来るまでは少し緊張していたが、それが解れるくらいに車内は賑わっていた。


「へぇ、工房長が長谷部さんの奥さんの弟さん……つまり義弟って事ですか」


「えぇ、元は製鉄所だったのですが、ダンジョン産の鉱物に手を出してから、すっかりダンジョンに魅入られてしまった様で。今では魔道具専門の工房となりました」


 この世界では、魔力をトリガーに発動する全ての道具を魔道具と呼んでいる。人が作った物も、ダンジョンのドロップ品も同じ呼称だ。


「ちょっと! アタシを無視するとは良い度胸ね!」


「静かにしていて下さいお嬢様。今、片桐さんと大切な話をしてますので」


「アタシの方が爺やより面白い話するわよ!」


 一人で騒いでるリカを適当にあしらっていると、ミラー越しに片桐さんが微笑むのが見えた。


「朱雀様はお嬢様との接し方がお上手ですね」


「まぁ、似たような人を知ってますから……」


 思い出すのは、共に冒険をしたあの姉妹。

 勝ち気な所はレイラに、アホっぽい所はマナにそっくりだ。

 あの二人、最後に見た時は別々の場所にいたけど、もう再会しただろうか。

 出来ることなら、泡沫の夢の四人は一緒にいて欲しい……けど、別れも告げずにいなくなったリーダーがそう願うのは、身勝手だろうか?




「…………」

「…………」



 気が付くと、二人が俺の顔を覗き込んでいた。


「えっと、何か?」


「いえ、随分優しい表情をしていましたから」


「……なにか辛い過去を思い出させたなら謝るわ」


 辛い?

 いや、そんな事は……。

 過去と決別する様に首を振り、笑う。


「へぇ、お嬢様にもデリカシーってもんがあるんですね」


「なっ!? アンタ、もう許さないわ! このアタシが気遣ってやったのにそんな態度でいるなんて!」


 座席で地団駄を踏んだせいで車内が揺れ、片桐さんが「お嬢様、危ないのでおやめ下さい」と宥める。

 その言葉に渋々といった様子で大人しくなったリカは、真面目な顔で再び振り向いた。


「ちょっと、ちゃんと話をしましょう」


 ちゃんと話せなかったのはアンタのせいだろ、と言いたい気持ちをグッと飲み込む。


「アンタの事はパパから聞いた。パパがあんなに褒める人は初めてだったから興味を持った。それでアンタの事を調べたら、一つの動画を見つけた」


 言いながら携帯を見せて来たリカだが、何を見せようとしているのかは察しがつく。俺も同じ動画を舞に見せられたからだ。

 それは俺がこの世界に帰って来た日、魔物の群れに襲われる太一達を助けた時の動画。

 二つのドローンが氷剣を持って魔物を蹂躙する一人の少年を記録していた。

 それは俺が魔物と間違えてドローンを破壊する瞬間まで続いていて。


「この動き、普通じゃないわ。型に嵌った技術と言うより、実戦の中で磨かれた合理的な動きって感じよね。ダンジョンの深層でずっと過ごしていれば、こんなに強くなれるの?」


「いやいや、俺は大して強くありませんよ。この映像だって、血や光の粒子に邪魔されて殆ど俺の姿なんか見えないじゃないですか。ほら、ここなんかブレてるし」


「バカね。ブレるのはこのカメラでも捉えられないくらい速いって証明じゃない。くだらない誤魔化しはいいから答えて」


 真っ直ぐに見つめられて息を呑む。

 強くなる方法を聞いてどうするつもりだ? 欲しいのは強さに伴う優越感? リスナーの歓声? 或いはダンジョン最深部に到達するという偉業を成したいのか?


「……まぁ、逆境が人を成長させるのは、よく聞く話ですよね」


 当たり障りのない返事をしてみるも、それでは満足出来なかったらしく、眉を顰めている。


「どうにせよ、自ら地獄に飛び込むのは愚か者のする事だと思いますよ」


「……ま、それもそうね」


 納得したのかはわからないが、リカは正面を向いて座席に正しく座り直した。



「アンタのその態度が単なる謙遜なのか、或いは自信が無いのか、面倒事を避ける為の実力隠しか……アタシにはよくわからない」


 どうやら、ちゃんと見てもいないのに、リカの俺に対する評価は高い位置で固定されているらしい。


「でも、これだけは言える。地獄を経験して尚戦い続けようとするアンタは、尊敬に値する人間よ」


「――――」


 別に、誰かに認められたくて生きて来たわけじゃない。俺は俺の目的の為だけに歩み続けて来たんだ。

 ……それでも、認めて貰えるのは嬉しいもので。


「貴女達親子は、似ていますね」


 俺の中に希望を見たと言った長谷部さんと、敬意を表してくれたリカ。少なくとも、二人に恥じない探索者になりたいと思った。



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