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巻き込まれただけの高校生、冒険者になる  作者: 木下美月
第五章 ダンジョンと探索者
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会食

 

 地球に帰ってきた翌日、俺は迎えに来てくれた黒田さんに連れられて病院へ赴き、様々な検査を受けた。

 身長や体重から視力聴力、血液検査などの一般的な健康診断も行ったし、その後は謎のカプセルに入れられたり、左腕の状態を見られたり、最後にはカウンセリングもあった。


 そうして心身共に健康である事が証明されて、漸く病院を後にする。

 時刻はお昼過ぎ。

 ご馳走してくれるという黒田さんに甘え、個室レストランに入る。そこで合流したのが――


「初めまして、探索者協会本部に勤めている長谷部だ。ダンジョン究明を目的とした部署の部長として、今日は君がダンジョンで過ごした二年間の話を聞かせて貰いたくここへ来たんだ。どうぞよろしく」


 スーツを着たナイスミドルと握手を交わし、早速本題に入る。

 食事をしながら緊張せずに話してくれと言われたが、黒田さんや長谷部さんの様なイケおじに囲まれれば緊張するのは必然だ……これから彼らを騙すわけだしな。

 いや、騙すという意識は一旦捨てよう。

 俺は事実を語る。

 そう自己暗示して話出す。


「昨日黒田さんには話しましたが、ダンジョンの深い所に落ちた後、幸いにも早いうちに安全階層を見つけました。そこを拠点にして、魔物を狩る事で力を付けていきました」


 昨日俺から話を聞いていた黒田さんは頷きながら、長谷部さんは渋い顔で話を聞いている。


「ある程度の物資と実力が備わって来たと実感した頃、家に帰る為拠点を出ました。道中は、まぁ見ての通り腕を失ったり色々災難がありましたが、とにかく生き抜いて……遂に昨日、探索者達と遭遇してダンジョンを出る事が叶いました」


 敢えて多くは語らず、質問を待つ。

 しかし長谷部さんが最初にしたのは質問ではなかった。


「君は簡単に語るけど、さぞかし辛い日々だったろう」


 同情するような目で俺の左腕を見る長谷部さんに、苦笑で応える。


「まぁ、そうですね。でも俺は幸運でした。落ちた場所の近くに安全階層があったおかげで、そこを避難場所として生き抜く事が出来ましたから」


「黒田くんからもある程度聞いているが、その安全階層が気になっていたんだ。君は昨日、一階層を見ただろう? 我々はあの一階層を安全階層と呼んでいるのだが、君が拠点にしていた場所も似たような場所なのかい?」


「はい、非常によく似た場所です。魔素が薄くて魔物が入って来れない。草木が生えて水が流れる、穏やかな場所でした」


 昨夜、リュドミラと話した事がある。

 それは、神蔵ダンジョンに安全階層があるのか、という疑問について。

 結論から言うと、リュドミラは「あるでしょう」と即答した。

 現在未踏破の神蔵ダンジョンだが、少なくとも四十八階層までは確認されてる事や、二階層の魔素濃度など、それらの材料とリュドミラの経験と知識を合わせた結果、神蔵ダンジョンには中層以降にも安全階層がある、という結論に至ったそうだ。

 だから俺は、堂々とこの話が出来る。


「そうか……。これは貴重な情報だ、感謝するよ。近い内に探索者達にも情報共有を行うけど、補足などあるかい?」


 何かあるだろうかと考えていると、リュドミラから助言が入る。


『皆が魔素を感じ取れるわけではありませんから、鈍い冒険者がセーフエリアを見逃す事は少なくありません』


 その言葉になるほどと思いつつ、協力的なリュドミラに違和感を抱くが――


『この男は権力を持っている。ならば恩を売っておくべきです。君の実力の一部を教えてあげてもいいでしょう。後々私達の目的に役立つかもしれません』


 要するに、リュドミラの身体を作る時に必要な人脈になるかもしれない、という事か。結局自分の為だったのなら納得だ。

 ともかく、リュドミラの意見に反論はないので、言われた通りに動く。


「補足というか、俺は魔素を感じられるから安全階層に気付きましたが、そうじゃない人はもしかしたら気付かずに通過してしまうかもしれません」


「ほう、君は魔素感知が出来るのか。黒田くんに聞いたが、優秀な魔法使いというのは本当らしいな」


 魔力が存在しなかったこの世界の人なら、皆魔素に敏感だと考えていたが、そうではないという事は、昨日妹から聞いた情報だ。


「何度も死にそうな目にあったので、自分の弱さは理解してます。ですが、他の探索者と比べればそれなりの力を有している事も自覚してます。なので、もしも安全階層を探すつもりなら俺に依頼して下さい」


 言い終えると同時に、今度は黒田さんが声を上げた。


「朱雀様、まさか探索者になるおつもりで? この二年間、ご家族が貴方を待ち焦がれているのを、私はすぐ近くで見ておりました。きっと貴方をダンジョンに近付けたくない程心を痛めてる筈です。それに、貴方も。先程自分で仰ったではないですか、何度も死にそうな目にあったと。そんな場所に、再び赴こうとするのは何故ですか?」


 黒田さんは探索者協会の支部長として、同じ場所で働く舞や、捜索依頼を出す母を見て来たんだ。ずっといなかった俺よりも、俺の家族の辛さをわかっているのだろう。

 俺だってもう家族を心配させたくない。けど、探索者にはならなくちゃいけない。

 理由は二つある。

 一つは、リュドミラの身体を用意するという目的の為。これは探索者になって稼ぎ、その金で購入するのが一番手っ取り早い筈だから。

 しかしこれは話せない。だからもう一つの理由を言う。


「その家族が心配だからですよ。ダンジョンには未だ不明な点が多いと聞きました。専門家の中には、ダンジョンから魔物が出て来る可能性を示唆した人もいたそうですね? もし本当にそうなった時、俺はこの手で家族を守りたい。もう二度と別れずにすむくらい、強くなりたい」


 真っ直ぐに黒田さんを見つめると、彼は説得を諦めた様に目を伏せた。

 そんな彼から視線を逸らし、今度は長谷部さんを見る。


「それに、探索者協会の人からしても、実力のある探索者が増えるのは喜ばしい事でしょう? 昨夜ネットで調べてみましたが、探索者に関する話題は明るいもので溢れていました。各種保険に充実した娯楽施設を使える事、一日の稼ぎが多い事など……。不思議ですよね、命の危険がある仕事なのに、暗い話題は驚く程少なかったんですから」


 情報操作を行ってまで探索者を増やしたいのか?

 そんな疑いを隠さずに探索者協会のお偉いさんを見つめると、彼はフッと息を吐く様に笑った。


「嫌な目をしているよ――凡そ高校生がするべきではない、疑念に満ちた目だ。けど安心して欲しい。探索者を増やしたい事も、多少の情報操作を行っている事も事実だが、我々は全面的に探索者の味方だ。探索者と共に、一般人を守って行きたいと考えている。そしてこの考えは私だけではなく、協会に所属する全ての者が持っているはずだ……いや、違うか。この考えを持たぬ者は協会に所属出来ない」


 悪巧みするような奴は雇っていないって事か。


「変な勘繰りをしてすみませんでした。探索者が利用され、搾取されるだけの立場になっていないか不安だったもので。でも、これで安心して探索者を目指す事が出来ます」


「ふぅ、それならよかった。……そうだ、病院で聞いたかもしれないけど、君の左腕についても話しておかないとね。ダンジョンでの災害については保険が下りる。失った左手を生やすことは現代医学でも不可能だが、義手なら用意出来る」


 確かにそれは病院で聞いた話だ。

 義手などの補装具は一割自己負担が通常らしいが、ダンジョンでの災害だと全額負担してくれるらしい。

 ただ、長谷部さんの話はこれに留まらない様子。


「そこで、この義手についてなんだが……私のツテを使い、工房の特注品を作ってもらおうと思っている。あぁ、もちろん費用についてはこちらで持つから安心してくれ」


「……工房?」


 聞き馴染みない言葉が出て来て疑問を浮かべると、黒田さんが答えてくれた。


「えぇ、簡単に説明しますと、ダンジョン探索に役立つ様々な道具を作る場所です。単なる道具ではなく、魔法の力を用いた特別な道具を作る場所を工房と呼んでいます。最近では色んな会社が道具の製作に手を出している為、良い工房、悪い工房、色々あるでしょう。ですが長谷部さんのツテならば――」


「あぁ、自信を持ってお勧め出来る、優良な工房だ。大きくはないけど、質の良い素材を用いて優れた職人が道具製作に携わっている。そこで働く者は皆探索者だから、どんな道具があれば便利かも熟知している。だから彼らになら安心して任せられると思うのだが……どうかな?」



『魔道具を作る錬金術師の様なものですね。興味深いです』


 確かに興味深いが、ただの義手を作るだけなら工房である必要はない。


「それはつまり、戦闘を有利にするような特別な義手を作っていただける、という解釈で間違いありませんか?」


「ああ。間違いないとも」


 俺が病院で聞いたのは、能動義手というハーネスを用いて動かす義手を用意してくれる、という話だ。

 後日改めて専門医と相談する事になっている為、長谷部さんの提案はたった今思い付きでされたものだろう。

 高価な魔道具を餌にして何をさせるつもりだ?


「俺に出来る依頼なら受注しますが、無茶な頼み事を引き受けるつもりはありません。これ以上家族を心配させたくありませんから」


「待ってくれ、見返りを求めてるわけじゃない。寧ろこれはお礼であり、未来への投資だ」


 意味がわからない、と眉を顰める。


「ふふ、わからないか。まぁ大人達にも色々あってね……昨今の暗い雰囲気の中に飛び込んできたのが明るいニュース……つまり、二年前にダンジョンに落ち失踪した少年が見つかったという報せだ。そして、そんな少年と会って話をしてみればなんと、地獄を経験したのに、再びダンジョンへ潜ろうとしているではないか。そして、その理由は守る為ときた」


 自分の語った事ではあるが、気恥ずかしい。それは多分、本心を語ったからだ。本心だからこそ、長谷部さんの琴線に触れたのだろう。


「私は君の中に希望を見たよ。これこそが探索者のあるべき姿だと心から思った。そう思わせてくれたお礼と、これから活躍するであろう君への投資だ。わかってくれたかい?」


『十分な結果です、これで工房とも繋がりを持てますね。早くも目的に近付けました』


 リュドミラの言葉は人の善意を利用してる様に感じるから、態々そういう事を言わないで欲しい。

 ……或いは、自分は自分の目的の為にしか動かないと、俺にわからせようとしているのか?

 どうにせよ、彼女に頼り過ぎるのはやめた方がいいな。リュドミラともいずれ別れるのだから。


「そういう事なら長谷部さんの厚意に甘えさせて貰います、ありがとうございます」


「気にしないでくれ、大人が子どもに期待するのは自然な事だ。他にも何かして欲しい事があるなら遠慮なく言ってくれても構わないけど、どうかな?」


 あまり図々しくするのも悪いが、昨日妹にSNSを見せて貰った時から頼みたい事があった。


「では一つだけ。二年前に神隠しに遭った少年がダンジョンから出て来た、という話題がネット上で広まっているのはご存知ですよね? 仕方ない部分もあるのかもしれませんが、出来ればあまり騒がれたくありません。マスコミが押し寄せてきたりしたら、迷惑です」


 俺が話すと同時に、二人は苦い顔をした。ちゃんとネットで起きてる事も把握しているらしい。


「そうだよね、これについては……今日中になんとかするよ。探索者協会にも君の身元を知りたがる人達が連絡を入れて来ているからね」


 よかった、俺が言わなくても動くつもりだったらしい。


「それは助かります。俺から頼みたい事は以上です」


 話はここで終わり、それから俺は長谷部さんと連絡先を交換してから別れた。工房に向かう日程は後日改めて教えてくれるそうだ。

 因みに、俺のスマホは異世界にいる間は圏外で使えなかった為ずっとポーチに入れていたのだが、この世界に帰って来てからは普通に使える。どうやら契約を継続してくれていたらしい。

 二年もの間無駄に通信料を払わせていた事を申し訳なく思う。探索者として稼げるようになったら、沢山の親孝行をしようと思った。



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