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巻き込まれただけの高校生、冒険者になる  作者: 木下美月
第五章 ダンジョンと探索者
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母は強し

 

 再会を喜び合った後、話は必然的に俺の身体の事――つまり、失われた左腕に移る。


「……ダンジョンで、ずっと戦ってたんだね」


 悲痛な表情で呟く母を心配させまいと、気丈に振る舞う。


「左腕一本くらいなんともないさ。ほら、お得意の氷魔法で――」


 言いながら、使い慣れた氷魔法で義手を作り――その瞬間、酷い倦怠感を覚えた。


「うわ、キツ……そっか、魔素濃度が低いから魔法発動効率が悪いのか……」


 魔素が薄い場所だと、魔法の発動に普段以上の魔力を消費してしまう。

 逆に魔素が濃ければ、少ない魔力で大きな効果を発揮できる。だからこそ、時空魔法を使用する時は魔素の濃い場所に移動したんだし。


「えっ!? なんでここで魔法使えるの!?」


「え?」


 最早魔法の存在には驚かない現代人だが、ここで魔法を使える事はあり得ないらしい。

 目を丸くする妹に訳を聞こうと思ったが、リュドミラの解説の方が早かった。


『なるほど。この世界では、まだ卓越した魔法使いは存在しないのでしょうね。魔素が薄い環境で魔法を使えるのは、魔力量が多く、その魔力を無駄にしないくらいに魔力操作能力が高い人。あちらの世界で、君はずっと魔力操作の練習をしていましたから、この世界の人々と比べるとその力は秀でているのでしょう』


「なるほど……」


 ついリュドミラの話に相槌を打ってしまった俺を不思議そうに見つめる二人を、慌てて誤魔化す。


「いや、多分魔力量と操作能力の違いだなって。要するに、俺はメチャクチャ強いのさ」


 汚いハーフエルフにボコボコにされた手前、そんな事思ってもいない。しかし家族を安心させる為に虚勢を張る。


「色々聞きたいことはあるけど、とりあえずお風呂に入って来なさい。その間にご飯の準備するから」


 長話をする準備を済ませて来いという母に従い、風呂に向かう――と言っても、どこに何があるかわからないので、妹に案内されながらだ。


「左手本当に大丈夫? 背中流そうか?」


「大丈夫だって。気を使うなよ」


 そう言いながら氷の義手を見せ付ける様に振り、妹を追い払う。思い返せば俺達兄妹の距離感はこんな感じだった。

 服を脱いで浴室に入り、妹の気配が遠ざかったのを確認してからシャワーを流し声を出す。


「気になる事が多すぎる」


『ふふ、私との会話を心待ちにしていた、という事でしょうか』


 俺が聞きたい事くらいわかっているだろうに、ふざけた事を。


「まず、二年という月日が経っていた事だ。俺は異世界でそんなに過ごしていたか?」


『いいえ。災禍の迷宮に落ち、そこで六ヶ月。外に出てから一ヶ月と少し。私が君の身体を借りて一ヶ月弱。合計で、大体八ヶ月くらいでしょうか?』


 災禍の迷宮で六ヶ月というのも、改めて考えてみれば驚きだ。もっと短いと思っていたが、太陽を拝めないあの環境では、体内時計が大きく狂っていたらしい。


「じゃあ残りの十六ヶ月はどこに行ったんだ? 異世界とこの世界じゃ時間の流れが違うのか?」


『その線も薄いでしょう。私の時間感覚に狂いはありませんから……恐らくですが、原因は君が見た数々の並行世界ではありませんか?』


「並行世界……それって、十六ヶ月間もあの地獄みたいな世界を見てたって事か?」


『そうかもしれませんし、或いは並行世界を行き来してる間に時空が歪んだ可能性もあります……ですがリュート君。それを知って、何か意味がありますか?』


「え……?」


『君が時空を超える事は、もうない。ならばこの憶測に価値はありません。大事なのは失った二年を取り戻すくらいにこの世界で濃密な時間を過ごす事。違いますか?』


 そうだ、その通りだ。

 俺は何故未だに向こうの世界を気にしている?

 もう家に帰って来た。家族と再会できた。向こうの世界と関わる事も、もうないんだ。

 ならこの話に意味はない。


『それより重要なのは、何故この世界にダンジョンが出来たのか』


「――! それだ、わかるのか?」


『いえ、わかりません』


 その答えに思わずずっこけそうになる。


「じゃあなんでその話したんだよ」


『わからないという事を予め伝えておこうと思いまして。つまり、この世界で何が起きているのか、この先何があるのか、それは私にも予測不可能という事です』


 それは、覚悟……或いは準備をしておけという事だろうか。不測の事態を見据えて。


 その時、脱衣所の扉が開く音が聞こえて、話を中断する。


「お兄ちゃーん。ここに着替えたタオル置いとくから……あれ? ローブのポケットに何か入ってるよ? やだ、凄く綺麗なペンダント! お兄ちゃんもオシャレになったねぇ」


 ペンダント?

 そんな物は知らない。

 妹の気配が遠ざかってからリュドミラに声を掛ける。


「お前の物か?」


『いえ、覚えがありませんね……』


 お互い不思議に思いながら浴室を出ると、俺が脱いだローブの上に確かにペンダントが置いてあった。


「黄金色の宝石……綺麗だな」


『ただの宝石ではありません、魔石ですね』


 魔石? ってことは、異世界の物か?


『――っ!』


 リュドミラが苦痛に悶える声を漏らし、驚く。


「おい、どうした」


『いえ……どこで入手した物なのか気になり、うっかり君の記憶を覗こうとして契約魔法に苦しめられました』


「なんだ自業自得か」


 意外とマヌケなリュドミラに呆れつつ、ペンダントを身に付けた。


『正気ですか? それがどんな物かもわからないのに……』


 確かに、いつの間にかポケットに入っていたアクセサリーなんて怪し過ぎる。呪われていても不思議じゃない。

 けど、何故か俺にはこれが大切な物の様に思えて仕方なかった。




 その後風呂から出ると、美味しそうな匂いが漂ってきてリビングに急ぐ。


「懐かしいな」


 俺にとっては八ヶ月ぶりの母の手料理に思わず呟くと、二人は嬉しそうに笑った。


「ささ、座って座って」


 ふと思ったが、食卓の椅子も、食器も、それに部屋も。

 全部俺が帰って来るのを見越してた様に揃っていて、嬉しくなる。

 特に部屋なんか、元の家にあった俺の部屋をそのまま移したみたいに俺の物が残っていた。


 食事の間は俺が聞き手となり、この二年間であったことや、二人がどのように過ごしているかなど質問を重ねた。

 母は元々薬剤師だったのが、今は大手製薬会社の、探索者の為の商品を開発する部署で働いているらしい。

 そして妹は現在高校二年生で、放課後と休日は探索者協会でアルバイトしていると言う。

 二人とも探索者の近くで働きながら、俺の手掛かりを求めていたらしい。太一も俺を探して探索者になったと言っていたし、俺は優しい人に囲まれていると実感した。



 食事が終わる頃、食器を片付けて紅茶を淹れてくれた母は、少し真面目な顔つきに変わった。


「竜斗。貴方が今までどこでどう過ごして来たのか、話してくれる?」


 そして、母に促されてから語ったのは――黒田さんに話した事と同じ、嘘の話。


『君は家族にすら隠すんですね』


 リュドミラは多分、責めたわけではないと思う。

 それでも心が痛んだのは、俺自身が罪悪感を感じているからか。

 隠す理由は色々ある。

 異世界と地球の人々がお互いの存在を知れば戦争に発展しないとも限らないし、異世界の情報を得ようと強引な手段で迫ってくる輩もいるかもしれない。

 だから俺は、地球の人々にとって現実味のある嘘を作る。


 矛盾が無い様に語り終えた嘘に、妹はしみじみと頷いた。


「お兄ちゃんは本当に二年間もダンジョンで暮らしてたんだね……」


 二年間ダンジョンで生き抜いたというのは異例かもしれない。けど、それだけだ。

 一度――つまり明日探索者協会の人に説明すれば、それで終わり。何度も事情聴取を受ける事にはならないだろう。詳細を知りたがる奴がいても、「頑張って生き抜いた」と言うだけだ。

 だから、これでいい――




「竜斗。アンタが色々考えて嘘をついてるのはわかるよ。でもね、私は本当の事を知りたい。真実を知ったせいで私達が危険に陥る、なんて事があっても構わないから」


「――――」


 母さんが何故、どうやって嘘を見破ったのか、全くわからなかった。


「え? 嘘なの?」


「顔を見ればわかるよ。たくましい顔付きになったのは、二年間戦い続けた事も影響してるんだろうね。でもそれだけじゃこの子はこんなに変われないよ。きっと、大切な人との出会いや別れ、沢山の経験があった筈よ」


 その通りだ。

 もしも迷宮で一人きりだったら、俺は生きていなかった。仲間がいたから今日まで生きて来れたんだ。

 それを、まるで見てきたかの様に言い当てた母は――


『母は強し、という事ですね』


「……ホントにな」


 明後日の方向を見てリュドミラに返事する俺を見て、二人は不思議そうな顔をした。


「お兄ちゃん、誰と話してるの?」


「俺をこの世界に帰してくれた、リュドミラっていう女の子だ……改めて聞くけど、絶対に秘密にしなきゃいけない話、扱いが危険な情報……聞きたいか?」


 少し脅す様に言った所で、母も妹も覚悟は出来ていると、頷く。


 ならば、話すしかない。


 迷宮に落ちた直後にゴブ太という友達が出来た事、それからゴブ太の死、ミーシャとの出会い、迷宮の外で冒険者になり、ガイストに仲間を紹介され――


 俺が過ごした八ヶ月間を全て話した。

 難しい所、例えば巫術の詳細などは話さなかったが、この固有魔法のせいでリュドミラに取り憑かれてると説明した。

 また、彼女が邪神という情報も伏せ、リュドミラの身体を用意した後、彼女が異世界へ帰れるようしっかり見送る。これが終われば漸く落ち着ける、という所まで説明した。


「リュドミラのお陰でこの世界に帰れたようなものだし、キチンと彼女の望む物を用意して送り出してやりたい。それが今一番の目的だな」


 全て話し終える頃にはすっかり夜が更けてしまったが、二人はちゃんと聞いてくれた。


「そっか。沢山の素敵な人に出会えたんだね」


 本当に、俺は縁に恵まれたと思う。


「でもその話は確かに言いふらさない方が良いかもね。協会も大騒ぎするだろうし、異世界の技術力を欲する会社もあると思うから、竜斗が誘拐でもされたら大変だもの」


「じゃ、じゃあ今の話はここだけの秘密だね……」


 話が終わり、寝る時間だと立ち上がると、母が最後に言った。


「今の話も聞こえてるのよね? 息子を連れ帰って来てくれてありがとう、リュドミラさん」


『……お気になさらず、とお伝え下さい』


 感情を殺したようなリュドミラの声色が少し気になったが、そのまま伝えてから自室に戻った。






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