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あの日の望み

 

 リュドミラ曰く、この場所は俺が元いた場所、地球で間違いないらしい。並行世界でもなければ、全く別の異世界でもない。

 リュドミラの契約魔法が発動している事が何よりの証拠だ。彼女の制限は地球にいる間にしか発動しないよう契約を結んだが、今、リュドミラはその契約に縛られている。具体的に言えば、俺の身体を乗っ取れないし、思考を読むことも出来ない。



『頭の中は整理出来ましたか?』


「あぁ……とりあえず、外に出て、人を探して、色々聞いてみるしかないよな」


 結論を出し、まずは歩き出す。

 出口はわからないが、上に向かおう。階層を上がるにつれて魔素濃度が薄くなっていくならば、ここは迷宮で間違いない。


『そういえばリュート君。身体の調子はどうですか?』


「ん? 左腕を失った事と、魔力をゴッソリ取られて怠い事を除けば万全だな」


『それならまぁ、問題ないでしょう……少し周囲の音に耳を傾けてみて下さい』


 疑問に思いながらも足を止めて、音を探る。

 すると、まず遠くから聞こえる地響きに気付いた。

 それから爆発音。

 金属が打ち付けられる甲高い音。

 獣の咆哮と、人の怒声。


「――誰か戦ってるのか?」


『その様ですね……どうしますか?』


 ここが異世界の迷宮なら、冒険者が戦っている所に出しゃばるのはマナー違反だ。

 しかしここが地球で、人が襲われているのだとしたら――


「とりあえず様子は見よう。それからどうするのか考える」


『冷静な判断です』


「そりゃどうも」


 人生の大先輩に返事をしながら走り出す。


 現場に近付くにつれて、聞こえなかった音が拾えるようになってくる。

 少しずつ状況が把握出来ていき、気付いた。


「敵の数、少し多すぎないか?」


『まぁ、大したことないでしょう』


 切迫した状況を想像して焦り出すが、リュドミラは相変わらず呑気だ。そこで改めて実感する。

 やっぱりコイツは不特定多数の命に興味なんてないんだ。


 ……まぁ、今はそれはいいか。


 通路の突き当たりを曲がった所で魔物の背中が見えた。

 ゴブリンやコボルトといった見覚えのある魔物に加え、動く岩や植物の化物みたいな初見の魔物もいる。


 それら大勢の魔物が、大部屋の中央に向かって躙り寄っている。


 その中央部には八人の――冒険者だ。

 鎧やローブを身に纏い、剣や槍、杖などの武器を構えた冒険者が立っている。


『……やはり地球ではないのでしょうか?』


「今はいい、とりあえずこれは……手を出しても文句言われないだろ!」


 見るからに冒険者側は助けを必要としている。攻めることによって陣形が乱れる事を恐れ、膠着状態から抜け出せずにいるし、何より怪我で動けない様子の人もいる。


 ここから声を掛けてもいいが、折角魔物が俺に背を向けているのだ、奇襲を仕掛けて戦いを有利に運びたい。


 右手に氷剣を持ち、左手は無いので、腕から先を氷で覆ってからその形を剣にする。

 左のリーチが少し短いが、これも双剣と言えなくもないか。


『魔法はあまり使わない方が良いですよ』


「わかってる」


 時空魔法を使って空っぽの魔力は、氷剣を作る事すら苦労させた。後のことを考えれば、魔力の温存を考えるのは当然だ。


 今まで頼りきりだった力を封じる事になるのは心許ないが、双剣の扱いならレガリスに教わったばかりだ。

 俺ならやれる。

 己をそう奮い立たせて、力強く走り出す。


 まずは最後尾の狼の首を切り落とす。

 絶命と同時に光の粒子になって消えた為、ここが迷宮だと確信した。


『ここは迷宮がある地球ということでしょうか……つまり地球の並行世界。いや、それなら契約魔法が発動する筈がない……』


 考えるのはリュドミラに任せて、俺はとにかく冒険者を助ける事に専念する。


 狼、ゴブリン、岩人形。

 全てを一手で仕留める。

 有利な状況では一体の魔物に時間を掛けるなと教えてくれたのはレガリスだ。

 速攻で片付ける為に走る。足を止めずに走り続け、勢いそのままに剣を振るう。


「グギッ!?」


 しかし後方から魔物の悲鳴や肉を断つ音が聞こえれば、前方にいた魔物もこちらに気付く。

 有利な状況はすぐに終わる――が、敵がこちらに対応する前に三分の一程度の魔物を斬り捨てた。数で言えば十五体だ。

 その為、囲まれていた冒険者達が逃げる為の道が出来る。


「助けに来た! こちらから避難を――」

「――っ!? き、君は――」


 声を掛けた所で気付いた。彼らのすぐ側に、二つのガラス玉の様な物が浮いている事に。

 あれも魔物か? 或いは魔物の攻撃か。

 考える時間も惜しい。


「伏せろ!」


 地面を蹴って跳躍し、一刀で二つのガラス玉を両断する。


「――へっ? え、うそ!?」


 一人の女冒険者が驚いた様な声を上げる。近くに敵が迫っていた事に気付いていなかったのだろう。

 しかし妙だ。

 ガラス玉は真っ二つになったのに、光の粒子にならない。という事は、魔物ではなく魔物の攻撃だったのか? なら術者はどこだ?


「……と、とにかく退避しよう!」


 優男風冒険者主導で、魔物が殲滅されて出来た道へ駆けていく。

 当然、残った魔物は彼らを追撃するが――


「お前らの相手はこっちだ!」


 敢えて挑発しながら先頭の魔物に斬りかかれば、敵意は俺の方に向く。


 そこからは正面からの戦いとなり、殲滅速度は先程よりも下がる。

 ゴブリンが振り下ろした棍棒を避け、飛び掛かって来た狼の喉元を剣で貫き、横から飛んできた岩塊を左の剣で弾き、足元に寄って来たデカいネズミを蹴り飛ばす。

 俺達が今まで戦って来た魔物に比べれば圧倒的に弱い為、落ち着いて戦えば一人でも対処出来る。


 そうやって丁寧に片付けて行き、最後の植物人形を斬り伏せた所で戦闘終了。


『お疲れ様でした。魔法がなくても危なげなく勝てましたね』


 邪神様の労いの言葉に返事をしようとして、慌てて口を閉じた。後方に避難していた冒険者達が駆け寄って来たからだ。

 当然ながらリュドミラの声は俺にしか聞こえない為、彼女と話している所を見られたら「独り言呟いてるヤバい奴」と思われてしまう。

 リュドミラが俺の思考を読めれば声に出さずとも会話出来ただろうが、それは契約魔法で封じてしまっている。仕方ないので人前ではリュドミラの言葉は無視しよう。


「す、凄く強いんですね! 助けていただき、ありがとうございました!」


 最初に緑ロングヘアーの魔法使いに頭を下げられる。続いて他のメンバーも歩いて来て、口々に礼を言う。


「ホント助かったよ」

「上位ランカーくらいの実力はありそうだよな」

「しかし見ない顔だな。普段はどこで活動を?」


 さて、ここからが問題だ。

 こちらの素性を明かさずにこの世界の事を探りたい。時空魔法で異世界から来た、なんて話は当然出来ない。強大な力を我が物にして利用したがる輩はどこにでもいるのだから。


 まずは無難に挨拶でも――と考えた所で、怪我人に肩を貸しながら歩いて来た赤髪の少女が口を開いた。


「助けてくれたのはありがとうございます。でも……どうしてドローンを壊したんですか?」


 異世界では聞く筈もないその言葉に目を丸くして、つい聞き返した。


「どろーん?」


 すると少女は俺がしらばっくれていると勘違いしたのか、少し声を荒げる。


「壊したじゃないですか! そこに! 転がってる! 二台の!」


 そこでようやく彼女の言ってる事が理解出来た。

 冒険者達の側で浮いていた二つのガラス玉はドローンだったらしい。なるほど道理で魔物を片付けても消えないわけだ。


「いやいや、え? あれがドローン? ドローンってあれだろ? プロペラで飛ぶやつだろ?」


 真っ二つになったそれを拾い上げ改めて見てみるも、やはり拳程の大きさのガラス玉でしかなく、プロペラなんてどこにもない。

 しかしガラスの中は複雑な構造になっていて――え? カメラのレンズみたいのが入ってるぞ?


「な、何言ってるんですか……プロペラのドローンって、子供のオモチャじゃないんですから……え? 探索者試験受けましたよね? 寝てたんですか?」


 まずいな……迂闊な発言が過ぎたかもしれない。

 一旦誤魔化して様子を見るか?

 悩んでいると、ふと一人の男と視線があった。

 優男冒険者だ。

 さっき怪我人達を退避させる時に先導していた為、リーダー格なのだろう。

 さっきから俺のことを凝視していたが、何か言いたいのか?


 俺の疑問が伝わったのか、優男はようやく口を開いて――






「あの、人違いだったらすみませんが……貴方は朱雀竜斗くん、だったりしませんか?」







 思考が停止するとはこの事を言うのだろう。


 暫く呆然とした後、ようやく回り始めた脳が遅れを取り戻すかのように高速で思考する。


 何故。

 何故俺を知っている。

 誰だ。

 俺はこの男を知らない。

 その前に、俺の存在を知る者がいるという事は、ここは俺が元いた地球で間違いないのか?

 或いは並行世界という線も拭いきれない。

 まずはこいつの正体だ。彼が全く知らない人ならば、ここは並行世界だ。

 地球での知り合いを順番に探していく。

 いや待て。

 そもそも俺は地球にいた頃はロン毛眼鏡で顔を隠していた。

 俺の素顔を知っている奴なんて家族くらいしかいないんじゃないか?

 だとしたらここは――




「え、タイチ先輩、それって……先輩がずっと探しているって言う?」




 ――――太一、だと?




「うん、二年前の災害でダンジョンに落ちた、僕の友達に……似ていたから……」



 どうなの? と問うようにこちらを見る男を見て、改めて思う。


 彼が太一だとは思えない。


『君の記憶で見た事がありますよ。高校一年生の時のクラスメイト。君と太一と空雅。いつも三人でいましたよね。しかし妙なのが、彼の体型です。当時の彼はもっとおデブさんだった筈ですが……』


 そう、そうなのだ。

 俺の知ってる太一はこんな、こんな爽やか優男系細マッチョじゃない。


「やっぱり並行世界なのか……?」


「え。もしかして今すごく失礼な事考えてない? 僕が痩せた事をあり得ないって思ってるの? そういう事だよね!?」


 痩せた? って事は、俺と最後に会った時は太っていたのか?

 ……そうだ、最後に会った時、俺と太一と空雅で交わした挨拶がある。それが正しければ……。


「なぁ、俺達が最後に交わした言葉、覚えているか?」


 俺は覚えているぞ。

 お前はどうだ?

 正面から改めて彼の瞳を見つめると、少し嫌そうな顔で目を逸らされた。その仕草には見覚えがある。


「……覚えているよ。君が、明日はちゃんとパンツ履いて来いよって言ったから、僕は毎日履いてるよって返したんだよね……あぁもう! なんであんな挨拶したんだよ! お陰で君との最後の会話がとんでもない思い出で終わる所だったじゃないか!」


 まさに俺が思っていた通りの返答だ。

 後ろで聞いていた冒険者達が、あまりにも阿呆な話の内容に吹き出すが、そんな事最早どうでもよかった。


 間違いなく、彼は俺の知ってる太一だ。

 俺と同じ思い出を共有している、同じ世界の友達だ。


 そしてまた、彼も俺を知っている。


 俺は、ちゃんと元の世界に帰れたんだ。



「……じゃあさ、やっぱり君は、竜斗くんなんだね……」


「……あぁ」


 俺と同時に結論へ辿り着いた太一は、少し涙ぐみながらも、安心した様に微笑んだ。


「君が無事でよかった」


 たった一言だけど、それでよかった。

 俺たちの間にしんみりした空気は似合わない。



「早速で悪いけど、太一。教えてくれ。母さんや舞は無事なのか? あと空雅も」


「どうして心配される立場の君が他の人を心配してるのさ。君以外みんな無事だよ。それに、舞ちゃんならすぐ会える――」



「――あの、とりあえずダンジョン出ませんか? 怪我してる子いるんで」


 俺達の会話に割って入ったのは、先程ドローンを壊されて怒っていた赤髪の少女だ。

 確かに彼女が肩を貸している子は足から血を流しているし、気遣い出来なかった俺に非がある。そう思ったのだが――



「……は? レンちゃんってこんなノンデリだったの? 今さ、タイチ先輩がずっと探してた遭難者と再会を果たした所。見てたらわかるよね?」


「まぁ、なんとなく。でも見た感じ普通に元気そうじゃないですか。だったらこの子の方を優先してくれてもいいかなって」


「……信じらんない。もう応援出来ないよ」


 少しずつ状況が見えてきた。この八人、同じパーティだと思っていたが、どうやら違う。

 赤髪の子と怪我をした子、それと緑ロングヘアーの三人が同じパーティで、ほか五人が太一のパーティだ。


「ま、まぁまぁ双方落ち着いて下さい……えっと、これ以上迷惑掛けるわけには行かないので、私達三人は先に帰りますね。助けて頂いてありがとうございました、後日改めてお礼を――」


 常識人っぽい緑髪が締めようとするも、レンと呼ばれた少女が不満を口にする。


「お礼? ドローン壊されてるんだし、それでチャラじゃない?」


「ちょーっとちょっと! お願いだからレンちゃんは黙ってて!」


 射殺す様な目でレンを見つめる太一パーティの面々と、それを気にも留めないレン。そして両者に挟まれて涙目の緑髪。


「冒険者の方が余程平和的だよな……」


 誰にも聞こえないよう小さく呟いた言葉はリュドミラにだけ届いて。


『まぁ、彼らは強い者に従うという野生的習性が強いので、そのわかり易さが人間関係を円滑にしている部分もあるのでしょう』


 思ったより納得出来る返答に苦笑する。

 そう考えると、地球人とのコミュニケーションはなんとも難しい。今はそんな事に構っていられないので提案をする。


「とりあえず外に出るのは賛成だ。礼に関しても俺個人は必要無いと思ってる……まぁその代わりドローン壊したのは許してくれ。不慮の事故だ」


「……わかりました、じゃあ出ましょう。ミドリ、行くよ」


 ミドリと呼ばれた緑髪の少女を伴って、レンは怪我人と共に歩き出す。

 それを不服そうな目で見つめながら太一のパーティが追い、更にその後ろから俺と太一で歩き出す。



「ごめんね。疲れてるだろうに、気を遣わせちゃったね」


 小声で謝る太一に首を振り、強引に話を変える。


「太一、悪いけど質問攻めにさせてくれ。俺はあの日迷宮に落ちてからずっと彷徨っていたんだ。あれからどれくらいの月日が経った? 何故お前達がここにいる? いや、ここは地球なのか? 一体何が起きて――」


『リュート君。状況を知りたいのは私も同じです。焦る気持ちはわかります……が、せめて彼に答える隙を与えてあげて下さい」


 リュドミラの言葉にハッとし、口をつぐむ。


「そうか、君がいなくなった後の二年間を、君は何も知らないんだね……わかった。君がいなくなった日の事から話そう」




 そして語られた、俺がいなくなった後の日常。


 突如として地面に穴が空き、俺は落ちた。

 母さんはすぐに救急隊を呼び、俺を捜索させたが――穴の中はそれほど深くなく、しかし俺の姿はなかった。

 それから暫くは「神隠し」などと噂が出回ったらしいがそれは別の話。

 突然空いた穴に人が落ちたなどという事件があれば警戒するのは当然で、その辺りの地盤が緩いとか色んな考察がされた後、近隣の住民は仮設住宅に避難させられた。

 住民の中には文句を言うものもいたそうだが、それは直ぐになくなった。

 何故なら俺の失踪から二週間後、あの穴は家一軒を飲み込むほど巨大に広がり、俺達の住む家も、目の前の道路も、隣の家の庭も、全て消失してしまったのだから。


 穴は再び調べられる事になった。

 そして分かったことは、この穴の中には未知の化け物が住み、人間を襲うという事。

 故に最初はこの穴は軍や自衛隊以外の立ち入りを禁止していた。

 しかし穴はその後世界中に増え続けた。

 どの穴も最初は小さな穴から始まり、次に大きな穴となって、入れるようになる。

 そうして数が増えてくると、自衛隊の手が足りなくなるのは必然。

 大急ぎでの法整備が行われ、保険やルールが作られ、協会の立ち上げなどもあり、軈てこの穴――ダンジョンと呼ばれるようになったそれは、一般開放が行われた。その頃には既に、日本だけで百を超えるダンジョンが発見されていた。




「ダンジョンに潜る人は探索者と呼ばれている。探索者になるには色んな講習を受けた後に試験を合格しなくちゃいけないんだ。ダンジョン内外での探索者のルール、危機的状況での対応力、それから倫理観のテストもある。それらをクリアして初めてダンジョンへの入場が許可される」


 要するに、地球にダンジョンが出来たという事か。荒唐無稽な話だが、現に俺はダンジョンにいる。それどころか異世界に行っていた以上、何が起きても不思議じゃない。


『なるほど、ここは紛れもなく地球ではあるものの、君がいなくなった日を境に理が変わってしまったのですね』


 突如として変わった日常に、人々は混乱しただろう。こんな危険な場所を一般開放するとなれば、反対する者も多かっただろう。

 そんな中、太一は――


「なぁ、なんでお前はこんな危険な場所に潜ろうと思ったんだ? 運動とか苦手だったろ? そもそも何の力も持たない人に入場資格を与えるなんて――」


「いや、力なら誰にでも……というわけではないけど、手に入れる可能性はある。戦っている内にある日突然使えるようになったり、ダンジョンで見つけたアイテムを使用したり、ね」


 そう言いながら太一は指先から炎を出した。


『固有魔法……!?』


 俺よりも先に理解して驚いたリュドミラのお陰で声を上げる事はなかったが、あまりの驚きに目を丸くした。


「なるほど、誰にでもチャンスがあるからこそ、一般人に資格を与えたのか……」


 人手が足りない上に、適正がある人間もわからない。だから一般開放によって不特定多数を探索者にしてダンジョン調査を行う事にしたのか。そう考えれば、まだ未成年である筈の太一がここにいるのも納得だ。


「それと、最初の質問に答えると、僕が探索者になったのは君が理由だ。穴に落ちた君はダンジョンの中にいるんじゃないか。どこかできっと生きてる。そんな希望を捨てられなかったから……」


 まさか、俺を探してこんな危険な場所に……。

 思わずグッと来て、視線を外す。


「それにね、君の家族も君を探し続けているよ。探索者ではないけれど、それに近い場所で、ずっと君を探している」


「母さんと舞が……」


 やはり二人には大変な思いをさせてしまったんだなと、改めて実感する。

 早く帰って安心させてあげたい。


 そうやって話しながら何度目かの階段を上り、通路を進んだ所で太一が安心したように言った。


「そろそろ一階層だから安全地帯だね」


「一階層が安全?」


 聞けば、人類は魔素濃度を計測する機械を発明したらしい。

 それによると、ダンジョンの外は魔素濃度六パーセントで、これは魔物が生息出来ない安全な数字だと言う。

 次にダンジョンの一階層は五十パーセントで、魔物が入って来ないギリギリの数字らしい。

 そしてダンジョンの二階層が、百パーセント。魔物が生息し、活動出来る魔素濃度だ。階層を降りる毎に魔素は濃くなっていく。


「一階層にセーフエリアがあるって事か……」


『私達の世界ではあり得ませんね。セーフエリアはどこも迷宮の中層以降にありますから』


 まぁその不思議は今は置いておこう。

 階段を上がり一階層に出れば、確かにセーフエリアみたいな空気感の場所に出た。


 草木が生え、空気が澄んだ広いエリア。

 しかし異世界の迷宮と圧倒的に違うのは、人工物の多さだ。

 訓練場みたいに隔離された場所があったり、何かの観測機みたいな大きな機械が置いてあったり。人類はこの階層を完全に自分達のものにしたらしい。


 そして、今上がってきた俺達を――いや、前を歩く三人の少女を見て歓声を上げる探索者達の姿。


「うおぉぉ! 無事でよかったよレンちゃん!」

「ミドリちゃんも頑張ってたよね!」

「急に画面が暗くなったからもう駄目かと思った……」

「キスズちゃん怪我してるの!? 早く治療所に行かないと!」


 ざっと五十人程度だろうか。どうやら三人は有名人らしく、ファン達の声に笑顔で応えてる。


「……無関係の人に事情聴取を受けるのも面倒だし、早く上がろう」


 そう言って足早に歩く太一を追いかけて、人混みを迂回して階段へ急ぐ。


「もしかして太一達はあの三人を助ける為にあの場にいたのか?」


「うん、探索者協会から依頼があってね。まぁ結局魔物に囲まれて、窮地の所を君に救われたわけだけどね」


「改めてありがとう」と言ってから苦笑する太一は自分の不甲斐なさに落ち込んでいるようだが、彼らのパーティは弱くない。道中で魔物に遭遇した時は太一の仲間達が戦っていたのだが、皆で協力して戦う姿は素直に感心した。


 それを伝えようか迷ってる内に階段を上り、外に出た――とは言っても、ダンジョンの外に出たその場所は、広い室内だった。

 特に何かが置いてあるわけでもない、ダンジョンの入口を囲う為だけに用意された様な殺風景な部屋。

 ただし、床や壁は見るからに頑丈そうで、魔物を警戒しているのが感じられる。


『迷宮から魔物は出て来ない。この事実を知らないのでしょうか?』


 この部屋に俺と同じ感想を抱いたらしいリュドミラが異世界の常識を語るが、俺はダンジョンを囲って安心感を得たい気持ちの方に賛成だ。



「探索者協会の人に色々聞かれると思うけど、皆んな悪い人じゃないから安心して」


 太一の後に続いて部屋を出れば、そこは探索者協会の内部らしく、幅広い通路を進んだ後、俺達は鋼鉄の自動ドアを通った。

 そして目に飛び込んで来たのは、探索者協会のロビー。


「すごいな……」

『ですね……』


 広さはリベルタの冒険者ギルド並に広く、高い天井はガラス張りで、日差しが差し込んで来る為開放感がある。

 右手側のカウンターも広く、内側では白を基調とした制服に身を包んだスタッフが複数人働いている。

 そして正面には椅子やテーブルがあり、そこで軽食を取りながら左の壁に設置された巨大モニターを眺める探索者が数十人。

 異世界のギルドを彷彿とさせる場所だが、当然こちらの方が清潔で技術力も高い。職員達は電子機器で探索者を管理している様で、今も何人かの応対をしている。

 上京して来た田舎者の様に、リュドミラと二人で圧倒されていると、探索者協会のスタッフが駆け寄って来た。



「タイチさん、皆さんはご無事ですか?」


 その声に、心臓が高鳴った。

 あまりにも聞き覚えがある声。

 何度も言葉を交わしたから、間違える筈がない。


「うん。でも報告は他の人にするよ――」


 さっと横にどいた太一を訝しげに見た後、彼女は正面を――太一の後ろにいた俺を見た。


 そして、大きな瞳を更に見開いて、呟く。


「おにい、ちゃん?」


 まるで信じられないと、夢でも見ているのかと、そんな様子でゆっくりと歩み寄って来た舞に、なんて声を掛けるべきか。

 ずっと再会を望んでいた筈なのに、いざ叶ってみると言葉が出ない。


 少し身長伸びたか?

 ここで働いてるのか。

 立派だな。

 無理してないか?


 いろんな言葉が浮かんでは消え、何も言い出せないままの俺に、舞は手を伸ばして。

 壊れ物を扱うように触れられた手の熱が、別れる前の記憶を思い出させる。

 迷宮に落ちる俺と、悲痛な表情で叫ぶ妹。

 あの日の事、きっとショックだったろう。


「心配かけてごめんな、舞」


 自然と出て来た言葉は妹にちゃんと届いて。

 ここにいる俺が現実にいる事を理解したかのように、妹は飛びついて来る。


「もう、もう二度と会えないと思った……!」


 胸に顔を埋めて涙を流す妹の頭にそっと触れる。


「沢山の人が、お兄ちゃんを探してくれて、それでも、見つからなくて……もう、ダメだって。諦めろって言われて、それでも、そんなの嫌で、だから……」


 少し大人っぽくなったと思ったけど、泣いてる所は子供の頃と全く同じで。

 こんな弱い子を悲しませた事、いくら謝っても償いきれない。


「もう、いなくならないでよ……」


 弱々しく囁かれた言葉に、一瞬だけ異世界の景色が、仲間の姿が過ぎって――


「――あぁ。もういなくならない」


 それを無視して妹を安心させる言葉を選んだ。


「ただいま、舞」


「……うん、おかえり、お兄ちゃん」


 そう言って泣きながら微笑む妹を見て、やっと自分の居場所に帰って来れたんだと実感した。




四章「オリジン」完

次回 五章「ダンジョンと探索者」

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