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わからなくはないけど

 

 微睡みの最中に見るボヤけた夢の中で、自分では制御出来ない光景を見ている様な、曖昧で朧げな感覚。

 それが醒めて現実が戻って来たというのに、未だ夢の中にいる様な浮遊感。

 現実味のない軽い感覚は、時間が経つにつれて薄れて行き、やがて肉体の重さが全身で感じられる様になった頃、ようやく俺は起き上がる決意をした。


 とは言えそれは最初の一歩で躓いてしまう。

 両手を地面について身体を起こそうとした所で左腕がない事に気付き、地面を転がる。同時にあの汚いハーフエルフの姿が恐怖と共に呼び起こされ、そして、あのハーフエルフに殺されたミーシャの事も――


「くそ、畜生……」


 目の前で命を奪われた大切な仲間を思い出し、視界が涙で滲み――



『ミーシャなら生きていますよ』


 内から聞こえたその声に驚愕し、右腕だけで飛び上がるように起き上がった。


「リュドミラ、か? 本当なのか!?」


 その名前を呼ぶと同時に、眠っている間に見せられた彼女の記憶を思い出す。

 邪神と呼ばれ恐怖される存在である筈の化物は――実は裏切られた哀れな少女だったのだ。

 それを知らされて、リュドミラに対する警戒や不信感は薄れている。同情すらしている。

 だからこそ彼女の発言を嘘だと突っぱねる事はしなかった。


『はい、ミーシャの時空魔法を入手した私は、ミーシャが死ぬ前まで時を巻き戻し、彼女を救いました』


 時空魔法? ミーシャの固有魔法は空間魔法じゃなかったのか?

 というか時を戻したのに俺の腕は失ったままだな。

 色々納得出来ない事があり、少しずつ疑念が湧き上がる。しかしリュドミラは一つずつ教えてくれた。


『ミーシャの固有魔法は時空魔法。それを知っていたから私は彼女を殺そうとしたのです。そしてその力を受け継いだら直ぐに時を戻して彼女を救うつもりでした。リュート君に嫌われたくありませんからね。それと、時を戻したと言っても、君の身体はそのままです。君まで戻ってしまったら、手に入れた時空魔法も失ってしまいますから』


 一点、俺に嫌われたくないと言った点だけ不審だが、今はいい。

 俺は立ち上がり、周囲を見回す。


「ここは……ゴブ太と過ごした災禍の迷宮の、セーフエリアに見えるんだけど……」


『君の記憶は驚くほど正確ですね。ご名答ですよ』


 その答えを聞き、ふと気付いた。


「お前、俺の記憶を盗み見れるのか? ここでゴブ太と過ごした時は、まだお前と出会っていなかった筈だ」


 俺の中にリュドミラが入って来たのはこの後、もう少し階層を上がった場所だ。

 それを指摘すると、俺の中にいる気配が笑った気がした。


『ごめんなさい、よくないとは思ったのですが、君の過去は全部見てしまいました。だって、異世界からの来訪者だなんて、気になるに決まっているじゃないですか』


 異世界の事も当然知っているか……。まさか俺が眠ってる間に他言してたりしないよな?


『それもごめんなさい、ついフィオナに話してしまいました。まあ彼女がこの情報を不用心に扱う事はないでしょうから、その点は安心して下さい』


「今お前さらっと俺の思考読んだな?」


『まぁ、私と君は一心同体という事です』


 そう言うけど、俺にはリュドミラの思考を読むことも、過去を盗み見る事も出来ない。さっき見た光景は、彼女が意識的に俺に見せて来たものだ。


『私の事が知りたいなら、言ってくれればいつでも見せますよ』


「……今はいい。それより――」


 言いかけたところで、階段の方から黒い角が生えた大柄の男が歩いて来るのに気付いた。


「お目覚めですか、リュート様」


 長い足で直ぐに俺の元へ辿り着いたこの男は、リュドミラの記憶で見たヴェリタスだ。あれは六百年前の記憶だが、ヴェリタスの姿はその頃と殆ど変わらない。


「俺の事を知ってるのか?」


「ええ、リュドミラ様から伺っております。貴方様の言う事を聞くようにとも」


『丁度いいですね、リュート君。さっき言おうとした事をヴェリタスに頼んでみて下さい』


 当たり前のようにプライバシーを侵害するリュドミラに文句を言いたくもなるが、いま一番の心配事が優先だ。


「ヴェリタス、頼みがある。俺の仲間――ミーシャが生きている事を証明して欲しい」


「お安い御用です」


 そう言ってから彼は右手を横に出し、指先で魔力を練って黒渦を創り出した。

 その渦を覗くと、中心部分が晴れて行き、少しずつ向こう側の景色が鮮明になる。

 向こう側、と言うのは渦の後ろではない。別の場所に繋がった景色だ。彼の固有魔法が空間系である事を考えれば、転移に類する魔法なのだろう。

 その魔法のお陰で見えた場所には――荒野を歩く三人の姿。


「ミーシャ! 本当に、生きてたんだな……それにガイストも一緒なのか? 後ろにいるローブの人は――」


「フィオナ・ローズヴェルトですね。渦は閉じます。彼女なら勘付いてもおかしくないので」


 どこに向かっているのか、何故そのメンバーで共にいるのか。気になる事はあったが、ミーシャが無事という事実を知れて心が軽くなった。

 一人安堵してると、渦が閉じる直前、ローブの女――フィオナが振り向き、彼女の金色の瞳と目が合った気がした。


「……? 向こうからもこっちが見えていたりするのか?」


「普通は見えませんが、あの方なら何かしらの気配を察知しても不思議ではありません」


 フィオナという人はヴェリタスから見ても規格外らしい。それなら、渦越しに目が合っても気にする事ではないか。


「それで、他の皆んなも無事なんだよな……?」


 恐る恐る聞いてみると、ヴェリタスは黒渦を二つ創った。まずは片方の渦を覗く。


「アランとマナが一緒なのか……え? エモもいるな。森の中……どこだここは?」


『エルフの集落ですね。でも安心して下さい、あの汚いハーフエルフはこの集落にはいませんし、フィオナが生きている限り君の仲間に手出しはしない筈です』


 俺の不安を先んじて晴らしてくれたリュドミラに内心で感謝しつつ、もう一つの渦を見ると――


「なんだ、これ。白くて何も見えないぞ?」


 まだ姿を見ていない仲間を思い浮かべて、嫌な予感がする。縋るようにヴェリタスを見るが、彼も訝しげに渦の様子を見ている。


「妙ですね……場所は雪山。吹雪で視界が悪いのは理解出来ますが、生物の気配が……」


「何かの間違いだ……! あいつが死ぬわけ――」


 死ぬわけない。

 その断言をする前に、白い景色に灼熱の紅が猛る。


「レイラ!」


「ふむ。瀕死状態ではありますが、だからこそ炎は輝く。リュート様の仰る通り、彼女ならこんな場所では死なないでしょう」


 ヴェリタスの意見に同意だ。

 取り乱しはしたが、レイラは簡単には倒れない。ただ、どこで何をしてるのかは気になるが――



『どうです? 私を信じて頂けましたか?』


 ――俺の仲間は皆生きている。それは事実だ。


「あぁ、お前はミーシャを救ってくれたし、他の皆んなにも手を出してない。約束を守ってくれて感謝してる。それにヴェリタスもありがとう、皆んなの無事を教えてくれて」


 心の余裕が出来た所で礼を言うと、ヴェリタスは恭しく頭を下げた。見た目は怖いが、こういった所作が似合う上品な男だ。

 ……と、無駄なことを考えていないで本題に入るべきか。



「それで……リュドミラ。お前は何がしたいんだ? 俺はお前にこの体を明け渡したあの瞬間、死んだと思った。けど今こうして目覚め、普通にお前らと話してる。お前が欲しかったのはこの身体じゃないのか?」


『その問いこそが初めにされるべきだと思いましたが……ふふ、自分の事より仲間を案じてしまうのは君らしい』


「茶化すな、答えろ」


『そんなに警戒しなくても、私はリュート君を家族の元へ帰してあげたいだけですよ?』


 その言葉を聞いて、思考が停止した。


 時間を置いて絞り出した声は掠れていた。



「――帰れる、のか?」


『えぇ、帰れますよ。その為の時空魔法です』


 この世界に落ちてからずっと望んでいた。

 たった一つ、家に帰る事だけを目的として、ひたむきに歩き続けた。

 何度も挫けそうになった。

 投げやりになった事もある。

 それでも今日まで生き抜いて、遂に願いが叶う。



 ――――――



 ――――



 いや、落ち着け。

 慎重になれ。

 平気で人を殺すような奴を、俺達の平和な地球に招いてもいいのか?

 今、俺の身体はリュドミラのものだ、感覚でわかる。彼女がこの身体の制御権を奪おうとすれば、俺は抵抗虚しく乗っ取られるだろう。

 リュドミラが俺の故郷を、家族を傷付ける可能性が僅かでもあるなら――俺は帰るわけにはいかない。



『はぁ。君は本当に警戒心が強いんですね。今まで私は何度も君を助けて来た。災禍の迷宮で力を与えた事から始まり、テルシェ村の防衛戦でも、汚いハーフエルフとの戦いでも、そしてミーシャの命を救った事も……だと言うのに、未だ私を疑うのですか?』


「助けてくれた事は感謝してる。お前をただの悪人だとも思わない。けど、それとこれとは話が別だ」


 数秒の沈黙。

 やがて先に声を漏らしたのは、リュドミラだった。


『いいでしょう。ヴェリタスに契約魔法の仲介役を頼んでください』


「……契約魔法?」


 俺の疑問に答えたのはリュドミラではなく、一歩離れた所で聞いていたヴェリタスだった。


「リュドミラ様が契約魔法を使用する事を提案したのですか? ならば私が仲介を致しましょう。この魔法は黒魔法に分類される、精神と脳に刻みつける約束事です。破ろうとすれば苦痛に苛まれ、死を垣間見させる。そういったものです」


 黒魔法、というのは聞いた事がある。ギータが話していた精神に干渉する魔法だ。


『エルゼア大陸では殆ど知られてませんが、暗黒大陸では黒魔法と白魔法、それに雷魔法は割と一般的な魔法ですよ。ともかく、彼に従って術を発動して下さい。私が出す条件を飲めるか否か、それだけ答えて頂ければ結構です』


 その後、ヴェリタスが黒渦から取り出した黒い表紙の魔術書に従い、魔法陣に手を置いた後、彼は長い詠唱をした。

 それが終わると、内からリュドミラの声が響く。


『私は地球にいる間はリュート・スザクから身体の制御権を奪いません。また、彼や彼の身内に対して害となる行為は一切行いません。彼の思考を読むこともやめましょう。その代わり、私が彼に要求する物は――』


 俺に都合の良い契約内容に驚いたが、やはり要求があったか。それ次第では断るつもりだが――


『私の新たな依代。リュート・スザクが用意できる最高の依代を私に献上し、その後私をこちらの世界へ送り出す事。それを約束して頂きたい』


「――依代?」


 思わず素っ頓狂な声を漏らしてしまう。


『はい、君の記憶で見たアンドロイド、という人型のロボットがいいですね。アレは人間の肉体よりも便利で高いポテンシャルを持っている。魔導人形と同じ要領で動かせる筈なので扱いも容易でしょう。アンドロイドが高価で、学生の君には手を出せない代物なのは理解しています。ですが君の知恵や人脈など、あらゆる能力を使って最高の物を手に入れて下さい。それが君に望む全てです』


「……それってつまり、俺の体から出て行ってくれるって事か?」


『随分冷たい言い方ですね。けど、その通りです。君は家族の元に帰り、平穏に暮らして下さい。私はこの世界に舞い戻り、目的を果たします』


 おかしい。

 そんな契約、俺に都合が良すぎる。

 確かにリュドミラの要求は高価な物だが、それを用意するだけで俺は地球に帰れて、この身体はリュドミラから解放されるのだ。

 そんな容易く願いを叶えてくれる理由はなんだ?

 何故助けてくれる?


『まったく、その疑い深さはフィオナにそっくりですね。リュート君、ハッキリ伝えますが、私は君を好ましく思っています』


「……は?」


『君は幼少の頃親友をイジメで亡くしていて、そのせいで人間に対する絶望を味わい、憎悪を抱いている。その反面、善性の人間には甘く、身内を守ろうとする意思は固い。私はその在り方に共感しています』


 言われてみれば、リュドミラは調和を果たす為に悪意を持つ人間を殺し、善良な人間を生かそうとしている。俺にも彼女に共感出来る部分はある。


「でも、俺とお前は違う。わかり合えない奴を見て、殺すしか方法がないと考えてしまう気持ち……わからなくはないけど、俺はそんな事しない――」


『リュート君。私は君の過去も思考も全部見ていたんですよ。君以上に君の事を知る私が断言します、私達は同じだと。生きる世界が違う。環境が違う。関わった人が違う。だから私達は違う目的を持って行動していますが、もしも君が私と同じ環境で過ごすことになれば――間違いなく同じ結末へ辿り着く』


 心を見透かしたようなその発言に、背筋がゾッとする。


『一人の善人と百人の悪人。どちらかを殺さなければならないのなら迷わず後者を選ぶ。身内が攻撃を受けていれば即座に敵を討つ。君も私も、そんな人間です』


 ……否定出来なかった。

 今まで考えた事もなかったけど、確かにそんな状況なら、俺はリュドミラの言う通りの選択をするだろうと納得してしまった。


『でもね、やっぱり君と私は違う。既に分岐点を通過して別々の道を歩み始めているのだから』


「分岐点……?」


『そう。私はルーシー達の家に帰れず、復讐の道を歩む事になった。けど君は家族の元に帰る道を歩み始めている。私が送り届けてあげる』


 邪神とは思えない程優しい声音で告げられ、これが救いなのかと顔を上げる。


 ――ただ、一つだけ無視出来ないものがある。


『仲間と交わした約束が――生きて再会すると誓った事が、胸に引っ掛かっているんですね』


「……あぁ。最後に皆んなに会えないか?」


『会いに行く最中にフィオナに捕捉されたらもう逃れられません。決死の戦いが始まってしまいます』


「じゃあ、地球に帰った後にまたこの世界に戻って来る事は……?」


『私の力があれば可能ですが、この事に関して私は君に手を貸しません。何故なら、君には家族の元で平穏に暮らして欲しいから。私が望んでも手に入れられなかった平穏を、私とよく似た君が手に入れて欲しい』


 それをリュドミラのエゴだと切り捨てる事は簡単だ。

 しかし力を借りる立場である以上、そんな事は言えない。

 ……いや、違うな。心のどこかではわかっているんだ。ここが俺のいるべき場所じゃないって事を。


『それに、君が仲間の為を思うなら、尚更戻って来るべきではありません。恐らく最大の戦いとなるのはフィオナとの戦い。その時に君は、私かフィオナのどちらかに着くでしょう。そして選ばなかった方と敵対する。その際、君の仲間も君と同じ選択をし、敵対した方に――成す術なく滅ぼされる』


 確かにアイツらなら、どんなに危険な戦いでも俺を助けてくれるだろう。レガリス達とやり合った時の様に。

 でも、それじゃいけない。俺は仲間に死んでほしくない。


「俺が家に帰れば、仲間達は戦わずに済む。そうすればお前は手を出さないんだな?」


『はい、約束します。君の仲間だけでなく、君が関わってきた殆どの人は善良ですので、生かすつもりです』


 それなら、それなら全て丸く収まる。

 リュドミラが勝とうがフィオナが勝とうが、俺の大切な人達は生きられるんだ。俺が下手に手出しさえしなければ。


『そう、これは私達の世界の問題。君が関わる必要なんてありません。なにせ君は――巻き込まれただけの高校生なんですから』


 かつて自ら下したその評価を、俺の事をよく知るリュドミラに言われてしまえば、それが一番正しい選択に思えてきて。


「……契約成立だ。俺を、俺のいるべき場所に帰してくれ」


 そう、答えた。




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