今は眠れ
心臓を剣に貫かれても、私はまだ辛うじて生きていました。
なるほど、確かに私は人外らしい。
それを考えると悲しくなり、貫かれた傷は剣と共に凍りつき、零れた涙が床に霜を走らせる。
アルフレッドは未だ動く私を警戒して剣を手放し、後退した。
「何故……仲間では、なかったのか? 貴様達が我々“原初の生命”に恐怖を抱く事は理解出来る。だが、何故同じ人族の仲間を殺した?」
驚愕と怒り、悲しみ。
私の代わりにその感情を吐露してくれた王に、勇者達は激怒しました。
「……は? 何勝手な解釈してんの? 私達がアンタに恐怖するですって? ふざけんじゃないわよ! アンタが気持ち悪いからアンタを殺す! それを恐怖だなんて言って私達を見くびるな!」
リーンは怒声を上げながら私に向き直り、彼女が旅の道中ずっと手にしていた長杖を向けます。
「せめて私達の役に立て、バケモノが」
杖から放たれた眩い熱線が私の額を貫き、私は遂に死を迎えました――
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――死んだ筈なのに、私の意識はありました。
周囲の音も聞こえて、周りを見る事も出来ます。
ただ、視点がおかしい。
私の身長よりも低い位置で固定され、三百六十度見渡せる。
そして身体が動かない。
痛みも温度も匂いも何も感じない。
そんな私に、アルフレッドが歩み寄って来て。
「はぁ……やっと発動したか。なるほど、これが魔剣の真の力。ヤバイ気配がビンビンだな」
そう言って私に手を伸ばして来て――斃れた肉体から剣を抜かれた瞬間に理解しました。私の身体は死に、魂が剣の中に閉じ込められたのだと。今の私の意識は剣に宿っている。
そして、この時の為に、私は勇者パーティに同行させられていたのだと悟りました。
「…………貴様ら、その剣がどれ程醜悪な物か理解しているのか?」
信じられないといった顔で声を出したグラモス王に、アルフレッドはなんでもない風に答えます。
「はっ、何が醜悪だ。これはローウェン先生の研究成果だ、理解出来ないからって馬鹿にするなよ」
「……愚か」
王はたった一言呟いただけですが、その一言で全てに見切りをつけたかの様でした。
「ヴェリタス、未来は変えられない。頼む」
虚空に向かって話し掛けるグラモス王を不審に思った勇者達ですが、直後に現れた黒い角の生えた男を見て納得と同時に焦燥します。敵がすぐ近くにいる事に気付けなかったのですから当然です。
「ガイム! 守れ!」
リーダーの命令通りに結界魔術を発動させたガイム。それと同時に周囲が暗黒に染まり、何も見えなくなります。
どんな攻撃が来るのか。
三人とも結界の中で衝撃に備え身を硬くしたでしょう。
しかしいつまで経っても三人を襲う衝撃は訪れません。
やがて暗闇が晴れ、周囲の景色が見えるようになって漸く理解しました。
「……は? なんで私達、外にいるのよ……まさか、転移させられたの!? 嘘、そんなの空想の魔術でしかない筈、なのに……」
思考を整理する為に言葉を紡ぎ、喋りながら屈辱の表情に変わっていくリーン。
人族至上主義の彼女は認めたくないのでしょう、人族に出来ない事を、人外がやってみせた事を。
「訂正させて貰うが、転移したのは君達ではなく、我々の家だ。これこそが移動都市ローズヴェルト。百年以上前からこの時を見据えて仕込んでおいた魔術だ」
「この時を見据えて……? お前には全部お見通しだったって事か?」
グラモス王と話をした私だけが理解しました。これこそが王の予知夢の力。
事前に知っているからこそ、逃げる手段を予め用意出来る。
しかし王はその答えを与えず、アルフレッドに質問を投げ返します。
「君達は私を含むこの地の民を毛嫌いしている。しかし大陸の奥、魔物が凶暴さを増す深部に足を運んでまで滅ぼそうとは思わないだろう?」
「……チッ、そんな所まで飛ばしたのかよ。ま、お前の首さえ取れれば任務完了だ」
言うが早いか、アルフレッドは瞬足でグラモス王に迫ります。それに伴って、右手に構えられた剣――つまり私の視界の位置も動きます。だからこそ、ハッキリ見えました。アルフレッドの前に突如として現れた黒い渦が。
流石は剣聖、直ぐに黒渦を警戒して足を止めますが、渦の中から伸びた黒い腕は予想外だったらしく、その拳をもろに喰らってしまう。
「がはっ!?」
「アルフッ! 今回復するから!」
吹き飛びながら体制を立て直すアルフレッド。
黒渦からは先程の黒い角の男、ヴェリタスが現れました。
「転移は手筈通りに完了しました。結界の移動も問題はありません」
「ご苦労……ではヴェリタス、後の事は頼む」
「……私も王と共に――」
「ヴェリタス、頼む。お前に任せたいのだ」
「……御意のままに」
勇者達が狼狽えてる間に王とヴェリタスのやり取りは終わり、ヴェリタスは再び黒渦の中に消えました。
王は何故ヴェリタスを帰したのでしょうか?
王一人では厳しくとも、ヴェリタスの助けがあればアルフレッド達を倒す事は可能だと思います。いえ、王一人でも倒せるかもしれません。
だというのに、王はヴェリタスを帰したり、ルルに別れの言葉を告げたり、アルフレッドに自分の首を取れば満足かと訊ねたり――まさか、死ぬつもりなのでしょうか?
それが、数百年前から決まっていた運命だとでも言うのでしょうか?
そんなの――
『リュドミラ、聞こえるか?』
『――っ!? グラモス王、なのですか?』
唐突に掛けられた言葉に、思わず返事をしました。しかし今の私は剣。声など発する事は出来ません。
そう思ったのですが、彼には私の言葉が届いている様子。それに王も声を出しているわけではない。これが音でのやり取りではない事に気付きました。
『ああ。巻き込まれただけの君には何もわからないだろうが、時間が無い。手短に説明させて貰う』
グラモス王が私に語りかけてる間に、アルフレッド達は体制を立て直して王に襲い掛かります。
リーンの光線魔法を結界で防ぎ、ガイムの拳を弾き、アルフレッドの剣を片手で受け止める。その際、一瞬だけ王の手が鱗に覆われた様に見えました。それはアルフレッドにも見えたらしく、彼は「やはり人外か」と忌々しげに呟きました。
『君は既に死に、その魂を剣に封じ込められた。これは巫術という禁忌の魔術であり、それを犯した者はこの地を含め呑み込まれてしまう』
「チッ、埒が開かない! リーン、ガイム、離れてろ!」
「了解」
アルフレッドは剣を上段で構え「解放」と叫びました。
その瞬間、私の体内からゴッソリと何かが抜け落ちるような感覚を味わい、続いて顕現したのは氷と風の混合魔法。私がよく使う攻撃手段でした。
『……悠長に話してはいられないな。彼が魔法を使う度に君の魂は削られていく。全て削られて仕舞えば、君は輪廻に還る事すら出来ずに虚無という地獄を彷徨う事になる』
恐ろしい事実を告げられ驚いていると、更に驚くべき事が起きました。
片手を上げた王に呼応する様に、私の魔法が消滅したのです。自画自賛するわけではありませんが、今の魔法は生前の私の全力に等しい力を秘めていたのに。
「私に魔法は効かない。己の剣術で私を倒してみろ」
「なっ!? くそ、結局役立たずかよ!」
既に死んでいる私に悪態を吐くアルフレッドを見て、彼に対する評価は下がり続けます。まあ、裏切られた時点で失望していましたが。
『魔法が効かないのは嘘だ。君の魔法は素晴らしい。しかし彼に魔法を使わせたくない為、私も禁術を使った』
『禁術……?』
『今からこの禁術を用いて、君を救う。数百年眠る事になるだろうが、必ず目覚めの時は来る』
禁術の詳細は語らぬまま、王は私の復活を約束してくれました。
その時です。
「疾風の剣――牙突!」
アルフレッドの技が繰り出され、王の心臓は呆気なく貫かれてしまいました。
「……? え? やったの? 何よ、大したことないじゃない! あはは! やったのね!」
喜ぶリーンでしたが、アルフレッドは違和感に気付いて、剣を引き抜いて飛び退こうとしました。
しかしグラモス王は右手で剣身を掴み、離さない。
「チッ」
私の時と同様、まだ動く王に警戒し、アルフレッドは剣を手放し距離を取ります。
そんな彼らに構わず、王は私の亡骸まで歩み寄り、自身の胸に刺さった剣を引き抜き、私の肉体に――初めに貫かれたその穴に合わせるように、再び刺しました。
「今は眠れ、リュドミラ。大いなる意思は夢境を観測出来ない。軈て目覚めた時、君は新たな生を歩む事になる。それが夢境よりも幸福である事を、私は願っている」
彼の言葉を聞いてる内に意識が遠くなっていきます。
「さて、この地は間も無く滅びを迎える。それに巻き込まれたくなければすぐにエルゼア大陸に帰れ」
「は、はぁ!? アンタ、死に際になんの魔法使ったのよ!?」
「瞬刀、烈風斬!」
段々と暗くなっていく視界の隅で、アルフレッドが予備の短刀で王の首を落とすのが見えました。
今度こそグラモス王は死んだのです。それを悲しみたいのに、もう意識を保てず。
最後に目にしたのは、王の首を持ってその場から逃げるように走る勇者達と、空から落ちてくる真っ黒な“何か”でした。