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ローズヴェルト王国

 

 外壁に埋め込まれる様に存在する、小さな両開きの扉に向かって歩きながら思案します。

 この異界の地の住民は私達エルゼア大陸の人を知っているのでしょうか? 知っているとしたら、どんな感情を抱いているのか。悪感情でなければ対話の余地がある。対話が出来るなら、きっと争う必要は無い。


 小さな希望と大きな不安。

 それを抱えたまま扉に手を伸ばし――唐突に、それは内側から開かれました。


「ん? おお! 誰か来たなと思ったけど……綺麗な紅瞳だな。吸血鬼(ヴァンパイア)か? ここまで来るの大変だったろ? ほら、さっさと入んな」


 中から出て来たのは、まるで虎の様な見た目の……声を聞く限りオス、いえ、男性、なのでしょうか?

 エルゼア大陸にも獣人種はいますが、彼らは魔力的特徴が獣に近く、それ故に耳や尻尾、瞳に獣らしさが現れるのですが、外見は人によく似ています。

 しかし今目の前にいるのは、正に虎です。見上げる程大きな体躯、服の下から伸びた手足に首、顔までもが黄金色の体毛に覆われていて、伸びた爪と牙は容易く人を切り裂けそうな鋭さ。

 二足歩行を可能にした虎と言えばしっくりくる、そんな見た目です。


「ん? どうした? 体調でも悪いのか?」


 呆然とする私を心配してくれているのか、少し屈んで顔を覗き込まれます。

 生物として圧倒的に強いのは、彼でしょう。

 それを理解した私の身体は恐怖に震えます――が。

 次に投げかけられた言葉は思い遣りに満ちていました。


「当然だよな、魔物が跋扈する外から一人で来たんだ、辛い旅路だったろう。でもこの国に来たからには安心だ、俺たちはグラモス王に護られているからな。さ、宿屋まで運ぶぞ」


 そう言って私の身体をひょいと担ぐと、虎男さんは長い足で街の中に入って行きました。

 途中ですれ違った虎男さんの同僚もワニ顔だったり、蜥蜴みたいだったり。

 彼らとすれ違う度にビクビクしていた私ですが、彼らは私を特別視したりしませんでした。


 ――ここでなら、私は平凡でいられるのかもしれない。


 そんな考えがよぎり、淡い期待が生まれます。


「あの、この地とは全く別の場所で沢山の人が暮らしてるとしたら、どう思いますか?」


 私を担いだままの虎男さんに声を掛けると、彼は歩きながら快活に笑いました。


「ははは! 吸血鬼ってのは見た目以上の年齢って場合が多いけど、嬢ちゃんは見た目通りの夢見がちな女の子だな!」


 なんだかバカにされているようでムッとしましたが、どうやら彼らは自分達が生きてる場所が世界の全てとでも思っている様子。


「じゃあ、私はどこから来たと思いますか?」


「なんだ? ナゾナゾか? 普通にこの大地のどこかから来たんだろ? もしかして、この国ほどじゃなくとも、それなりに人が集まった場所があったのか? だとしたら仲間はどうした? 無事か? 嬢ちゃんまさか、心を病んでないか?」


 もしかして、異界の地にはこの国以外に人が集まる場所はないのでしょうか?

 彼の口ぶりから察するに、私の様に外からここを目指して決死の旅をする者もいるようですが。


「……私は平気ですよ。それより、この国は誰が治めるなんという国なのですか?」


「はは、質問の多い嬢ちゃんだな! さては何も知らずにここへ辿り着いたくちだな?」


 質問を続ける私が、元気を取り戻したように見えたのでしょうか。虎男さんは肩に担いでいた私を地面に下すと、大きな両手を広げて笑った。


「なら改めて歓迎しよう! ようこそローズヴェルト王国へ! グラモス王がこの地を護って下さる限り、魔物に怯える必要はない。辛い旅だったろう? でも大丈夫だ。もう獣の鳴き声に怯える必要はない。ここでは誰もが安心して眠れるんだ」


 彼の言葉に嘘はなく、確かにこの場所ではすれ違う沢山の人が――獣のような顔した人も、大きなツノを生やした人も、皆んなが安心しきった笑顔を浮かべています。

 外を歩く凶暴な魔物も、種族の壁も、まるで存在しないかのように穏やかに過ごしている。


 なんて平和な国でしょうか。


 この時の私は勇者パーティの事も、リーンに啖呵を切った事も忘れ、彼らの事をもっとよく知りたいと思いました。




「さ、ひとまずこの宿で休め。お代はいらないから落ち着いたらまた顔を出してくれよな。お、ルルちゃん! 女将さんはいるか?」


 虎男さんの案内でやって来たのは民家の様な小さな宿で、私達を見つけた小さな少女が飛び出て来ました。この子がルルちゃんの様です。


「やっほーおじさん! おばさんは今手が離せないから私が話し聞くよー? ん? このちっちゃい子はだぁれ?」


 念の為訂正しておきますが、私よりルルの方が小さいです。

 さて、この小さい少女はエルゼア大陸では滅多に見ない黒髪で、瞳の色は私と同じ紅です。外見は私達人族と非常によく似ているのですが……この瞳に覗かれると、何故だか背筋が寒くなります。


「この子は今日ここに辿り着いた旅人だ。ルルちゃんと同じ吸血鬼だし、先輩として色々教えてやってくれな!」


「はいはーい! じゃ、おじさんはさっさと仕事戻ってねー! で、アナタはこっちだよ! そう言えば名前聞いてなかった! アタシはルル! アナタは?」


 苦笑しながら手を振る虎男さんにお辞儀してから、マイペースなルルに続いて宿の中に入ります。厨房の方からは食器を洗う音がしますが、客は一人もいない様子。


「私はリュドミラです」


「じゃ、リューちゃんね! でさでさ、リューちゃんはさ――」


 跳ねる様にピョコピョコ歩くルルを見て、年相応の可愛らしい女の子だと思っていた私でしたが――彼女に下から覗き込まれて、その紅色の瞳に見透かされる様に見つめられて、背筋が凍りました。


「――リューちゃんはどうして吸血鬼って嘘付いたの?」


 これまでの旅で沢山危険な目に遭いました。だからこそ私を含めた勇者パーティの面々は強く成長しました。

 けどその沢山の危険を遥かに凌駕するほどの悍ましい気配を、この吸血鬼の女の子から感じました。


「…………嘘を、付いたわけでは、ありません。あの人が勘違いをしたまま、それを訂正する暇がなかったのです」


 咄嗟の言い訳に聞こえるかもしれませんが、事実です。

 恐る恐るルルの反応を見ると――



「なぁーんだ! そういう事なら早く言ってよー! 吸血鬼を騙ってワルイ事するワルイ人だと思ったじゃーん!」


 私の言葉を素直に信じたのか、それとも嘘を判別する能力でも持っているのか。

 ルルは恐ろしい気配を瞬時に引っ込め、再び年相応の愛らしい笑顔に戻りました。その様子にホッと一息。


「でもでも、じゃあさ、どこから来た誰さんなの?」


 今度の問いは世間話みたいな軽いものだったので、私は虎男さんに聞いた時のように返事をしました。


「こことは別の大陸から来たと言ったら、信じますか?」


 さっきの恐怖が私の口を止めようとしましたが、真実を隠したままでは不誠実です。争いたくないと望むなら、ありのままを話すべき。


 そして、私の誠意は良い方向に働きました。


「うっひゃー、驚いたよ! グラ爺が言ってた事はホントだったんだ! じゃあさじゃあさ、リューちゃんはグラ爺に会いに行きたいんでしょ?」


「グラ爺?」


「うん! この国でいっちばん強くて、いっちばん偉い人だよ!」


 それが虎男さんが話したグラモス王の事だと気付き、私は慌てて頷きました。


「そうです! お会い出来るんですか?」


「もっちろん! アタシもよく遊びに行くからねー。おばさーん! ちょっとグラ爺の所に遊びに行って来るよー!」


 ルルが宿屋の奥に声を掛けると、「早く帰って来なさいよ」と返事が来ました。


「さ、行くよリューちゃん! グラ爺もリューちゃんの事待ってるんだから!」


 とんとん拍子に話が進み、こうも容易く王に会えるなんて妙だと思いました。

 そもそもグラモス王は他の人と違い、私達が住むエルゼア大陸を知っている様子。彼が私達にどんな感情を抱き、何の為に会おうとしているのかは不明です。

 ですが、私には飛び込んでみるしか出来ません。

 争いたくないと主張して、それに応じて貰わなければ、アルフレッド達がこの国を滅ぼしてしまうのですから。




 ⭐︎




 王城と言うには少し小さく、だけど他の建物より立派な城の門には、鎧を着た二人の馬がいました。二足歩行で喋る馬です。


「ん? ルルちゃんまた遊びに来たのか?」


「うん! 今日はお友達をグラ爺に紹介するんだ!」


「ははっ、グラモス王も大変だな!」


 大変、というのはルルの相手をさせられる事を大変だと言ってるのでしょう。それにしては彼らは私達を拒む事なく、当然のように城に入れてくれました。

 こんな緩い見張り番ならいる必要はないのでは? そう思いましたが、二人の馬は楽しそうに談笑していましたから、水を差さないでおきました。


 階段を上がり、廊下を進む。

 最上階の三階に辿り着くまで、誰にも会わないことを不思議に思いルルを見てみると、彼女も首を傾げていました。


「なんか人がいないねぇ?」


 ルルの様子からして、無人の城は普段とは違う光景なのでしょう。という事は、グラモス王は私達が来るから人払いをしたという事でしょうか。


 不安は募るばかりでしたが、豪華な扉の前まで来ればもう後には引けません。

 私に貴族社会の礼儀は分かりませんでしたが、まずは挨拶と思い、閉じたままの扉の前で大きく息を吸い――


「やっほーグラ爺! 遊びに来たよー!」


 私の前に躍り出て両手で勢いよく扉を叩き開けたルルに驚き、吸い込んだ息を咳と共に吐き出してしまいました。


「待っていた。歓迎しよう」


 部屋の中は広く、正面に鎮座した豪華な椅子を見れば、正に玉座の間と言うべき部屋でしょう。

 しかしその玉座に王はおらず、歓迎の声を出したその人は窓から外を眺めていました。


「どしたのグラ爺? お外で遊びたいの?」


 どうやら彼がグラモス王で間違いない様子。

 一目でわかりました――私が出会った中で最も強い存在だと。


「いや、娘の事を思い出していただけだ」

「フィー姉さんの事? アタシも何百年も会ってないから会いたいよー。どこに行ったの?」

「……秘密だ」


 背中まで伸びた白銀の髪は一本に結ってあり、黄金色の瞳は鋭く、それでいてルルと話す時は優しさに満ちていました。

 ピンと伸びた背筋と引き締まった筋肉、綺麗な肌は人族の青年と言われても信じられるくらい若い。だと言うのに、この人は何百年も生きた人外であり、その中でもかなりの老齢だろうと思えるほどに威厳があり、理知的な瞳をしている。私は無意識の内に姿勢を正していました。


「ルル、今日は友達を紹介してくれるんじゃないのか?」

「あ、そうだったよー! グラ爺はなんでもお見通しなんだね! このちっちゃい子はリューちゃんって言うんだけどね」


 話が突然こちらに向いて、私は慌てて前に進み出ました。


「リュドミラと申します、エルゼア大陸から来た……」


 しかし咄嗟に自己紹介を初めたのはいいものの、すぐに言葉に詰まってしまいました。

 私はエルゼア大陸から来た何者なのでしょう?

 勇者パーティの一人としてここに来たのは間違いありませんが、勇者の任務を阻止する為に一人行動する私は、恐らく国が認める勇者パーティの一員ではない。

 私は何の為にここにいるのか。

 それを考えて、途切れた言葉を続けました。


「エルゼア大陸から来た、貴方達の敵です。ですが今の私は任務を放棄して争いを防ぐ為にここにいます」


 無表情の王と見つめ合う事数秒。

 そういえばこの金色の瞳と、旅の途中でも出会ったような……。

 そこまで考えた所で、グラモス王が口を開きました。


「……調和を望む者か」


 たった一言。

 ですがその一言の中に様々な感情が込められているのがわかりました。

 驚き、希望、喜び、不安、哀れみ。

 どうしてそんな複雑な表情をしているのかは不明でしたが、怒りや嫌悪を向けられていない事に一先ず安堵しました。


「ルル、今日は帰ってくれ。客人と話したい」


「えぇー!? 来たばっかなのに……もぅ、しょうがないなぁ」


 口を尖らせながらも、素直にグラモス王の言う事を聞いて、ルルは出口に向かいました。


「……ルル。常に陽気であれとは言わない。だが、君が君のままである事を、私は願っている」


「……? よくわかんないけど、アタシはアタシだよ! またねグラ爺! リューちゃんもお話終わったらウチの宿屋においでよ! 待ってるから!」


 まるで今生の別れみたいな挨拶に疑心を抱きましたが、ルルはさっきまでと変わらぬ様子でスキップしながら出て行きました。

 改めてグラモス王を見ると、彼は真剣な眼差しで言いました。


「リュドミラよ、この国で暮らせ」


 突拍子もない命令に思考が停止し、何から質問すべきか迷ってる間に王は続けます。


「私には予知夢が見れる。それは断片的な光景を、靄のかかった曖昧な景色として夢境に映し出す程度の弱い力だが、役に立つ。私は百年以上前からこの時が訪れるのを知っていた。異形の人々に殺意を向けるエルゼア大陸人が訪れる未来を、何度も見た――しかし、それは今外にいる三人だけで、君の姿は見なかった」


 その言葉で、数々の違和感に納得しました。ルルに私を案内させた事も、王城の人払いを済ませていた事も、全てあらかじめ知っていたからこその行動だったのです。

 しかし私の存在は把握していなかったとの事。だから私の望みを聞いて驚いていたのでしょう。


「君は異形の人々に対して嫌悪する様子もなく、それ所かこの国を居心地の良い場所だと感じている。予知夢に現れなかったのは、私と同じ調和の意思を持つ君を、私が受け入れたからなのだろうな」


 彼の言う通りでした。

 親殺しのバケモノと罵られ、制御出来ない固有魔法に恐怖される私は、ルーシー達が住む家から出たら、居場所がどこにもありませんでした。

 そう思っていたのに。

 この国には色んな種族がいて、私の力なんて取るに足らないくらい強い王がいて、私を恐れる人は誰もいない。

 そんなの居心地が良いに決まっています。


「ここで暮らして良いのなら……是非そうさせて下さい。ただ、その前に聞かせて下さい。貴方は私達エルゼア大陸人と敵対するつもりはないのですね?」


 私を受け入れるつもりなのですから、聞くまでもない事でしょう。しかしグラモス王の返事には含みがありました。


「私達は争いを好まない。だが、双方が同じ考えでなければ和平は結ばれない」


「……? どういう事でしょうか?」


 疑問を向ける私を一瞥し、王は窓から数歩下がりました。


 直後、甲高い音を立てて割れた窓ガラスと、そこから入って来た三人を見て驚きに声を上げます。


「皆さん! どうしてそんな無礼な事を! この国の王は平和を望んでいます! 争う必要は――」


 しかし私の声など聞こえていないかの様に、三人はグラモス王に対峙しました。


「……戦慄」

「これは間違いなくバケモノね。後ろの奴がバケモノの子だとしたら、こいつは親玉。アルフ、油断しちゃダメよ」

「あぁ……見た目は人だが、ヤバい気配がするな。人に化けた邪神め……殺してやる」


 確かにグラモス王は見た目の人間らしさに反して、人を遥かに超越した気配を感じます。

 ですが、だからと言って出会って即座に剣を向けるなどあり得ないでしょう。王は敵意無しで私と話していたのですから、初めにやるべき事は意思の疎通です。


「り、リーダー! この方は争いを望んではいません! 武器を降ろして下さい!」


 戸惑いはしましたが、アルフレッドならちゃんとわかってくれる筈です。

 彼はこの旅の中で何度も私を庇ってくれましたし、話も聞いてくれました。それに、高尚な正義の心を持っていて――





「――俺に指図するなよ、人外が」




「…………え?」




 何を言われているのかわからず呆然とする私に振り向いたリーダーの表情は――酷く冷たいものでした。

 今まで私に向けていた無邪気な笑みからは想像も出来ない程に悍ましい目で、彼は私を睨みます。


「図に乗るな。今まで俺がどんだけ苦労してお前如きの世話をしてやったと思ってんだ? 勘違いしてんじゃねぇ。ローウェン先生が人外を爆発させるなと頼むから、俺は必死に嫌悪感を隠していたんだ……けどもう限界だ」


「ま、アルフはよく頑張ったと思うわよ」


「ったく……リーンとガイムも手伝ってくれりゃあもう少し楽だったってのに」


「嫌よ。話をするのも気持ち悪い。それに、ここに来てわかったでしょう?」


「ああ、コイツは異界の地に済む“半魔”の味方をしている。やっぱりこの人外達と同類だったってわけだ。大義名分を得たわけだし、もういいよな?」


「すぐにやってくれ」



 そういえばアルフ達は、旅の途中で亜人を見ると、露骨に避けていました。嫌そうな顔をしているのも何度か見た事があります。それにリーンが信仰するメリナ教は、人族至上主義の教えを説いている。

 自分と姿が違う者に違和感があるのは私にも分かりますが、まさか殺意を抱く程とは思いませんでした。

 そして、リーダー……アルフレッド達は私の事もその“人外”だと断言した。


 それはつまり――




 ――気付いた時には既に遅く、アルフレッドの剣が私の胸を貫通していました。




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