勇者パーティ
「おっと、アルフレッド様。彼女にはまだ説明をしておりませんので、戸惑っている様子です」
演習場に訪れたアルフレッドに続いて、ローウェンも私たちの所へやって来ました。
「ん? そうか! まあ話は簡単さ。俺とリーンとガイムとリュドミラ。この四人は異界の地に潜む邪神を倒す為に呼ばれたってわけ。だから俺達は仲間だ!」
異界の地というのは、現代で言う暗黒大陸です。当時から魔物が跋扈する危険な地と認識されてましたが、昔は暗黒と呼ぶほど暗くはなかったので異界の地と呼ばれていました。
「すまないね、君は精神的に不安定だったから話すのは落ち着いてからにしようと思っていたんだ。けど私が国を救って欲しいと言った事、覚えているだろう? それがこの事なんだ」
ローウェンの補足説明により、私は自分のすべき事を理解しました。
つまり固有魔法を使って魔物の神を倒し、固有魔法は正義なんだと知らしめれば良いのだ、と。
「やります。私の力が必要なら、頑張ります」
まったく、過去の自分を思い返すと愚か過ぎて羞恥心すら湧いてきます。
別に私の答えなど誰も求めていなかった。私が何を言おうと、この時には既に運命は決まっていた。だというのに意気込んでしまって……はぁ。
とにかく、私はこの日を境に勇者パーティの力になろうと、目的を持って励みました。
魔法の特訓に加えて、ローウェン達研究者が私に魔道具や剣を持たせて何かを計ったりしていましたが、当時の私は何も知らずに協力し続けました。
因みに、私は身体能力だけは人より劣っていて、身体強化魔法すら扱えませんでした。その為、剣を握らされてもすぐに落としてしまいましたが……あれがなんの為の実験だったのかは未だにわかりませんね。研究者も私というイレギュラーをどうやって調べようか手探りだったのでしょう。
さて、私が王都に来てから一年が経とうとした頃、その言葉は唐突に投げかけられました。
「明日から君には勇者パーティの一員としてこの国を救って貰いたいんだ。以前お会いしたアルフレッド様を覚えているかい? 彼やその仲間と共に、異界の地へ旅立って欲しいんだ。安心してくれ、準備はこちらでするし、道中はアルフレッド様の指示に従っていれば何も問題は無いから」
不信の種が芽生えたのはこの頃からでした。
いくらなんでも急すぎますし、私はアルフレッド以外の仲間と会った事がありません。挨拶をしたいと申し出た事はあるのですが、その内会えると言われたまま旅立ちの日が来てしまいました。
更に言えばアルフレッドだってあの日初めて会ってから、二度とここには来ませんでしたから。もちろん私から会いに行くという提案はした事がありますが、断られています。
まぁ、多少の不信感は当時の私にとってそれ程重要ではありませんでした。
ローウェンや研究者達が段々と私を恐れる様になった事も、ローウェン以上の権力者に会う機会が設けられなかった事も、全部些事でした。
あの太陽みたいな少年と共に、世界を救う。
世界を救えば私達固有魔法使いに対する印象も改善され、再びルーシー達と暮らす事が出来る。
それだけが私にとって重要でした。
だから私は、なんの準備もせずにその日を迎えました。
⭐︎
「久しぶりだな、リュドミラ! 今日からよろしくな!」
王都の外、外門から少し離れた場所で待たされていた私は、馬車から身を乗り出したアルフレッドに手を振り返しました。
ローウェンと二人で彼らを待つ間に、どうして私だけ外で合流なのだろうか、まるで私を民衆から隠してる様だ、なんて考え込んでいましたが、この瞬間に全てがどうでもよくなりました。
「久しぶり、です。それと、初めまして。リーンさんとガイムさん、でしたよね?」
私の挨拶に対する返事は三者三様でした。
「そんなよそよそしくするなって! 気軽に頼むな!」
「……一目でわかるバケモノね」
「…………」
笑顔を向けてくれるアルフレッド、忌々しげな目で睨むリーン、聞いているのかいないのか無言のままのガイム。
リーンの事は一瞬で苦手になりましたし、ガイムには話が通じるのか不安になりましたが、アルフレッドがいるならまぁ平気でしょうと私は楽観していました。
「それではアルフレッド様、彼女の事頼みます。それから皆様の無事の帰還を心よりお祈り申し上げます」
ローウェンの見送りの挨拶に、アルフレッドは無邪気に笑い、他二人は目礼をして馬車に乗り込む。
「リュドミラ、どうした? 早く乗れー!」
私はローウェンの別れの言葉を期待しましたが、彼は頭を下げたまま動かず、言葉を紡ぐ気配は無い。
王都に来てから毎日顔を合わせていたので多少は仲良くなれたかな、なんて考えていましたが、それはどうやら思い違いだった様です。そういえば彼は私の名前すら呼んだことがないと気付いたのもこの時でした。
なんだか虚しくなり、私は黙って馬車に乗り込みました。
ルーシー達が暮らすあの家に、無性に帰りたくなりましたが……それが簡単には叶わない事は、愚かな私にも察しがついていました。
当時は今ほど街道が整備されておらず、馬車では通れない場所は自らの足で進むしかありませんでした。
剣聖のアルフレッドや拳闘士のガイムの体力が凄まじいのは想像通りでしたが、神官職のリーンが彼らについていけるのは驚きでした。
つまり、足手纏いは魔法しか能が無い私だけで。
「はぁ、なんでこんなお荷物抱えて旅しなきゃなんないのよ」
苛立つリーンに怖くなり、言い返せない自分が情けなくて、強い悲しみに引っ張られて魔法が暴走しそうになります。
周囲の温度が急激に冷えて地面に霜が走り――
「まぁまぁ、人には得意不得意ってもんがあるだろ? 不得意を補い合うのが仲間ってやつだろ!」
そんな時、決まって私に手を差し伸べてくれるのがアルフレッドでした。
彼がいれば酷い環境も耐えられる。
彼がいるから私は頑張れる。
「ふぅん? じゃあこうしない? 日中の移動時間はこのバケモノはおねんねの時間。ガイムがそのデカいリュックにコイツを括り付けて背負えばいいわ。それで夜は私たち三人が休息で、バケモノが見張り番をしてよ。そうやって効率的に役割分担をするのも仲間ってやつでしょ?」
リーンの提案は確かに効率的でした。でも、昼間じゃ明るくて眠れないし、アルフレッドと話せなくなるのは少し不安。私は断ろうと思いました。
「うん、確かにリーンの言う通りだな。リュドミラは強いから一人での見張り番も問題ないだろうし。悪いけど、頼めるか?」
けどアルフレッドがそう言うなら、頷くしか出来ませんでした。
とは言え、流石に街に着けば物資の買い出しも必要ですし、休息の為に何泊か宿にも泊まれます。
そういう時は私は取れない疲れを癒すためにぐっすり眠り、与えられた金銭で買物を満喫しました。
最初こそ私を――いえ、私が暴走しないか心配したアルフレッドが付き合ってくれましたが、旅の後半では私は一人での外出を許されていました。
食事や宿の費用は全てアルフレッドが管理しており、私が支払う必要はありません。なので、街に着く度にお給金でルーシー達に手紙を送っていました。
内容は出来るだけ明るく旅の話を書きましたが、リーンやガイムの事を書く時はどうしても暗くなってしまいます。多分、信頼出来る人への手紙で少しの愚痴を吐く事で、私は精神の安定を保っていたのでしょう。
この日もルーシー達に手紙を送る為、外へ出ていました。
そんな時に出会ったのが、フィオナでした――尤も、この時の私は彼女の名前も素性も知りませんでしたが。
「……歪だ。君達四人はまるで仲間とは呼べない。権力者の駒にされ、それを自覚しながらも皆が仮面を被り、その下では常に顔を顰め寄り添い歩いている。精巧な仮面は破綻を防ぐが、それは先延ばしでしかない。後回しにされた悲劇ほど残酷な結末を迎える事になる。リュドミラと言ったな。君は逃避を選択するべきだ。偽装の死、混戦状態での逃亡、方法はいくらでもある。私が手を貸しても構わない。もっと視野を広く持て」
周囲に人の気配がなくなった……と思ったら、突然目の前に立っていた銀髪金瞳の女性。
無表情で何を考えているのかわからず、悪意や善意で物を言っているのか、それすらも感じ取れない。
そもそもこの人は何故私達を知っているのか。不気味で仕方なかったのを覚えています。
「えっと、あの、何を言って……? よくわかりませんけど、私は固有魔法使いとこの国を救う為に、目的を持って旅をしているんです。逃げろとか死んだフリをしろとか、意味わからない事言わないで下さい」
私の返事に、一瞬だけフィオナの表情が歪みました。
その顔はまるで、愚者を見て諦念を抱くような冷たいもので。
次の瞬間にはフィオナの姿はどこにもなかった事もあり、私は大して気にも止めず、ルーシーへの手紙を出す為に歩き出しました。
今だからこそわかりますが、フィオナは冷たいながらもその手を、私に差し伸べてくれていたのです。
だからこそ私はフィオナの事を嫌いにはなれないのでしょうね。
さて、旅は終盤。
ここに至るまでにエルフの里に寄ったり、いろんな冒険がありましたが、割愛します。
最果ての荒野を抜けて小舟で海に出ると、生物の気配は失くなりました。
初めて海を見た私は、休息も忘れて周囲を眺めていました。
「リュドミラもそろそろ警戒した方がいい。あの黒渦に入れば異界の地だ」
「わかりました、リーダー」
余談ですが、私はアルフレッドの事をリーダーと呼ぶようにリーンに言われています。お前如きが彼の名を呼ぶなど烏滸がましい、との事です。本当にイヤな女でしたね。
それはさておき、前方に広がる黒い渦に小舟ごと突っ込んだ私達は衝撃に備え身構えましたが――僅かな揺れと浮遊感、それに着水音を感じただけで、大きく何かが変わったわけではありませんでした。
そう思ったのも束の間。
「な、なんて濃い魔素なの……? こんな所に、本当に人が住んでるわけ?」
魔素に敏感なリーンが異界の地の異常性に目を丸くします。ですが私は魔素なんかよりも、前方に見える街を見て――何者かがこの地で文明的な生活を営んでいる事を知って戸惑いました。
「え、と、人が、住んでる……? ここには魔物しかいなくて、それを纏める邪神がいて、邪神を倒す為の旅だって話でした、よね?」
以前、ローウェンにそう聞きました。
魔物は人類にとっての敵。倒すべき悪者。だから私はここに来ました。
ですが、私達が戦いに来たのが人だと言うのなら、話が違います。
そんなの戦争じゃないですか。
人同士が何かを奪い合う、醜く不毛な争い。言語で分かり合える筈の人同士が殺意をぶつけ合う恐ろしい戦い。私はそれを嫌っていました。
真実を知りたいのに、私に返事してくれる仲間はいませんでした。
リーダーですら真剣な面持ちで前方を睨んでいます。
一行は小舟を岸に乗り上げ、森に入って街の周囲を偵察しました。
「事前情報の通り、驚くほど呑気な住民ね。周囲に結界が張ってあるから魔物は入って来れないけど、見張りくらい立てなさいよ。ほら見てアルフ、結界の外、あんな魔物エルゼア大陸では見た事ないわよね」
「……強者故の余裕か、無知故の油断か」
「正面突破……って考えていたけど、侵入するか」
どんどん話を進める三人についていけず、私は思わず声を上げました。
「あ、あの! ここって、人が住んでるんですよね……? 私達が倒すのは邪神であって、この……国? の王様じゃないですよね?」
「……チッ、めんどくさい」
私の疑問に返事したのはリーンだけ。
彼女は苛立たしげに私を突き飛ばした。
「親殺しのバケモノが良い子ちゃんぶってんじゃないわよ! 親を殺しておいて今更人殺しが怖いワケ? だったらアンタ一人であの街に入ってみろ! 中にいるバケモノ達に襲われればアンタは間違いなく殺戮を選択する! そうじゃなくても暴走した固有魔法が皆殺しにするでしょうね! そんなアンタが、正義を騙ろうとするな!」
リーンの言葉に頭が真っ白になりました。
親殺しのバケモノ。
久々に言われた心無い言葉。しかしそれは事実で、私は確かに殺人を犯した大罪人です。
……でも。
それでも私は、無差別に人の命を奪う事はしたくない。
そんな本物のバケモノになってしまったら、イザベラおばさんが、モーガンおじさんが、ルーシーが、悲しみますから。
「では、彼らとの対話に成功したら……考えを改めて下さい」
今度は返事がありませんでした。
自分の中にハッキリした芯がなく、喋る時にいつもどもる様な弱気な少女。それがリュドミラというバケモノが被った皮でした。
それが今、この最終局面で大きく変わった事に三人とも驚いているのでしょう。
私は一人、門へ向かって歩き出しました。
それは今までの命令された旅とは違い、自らの意思で踏み出す力強い一歩となりました。