アルフレッド
「単刀直入に聞こう。君が頻繁にこの場所に来て魔法を使っていたのは、抑えきれない力を人知れず発散させる為だった。そうだね?」
私の前を歩いていたローウェンが唐突に止まったかと思うと、そう問い掛けてきました。
辺りを見回せば、私が夜な夜な訪れていた森の中。
まさか見られていたなどとは思わなかった私は、驚きのあまり素直に頷いてしまいました。
「そうか……やはりそうか。辛かったろう。世間では固有魔法は魔物が使う魔法と認識されている。故に周囲の人々は君を恐怖し冷たい扱いをした事だろう。だからこそ君は人前で魔法を使えず、一人苦しんだ。あぁ、なんて可哀想なんだ。でも、もう大丈夫だ。私の元へ来なさい、そこでなら君は魔法を抑える必要もないし、もう苦しむ事はない」
家族以外の人に温かい言葉をかけられたのは初めてでしたから、愚かな私はローウェンを信じきっていました。
彼は私の苦しみをわかってくれている。家族にも話せない私の悩みを知っていて、魔法に対する理解もある。
頼りたい。
助けを願いたい。
もう辛い思いをしたくない。
ただ、大好きな三人と別れるのも耐え難く、すぐには結論を出せませんでしたが――
「それにね、ここだけの話なんだけど、近々王様が召集した精鋭達で仲間を組んで、この国を救って貰う事になるんだ。もしも君がこれに参加して、固有魔法で頑張ってもらえたら、世間の目も変わると思わないかい? 君も、君以外の固有魔法使いも、もう冷たい目を向けられることはない。賞賛と羨望の目が向く事になるだろう!」
それはとても魅力的な未来だと思いました。
当時の私は無知でしたから、固有魔法使いは皆んな苦しんでいるものだと考えていたのです。
だから自分の為にも、自分以外の固有魔法使いの為にも、頑張ってみたいと考えました。
「家族に、相談するから、時間を貰えますか?」
「うん、勿論さ。明日また来るから、ゆっくり話し合ってくれ」
そう言ってローウェンと別れた私は、周囲に人がいなくなった事を確認してから一人涙しました。
この苦しみから解放される。
私達固有魔法使いを虐げるこの世界を変えられる。
そう考えると、未来はとても明るいものに思えました。
家に帰ると、モーガンおじさんも帰って来ており、三人に迎え入れられました。
「リュドミラ! 大丈夫だった? 何かされてない?」
心配するイザベラおばさんに「大丈夫」と一言伝えてから、「話がある」と切り出した。
三人は顔を見合わせて深刻な表情で頷き、私をテーブルまで案内しました。
そこで私は、全てを話しました。
幼い頃から夜な夜な抜け出して魔法を使っていた事。
そうしないと身体が苦しくてしょうがないという事。
平凡な女の子でいたいから、この事をみんなに黙っていた事。
今日来たローウェンは全てを知った上で私を助けてくれるという事。
話し終えた時、イザベラおばさんは泣きながら謝ってくれました。
「ごめんね、ごめんねリュドミラ。私が貴女を普通の女の子って言い聞かせたせいで、苦しい事を私達に相談出来なかったんだね。本当に、ごめんなさい」
「アタシも、同じ部屋なのにリューちゃんが夜中いない事に気付けなくて、ゴメン……」
ルーシーは眠ったら全然起きませんから、気付けなくて当然です。
「……それで、リュドミラはどうしたいんだ?」
いつもニコニコしてるモーガンおじさんは珍しく難しい顔をしていました。
「私は……ローウェンについて行こうと、思ってる」
「それは何故だ?」
「もう、苦しい思いをしたくないから……。それに、私が頑張れば、私以外の固有魔法使いも、生きやすくなる。そう考えたら、頑張ってみたいかなって……」
「頑張る? なんだ、まさか戦争に召集されたのか!?」
「う、ううん、あんまり人に言っちゃダメなんだけど、国を救うとかって、言ってた……」
「ローウェンとやらはどれくらい信用出来る? 俺は会ってないからわからないが……イザベラとリュドミラから見て、ソイツはどんな男だった?」
「最初来た時は綺麗な服着た怖いお偉いさんだと思ってたけど、リュドミラに対して優しかったし、悪い人じゃないのかな……?」
「私もそう思った」
私達が答えても、モーガンおじさんは難しい顔をやめませんでした。
当時の私は疑問を浮かべるだけでしたが、今なら彼が考えていた事がわかります。
リュドミラに優しく接するのは当然の事ではないか。何故なら、感情に引っ張られ易い固有魔法を暴走させない為には、リュドミラの味方でいなければならないのだから。
ローウェンが本当に優しい人なのか、或いは魔法の暴走を避ける為だけにリュドミラの味方であるよう見せかけているのか。
こんな所でしょう。
結局、答えは後者だったわけですが、この時の私達にはそんな事わかりません。
その夜、私はローウェンについて行くことを決めました。
皆んな悲しみましたし、ルーシーは最後まで嫌だ嫌だと泣いていました。
けど、イザベラおばさんとモーガンおじさんは私の背中を押してくれました。
私の固有魔法をどうにか出来るのは、ローウェンだけ。それを理解していたからこそ、不安を飲み込んで送り出してくれたのでしょう。
本当に優しい人達でした。
翌日、迎えに来たローウェンや護衛の騎士と共に、私は王都へ向かいました。
⭐︎
王都は人の多さに目を回す程ごちゃごちゃとしていました。
この時初めて、私は人が多い所が苦手なのだと知りました。
ローウェンに連れられて最初に向かったのは騎士達が訓練する演習場。しかしその演習場は現在使われておらず、誰もいないその場所はやけに広く感じました。
そして演習場の隅には最近建てられた様な新しい小屋が一つ。
「君には今日からここで暮らしてもらいたい。安心してくれ、食事は時間になったら侍女に運ばせるし、欲しい物があれば遠慮なく言ってくれて構わない。そこの魔道具が人を呼ぶ為の物だ」
つまり私はここで一人暮らしをするらしいです。
当時の私は何も疑問に思いませんでした。広い土地と新しい家を与えられて感謝すらしていました。
ですが、この時には既に、勇者パーティのアルフレッド、リーン、ガイムもこの地に来ており、彼らは王宮で暮らしているのです。それを考えれば私の待遇は酷く、ある意味で特別でしたね。
きっといつ爆発するかもわからない固有魔法使いを、王や権力者の近い所に置きたくなかったのでしょう。
まぁ、そんな事を考えもしなかった十四歳の私は、その日からローウェンの言いなりになって過ごすのでした。
⭐︎
日中は演習場でローウェンと彼の部下である魔法研究員に指示されて、色んな魔法を使いました。
幼少の頃からなんとなく理解していた四属性魔法は、私の思った通りの形で発現出来ました。
「君の魔法が暴走するのは感情に引っ張られているのかと考えていたが、超回復によって魔力が溢れる事も影響していたのか。頻繁に魔法を使うようになってからは安定しているな」
ローウェンの考察には私も同感でした。
今までは平凡でいたいから魔法を使わないように、必死に自分を抑えていました。
けれどここでは沢山魔法を使わされます。そうすると魔力は減り、疲労感が生まれるのですが、寧ろ少し疲労していた方が苦しみを感じなくて心地良かったのです。
それを理解した時、ここが自分の居場所なんだ、と思ってしまいました。
勿論ルーシー達が住むあの家こそが最も好きな場所であり、叶うならばずっとあそこで暮らしたい。
けど、暴走した魔法で親を殺すようなバケモノが、平凡な村人でいられる筈がないのです。
「ふむ、魔法の出力が少し不安定になってきたな。悩み事か? 無理はしない方がいい、今日はここまでにしよう」
ここでなら私は私のままでいられる。
だから、これでよかったんだ。
そう考える事で、私は毎日の寂しさを紛らわしていました。
そんな日々が暫く続いたある日、とうとう私は出会う事になります。
「君が魔法使いのリュドミラか? 俺は勇者パーティの剣聖アルフレッドだ! よろしくな」
燃えるような赤髪と人懐っこい笑顔が眩しい少年は、剣を握り過ぎて歳不相応なまでにガサガサになった手を差し出して来ました。
優しくもたくましい彼のオーラは、まるで太陽。人々を惹きつけて照らしてくれるのは、きっとこういう人なんだと思わせるくらいに眩しい人でした。